ガンダム ゼロ 鳥の人は、まだ歌を忘れていない――U.C.0079、ガンジスに墜ちた|可変試作機《ヴイエフ》 ガンダム×マクロス   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

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宇宙世紀0078年11月15日 午前8時 下から見ているもの

外へ出ると、朝の光が水面で砕けていた。村は、本当に川の上にあった。

 

無数の杭が流れの中に打ち込まれ、その上に細い床板と小屋が継ぎ足されている。木材、竹、廃材、古い装甲板。時代も用途も違う素材が、祈りと必要だけで結び直されたような集落だった。DIYの極致、と呼びたくなる眺めだった。

 

足元の板の隙間から、茶色い水が流れている。速い。静かに見えて、底では強い力が渦巻いている。川は道であり、壁であり、墓でもあった。

 

村人たちは距離を取っていた。

 

見ていないふりをしながら、全員が見ている。子どもは母親の背に隠れ、老人は護符を握り、若い男たちは手ぶらのまま通路の端に立つ。武器を持たないことが、かえって敵意の純度を高くしていた。

 

「人気者だな、俺は」

 

シローが皮肉を言うと、クスコは肩をすくめた。

 

同じころ、マチルダの受信ログには、連邦救難部隊でもラル隊でもない短い未識別反応が1度だけ残っていた。距離は遠い。だがその信号は、まるで誰かがこの空を上から見ているように、すぐに消えた。

 

「外の人間は珍しいから。生きてる外の兵隊は、もっと珍しい」

 

「死んでいれば歓迎されたか」

 

「少なくとも、喋らないからね」

 

クスコの冗談は明るかった。だが明るさの下に、村で長く生きるための諦めが透けていた。

 

ララァは何も言わず、前だけを見て歩いている。

 

いや、歩いているというより、音のない地図を辿っていた。板の軋み、川の流速、村人たちの息、遠くの鳥、さらにその奥にある低い振動。彼女はそれらを重ね合わせ、見えない経路を選んでいる。カーナビより渋滞に詳しそうだった。

 

村の端には、赤い布が何本も結ばれた門があった。

 

門と呼ぶには粗末だった。2本の柱と、そこに巻かれた布だけ。だが村人たちはその前で足を止めた。老人も、若い男たちも、誰ひとりとしてそこから先へは出ない。

 

「ここが境界」

 

シローが訊く。ララァは頷いた。

 

「ここから先は、神の声が乱れる場所」

 

「本当は」

 

ララァは少しだけ横を見た。

 

「本当に、乱れる」

 

その瞬間、シローの耳鳴りが変わった。

 

低周波の奥に、別の信号が混じる。規則正しい。軍用通信ではない。だが、完全な自然音でもない。壊れた心電図のような、機械が夢を見ているような、奇妙なパルス。

 

ララァの指が、シローの袖を強く掴んだ。

 

「近い」

 

「俺の機体が」

 

「違う」

 

彼女の声は、初めて震えていた。

 

「下にいるもの」

 

川辺の葦原に、墜落機は半ば埋もれていた。

 

機首は水に突っ込み、左翼は裂け、右翼は根元から消えている。機体下面の装甲は剥がれ、ホバー推力ノズルの一部が黒く焼けていた。墜落というより、川と大地に食い千切られた残骸だった。

 

それでも、死んではいなかった。

 

胸部ユニットの奥で、非常用電源の赤いランプが点滅している。間隔は不安定だが、消えてはいない。機体はまだ、かろうじて自分が何であるかを覚えていた。

 

「うわ」

 

クスコは恐怖ではなく、感嘆の声を漏らした。

 

「骨が中にあるんだ。鳥みたい。でも鳥よりずっと乱暴。ここ、折れてる。ここは焼けたんじゃなくて、内側から飛んだ。こっちの管はまだ生きてるかも」

 

彼女は迷わず残骸へ近づいた。将来は整備班にスカウトしたいくらいの手際だった。

 

「触るな。爆発する可能性がある」

 

シローが言うと、クスコは振り返らずに答えた。

 

「爆発するなら、もうしてる。これは今、我慢してる音」

 

シローは返す言葉を失った。子どもに理屈で負けるというのは、なかなか堪える経験だった。

 

ララァだけは、機体を見ていなかった。

 

彼女は葦原の向こう、川の流れの下を見つめている。水面には何もない。だがその視線は、さらに深い場所を射抜いていた。

 

「ララァ」

 

シローが呼ぶ。ララァは答えない。

 

かわりに、試験機の非常用モニターが突然点灯した。

 

割れた表示面に、砂嵐のようなノイズが走る。次いで、意味をなさない数字列。測距データ。地形スキャン。地下反射波。機体が墜落後も自動で拾い続けていた情報が、死にかけた神経のように断続的に吐き出される。

 

シローは膝をつき、痛みを無視して画面を覗き込んだ。

 

「地下構造……」

 

モニターの奥、地下空洞の輪郭が徐々に像を結んでいく。それは自然の洞窟でも、単なる格納庫でもなかった。左右に大きく張り出した構造物は、まるで折り畳まれた翼のようであり、中央の隆起は、うずくまる巨人の背に見えた。太古の空より飛来し、そのまま地に伏した——羽を広げた巨人のごとき姿をした鳥の器(あつもの)。シローの脳裏に、なぜかその言葉だけが、理屈も知識も飛び越えて浮かび上がった。士官学校では絶対に教わらない単語だった。

 

空洞の壁面には、規則的な模様が刻まれているのも見て取れた。羽を広げた人型のシルエットが、幾重にも連なる浮き彫り。太古の羽ある種族——鳥の人(バードヒューマン)が、この場所をどう扱っていたのかを物語る、無言の記録だった。

 

画面には、川底の下に広がる巨大な空洞が映っていた。

 

自然の洞窟ではない。直線が多すぎる。深度も、規模も、地形と合っていない。基地地下で感じた低周波と同じ周期が、その空洞の中心から発生している。

 

そして、表示の端に、破損した文字列が浮かんだ。

 

BABEL CORE/GAN-03

 

識別子の下には、さらに短い注記が欠けた文字で残っていた。大気圏内感応共鳴試験設備。被験者を通路として用いる初期型制御系。理論未確立、再現性不良。

 

——理論未確立、再現性不良。だがその1文の下に、もう1つだけ手書きの走り書きが残っていた。「本装置は、被験者の恐怖・殺意濃度が閾値を超えた場合にのみ起動する。目的、大気圏内における人類の感応耐性試験、および過剰浄化領域の観測」。試練と浄化。その2語だけが、シローの意識に焼きついて離れなかった。誰だ、こんな不吉な仕様書を書いたのは。

 

シローの背筋を、冷たいものが走った。

 

バベル。

 

それは、ブリーフィング資料のどこにも存在しなかった名称だった。ブリーフィングとは一体何だったのか、疑問がまた1つ増えた。

 

「ねえ」

 

クスコの声が、急に細くなった。

 

「これ、下から見られてる」

 

直後、川面が1度だけ、内側から膨らんだ。水は音を立てなかった。

 

ただ、巨大な肺が川底で息をしたように、濁った水面が丸く持ち上がり、すぐに元へ戻った。葦が一斉に同じ方向へ倒れ、泥の中にいた小さな生き物たちが、逃げるように跳ねた。

 

シローは反射的にララァの肩を掴んだ。

 

「下がれ」

 

だがララァは動かなかった。瞳孔がわずかに開き、呼吸が浅くなる。彼女はそこに立っているのに、意識だけが川底へ沈んでいくようだった。

 

「……たくさんいる」

 

その声は、ララァのものに聞こえなかった。

 

「眠ってる。でも、夢を見てる。壊れた夢。誰かが、ずっと呼んでる」

 

クスコの顔から血の気が引いた。

 

「ララァ、その聞き方はだめ。戻ってきて」

 

戻る、という言葉にシローは違和感を覚えた。

 

ララァは単に何かを感じているのではない。彼女自身の一部を、あの地下構造へ伸ばしている。そう直感した瞬間、シローの背筋に寒気が走った。

 

試験機の非常用モニターが激しく明滅した。

 

警告表示が連続して走る。外部入力。識別不能。同期失敗。神経系補助回路、異常励起。

 

「おい、待て。こいつはまだ送信系が死んでるはずだ」

 

シローが機体へ手を伸ばした瞬間、割れた通信パネルに赤い文字が浮かんだ。

 

EMERGENCY BEACON ACTIVE

 

「まずい」

 

ビーコンは救難信号だ。味方へ位置を知らせるための最後の命綱。だが今、この場所で鳴れば意味が変わる。連邦だけではない。ミノフスキー粒子の薄い層を抜ければ、近くにいるジオンの索敵機にも拾われる。空気を読まない機械というのは、時々本当に困る。

 

村の場所が、戦場になる。

 

「止められる」

 

クスコが訊く。

 

「通常なら、コクピット内の遮断スイッチで切れる。だが電源系が半分死んでる。外部から強制停止するしかない」

 

「外部って、どこ」

 

「機体下面。燃えてるところの奥だ」

 

クスコは一瞬だけ考え、すぐに残骸へ駆け寄った。

 

「だから触るなと言ってる」

 

「触らなきゃ止まらないでしょ」

 

クスコの返答は正しかった。正しすぎて、シローは反論できなかった。この村、理屈で勝てる人間がいない。

 

彼女は小さな身体を機体下面へ滑り込ませた。焼けた金属の臭いが立ちのぼる。水で冷えたはずの装甲は、まだ触れれば皮膚を奪う温度を残していた。

 

シローは片膝で身体を支え、破損した外板を押し上げた。肋骨が悲鳴を上げる。視界が白くなる。だが外板は少しだけ持ち上がった。

 

「右奥、黄色と黒のケーブル束。その先に手動遮断ピンがある」

 

「見えない」

 

「手探りでいい。丸い輪が付いてる」

 

その間も、ララァは川を見つめていた。彼女の唇が、音にならない言葉を形作る。来ないで。

 

それが誰に向けた言葉なのか、シローにはわからなかった。地下の何かへか。それとも、こちらへ近づいてくる戦争そのものへか。

 

クスコの指先が、ようやく輪に触れた。

 

「あった」

 

「引け」

 

ピンが抜けた瞬間、試験機の赤いランプが消えた。静寂。

 

しかし、それは勝利の静けさではなかった。

 

通信パネルには、最後の送信ログが残っていた。

 

BURST TRANSMISSION COMPLETE

 

シローは奥歯を噛んだ。間に合わなかった。世の中、間に合わないときに限って律儀に仕事を終わらせる装置がある。

 

粒子濃度は既に低下し始めていた。バベルが起動したせいだ。機械の呼気が、粒子場に小さな穴を開けていた。




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