ガンダム ゼロ 鳥の人は、まだ歌を忘れていない――U.C.0079、ガンジスに墜ちた|可変試作機《ヴイエフ》 ガンダム×マクロス   作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった

6 / 13
宇宙世紀0078年11月15日 午前8時15分 座標は知られた

そのころ、ガンジス上流域の空では、2つの受信機が同じ信号を拾っていた。

 

ひとつは、煙を引きながら後退する連邦軍臨時管制機。

 

もうひとつは、雲の影に身を隠すジオン公国軍の偵察機だった。

 

そして、どちらの画面にも、墜落機の位置情報とともに、存在しないはずの地下識別子が表示されていた。

 

BABEL CORE/GAN-03

 

戦争は、村の名前をまだ知らない。だが、その座標だけは、もう知ってしまった。皮肉なもので、座標というのは名前より先に覚えられる。

 

基地襲撃で滑走路が使えなくなった時、マチルダは輸送機を捨て、応援に来た臨時管制機へ移乗していた。それが幸運だったのか不運だったのか、彼女自身にはまだわからなかった。

 

連邦軍臨時管制機の機内は、焦げた配線の匂いで満ちていた。

 

機体は片側のエンジンを損傷し、低空を逃げるように飛んでいる。床には固定しきれなかった予備パーツが転がり、負傷した通信士が片手でコンソールにしがみついていた。

 

マチルダ・アジャンは、壁に手をついて身体を支えながら、表示画面を睨んでいた。

 

「もう1度、受信ログを出してください」

 

「救難ビーコンです。アマダ少尉機の識別コードと一致。ただし……余計なデータが混ざっています」

 

通信士が躊躇する。マチルダは待たなかった。

 

「その余計なものを」

 

画面に、座標と短い識別子が再表示された。BABECLOR/GEAN-03

 

文字化けした識別子だった。だが、その乱れ方にすら見覚えがあるというのは、いっそ嫌な話だった。

 

その文字を見た瞬間、マチルダの表情がわずかに変わった。驚きではない。思い出したくない記録が、記憶の底から浮上したときの顔だった。

 

「この名称を、外部回線に乗せてはなりません。救難信号は通常暗号へ再変換。位置情報は回収部隊へ限定送信。地下識別子は削除してください」

 

「削除、ですか」

 

「記録上は存在しないものです」

 

マチルダは低く言った。

 

「存在しないものを、敵に拾わせるわけにはいきません」

 

通信士の喉が鳴った。

 

「もし、もう拾われていたら」

 

答えたのは、後部ハッチ付近から戻ってきたスレッガーだった。

 

飛行服の袖は裂け、頬には乾いた血が貼りついている。それでも口元だけは、いつものように不敵だった。負傷しても軽口の在庫は切れないタイプらしい。

 

「拾われてるだろうな。あの青い旦那が、あんな美味そうな匂いを嗅ぎ逃すとは思えねえ」

 

「ロウ中尉」

 

「心配すんな、補給のお姫さん。まだ死んでない。あんたに怒られる前に死ぬほど、俺は行儀よくねえよ」

 

マチルダは一瞬だけ眉を寄せた。だが叱責はしなかった。

 

「アマダ少尉は生存していると思いますか」

 

スレッガーは笑わなかった。

 

「あいつは落ちる直前、逃げる場所を選んだ。死ぬ奴の操作じゃない。生き残るための悪あがきだ」

 

「では、回収部隊を」

 

「出す。ただし早くしろ。ラルが先に着いたら、少尉だけじゃ済まねえ」

 

スレッガーは画面の識別子を睨んだ。

 

「バベルってのは、そんなに厄介な神様なのか」

 

マチルダは答えなかった。その沈黙だけで、答えとしては十分だった。

 

同じころ、雲の陰を滑るジオン偵察機の機内では、別の沈黙が落ちていた。

 

ランバ・ラルは、狭い通信席の横に立ったまま、受信した信号を見下ろしていた。

 

青い機体を降りたばかりの身体には、まだ戦闘の熱が残っている。だが、その目は冷静だった。

 

「連邦の若い鳥は、生きているか」

 

「ビーコンは一瞬でした。生体反応は確認できません。ただ、機体は完全沈黙していません」

 

「そうか」

 

ラルは短く息を吐いた。

 

敵を撃墜した満足はなかった。若い兵が未完成の機体で戦場へ出され、落ちた。それだけなら、戦争のどこにでもある話だ。

 

だが画面の文字は、ただの撃墜報告を別のものへ変えていた。

 

BABEL CORE/GAN-03

 

「バベル……」

 

ラルの声に、部下たちは反応した。

 

「大尉、ご存じなのですか」

 

「名前だけだ。いや、名前だけを知らされた、と言うべきか」

 

ラルは窓の外を見た。

 

雲の切れ間から、ガンジスの支流が細く光っている。そのどこかに、撃ち落とした若い連邦兵と、連邦が隠した何かがある。

 

「この作戦の本命は基地ではなかったのかもしれん」

 

「では、降下部隊を出しますか」

 

「出す。ただし、略奪ではない。調査だ」

 

ラルは部下へ向き直った。

 

「民間人がいる可能性がある。村があれば手を出すな。だが連邦の研究施設、またはその残骸があれば確保する」

 

「了解」

 

通信兵が復唱する。

 

だがラルはまだ画面を見ていた。識別子の末尾。GAN-03。

 

それはジオンの兵器分類にも、連邦の既知コードにも該当しない。しかし、どこかで聞いたことがある。

 

戦争が始まる前、サイド3の閉じた会議室で。そして、その名が出た瞬間、軍人ではなく研究者たちが黙った。

 

ラルは眉をひそめた。

 

その会議室に集まっていたのは、軍人だけではなかった。半分は研究者、半分は情報将校。そしてキシリア・ザビの側近が1人。バベルという名を口にしたのは、その側近だった。

 

鳥の人(バードヒューマン)の遺産、と呼ばれています」

 

側近は、そう補足していた。当時のラルには、絵空事にしか聞こえなかった。太古、羽を持つ種族が空を渡り、地上に力の残滓を遺していったという話は、軍事機密というより、子ども向けの神話に近かった。

 

だが今、目の前の識別子は、その神話をひどく生々しい実物として突きつけていた。

 

ラルはこの任務が自分の階級には過大であることを理解していた。そして、それが自分に回ってきた理由も。上には、彼を適度に危険な場所へ置きたい派閥がある。便利に使い捨てられるには、少々腕が立ちすぎるのだ。

 

ラルの本来の指揮系統は、機動偵察を主任務とする独立小隊だった。公式にはキシリア麾下ではない。だが今回の作戦のために貸し出された先が、どの派閥だったかを、彼は口にしなかった。軍人が忠誠を口にしないとき、それは大抵、忠誠の相手が問題であるからだ。

 

「急げ。連邦も来る」




お気に入り登録や評価で応援していただけると大変励みになります!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。