ガンダム ゼロ 鳥の人は、まだ歌を忘れていない――U.C.0079、ガンジスに墜ちた|可変試作機《ヴイエフ》 ガンダム×マクロス 作:寝て起きたら異世界じゃなくて会議室だった
村人たちはまだ空を見ている。長老は祈りの言葉を探している。クスコだけが、シローと同じ方向を見た。
「ねえ、あれ」
彼女が指さした先で、白い雲の下に黒い点が2つ浮かんだ。ひとつは西から。ひとつは北から。
距離はまだある。だがどちらも、ただの鳥ではない。直線的すぎる。速すぎる。目的を持っている。
連邦か。ジオンか。あるいは、その両方。どちらにしても、歓迎会向きの客ではない。
長老がようやく異変に気づいた。
「あれは何だ」
誰も答えない。答えられるのは、外の戦争を知るシローだけだった。
「ここから離れろ」
シローは言った。
「今すぐ、村の中でも低い場所へ。水路の下、柱の陰、屋根のない場所から離れろ。上から来る」
「命令するな」
男のひとりが怒鳴る。
だがその声を、遠くから届き始めた低い推進音が踏み潰した。空が鳴っている。
そして同時に、川底も鳴っていた。上から戦争が降りてくる。下から、名前のないものが目を覚まそうとしている。板挟みという言葉が、こんなに物理的な意味で使われることは滅多にない。
その真ん中で、ララァがシローの袖を掴んだ。
「シロー」
初めて、彼女が彼の名を呼んだ。
「あれを、起こしちゃいけない」
シローは空を見た。
黒い点は、もう点ではなかった。片方は連邦の回収艇。もう片方は、ジオンの降下艇だった。
スレッガー機——シローと同型の可変試作機——は、後方で航空機形態のまま高度を保っていた。中間形態へ移行すれば、機動力は上がる代わりに被弾面積も増える。まだ渡り方を知らない鳥に、無茶な姿勢を強いる余裕はなかった。
最初に影を落としたのは、連邦の回収艇だった。
白く塗られた機体の腹が、雲の下を滑る。救難標識が点滅している。味方を拾うための光。だが村人たちには、空から降りてくる巨大な獣の目にしか見えなかった。
遅れて北の空から、灰緑色の降下艇が高度を落とす。機体下面の噴射炎が薄い雲を割り、黒い煙を引いた。連邦機より低い。速い。ためらいがない。
村は一瞬で秩序を失った。
子どもが泣き、女たちが荷物を掴み、男たちは何を守るべきかも決められないまま通路に立ち尽くす。長老は杖を掲げ、何かを命じようとしたが、空からの推進音がその声を粉々にした。
「伏せろ」
シローの声が、広場を裂いた。
命令に慣れた声だった。傷つき、掠れ、息も整っていない。それでも、誰かを死なせないための声には、独特の硬さがある。何人かの村人が反射的に身を低くした。
「屋根の下に固まるな。柱の根元へ散れ」
「外の者の言うことを聞くな」
長老が叫んだ。
その直後、連邦艇の探照灯が村を撫でた。
「水路の真上には立つな、板が抜ける」
白い光が床板を走り、顔を照らし、吊るされた布を透かす。照準ではない。索敵でもない。ただの確認光だ。だが照らされた者たちは、魂まで剥き出しにされたように悲鳴を上げた。
ララァが胸を押さえた。
「光が、痛い」
シローは彼女を支えようとした。だがララァの視線は空ではなく、床下へ向いていた。
連邦艇の推進音。ジオン艇の降下音。村人の恐怖。長老の祈り。少年の残った震え。すべてが川底へ落ちていく。
そして、川底のものが、それらを聞いている。
ずん。
今度の鼓動で、村の杭が鳴った。
深く水中へ打ち込まれた木と鉄の支柱が、同じ音程で震え始める。集落そのものが、巨大な楽器に変えられていく。誰も頼んでいない演奏会だった。
「だめ」
ララァが一歩、広場の中央へ出た。
「聞かないで。これは、あなたを呼んでいる声じゃない。起きなくていい。まだ、誰もあなたの名前を呼んでいない」
誰に向けた言葉なのか、村人にはわからなかった。だがシローにはわかった。ララァは、地下のバベルに話しかけている。
連邦回収艇から、拡声器の声が降ってきた。
「こちら地球連邦軍救難部隊。アマダ少尉、生存しているなら応答せよ。繰り返す。アマダ少尉、応答せよ」
その声で、村人たちの視線が一斉にシローへ集まった。
味方。救難。その言葉は、彼にとって帰還の可能性だった。だがこの村にとっては、外の軍が名前を持って迫ってきた瞬間だった。
「応答するな」
ララァが言った。
「今、あなたの声が上に届いたら、下もあなたを覚える」
シローは息を呑んだ。
そのとき、北側の降下艇が先に動いた。
艇腹からワイヤーが落ち、2機のモビルスーツが宙へ滑り出す。旧式のザクI。そのうち1機だけが、青く塗られていた。
シローは、その色を覚えていた。夜明け前の空で、彼を撃ち落とした色。青い機体。
ランバ・ラルが、来た。
連邦艇の機首がジオン機へ向く。警告灯が赤く切り替わり、機体側面の機銃カバーが開いた。ジオン降下艇もまた、腹部の砲門を開く。
村の真上で、2つの軍が互いを見つけた。空気を読むという発想が、根本的に存在しない集団だった。
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