SAO~黒の剣士と遊撃手~   作:KAIMU

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百二十話 予感

 和人 サイド

 

 短い電子音と共にアミュスフィアの電源が落ちる。いつものように上体を起こして頭からマシンを取り外すと、弟は既に此方の傍にまで近づいてきていた。

 

 「……兄さん」

 

 その声も、表情も、ひどく硬い。

 

 「なんで……なんで黙っていたの?」

 

 「ごめんな」

 

 俺も知らなかった、なんて言えれば、多少は気が楽になるかもしれない。だけどたった一人の弟に、そんな嘘が言える筈もなくて。

 あの時、剣を交えた時から分かっていた。ただ信じたくなかった。認めたくなかったのだ。あの娘が―――

 

 「絶剣が……木綿季だって、今日まで確信が持てなかったんだ」

 

 木綿季。俺達の幼馴染で、ハルの……想い人。天真爛漫、純真無垢。そんな言葉がぴったりな言動は、離れ離れになる前のあの頃そのままで。

 だからこそ、今回の明日奈と絶剣の決闘を見守っていたハルは彼女が木綿季であると直感的に気づけたのだろう。俺は剣を交えた時に気づいたけれど、即ちそれは剣を交える直前までの自分は絶剣の正体が木綿季であると気づけなかった。

 

 「そんな気遣い、しないでよ……木綿季かもって思ったその時、言ってほしかった……!」

 

 「ハル……」

 

 自身の内側から噴き出そうとしている激情を堪えて表情を歪める弟は、押し殺した声で言葉を漏らす。

 

 「理屈は分かるさ……もし違ったら、僕にぬか喜びさせるだけだから……でも、木綿季には時間が無い筈でしょ……!」

 

 普段と違って睨みつける程に強い眼差しは、俺に言葉を詰まらせた。ハルがこんな風になるのはいつ以来だったか。

 

 (いや、あの時……木綿季達の病気の事で喧嘩した時、だな)

 

 そうだ。普段は表に出さないだけで、ハルはずっと木綿季への恋心を抱き続けていた。その想いは何年経とうと色褪せてなどいない。何故俺はそれを、分かり切っていた筈の事をおざなりにしてしまったのか。

 

 「ハル。お前の覚悟を信じられなかった俺が悪かった」

 

 「……うん」

 

 弟の震える肩に両手を乗せ、その瞳を真正面から見つめる。深呼吸一つで自分の感情を落ち着けたハルがコクリと小さく頷いてくれた。

 

 「教えて。兄さんが知っている木綿季の事、そこから考えられる憶測も含めて……全部」

 

 「ああ……木綿季は恐らく、メディキュボイドを使ってダイブしていると思う」

 

 触れたままだったハルの肩が小さく跳ねる。聡い弟なら、これだけで大体の事情は察する事ができたようだ。

 

 「医療用VRマシン……確か開発中で……だから臨床試験に……なら、試験を受けている木綿季は……木綿季の体は……」

 

 「末期の状態、だと思う」

 

 覚悟を固めた弟の目を見ながら発した声は、自分の物とは思い難いくらいに重かった。

 

 「……木綿季……!」

 

 ハルが目を閉じ、彼女の名を口にする。何か励ましの声を掛けるべきか焦ったが、再び目を開けた弟を前にそれは無粋だと斬って捨てる。

 

 「なら、何でALOに来たのか、兄さんならもうそこまで調べてたりする?」

 

 「いや、それは分からない。けど何か……自分がやり遂げた証を残そうとしているんじゃないかって思う」

 

 「ありそう……もうネットじゃ充分有名になってるけどね」

 

 兄弟揃って苦笑する。既に十一連撃という驚異的な連撃数を誇るOSS(オリジナル・ソードスキル)を編み出した事や、その強さからネット上で絶剣という二つ名をつけられている事から彼女の目的は達しているのではないかとも思っていたが……

 

 「明日奈を連れて行ったあたり、もっとデカい事をやろうとしてて、あの決闘は木綿季なりのテストだったのかもな」

 

 「……何やる気だろ、あの子」

 

 それが分かれば苦労はしない、と肩を竦める。後で明日奈に確認しようと決め、兄弟会議は一旦お開きとなった。

 

 「―――じゃ、僕は買い物行ってくるよ。夕飯のリクエストは?」

 

 「我が家のシェフのお任せで」

 

 「それが一番困るんだけどなぁ……まぁいいや。スーパーの特売見て決めよっと」

 

 フルダイブ用のラフな格好から外出用の恰好へ着替えた弟は、ドアノブに手を掛けた所でふと立ち止まった。

 

 「そういば今日、クロトさん来なかったけど……野暮用って何だったんだろ?」

 

 「俺も聞いてないな。明日会ったら聞いてみるか?」

 

 「んー、サクラさんも把握してなかったのが初めてで気になっただけだし、別にいいよ」

 

 それもそうか。クロトにだって事情はある筈だし、あいつの全てを知っていたいという訳でもない。今まで大切な事であれば腹を割って話してくれていたのだ。今回は別に大した事じゃないだろう。ハルを見送りつつ、思考を幼馴染へと馳せさせる。

 

 (そんな事より木綿季だ。前回も今回も、辻デュエルには一人でやってきていた……藍子はどうしたんだ?)

 

 互いの半身と言っても過言ではない、木綿季の双子の姉。その藍子が姿を見せてこない事が頭に引っ掛かる。あの双子はいつも一緒だった。藍子は木綿季を心配して後ろに付いていくし、木綿季は藍子の後ろをカルガモのように付いていく。それが当たり前の筈なのに。

 それなのに現在は一度ならず二度までも別行動をしている。こんなこと天変地異でも、それこそ―――

 

 「―――それこそ死別でもしていない限り、ありえ…な、……い?」

 

 ポツリと、言葉にした事でカチリと頭の中のピースがはまる。はまって、しまった。

 

 (メディキュボイドは確か繊細すぎて……通常環境の塵や埃も天敵だったはず。長期間の臨床試験なんて、無菌室レベルの環境じゃないと不可能だ。だから被験者の木綿季はまだ(・・)生きていられた?)

 

 息が浅くなる。胸が苦しい。それでも思考は止まらない。

 

 (臨床試験で導入されたのは恐らく一台だけ。だから藍子は通常環境にいる。エイズの症状も出てしまって、木綿季より日和見感染に晒され続けていたとしたら、もう……!)

 

 予測してしまった、最悪の事態に唇を噛み締める。認めたくない。それでも受け入れなければならないと、絞り出すように口を開く。

 

 「……木綿季は、もう…もう一人ぼっち、なんだな」

 

 信仰深かったお母さんも、献身的だったお父さんも、半身だった姉の藍子も、もう木綿季の傍にいないのだと。

 

 ―――俺の中で幸福だった思い出の欠片が、砕けて散った。

 

 ザザに無理矢理こじ開けられたハルが殺された瞬間(絶望の記憶)が、再び脳裏をよぎる。あの時の痛み、悲しみ、苦しみ……空虚さが鮮明に思い起こされる。

 

 (それなのに……それなのに、木綿季は……っ!)

 

 笑っていた。きっと俺よりもずっと辛いのに、笑顔という仮面をかぶって頑張っていたんだ。剣を交えたのに気づけなかった自分が恨めしい。

 せめて……せめて、あの子が為そうとしている事が分かれば、その時はこの手で道を切り開こう。木綿季がこれから先、少しでも苦しむ機会が減らせるのなら、何度でも。

 

 「俺は、兄ちゃんだからな……そうだろ、母さん」

 

 亡き実母がいつか自分に贈ってくれた言葉を胸に、俺は決意を固めた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 キリト サイド

 

 「―――単独パーティーでのフロアボス攻略の助っ人、ねぇ……アスナが連れていかれた時はどーなるかと思ったけど、とってもハードな挑戦してるのね」

 

 「でも、成し遂げたらパーティー全員の名前が剣士の碑に刻まれるんですよね。それってALOで凄い偉業になりますよ」

 

 「そうね。それにアスナは元攻略組で指揮経験も豊富だし、案外サクっと達成できるんじゃない?」

 

 「リズさん、それは楽観的すぎますよ。いくらアスナさんでも、初見クリアは無理ですって」

 

 アスナが絶剣―――ユウキとデュエルを行い、その後彼女に手を引かれていった翌日。クロトを除いた学生組はアインクラッド二十四層のログハウスに集まって、アスナから届いたメッセージの内容について言葉を交わしていた。

 

 「んー、でも最近のフロアボスって大手ギルドの専横が酷いって噂があるのよね……」

 

 「フィリア、その話聞かせて。年末の冒険以降はGGO(あっち)の方行ってて初耳なの」

 

 シノンに促され、影妖精(スプリガン)のトレジャーハンターは苦虫を嚙み潰したような表情と共に語ってくれた。

 

 「なんでも、大手ギルドの斥候役(スカウト)がボス部屋前でハイドしてるらしくって、他ギルドの偵察隊に盗み見(ピーピング)用のサーチャーをくっ付けてボスの情報を掠め取っているみたいなの……まぁあたし自身、同業者に同じ手口使われて、攻略サイトにマップデータが載っていない所のお宝を……!」

 

 「あー、この間のあれですよね。守護役のmobに返り討ちにあって、リベンジしに行ったら先を越されてたってやつ……しばらくハルに慰められてましたよね」

 

 ちょっと待てリーファ、初耳なんだが?……いかんいかん、今その件は後回しだ。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!フィリアさんのお話が本当なら、アスナさん達が今まさに利用されているって事ですよね!それってアリなんですか!?」

 

 耳と尻尾をピンと立てたシリカが声を上げると、皆は眉を顰めたり、腕を組んで唸ったりと歯切れが悪かった。

 

 「うぅーん、確かに非マナー行為って言えなくはないけど……相手は盗み見(ピーピング)用の呪文を本来の用途で使っているだけとも言えるし……というかアレ、レコンも何度か使った事あるって言ってたわね」

 

 「今の運営に換わってから大分緩くなりましたけど、元々ALO(このゲーム)は種族間の対立やPvP推奨されてますからね。ハイエナみたいなやり方もプレイスタイルの一つって事で、仮に運営に訴えてもお咎め無しが関の山ですよ」

 

 心底不愉快ですけど、と口許を尖らせたハルの言葉に、皆は押し黙る。シリカも返す言葉が無いのか、先程と打って変わって猫耳と尻尾が垂れ下がり、話の切っ掛けを作ったもう一人の猫妖精(ケットシー)は不満そうに尻尾を揺らす。

 

 (いちゲーマーとして、否定はできないよな……だけど)

 

 随分と都合のいい事だ、と理性が苛む一方で感情は大手ギルドへの不快感―――いや、怒りに染まりきっている。

 剣士の碑に仲間全員の名を刻み、己の足跡を残す。それが木綿季たちスリーピングナイツ(末期患者)の願い。残り僅かな命を燃やして、今を全力で生きている彼女達の努力を横取りする事だけは、どうしても許容できない。

 

 「みんなはアスナ達の成功を信じて、打ち上げの準備を頼む。俺は様子を見てくるよ」

 

 なるべく自然な態度を装って席を立つ。クロトがいないのは手痛いが、それでもやるしかない。

 

 (一応、ロストしたくないアイテムは仕舞っておくか……あとエクスキャリバーも)

 

 皆の尽力でゲットしたあの黄金の剣は、自分一人の為には決して使わないと決めている。木綿季やアスナの邪魔をする大手ギルドへの怒りが行動原理になっている以上、ここからの行動は全て俺の我儘なのだ。

 

 「へぇ、流石のキリトもアスナが心配なのね」

 

 「今の話を聞いたら、な」

 

 リズのからかい混じりの言葉に顔を向ける事無く答えると、身支度を整えるベく寝室へ向かう。僅かな時間だけハルと視線が交わると、出来の良い弟は俺の考えを察してくれて微笑と共に頷いて背中を押してくれた。

 寝室に入り、そこの収納棚でストレージ内のアイテム整理を手早く済ませると、僅かな逡巡の後で転移結晶を取り出す。

 

 「ねぇキリト、わたしも気になったから一緒に―――ってちょっと待」

 

 背後でドアが開く音と共にサクラの声が聞えたが、その時にはもう転移の為のボイスコマンドを唱え終えていた。

 

 ~~~~~~~~~~

 

 サクラ サイド

 

 「行っちゃった……」

 

 伸ばしかけた手の先で、転移エフェクトの残滓が消えていく。ここから転移門まで移動しても、高価な転移結晶を必要とするほどのタイムロスは無い筈なのに。どうしてキリトは転移結晶を使ったんだろうかと、疑問が残る。

 

 「何か、あったんだよね……きっと」

 

 先程までの彼の態度は普段のそれと大きな違いは感じなかったけれど、何となく何か(・・)が引っかかるようだった。

 

 (クロト……)

 

 昨日から姿を見せてくれない想い人がいてくれたら。わたしでは何となくしか感じ取れないキリトの変化に目ざとく気づき、迷わず彼の手助けをして……彼が皆に打ち明けずに抱えている問題まで解決しちゃうんだろうなぁ。

 でも今、ここにクロトはいない。昨日は約束の時間ギリギリに野暮用だって連絡があったけど、今日は何もない。さっきまでリビングで皆といる時だって、わたしの頭の中の半分以上はクロトに連絡しようかどうかという悩みが占めていた。

 

 「サクラー?キリトー?」

 

 背中にかけられたリズさんの声にハッとする。振り向くと彼女が開けっ放しだったドアから丁度顔を覗かせた所だった。

 

 「リズさん、キリトが転移結晶使って……行っちゃいました」

 

 「……え?」

 

 パチパチと目を瞬かせて固まる彼女のリアクションは至極まともだと思う。だってわたしやリズさんから見れば、キリトが転移結晶を使う程に急ぐ理由が見当たらなかったから。リビングに戻り他の皆にも同様に伝えると、誰もが二の句が継げられなかった。

 

 「……思っていた以上にアスナが心配だった……あるいは邪魔する大手ギルドに腹を立てていた……って所かしら」

 

 「ん~、それしかないと思いますけど……それだけだと理由が弱いっていうか、お兄ちゃんらしくないっていうか……微妙に納得しきれないんですよね」

 

 努めて冷静にキリトの行動原理を推測するフィリアに、眉を寄せながらリーファちゃんが違和感があると言う。

 

 「ねぇハル……ってさっきシリカちゃんと打ち上げの為の買い出しに行ったんだっけ」

 

 「あの子、キリトの事分かってて黙っていたのかしら」

 

 今日のメンバー内でキリト最大の理解者たる実弟の不在にリーファちゃんは肩を落とすと、シノンがポツリと呟く。誰もが「まさかそんな事」と思った矢先、あの子が時として兄のブレーキではなくアクセルになる場合があった事を思い出して顔を見合わせる。

 

 「……ねぇ皆、この状況のキリトがやる事って何だと思う?あたし、すごーくヤな予感がするんだけど」

 

 「奇遇ですねリズさん。わたしもです」

 

 「右に同じね」

 

 「うん、絶対に無茶な事やる。それもとびっきりのヤツ」

 

 「……クロト、呼んでみます」

 

 ログハウスに残った皆に見送られながら、一度ログアウトする。今からクロトに連絡をとったとして、仮にすぐにALOへ来てくれたとしても、間に合うかどうか分からない。

 

 (もしダメだったら……わたしが手伝いに行こう)

 

 多分……いや、ほぼ確実に焼け石に水だろうけれど。でもキリトがやろうとしている事に察しがついた以上、じっとしている事なんてできなかった。

 

 ―――情報を盗んだ大手ギルドの攻略隊への殴り込み。

 

 死に戻りしているであろうアスナさん達が再戦する為のチャンスを作る為に、一人で無謀な行動を起こす彼に、わたしや皆は今まで助けられてきたんだから。

 

 (お願いクロト、力を貸して……!)




 お久しぶりです。一年以上エタってしまって申し訳ありません。

 去年のニコニコ動画閉鎖騒ぎでアニメが見れなくなって心に大ダメージを受け、その後サイトが復帰してからは見逃してしまったヤツを追いかけるべくニコニコ動画のdアニメサイトを活用し始めたら……数多のラインナップに堪らず色々と見始めて……各クールの新作も追いかけていたらいつの間にかワイルズ発売日来たし……
 色々な誘惑が増えてしまい、遅れに遅れました(汗)
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