ここなら。
もしかしたら何か分かるかもしれない。
そう思い私は扉をノックした。
「…はい。」
中からカフェさんの声が返ってきた。
「待ってたよぉ。さぁ、入るといい。」
続いてタキオンさんの声。
私はゆっくりと扉を開けた。
「し、失礼します……」
部屋へ入ると薬品とコーヒーの香りが混ざった独特の空気が流れてくる。
「やあ、スペ君。ずいぶん顔色が悪いねぇ。……まあ、あの出来事の後では無理もないか。」
タキオンさんは机の前に立っていました。
机の上には資料がいっぱいに広げられています。
「とりあえず座るといい。机の上は少しばかり散らかっているが気にしないでくれたまえ。」
私は言われるまま椅子に腰を下ろした。
「東京競馬場の件だろう?」
私はうなずく。
その横でカフェさんが静かにコーヒーを置いてくれた。
「……どうぞ。飲めば少し落ち着きますから。」
私はマグカップを手に取った。
「それで、何があったか話してくれるかい?」
タキオンさんにそう言われ、私は必死に話しました。
言葉にするたび、あの日の光景が蘇り何度も言葉が詰まった。
それでも、話さなければならない。
蝶がスズカさんに触れたら騎士になったこと。
騎士が起こした観客席での惨劇。
そしてニュースで聞いた自衛隊の出動と遺体の消失。
なんとか話し終えた頃には手元のコーヒーはすっかり冷めていました。
ひとしきり話し終えると、タキオンさんに聞く。
「何か分かりますか?」
「分からないねぇ。」
即答だった。
「えっ……」
「情報が足りなさすぎるからねぇ。そもそも消えたというのが完全な消失なのか、それともどこかに移動しただけなのかも分からない。」
言われてみればその通りでした。
タキオンさんが視線をカフェさんへ向けます。
「カフェ~」
「なんですか。」
カフェさんがむっとした表情になる。
「君のお友達は何か言っていないかい?」
「……怯えています。」
「怯えている?」
「はい。今まで見たことがないほど。」
タキオンさんが言う。
「それだけかい?」
大きくため息をつきました。
「参ったねぇ。」
天井を見上げ、タキオンさんが乾いた笑を溢す。
「科学では説明できない。」
「霊的な存在は怯えきってて役立たず。」
その瞬間、タキオンさんの資料が突如燃え始めました。
「うわぁ!?」
タキオンさんが悲鳴を上げる。
お友達の怒りを買ったようでした。
あの蝶の資料だけ無事なのは手心だったのでしょうか。
しばらくして落ち着いたタキオンさんが言いました。
「現時点では何一つ分からない。」
「じゃあ……もうどうしようもないってことですか?」
私はショックで項垂れる。
「いや。」
タキオンさんがはっきりとした声で私の言葉を否定しました。
「まだ一つだけ、当たれる場所がある。」
「えっ?」
「三女神様さ。」
私は思わず顔を上げた。
「三女神様……ですか?」
「正確には三女神様のAIだがねぇ。」
タキオンさんは続けます。
「この世界の科学、歴史、伝承、神話などなど。膨大なデータが彼女達の中に保存してある。もし、あの蝶がこの世界に昔から存在していたのならば何かしら記録や伝承が残っているかもしれない。」
私は唾を呑む。
「つまり……蝶のことを聞きに行くんですね」
「その通り。もちろん、『何もわかりません』で終わる可能性も十分ある。でも今は可能性を一つずつ潰していくしかない。」
その時、静かに話を聞いていたカフェさんが口を開きました。
「……お友達もそれがいいと言っています。」
「えっ?」
「『まずはそこへ行くべき』だと」
タキオンさんは笑いました。
「科学と非科学の行き着く結論が同じなのかい。珍しいこともあるものだねぇ。」
私は二人を見る。
昨日までは何も分からず、ただ恐怖に震えることしかできませんでした。
でも、今は違う。
冷めたコーヒーを一気に飲み干し椅子から立ち上がる。
「三女神様のところへ行きましょう。」
タキオンさんは満足そうに笑いました。
「決まりだねぇ。」
こうして私達はあの蝶の正体を探るため、三女神様のAIのもとへ向かうことになったのでした。