The Reversed Star――逆位置の星―― 作:ほいみん
※独自解釈/女性体オリジナルサーヴァント/ギルガメッシュ×アトラス/本文に文章生成AI補助あり
※掲載イラストは作者による手描きです。
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談話室の扉を開けた途端、青が飛び込んできた。
立香は、思わず足を止めた。
壁いっぱいの画面に、空が広がっている。遠くまで重なる山稜。日の当たる斜面。画面の外から聞こえる歓声に、一瞬、頬を打った風まで戻ってきた気がした。
「もう、そこまで見たの?」
「おう、来たか!」
イスカンダルが、大きな杯を持った手を上げた。
その隣に始皇帝。卓の向こうにはオジマンディアスが座り、さらにその奥で、ギルガメッシュが満足げに酒を飲んでいる。
アトラスもいた。こちらへ顔を向け、隣の椅子に置いていた端末を卓へ移す。
「始める前に、呼んでって言わなかった?」
「呼びにやろうとしたところだ」
ギルガメッシュが杯を下ろした。
「肝心なところへ、間に合ったではないか」
「終わったところだったよね」
「ならば、もう一度見よ」
「待て」
オジマンディアスが、肘掛けから身を起こした。
「今の前を見せよ」
「ほう。太陽のも目が離せなんだか」
「余が見たいのは、その前だ。あの船は、何に抗っていた」
英雄王の眉が上がった。
イスカンダルが、声を立てて笑う。
「おぬしのところだけでは、航海にならんだろう!」
「我の一撃を見終えて、まだ注文をつけるか」
征服王が、画面を指した。
「まだ見終えておらぬ。始まりを飛ばしたのはおぬしであろう」
立香は空いた椅子へ座った。
どうやら、最初から順に見ていたわけではないらしい。卓に置かれた端末には、ダ・ヴィンチのまとめた記録が開かれていた。現地から送った映像と音声に、日ごとの報告が添えられている。
「使い方、分かる?」
立香が尋ねると、アトラスは無言で端末をこちらへ向けた。
「……私がやるんだね」
「その方が早かろう」
始皇帝が、卓の中央にあった皿を少し寄せた。
立香はその空いた場所へ端末を置き、沈船の記録を選んだ。画面が暗転し、灰色の空と、丘に並ぶ二王の背が映る。
傍らには、退避地と船の位置を示す図があった。
「待て。その図を拡げよ」
始皇帝の指が、船の断面を示した。
「船を見るのではなかったか」
「見ておる。その船を」
太陽王の声にも動じず、始皇帝は椅子を卓へ寄せた。
アトラスは図の端に重なっていた杯を持ち上げ、手元へ戻した。
*
「以前の形もあるか」
「うん。こっちが、切り離す前」
立香が古い図を並べると、始皇帝は二つの輪郭を見比べた。
張り出した作業場が、一方にはあり、もう一方にはない。揚水と加工の記録も、そこで途切れていた。
「損じるたびに、働きを内へ寄せてきたわけか。水を運ぶ者まで増やして」
「そこを切らなかったら、眠っている人たちのところまで引っ張られていたんだ」
「その場で切ることには異論はない。切った後も、この形を保たせ続けるのか、という話よ」
始皇帝の指が、残った船内を横切った。
「ここを動かせば、揚水から配るまでの往復を減らせぬか。何をどこへ置くかも、元の船に合わせたままであろう」
「そこは人が住んでいる」
アトラスが言った。
始皇帝は指を止め、居住区の印を拡大させる。
「では、その移し先も要るな」
「あっさり言うね……」
「あっさり済むとは言うておらぬ」
始皇帝は図から顔を上げた。
「朕ならば、改修の時を設ける。減った働きに民を合わせ続けるより、船の方を造り替えようぞ」
「その間も、雑種どもは腹を空かすがな」
ギルガメッシュが口を挟んだ。
「ゆえに、改修中の維持まで含めて組むのだ。其方が見つけた無駄な枠も、そのまま寝かせてはおかぬ」
「我の見立てで稼ぐ時を、貴様は工期に使う気か」
「時を得て、何も変えずに使い切る方が惜しかろう」
始皇帝の手が、図をさらに自分の方へ引いた。
ギルガメッシュは、愉快そうに鼻を鳴らした。
「どこへ手を入れるにも、先に替えを立てよ。そこの水を止めれば、医療も炊事もまとめて止まる」
「分かっておる。使いながら造り替えるのだ。止めて困るものから、別の働きを用意する」
立香には、ペトロスがこの卓にいたら、と思えてきた。
今、二人の指が行き来している辺りを、毎日工具を持って歩いていた人だ。
「でも、落ちたのは加工場でもあったんだよ。道具をなくした職人さんもいた」
「残った加工の設備は」
「次の図だ」
アトラスが示すと、始皇帝はすぐ続きを求めた。
「材だけあっても、形にする手と場所がなければ使えぬか。これは改修の前段から掛かるな」
それでも、図を閉じようとはしなかった。
アトラスも杯を置き、始皇帝が指した区画を見直している。
「その工期は、どこで確保する」
「施工に回す者の仕事から組み替える。何を続け、何を休めるか。船全体で決め直さねばならぬ」
「その間の暮らしごと、引き受ける?」
立香の問いに、始皇帝が顔を上げた。
「朕が造り替えよと言うのであるぞ。誰に預けるつもりで問うておるか」
「……そうだった」
少し安心しかけたところで、その大きさに気づいた。
新しい揚水器を一つ足す話ではない。図の中の誰がどこで働き、どこで眠るかまで、始皇帝は自分の手で動かそうとしている。
「完成する頃には、元の船とは別物だな!」
イスカンダルが杯を置いた。
「そうならぬなら、改修した甲斐が薄い」
「で、その立派に直った船を、どこへ進める?」
大きな指が、船を囲む山の輪郭へ移った。
「まず、民が安んじて暮らせるようにする。其方の遠出は、その後でも遅くはない」
「余は、その後が見たいのだ!」
征服王は笑い、立香へ身を乗り出した。
「船を降ろすと言い出したのは大洋王であったな。何と誘った。そちらを聞かせよ」
*
画面の中で、完全閉城のアトラスが端末から手を離した。
『到着とは、汝らが同じ時に立ち、自らの足で歴史へ降りることだ。会いたい者に会い、聞きたかった言葉を聞き、その場で答える。誰もが自らの目で現在を見つめ、自らの望む明日を築いていく。己(おれ)は、汝らのそういう暮らしを見たい』
イスカンダルの杯が、口へ届く手前で止まった。
その目が、紺碧の王から、向かいに座る人々へと動く。
「おお、ようやく行く先を掲げたか!」
征服王の笑顔が、卓の脇のアトラスへ向いた。
「なるほど。おぬしは、その暮らしが見たいと申したか」
「そうだ」
「余ならば、その先の話を、あの者どもにもさせてみたいな。何を建て、どこまで行くか。出立の前から、さぞ賑やかになろう!」
立香は、広場でゾーイが器具袋へ手を添えたところを思い出した。
始皇帝は、画面の脇に出ている終了条件へ目を向けていた。
「全員が同意すれば、船も残せたのだな」
「船体と家は。水や守りは、自分たちで引き継ぐことになるけど」
「ならば、なおさら惜しい!」
征服王が膝を打った。
「家を失わずに済むなら、それを望む者も多かろう。一度は、そこへ揃うところを目指したいものよ」
「そっちも、先に聞いたんだ。でも、揃わなかった」
立香は採決の日を開いた。
卓の前に立つペトロスの姿が映る。船が残っても、これまでのように人を生かせるわけではない。その声が、談話室へ流れた。
「この男は、さっきもおらなんだか」
「ペトロスさん。道はあるのか、って聞いた人だよ」
「聞いて、なお反対したか」
イスカンダルが、口元の髭を撫でた。
「ならば、もう少し話してみたいものだな」
「一人で説き伏せれば済む数ではないぞ」
始皇帝が集計へ目をやった。
「一人ずつ話すにしても、船は待っておらぬ」
「分かっておる。だが、票の置き方を見ただけで、口説き尽くしたとも思わん」
征服王の声には、まだ楽しみがあった。
立香は、次の記録へ指を滑らせた。
「ペトロスさんは、移る案にも反対だった。でも、水を運ぶ道も、工事も、一緒に確かめてくれたんだ」
「働きぶりは、先ほどの図にも残っておるな」
始皇帝が頷く。
画面には灯りのともった広場が映り、立香自身の声がした。
『ペトロスさんは、皆さんと一緒に降りますか』
『降りる。私の荷も、数に入れてくれ』
「ほう」
イスカンダルが、身を引いた。
「返事は、そこまで変わったか」
「反対の答えは変えていない」
アトラスが言った。
征服王は、こちらのアトラスと、画面のペトロスを見比べた。
「そうか。ならば余は、そやつにも行きたいと言わせてみたい。同じ道を進むのなら、出立を喜ぶ顔も見たいではないか」
ペトロスはもう、画面から歩き去っていた。
その背をしばらく見てから、征服王は立香へ顔を戻した。
「もう一つ。演説を少し戻してくれ」
紺碧の王の前に、人々が並ぶ。
誰も死なずに済むと言えるのか。その問いへ、「言えない」と返る。
ざわめきが止まり、いくつもの顔が画面の端へ向いた。
「ここだ」
イスカンダルはギルガメッシュを見た。
「おぬし、よく黙っておったな」
「声を掛けねば気が済まぬ貴様と一緒にするな」
「あれだけ期待されておったのだぞ?」
「見れば分かる」
英雄王は杯を傾けた。
画面の中の赤い目は、人々へ向かない。ずっと、アトラスを見ている。
「我が口を開けば、こちらの続きを待つ。こやつが何を望むかまで、我に語らせてどうする」
アトラスの指が、杯の縁で止まった。
「自慢するほど長く黙っていたわけではない」
「我が黙っておった値打ちは、時の長短では測れぬぞ」
イスカンダルが笑った。
その横で、始皇帝は画面の文面へ目を戻していた。
「しかし、この答えを聞くために、眠る者まで起こしたのであろう」
立香は端末へ指を戻した。
*
「眠ったままでも、起きている人たちには決める権利があったよ」
立香は、一つ前の審議の記録を開いた。
ペトロスが、では何が足りないと尋ねる。画面の中のアトラスが、顔を上げた。
『残される者にも、聞きたい』
短い返事のあと、広場の音だけが続いた。
始皇帝は、卓に指を置いたまま隣を見た。
「皆を同じ時に起こす。その望みに合わせて、危険まで集中させたのであろう」
アトラスは、始皇帝へ目を向けていた。
「朕ならば、あの段階で全員を起こさぬ。起こした者の介助が続く間も、外を守る手は要る。その手が欠ければどうなるかも、承知しておった」
「うん。説明して、採決した」
立香は、覚醒の日の報告を開いた。
最初の頁には、起こされた人からの異議もあった。まだ納得したわけではない。その一行を見て、記録を差し出した時の顔が浮かんだ。
次の頁には、死者の名が並んでいる。
ダモン。ミュリネ。
十七人の名と、分かった経過。
イスカンダルが、杯を卓へ戻した。
「私が人を送った記録も、そこにある」
立香は、経過の脇の項目を開いた。
行き先を変えた連絡。受入側から届いた返事。検証した時には通れていた分岐へ、介助と退避の列が重なったこと。
同じ画面には、アトラスが次の区画を起こすと決めた時刻もあった。
「通れる幅は確かめた。でも、あの人数が同時に来たらどうなるかは、見積もりきれていなかった」
手元の端末が、少し眩しかった。
立香は指を離した。
「起こしてから、異議も返ってきたか」
始皇帝が言った。
「その声を得たことをもって、起こした裁定まで正しいとは、朕は評さぬ」
アトラスは、画面へ目を戻した。
死者の名が映ったまま、誰も先を求めなかった。
「余は、行く先を望む王が人を動かすことを、退けはせん」
やがてイスカンダルが口を開いた。
「ただ、ついてきた者の顔を喜んで見たなら、来られなんだ者の名も持ってゆくことだ」
大きな手が、卓の上で開いた。
「遠くへ着くほど、後ろは見えにくくなるからな」
立香は、翌日の資料へ進めた。
先頭には同じ十七人の名があった。その後ろに、船を続ける案と、降りる案が並ぶ。
アトラスは、どちらからも、その頁を外さなかった。
「英雄王の案も、まだここにあるな」
始皇帝が言った。
「当然だ。求めるならば違えぬと、告げてあった」
「その時には、請けた?」
立香が尋ねると、ギルガメッシュは顔を向けた。
「条件を揃え、なお我に求めたならばな」
答えは、船で聞いた時と変わらなかった。
アトラスも口を挟まない。
立香は資料を閉じ、同じ日の映像へ戻った。
夕方の広場。卓に置かれた綴りの隣に、別の記録がある。紺碧の手が、その上へ掌を置いた。
「その包みは」
オジマンディアスの声がした。
「最初の王の記録です」
「少し戻せ。何を告げてから包んだ」
*
『洪水の先へ、民を生かして運んだ。この航海は、その務めを果たしている』
アトラスの掌が離れ、記録係が綴りを閉じた。
広げてあった布が折り重なり、文字を覆う。
画面の端では、立香自身が頭を下げていた。
オジマンディアスは、包みが持ち出す記録のそばへ納められるまで、声を発しなかった。
「務めを果たしたと認めて、なお沈めるか」
低い声が、卓へ落ちた。
アトラスは、太陽王を見た。
「ならば、あの水に抗ったのも、王の残した働きであったな」
「洪水を、一度越えていたから」
立香が答えると、オジマンディアスは頷いた。
「民を失わずに運ぶ。そのための船が、水へ抗った。よく保ったものよ」
今は、その船の作動音も流れていた。
記録を包んだ後も、灯りは消えず、水は送られ続けていたのだ。
「最初の王が退いてからも、長く動いていたんだ。直しながら」
立香は、船全体の見える静止画を開いた。
船腹を何本もの帯が横切っている。継ぎ板の色が、それぞれ違った。
「ここ、初めて見た時にも、アトラスが気にしてた」
「継ぎ目ばかり見ておったからな」
ギルガメッシュが言った。
「我は、その上で布を干しておる者どもを見ておった」
「そこも、見た」
アトラスが静止画の上へ目を移した。
屋根が重なり、家々の間に紐が渡してある。立香には、風に広がった布の音が聞こえる気がした。
「ペトロスさんも、丘でずっと船を見てたよ」
布を巻かれた左腕を抱えていた。
スティリオスも、その隣で。
何を言っていたかまでは、立香のいた場所からは分からない。ただ、二人とも眼下から顔を背けなかった。
「あの船を残したいって、ずっと言ってた人だから」
オジマンディアスが、杯から手を離した。
「王が建てたものは、王の去った後にも民を庇う。壁も、屋根も、そこへ帰る道もだ。捨てがたくて当然であろう」
「愛したままでよいと、伝えた」
アトラスが答えた。
太陽王の目が、船の屋根から移る。
「沈める刃は、王が執るか」
立香は画面を見た。
重なった屋根の下を、自分も歩いていた。
「先の王の務めを認めて、記録を携えさせた」
その目が、卓の向こうのアトラスへ向く。
「そこは、よい」
アトラスはその目を受けた。頷いて自分の行いを重ねることはせず、杯を持ち直した。
「では、降りた先はどうした」
オジマンディアスが、椅子の背から離れた。
「民が仰ぐべき王も、住まうべき国も、そこからであろう」
立香は、帰還前の記録を選んだ。
*
『我らの王となってください』
荷置場で、民の一人がアトラスを見上げていた。
オジマンディアスが、当然のように顎を引く。
『棄却する。判断は、汝らのものだ』
始皇帝も、画面へ顔を向けた。
移行の記録が、民の記録係へ返される。
「余ならば、ここに国を築いてやる」
太陽王の声が、卓へ通った。
「王を求める民があり、踏むべき大地も得たのであろう。ならば、この先を照らす威光も要ろうが」
「その点は朕も同じだ」
始皇帝が酒器を置いた。
「先の暮らしを、未完成な者どもだけに預けて去りはせぬ。船を出たことで、飢えも争いも終わるわけではない」
「……二人とも、そこからが本番なんだ」
立香は二人を見比べた。
聖杯を回収し、帰還するまでに、自分たちは何をできるか。現地では、ずっとそれを考えていた。
この二人が国を引き受けるなら、帰るための準備とは、初めから違うものになっていたのだろう。
「まず、水を確かめる。畑へ引き、住まいへ通し、民を養う地を定める。都を築くのは、その上だ」
オジマンディアスの手が、画面の斜面を示した。
「そこに王の座を置く。遠く働く者にも、帰り着く場所が見えるようにな」
「王が見えることへ、働きを頼りすぎるな。水も生産も、王を仰いで待たずに済むように組むべきであろう」
「民の目が余を仰ぐことを、待ち時間に数えるか」
「其方が見られて喜ぶ時間も含めてな」
太陽王の口元に、笑みが浮かんだ。
「目に見えるものまで行き渡らせてこそ、王の栄えであろう。余が在ると知る喜びを、民から取り上げることもない」
「飢えずに眠れる喜びを先に整える。その後の眺めは、好きに飾ればよい」
「二人で建てたら、いつまでも完成しない気がする」
立香の声に、イスカンダルが笑った。
「完成など、急ぐことはない! 余なら、まず向こうの山まで見に行くぞ」
始皇帝が、征服王を横目で見た。
「働かぬ王が増えた」
「土地を知るのも仕事であろうが! 水の流れも、通れる道も、歩かねば分からん」
征服王の指は、画面の山の奥へ伸びていた。
「あの稜線の先に、まだあるのだろう。行かずにおれるか」
「勝手に版図を拡げるな。まず手元の民を養え」
ギルガメッシュまで口を挟んだ。
立香は、自分の前の画面へ目を戻した。新天地へ着いて、まだ半日も経たない記録の上で、都の場所まで決まりかけている。
「続きを見てもらっていい?」
返事を待たずに再生した。
画面のアトラスが、アストライアへ向き直る。
『その天秤を、彼らは器の外へ携えてきた。汝が去った後も、自らの手で量るために』
女神が、人々の方を見た。
図を挟んだ言い争いに、民の担当者が入っている。双方へ順に話を聞き、指された場所を確かめる。
アストライアは、そのまま待っていた。
「女神は、ここで去ったのか」
「はい。最後まで、皆さんの方を見ていました」
オジマンディアスの問いに答えながら、立香も画面を見た。
青い衣の裾から光がほどける。花の輪郭が、風の中へ薄れていく。
「反対した男も、あの若いのも、この先また言い合うのであろうな」
始皇帝が言った。
「あの二人は、船を出る時も言い合っていたそうだよ。肩を貸したまま」
搬送の報告には、二人が互いを支えて降りたとあった。最後に丘へ着いた車にも、並んで座っていた。
「去った後にも、それを毎度続けさせるか。朕には、やはり不便な国に見えるな」
始皇帝はそう言い、再び画面を見た。
別れたばかりの女神を呼ぶ声はない。次に話したいことがあると、民の記録係へ札が渡されていた。
「持ち出した記録も、あそこへ戻したんです。最初の王のものも、亡くなった人たちのものも」
立香は、荷の報告を小さく開いた。
包みの一つに、歌と記されている。
「歌もあるか」
太陽王が目を留めた。
「はい。あの船で歌ってきたものだって、持ってきた人がいました」
「用途の記載がないぞ」
始皇帝が、空いた欄を見た。
「そのままでよいと、己が言った」
アトラスが答えた。
始皇帝は隣の食料や工具の欄も一度見てから、歌の欄へ戻った。
「ふむ。其方らしい荷だな」
オジマンディアスは、包みの記録を眺めていた。
「船を残さずとも、その歌は残したか」
立香は頷いた。
薄い板に布を巻いていた手と、そのそばに残した、大きな石臼を思い出す。
*
「では、今度こそ見せよ」
オジマンディアスが杯を手に取った。
「その船を終え、空を開くところだ。途中で都を築き始める者がおらぬうちにな」
「其方が始めたのであろう」
始皇帝の返答に、征服王がまた笑った。
立香は記録を選び直した。
丘に全員が揃ったという自分たちの声が流れ、画面の船底に藍色の火が灯った。
水が湧き上がる。土に埋もれていた巨体が浮き、波に呑まれ、それでも水面へ戻ってくる。
紺碧の王の外套が、風に引かれていた。
「ほう」
オジマンディアスの目が細くなった。
閉じる壁の内側を青が走り、隔壁の動きが途切れる。船はまた浮き直そうとし、今度は、傾いたまま戻らなかった。
画面の端に、丘の草が映っている。
患者のそばで、布を押さえる手も。
水はその下を回り、船のあった場所へ流れていく。
立香は再生を止めなかった。
船の影が消えた後も、灰色の空は残った。
『実に見事な航海であったぞ』
『まだ、着地していない』
『知れたこと。ゆえに、我が闢(ひら)く』
隣で、ギルガメッシュが杯を置いた。
画面の中の英雄王が、乖離剣を掲げるところだった。
「ここは、飛ばすなよ」
「飛ばしてないってば」
剣が回り、風の音が強くなる。
立香は顔を上げた。記録の中の声が高まり、一閃が横へ走った。
灰色が、上下へ開く。
鮮烈な青が、卓を囲む顔まで照らした。
「ははは! よい空ではないか!」
イスカンダルの声に、画面の歓声が重なった。
オジマンディアスも、口元に笑みを浮かべている。
「閉じておくには惜しい地平よ。あれを初めて見る民の声か」
「そう。私も、声が出ちゃった」
自分がマシュを呼ぶ声まで聞こえてきて、立香は少し笑った。
今見ても、画面の先へ目を向けてしまう。あの山のさらに向こうが、もう行き止まりではない。
「二人がかりで、ずいぶん大きなものへ刃を入れたな!」
征服王が、二王へ杯を向けた。
「婚礼の菓子にしては、随分と大仰よ」
オジマンディアスが続けた。
アトラスが、画面から顔を戻す。
「菓子ではない。婚礼でもない」
「我らに相応しい大きさではあろう」
ギルガメッシュは、少しも否定する気がなかった。
アトラスの目が横へ向く。それを待っていたように、英雄王の笑みが深くなった。
立香は、持ち上げた杯で口元を隠した。
「して、英雄王」
イスカンダルが、椅子の背へ身体を預けた。
「おぬしは、どう評したのだ」
「まだ我が剣について語らせる気か」
「そちらは、もう聞いた。大洋王のことよ」
ギルガメッシュは、隣のアトラスへ目を向けた。
アトラスも、その目を受ける。
「とうに評しておる」
返事は短かった。
征服王が、片眉を上げた。
「今夜、改めて聞かせることはないと?」
「今更、何を付け足せと言う」
「先ほどから、随分と喋っておったではないか」
「あれは我の話だ」
イスカンダルが、腹から笑った。
始皇帝も酒器を口へ運ぶ前に、一度肩を揺らした。
「その区別だけは、実に明瞭よな」
アトラスは隣の顔をもう一度見てから、手元の杯へ目を下ろした。
卓へ置く時、ギルガメッシュが自分の杯を少し寄せた。二つの縁が、軽く触れた。
画面では、丘から車が動き始めていた。
立香は、最後に残っている帰還前の記録を開いた。患者を休ませる場所ができ、荷を下ろす声がする。
ペトロスとスティリオスがいた。
「この二人、帰る時も、荷車をどこへ置くかで言い合ってたんだよ」
「おお。反対した方と、賛成した方か」
征服王が画面へ目を戻した。
「ペトロスさんと、スティリオスさん。二人とも怪我をしていたから、座ったままで」
荷車を押す人へ、あちらだと手が伸びる。
少し先では、ゾーイが母と布を広げていた。母が端を持ち、娘が紐を結ぶ。風にはためいた布に顔をよけ、二人で笑った。
立香は、ゾーイがあの器具袋を使っているところを見せたいと言った声を思い出した。
画面の中で、袋はゾーイの腰にある。母の手が、その肩から糸くずを取った。
「ゾーイさんたち、あのあとも話してたね」
「ああ」
アトラスは、画面を見ていた。
母が頷き、娘がまた何か言う。二人が布の下の患者へ向き直ったところで、最後の映像が途切れた。
立香が端末へ手を伸ばすと、始皇帝がそれを呼び止めた。
「さて、改修の話に戻るが」
「……まだ続くの?」
「途中であったろう。加工場を失った後の話だ」
アトラスが、卓へ杯を置いた。
「その工期は、まだ聞いていない」
ギルガメッシュが声を立てて笑った。
「クハハ! 逃がしてはくれぬぞ、始皇帝」
「誰が逃げると申した。図を出すがよい」
アトラスはもう、端末の方へ椅子を寄せていた。
立香は空いた皿を脇へやり、船の図をもう一度開いた。
見終えた航海を前に、王たちの夜は、まだ終わりそうになかった。
この作品の興味をもったところは?
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アトラスのキャラクター性・内面
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ギルガメッシュとの関係性
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王としての在り方・王権のテーマ
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ストーリーの展開
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その他