入学から一か月半。
凛子と歌姫は基礎訓練と任務を繰り返し、少しずつ術師として経験を積み始めていた。
この日も二人は補助監督に同行し、地方都市で発生した四級呪霊の討伐任務へ向かっていた。
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人気のない廃ビル。
帳が下ろされる。
凛子は静かに周囲を見渡した。
「三階だな」
歌姫も頷く。
「私も同じ気配を感じるわ」
二人は慎重に階段を上がっていく。
三階へ着くと、黒い靄がゆっくりと人型を作り始めた。
四級呪霊。
こちらへ気付くと、奇声を上げながら一直線に飛び掛かってくる。
「来る!」
歌姫が木刀を構える。
凛子は半歩だけ前へ出た。
呪霊の爪を受け流し、体勢が崩れた隙へ木刀を振り抜く。
一撃。
呪霊は黒い霧となって消滅した。
戦闘時間は十秒も掛からなかった。
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「終わったわね」
歌姫は肩の力を抜く。
補助監督も周囲を確認する。
「他に反応はありません。任務完了です」
凛子は黙ったまま、呪霊が消えた場所を見つめていた。
「秋山?」
歌姫が声を掛ける。
「ああ。少し考え事をしていた」
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帰りの車内。
窓の外を流れる景色を眺めながら、凛子は一人考えていた。
(……やはり)
(何かがおかしい)
この世界へ来てから何体もの呪霊を祓った。
どれもが人を襲う異形の存在だった。
だが、違う。
攻撃が単純だった。
殴る。
噛み付く。
爪で裂く。
呪力をぶつける。
術式に違いはあれど、どの呪霊も、それ以上のことはしてこない。
(妙だ)
前世の知識と比べると、あまりにも単純だった。
対魔忍世界の魔族なら、もっと狡猾な個体がいても不思議ではない。
人の精神を揺さぶるとか。
恐怖を利用するとか。
相手を追い詰めるための搦め手を使うとか。
そういう存在がいてもおかしくないはずだ。
だが、この世界で出会った呪霊は違う。
どれもが、本能のままに暴れるだけだった。
凛子は腕を組み、しばらく考えた末に、一つの結論へ辿り着く。
(……なるほど)
(そういうことか)
(この世界は)
(全年齢向けの対魔忍世界なんだ)
(主人公は多分、歌姫だな)
(秋山凛子の相棒なんだ。間違いない)
(シリーズの傾向から作品タイトルは、恐らく “呪術師ウタヒメ“)
一人で納得したように小さく頷く。
(全年齢向けだから、R指定作品と分ける為に魔族も“呪霊“と呼び方が変わり、そういう行動はしない)
(いいや、したくても
(だから、表現の方向性が違う。敵の行動に違いが出るんだ)
隣の歌姫が不思議そうに凛子を見る。
「秋山」
「ああ、なんだ?」
「さっきから何か考え込んでいるようだけれど」
凛子は静かに首を横へ振る。
「大したことじゃない」
「この世界の呪霊にも特徴があるんだと思ってな」
歌姫は少し首を傾げる。
「特徴?」
「ああ。戦い方にも傾向がある」
歌姫は納得したように頷いた。
「そういうことなら、私ももっと観察してみるわ」
「その方が任務にも役立ちそうだもの」
凛子も頷く。
「ああ」
(観察は大事だ)
(世界が違えば、戦い方も違う)
(なら、それに合わせればいいだけだ)
凛子は完全に納得していた。
その結論は少しだけズレていたが、本人は最後まで気付くことはなかった。
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高専へ戻ると、夜蛾が二人を迎えた。
「任務はどうだった」
歌姫が報告する。
「問題なく終了しました」
「そうか」
夜蛾は頷く。
「経験を積むことも修行の一つだ」
「一つ一つの任務から学べ」
「はい」
凛子も静かに頷いた。
今日の任務は、呪霊を祓っただけではない。
この世界の呪霊について、自分なりの"結論"も得た。
もっとも、その結論が正しいかどうかは――
神のみぞ知ることである。