TS特級呪術師 秋山凛子   作:オッパッピー

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本日はここまでとなります。


第十七話 痛みを超えた先

呪詛師との遭遇から三日。

 

東京都立呪術高等専門学校。

 

医務室。

 

庵歌姫は刀を握り締めていた。

 

傷はすでに癒えている。

 

だが、あの日刻まれた激痛の記憶だけは消えない。

 

突きを放とうとした瞬間。

 

身体がわずかに止まる。

 

「……っ」

 

悔しさに唇を噛んだ、その時。

 

「無理をするな」

 

夜蛾が静かに部屋へ入ってきた。

 

歌姫は顔を上げる。

 

「先生……」

 

「次は戦えます」

 

夜蛾は首を横へ振った。

 

「焦るな」

 

「傷より先に、心を治せ」

 

歌姫は拳を握り締める。

 

「でも」

 

「秋山は戦うんですよね」

 

夜蛾は静かに頷いた。

 

「ああ」

 

歌姫は俯き、小さく呟く。

 

「……帰ってきたら」

 

「また、一緒に稽古しましょうって伝えてください」

 

夜蛾は小さく笑った。

 

「伝言はしない。それは自分で直接伝えるべきだ」

 

 

---

 

その頃。

 

訓練場。

 

凛子は一人、刀を振っていた。

 

抜刀と納刀。

 

何千回と繰り返した型。

 

夜蛾が近付く。

 

「策はあるか」

 

凛子は刀を納める。

 

「ありません」

 

「ですが」

 

「答えは見つけました」

 

「ほう」

 

「身体が動く限り」

 

「私は戦い続けます」

 

夜蛾は静かに頷いた。

 

「その答えを、自分で証明してみせろ」

 

 

---

 

その日の夕方。

 

補助監督が職員室へ飛び込む。

 

「夜蛾先生!」

 

「例の呪詛師です!」

 

「河川敷で術師が交戦中!」

 

夜蛾は立ち上がる。

 

「秋山」

 

「来い」

 

「はい」

 

 

---

 

高専の門。

 

歌姫が待っていた。

 

「秋山」

 

凛子は足を止める。

 

歌姫は少しだけ笑った。

 

「帰ってきたら」

 

「続きを稽古しましょう」

 

凛子も静かに笑う。

 

「ああ」

 

「約束だ」

 

その一言だけで十分だった。

 

 

---

 

河川敷。

 

帳が下ろされる。

 

倒れている術師。

 

その前に立つ黒い法衣の男。

 

男は凛子を見るなり笑った。

 

「やはり来たか」

 

「前回、痛みに屈しなかった呪術師」

 

「実に壊しがいのある、良い相手だ」

 

夜蛾が一歩前へ出る。

 

しかし男は首を横へ振る。

 

「邪魔をするな」

 

「興味があるのは、この娘だけだ」

 

夜蛾は凛子を見る。

 

凛子は静かに頷いた。

 

「先生」

 

「私が退けば」

 

「また誰かが狙われます」

 

「だから、ここで終わらせます」

 

夜蛾は数秒だけ沈黙する。

 

「ああ」

 

「危険だと判断したら介入する」

 

 

---

 

男が指を鳴らす。

 

パチン。

 

左腕の小さな傷が焼けるように痛む。

 

「っ!」

 

だが。

 

凛子はまだ立っている。

 

男は笑う。

 

「では」

 

「これはどうだ」

 

法衣の下から黒い鞭を取り出す。

 

呪力が絡み付いた呪具。

 

バァンッ!!

 

空気を裂きながら鞭が迫る。

 

凛子は刀で受ける。

 

しかし。

 

衝撃が刀を伝い、肩口を浅く裂いた。

 

「――っ!!」

 

浅い傷。

 

それだけなのに。

 

全身を引き裂かれるような激痛が走る。

 

膝が地面へ落ちる。

 

男は恍惚とした笑みを浮かべた。

 

「そうだ。その顔だ」

 

「良い反応をするじゃないか」

 

「恐れろ」

 

「絶望しろ」

 

「壊れてしまえ」

 

凛子は歯を食いしばる。

 

(痛い)

 

(痛い)

 

(動けない)

 

そう思った瞬間。

 

夜蛾が一歩踏み出した。

 

「秋山!」

 

介入しようとした、その時だった。

 

「………まだです」

 

凛子は震える声で呟く。

 

ゆっくりと顔を上げる。

 

(腕は折れていない)

 

(脚も動く)

 

(痛いだけだ)

 

(我慢しろ)

 

(まだ、戦え!)

 

ゆっくりと立ち上がる。

 

男の笑みが初めて消えた。

 

「何……?」

 

凛子は刀を正眼に構える。

 

「お前の術式は強い」

 

「だが」

 

「私の心はまだ、折れていない!」

 

男は舌打ちすると、鞭を大きく振るう。

 

幾重にも軌道を変えながら迫る一撃。

 

普通の剣士では見切れない。

 

しかし。

 

凛子は呪力を刀身へ流し込み、一歩だけ踏み込んだ。

 

術式発動。

 

一閃。 呪具の鞭を断ち切った。

 

「なっ!呪具を、斬っただと!」

 

男が初めて動揺する。

 

凛子は止まらない。

 

斬撃の勢いのまま間合いを詰める。

 

「終わりだ」

 

術式発動。

 

空間を裂く斬撃。

 

目に見えない一撃が男の左肩から斜めに切り裂いた。

 

男は膝をつく。

 

「馬鹿な……」

 

「痛みに……」

 

「打ち勝つとは……」

 

凛子は静かに刀を納める。

 

「痛みに勝ったわけじゃない」

 

「痛みを受け入れただけだ」

 

男は力なく笑った。

 

「そうか……」

 

「それが……」

 

「できる、化け物だったか……」

 

そのまま前へ倒れ、動かなくなった。

 

帳の中に静寂が戻る。

 

 

---

 

夜蛾が静かに歩み寄る。

 

「見事だった」

 

凛子は息を整えながら刀を納める。

 

夜蛾は真っ直ぐ凛子を見る。

 

「若者の成長は早い」

 

「今日の戦いで確信した」

 

「実力だけなら」

 

「お前はもうすぐ、一級術師に届く」

 

凛子は静かに頭を下げた。

 

「まだ未熟です」

 

夜蛾は珍しく笑う。

 

「その言葉を忘れるな」

 

夕日が河川敷を赤く染める。

 

こうして秋山凛子の一年生での戦いは幕を閉じた。

 

そして翌春。

 

東京都立呪術高等専門学校へ、新たな一年生が入学してくる。

 

五条悟。

 

夏油傑。

 

家入硝子。

 

凛子と歌姫の新たな日々が、ここから始まる。




術式の開示
【感覚増幅】
・対象の五感へ干渉し、特定の感覚だけを異常なまでに増幅する術式。
・肉体そのものへ大きな損傷を与える術式ではなく、感覚情報を脳へ過剰に伝達することで精神を追い詰めることを目的としている。
・傷が浅くても激痛を与えられるため、相手の戦意や冷静な判断力を奪うことに長ける。
・真面目に極めれば感覚を3000倍まで引き上げる事ができるようになる。
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