青春おじさん   作:笑嘲嗤

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第1話 迫る青春

 私の目の前にまばらだけど楽し気な目でこっちを見る人たちがいる。私は六弦ベースを持って、隣にはノートパソコンにつないだDJコントローラーの載る机がある。

 

「みなさん!今日は来てくれてありがとー!!」

 

 マイクスタンドの前でギターを持ったシキイさんがお客さんたちにお礼を言っている。今日私がここにいるのは彼女が歌いたいのを手伝うため。だけど少し頭をよぎる。これをやるのが若い頃だったならば、それは、青春っていう奴なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【青春おじさん】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いくらお金があっても仕事を辞めることはできなかった。健康に悪いと思ったからだ。だから私は月に一回の出社日に会社の事務所へとやってきた。とはいっても別に誰もいない。昨今のSESなんてオフィスは建前だけのものでしかない。すぐにオフィスを出て家に帰ろうと思った。だけどいちおう尿意を感じたのでトイレに寄った。

 

「え?」

 

「きゃ?!」

 

 私はすぐにトイレのドアを閉めた。今見た光景を思い出す。若い女の子だった。下着姿で持っていた派手な服を着ようとしていたように見えた。何が起きてるのかわからない。だけどいくらなんでも気にはなる。私はトイレのドアを叩く。

 

「あのここは男子トイレですよ。見てしまったことは申し訳ありませんけど、いくらなんでもそちらも不注意ではないでしょうか?」

 

 そう中にいる女の子に問いかけるけど、返事はない。だけどすぐにドアが開いてなんか学校の制服を派手にしたような服装で出てきた。

 

「ここの男子トイレって誰も使ってないってうちの社長が言ってたんだけど……」

 

 女の子が涙目で私を睨んでいる。

 

「そうなんですか?確かにうちの会社のオフィスは基本人がいないからそうかもしれませんね」

 

「……他の人に言わないでくださいね!」

 

「はい。それはもちろん」

 

 そして女の子はその派手な格好でうちの会社の隣のオフィスに入っていった。確か隣のオフィスは芸能事務所だったと聞いている。実際にあの女の子はとても綺麗な顔で、手足が長く、くびれのしっかり出ている豊満な体をしていた。芸能人とは体格からして違うのだとよく理解したと思う。まあ私の生活には関係ない。私はすぐにエレベーターに乗って家に帰ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に帰る途中の電車の中で、ふとベースの弦が死んでいることを思い出した。替えの弦のストックはない。最近はドンシャリ系だったからメロウな奴がいいかもしれない。私はお茶の水に向かってそこの楽器屋の一つに入った。ベース弦を選ぶのは面白い。材質によって音のキャラクターが決まる。そこにさらにトーンを入れたりピックアップのボリュームを弄ったりして音を整えるのは楽しい。私はとくに4弦の5フレットのAの音が綺麗に鳴る瞬間が好きだった。そして弦のパッケージを選んでレジに行く途中だった。ブレザー服を着た女の子が男性の店員さんに高いギターを推されているのを見かけた。

 

「うう。でも高くて」

 

 女の子は困っているように見えた。だけどギターを真剣な目で見ている。

 

「だけど初心者なら高いのでいい音聞いておかないと伸びないっすよ!」

 

 ブランド品の15万円ほどのギター。品はいいものだと思う。だけど。

 

「ちょっといいですか?」

 

 私は二人の会話に割って入った。

 

「え?なんですかお客さんは?」

 

 店員さんに怪訝な目で見られた。女の子も同じような目で見てる。ふと思ったけどその子は今日男子トイレで会った女の子だった。まあそれはどうでもいいけど。

 

「高いギターはやめておいた方がいいです。確かに高いギターはピックアップとかの性能がいいのですが、その違いに気づくまでには訓練が必要です。それにギターはエフェクターを通さないとあまり面白い音が出ないんです。これは高い安い関係なくギターはそういうものなのです。仮にプロミュージシャンと同じような音を出したいと思って楽譜通りに弾いても同じ音は出せません。高いギターでさえその音は出ないんです。だから安いのを買ってマルチエフェクターの安いのを買って、ネットのAIにセッティングを教えてもらって弾く方がいいですよ」

 

 ちょっと早口になりすぎたかなと思ったけど、店員さんも女の子も感心したような顔で私を見ていた。

 

「あのじゃあ初心者向けのギターって何を選べばいいんですか?」

 

 女の子が私に尋ねてきた。だから私は近くにあったギターを手に取る。

 

「squierのギターをお勧めします。このsquierはFenderという素晴らしいメーカーの廉価版のブランドです。安いですがノーブランド品の様な博打感はありません。マルチエフェクターでつなぐと綺麗な音がすぐに作れます。お勧めです」

 

 女の子は私からそのギターを取ってしげしげと眺める。

 

「わかりました。このギターにします。あとマルチエフェクターってやつを買います」

 

 女の子がそういうと店員さんがマルチエフェクターの定評があり、比較的安い奴を持ってきてくれた。そして女の子はそれをレジに持っていった。私も弦をレジに持って行って購入する。そして店を出て駅に向かった瞬間だった。

 

「あの!」

 

 私はシャツの背中を握られた。振り向くとさっきの女の子がいて私を見ていた。

 

「音楽詳しいんですよね?!」

 

「そうですね。ふつうの方々よりは理解しているつもりです」

 

「あの!その!」

 

「なんですか?別に逃げないのでゆっくり仰ってください」

 

「ば、ば」

 

「Barbar?」

 

「バンド!バンドしたいんです!だから相談にのってください!!」

 

 思わず首を傾げてしまう。だけど女の子は私の袖を引っ張っていく。

 

「どこに行くんですか?」

 

「ファミレス!」

 

 だそうである。私はそのまま流されるように連れて行かれたのだった。

 

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