「これと、これとあとこれもね」
店内に入って十数分、鈴音は俺の持つカゴの中にどんどんと服を入れていく。
その数が十着を超えたあたりで、まだ止まる気配がない鈴音に俺は思わず声をかけた。
「なぁ、さすがに多くないか……? こんなにいらないんだが」
「さっきのお返しよ。これ、着てもらうから」
そう言って十一着目の男物の服を渡してくる。
「うそだろ……」
「フフッ、楽しみにしていなさい」
「いや、遠慮したいんだが……」
どうやら悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべる『堀北鬼監督』には、マネキン人形の声は届かなかったようだ。
___________________
「はい、これ最後」
マネキン宣言から一時間、俺はようやく最後の一着にたどり着いた。
(ようやくか……)
鈴音から服を受け取って試着室のカーテンを閉める。
これまでに何十通りものパターンを試され、さすがの俺でも疲労を覚え始めていた。
(さっさと済ませてしまおう)
この数十分で随分と慣れた手つきで、渡された服に着替える。
(これで……よさそうだな)
少し襟を整えてからカーテンを開けた。
「どうだ?」
「いいじゃない、似合っているわよ」
今日で一番ね、と言って微笑む鈴音。
「なら、これを買うとしよう」
そのままプライベートポイントを支払い、店を後にする。
「鈴音は買わなくてよかったのか? 何着か見ていた気がするが」
買ったばかりの服を手に提げている俺とは反対に、結局一着も買わなかった鈴音に問いかける。
「いいのよ。もともとあそこは、あなたの服を買うつもりで行ったのだから」
「私は少し離れたところで買いたかったの。もちろん、ついてきてくれるわよね?」
「あぁ、もともと鈴音の服を買うつもりだったからな」
「そう、よかったわ。それじゃ行くわよ。ほら」
手を伸ばして、俺の手を握ってくる鈴音。
顔を見ると耳まで赤くなっており、恥ずかしいけれど気丈に振る舞っていることが見て取れる。
そんな可愛い彼女の姿を目に焼き付けながら、俺はその手を受け入れ歩き出した。
そして目的のお店で、俺は大いに頭を悩ませることになった。
________________
「ここか?」
その店は少し大人びた雰囲気があり、置いてある服の一着一着が、いつも俺が買う服とは一回りも二回りも高い価格設定になっていた。
(結構高いな……女子の服というのはこんなに高いものなのか?)
(そういえば軽井沢たちがブランドもののバッグや服がどうのこうのと言っていたな。やっぱりこういうものなのか……)
俺は少し考えながらも、良さそうなのがあったら買おうかと思い、自分の服も少し見つつ鈴音の相手をしようとしていたのだが――。
「清隆くん、コレとコレ、どっちがいいかしら?」
入店してから少しして、鈴音が二つの服を持って俺に質問をしてきた。
(これが恋愛における全男子共通の難題――正解のない二択か……)
これは俺の全力を注ぎ込まなければならない案件だと直感した。俺はこの時点で自分の服選びを諦め、頭をフル回転させて答えを捻り出す。
「そうだな。左のは少し暗めのトーンだから、知的な鈴音にはぴったりだと思うぞ。対して右は明るい青が、静かで、それでいて実直な鈴音の印象をより引き立てていていいな」
「っ……!/// そこまで全力で褒められると、調子が狂うわね……」
顔を一瞬驚きに染めた後、頬を赤くして目を逸らす鈴音。
そこから試着を終えた鈴音は、悩ましげな表情でその二着を交互に見つめていた。
「どうしたんだ? 何か不都合でもあったか?」
「いいえ……ただ、この二着を両方買うとなると、ポイント的に少し厳しいなって思ったのよ」
「なら、片方だけにしたらいいんじゃないのか?」
「それは……あなたに選んでもらった服だから、両方とも欲しいなって思ったのよ……///」
語尾を小さくしながら呟く鈴音。そんな健気な様子に、俺の中に「買ってやりたい」という衝動が湧き起こってきた。
「もらうぞ」
鈴音の手から服を滑らせるように取り、カウンターへ持っていく。
「ちょ、ちょっと! 何をしているのよ!?」
「見ての通り、服を買おうとしているが」
「そうじゃないわ! どうして私の服をあなたが買おうとしているのかって聞いてるの!」
「二つとも買ったらポイント的に厳しいなら、俺が買おうと思っただけだ」
「それは私の服よ? あなたが支払うメリットがないわ」
「俺が二つとも、鈴音に着てほしいからじゃダメか?」
「なっ……!?」
俺の素直な欲求に驚愕し、言葉を失う鈴音。
「どちらか片方の鈴音しか見られないなら、俺が多少の出費をする価値は十分にあると思ったんだ。だから買わせてくれ」
「もう……っ!/// そこまで言われて、断ることなんてできるわけないじゃない……」
そうして鈴音が折れることでこの場は収まり、結果としてそれぞれが一着分のポイントを折半して支払うことになった。
ちなみに、そのやり取りを終始眺めていたカウンターの店員から、支払いの際に酷く生温かい目で見られたことを、ここに付記しておく。