TS元おじさん薬屋娘、常連の朴念仁騎士を後輩のつもりで餌付けしていたら、騎士団総出で外堀を埋められていた 作:べ¥
最近、騎士団の客が異様に増えた。
いや、ありがたいよ? 売上は伸びてる。婆ちゃんもほくほくだ。でもおかしいだろ、辺境騎士団第三小隊、隊員12名、全員がうちの常連って。騎士団には専属の医務室があるはずなんだが?
「メリルちゃん、今日もジークの奴が世話になったねえ」
「別に世話ってほどじゃ」
「いやいや、あいつ、あんたの話しかしないもの。『メリルがこう言っていた』『メリルの茶は効く』って。詰め所じゃもう、あんたの言葉は聖典扱いよ」
「なにそれ怖い」
宗教か? 俺の説教で戒律を作るな。
「この前なんか、新人が訓練で飯を抜こうとしたらよ、若様が真顔で『腹が減ってると傷の治りも遅い。メリルの教えだ』って。もう詰め所の食堂に標語として貼ってあるから」
「剥がせ。今すぐ剥がせ」
「無理だね。団長の直筆だもの」
なんでトップが清書してるんだ。あの騎士団は暇なのか。いや暇じゃないのは客の傷の数で知ってるんだが、だったらなおさら何をやってるんだ。
しかも連中、帰り際に必ず妙なことを言う。「あいつを頼むね」とか「若様は不器用だが誠実だから」とか。頼むって何を。誠実って何の話だ。
中でも一番よく来るのが、ジークの同期だというラルフだ。
「毎度ー。傷薬と……あと湿布」
「あんた昨日も湿布買ったろ。どこの筋を痛めたらそんな頻度になるんだ」
「いやあ、うちの隊、今アレなんだよ。訓練量が倍でさ」
「なんで」
「若様が張り切ってるから」
ラルフはにやにやしながら、カウンターに肘をついた。営業妨害の顔だ。前世の取引先にもいたな、この手の「用件の後に本題が来る」タイプ。
「なあメリルちゃん。ジークってさ、ここじゃどんな感じ? 喋る?」
「喋るよ。普通に」
「普通に!? あの岩が!?」
岩。ひどい言われようだが、否定しきれないのが困る。
「詰め所じゃ業務連絡以外で口を開かねえんだぜ、あいつ。なのに最近、飯のときに『灯火堂の香草茶は効く』とか自分から言うんだよ。全員フォークを落としたね」
「茶の宣伝までしてくれてんのか。上客だな」
「……そういうとこだよなあ」
ラルフは何やら満足げに頷いて、湿布を持って帰っていった。だから何がだ。会計の間ずっとにやにやするな。
その日の午後、第三小隊の連中が「傷薬の見本持ち込み」という名目で、5人ずつ三班に分かれて来た。見本の数は5人で一本。全員が同じ場所の同じ擦り傷を見せる。訓練で転んだ、と言い訳は揃っているが、転び方まで揃ってるのはさすがに不自然だ。
「若様のこと、最近どうですかねえ」
「元気です。……元気、すぎます」
「へえ。それは良いことじゃないですか」
「良いことなのか、それ」
全員が同時に「良いことです!」と言った。宗教か? 俺の説教で、騎士団まで教団化し始めてるのか。
その疑問は、次の来客で氷解……いや、むしろ凍りついた。
カラン、と鈴が鳴って入ってきたのは、熊みたいな大男だった。歴戦の傷が刻まれた顔。それを見た瞬間、店の前を通りかかった騎士たちが一斉に敬礼した。
「邪魔をする。……ほう、ここが灯火堂か」
「いらっしゃい。処方かい、市販薬かい」
「ふむ。噂通り、物怖じせん娘だ」
大男はカウンターに肘をつき、にやりと笑った。
「辺境騎士団団長、ゲオルク・ハウザーだ。うちのジーク・アルステッドが世話になっている」
団長。トップじゃねえか。何しに来た。
「あの馬鹿弟子……いや部下は、剣を持たせれば団で五指に入る。だが自分のこととなると、からきしでな。飯は食わん、寝ん、傷は隠す。上官として手を焼いておった。――それがこの半年、見違えた」
「そりゃ良かった。薬が効いたなら薬屋冥利だ」
「薬ではないな」
団長は、俺の目をまっすぐ見た。歴戦の勘ってやつが乗った、嫌な感じの視線だった。
「あれは、帰る場所ができた人間の顔よ」
「……重いんだよ、その言い方は」
「ふむ。では軽く言い直そう。あの朴念仁は、貴様の店の茶が世界で一番うまいと思っておる」
「うちの茶葉、市場で普通に売ってるやつだぞ」
「だろうな。つまり、そういうことよ」
どういうことだ。いや、分かる。分かるから聞き返したんだ。時間稼ぎというやつだ。
「……娘さん。単刀直入に聞くが、うちの若いのを、どう思う」
「どうって」
手のかかる後輩。真面目すぎて危なっかしい、目の離せない――
言葉を探して、俺は不意に気づいてしまった。
ジークの湯呑み、専用のを棚に置いてる。ジークの傷薬、いつも切らさないよう多めに仕込んでる。鈴が鳴るたび、あいつかどうか、いちばん最初に確かめてる。
……おい。待て。それは。
「――顔が赤いな、娘さん」
「赤くない!」
「ふぉっふぉっふぉ」と奥から婆ちゃんの笑い声がした。団長まで「はっはっは」と笑った。笑い事じゃない。
違う、違うんだ。俺は中身おっさんなんだ。あいつが俺に向けてくれてる信頼は、本当の俺を知らないから成立してる詐欺みたいなもんで。あいつみたいな真っ直ぐな奴は、いつか本物の、中身も18のちゃんとした娘と――
想像したら、胸の奥が、ぎゅうっと変な音を立てた。
(……なんだよ、それ)
固まった俺に、団長は「ま、今日は挨拶だ」と立ち上がり、戸口で振り返って爆弾を落としていった。
「近く、アルステッド伯爵家から人が来る。三男坊の見合いの話でな。――あの朴念仁が、生まれて初めて親に逆らって『待ってくれ』と言ったそうだ。理由は、まあ、儂の口からは言わんがね」
「……待ってくれ、ですか」
「ああ。親父も驚いた。あの子が『待つ』側の言葉を使うのは、初めてだそうだ。……儂としては、待たせる相手が誰か、気になるのだがな」
団長の目が、また俺を射抜いた。勘がいい男だ。嫌になるほどいい。俺は「知りません」と言おうとして、喉の奥で言葉が折れた。知らない、と言えるはずがない。湯呑みの件で、もう自分に嘘はつけなかった。
カラン、と鈴が鳴って、店に静寂が落ちた。
見合い。あいつが。ああ、そうか。伯爵家の息子なんだから当たり前だ。いいことじゃないか。ちゃんとした家の、ちゃんとした娘と。俺の与り知らないところで、幸せに――
「……なんで俺が待つ側の顔してんだよ……」
カウンターに突っ伏した俺の頭を、婆ちゃんの皺だらけの手が、ぽんぽんと撫でた。
「メリルや。人を好きになるのに、資格なんぞ要らんよ」
「……別に、好きとかじゃ」
「ほうかい」
婆ちゃんは、それ以上追い詰めてこなかった。代わりに、湯呑みをひとつ、俺の前に置いた。ジーク専用じゃない、俺のやつだ。香草茶の、よく眠れる配合の匂いがした。
「……これ、俺に処方すんのか」
「客より先に薬屋が倒れたら、笑い話にもならんでの」
ぐうの音も出ない。俺が客に言ってきた台詞、そのまんまだ。処方ってのは、他人にする分には簡単なんだよな。昔から。
「なら明日、あの坊やが来ても、いつも通りにできるな?」
できる。できるに決まってる。俺を誰だと思ってるんだ、営業二課の鉄仮面・佐々木だぞ。
その晩、俺は寝台の上で天井を睨んでいた。
整理しよう。俺は佐々木健一、中身42歳(没年基準)。相手はジーク・アルステッド、21歳。まず年齢が倍だ。倍。部下どころか、下手すりゃ息子の歳だぞ。
しかも俺は男だった。42年間、疑いもなく男をやってきた。女になって18年経つが、それは「慣れた」というだけの話で……いや待て、何を大真面目に検討してるんだ俺は。検討の余地なんかない話だろうが。
……なのに、団長の言葉が耳から離れない。『帰る場所ができた人間の顔』。
あいつの顔を思い出す。三ミリの笑い方。深すぎるお辞儀。手当ての最中に鳴る腹の音。『また来ても、いいだろうか』。
「~~~っ、寝る! 寝るぞ俺は!」
毛布を頭まで引き上げた。眠れたのは、窓の外が白み始めてからだった。
――翌日。
「メリル。話が、ある」
開店と同時に現れたジークは、鎧じゃなく正装で、死地に向かう顔で、店の真ん中に直立していた。
無理でした。心臓がうるさくて、いつも通りの「い」の字も出てこない。