TS元おじさん薬屋娘、常連の朴念仁騎士を後輩のつもりで餌付けしていたら、騎士団総出で外堀を埋められていた 作:べ¥
「恋人らしい実績、というものが必要だと思う」
翌週、ジークは大真面目にそう言った。曰く、伯爵家は必ず裏を取る。街で誰も二人を見たことがない、では口実として弱い。だから、その、つまり。
「デートってことか。分かった、段取りは任せろ」
前世の接待で鍛えた計画力を舐めるな。市場の混雑時間、屋台の当たり外れ、休憩に使える広場の木陰、雨天時の代替案まで、俺は一晩で完璧な行程表を組み上げた。第一部・市場視察(40分)、第二部・広場にて休憩および歓談(20分)、第三部・大通りを経由して解散(30分)。移動経路には往路復路で重複なし、混雑予測に基づく迂回路二本を併記。完璧だ。
翌朝それを見たジークは、なぜか行程表を両手で捧げ持って震えていた。
「すごい……メリルは、軍師の才がある」
「デートに兵站の才を発揮させるな」
「これは詰め所に持ち帰って写しを――」
「持ち帰るな。恥ずかしいだろうが」
で、当日。
結論から言うと、俺は計画を三割も消化できなかった。
原因その一。ジークが屋台のたびに立ち止まるからだ。「あれは何の肉だ」「メリルはあれが好きか」「なら買おう」。おまえは遠足の小学生か。しかも買った串焼きを俺が一口齧るたび、世界の真理を目撃したみたいな顔で頷くのだ。やりにくいったらない。
「うまいか」
「うまいよ。焦げ目の塩加減がいい」
「そうか。……うまいか」
「二回聞くな。あんたも食え、ほら」
齧りかけを差し出してから、しまった、と思った。前世の宴会のノリだ。しかしジークは怯むどころか、恐ろしく真剣な顔で串を受け取り、恐ろしく真剣な顔で齧った。
「……うまい」
「そうかい」
「歴史的に、うまい」
「大袈裟なんだよ」
ジークは串を真剣に見つめた。「……記録に残すべき味だ、と思った。メリルと食べた、最初の串だから」
「最初、って何本目だ。二本目だろ、さっき肉の方も」
「肉は二本目だ。串という概念においては、一本目だ」
概念。こいつ、概念で勝とうとしてる。前世の取引先にもいたな、数字の定義を変えて契約を守った男。あいつは解雇されたが。
原因その二。買い物だ。薬草の仕入れついでに乾物屋を覗いたら、店主がふっかけてきた。ここからは俺の独壇場である。相場観、他店との比較、まとめ買いの提案、そして最後に「今後もご贔屓に」の営業スマイル。気づけば言い値の六割で手を打たせていた。
「……交渉術の教本のようだった」
「これも軍師か?」
「いや。今のは、商人の戦だった。惚れ惚れした」
さらっと変なことを言うな。聞き流すぞ。聞き流させてくれ。
原因その三。人混みだ。祭りでもないのに市場は大盛況で、三歩歩けば肩がぶつかる。二回はぐれかけたところで、ジークが意を決したように手を差し出した。
「その……はぐれる、ので」
「…………物理的合理性は、認める」
騎士の手はでかくて、硬くて、火傷しそうにあったかかった。いいか、これは迷子防止だ。安全管理だ。俺は前世、社員旅行の点呼係だった男だぞ。動悸は気のせいだ。
だいたい、なんだってこいつの手はこんなに熱いんだ。体温が高いのか。それとも緊張してるのか。……緊張、してるのか? この岩が? 確かめようと横目で見上げたら、耳が真っ赤だった。前言撤回。岩じゃなくて、熾火だった。
原因その四。……こいつらだ。
「おい」
俺は野菜の陰から気配を消しきれていない一団に声をかけた。第三小隊、ほぼ全員。変装のつもりか、全員が示し合わせたように同じ商人風マントを着ている。制服か?
「げっ、バレた」
「バレるわ! あんたら十二人で果物屋一軒を30分観察してんじゃねえよ、営業妨害だぞ!」
「いやあ、若様の初デートと聞いちゃ、じっとしてられなくてよ」
「報告書も書かねばなりませんし」
「何の報告書だ」
「『若様観察日誌』です!」
「業務中に何を書いてるんだあんたらは!」
「『若様、メリル様の手を握った際の若様の耳の赤み、推定七割増』とか」
「推定するな! 観察日誌に数値を入れるな!」
ラルフが「現場は数字が物を言うんですよ」と真面目に言い返してきた。こいつら、戦場よりデートの方が張り切ってる。税金の無駄遣いだ。
ジークが「解散」と一言発すると、連中は蜘蛛の子を散らすように消えた。消えたが、その後も視線は消えなかった。屋根の上とか、路地の奥とか。おまえら哨戒の技術をこんなことに使うな。税金だぞ、その訓練。
広場の木陰で休憩を取った(ここだけは行程表通りだ)。買い込んだ果実水を渡すと、ジークは礼を言ってから、少しの間、黙って人の流れを見ていた。
「……こういう休日は、初めてだ」
「デートが、って意味か?」
「いや。……『何もしない時間』が、だ。物心ついてから、剣を振っていない昼というものが、ほとんど無い。休みの日も、体が勝手に訓練場に向かう。何もしないでいると、落ち着かなくて」
うわ。分かる。分かりすぎる。休日出勤の理由の九割はそれだ。「家にいてもやることがない」って口では言うが、本当は「何もしない自分」に耐えられないんだ。俺もそうだった。
「……ジーク。そりゃ重症だな」
「や、やはり、おかしいだろうか」
「おかしくない。おかしくないから重症なんだよ。いいか、『何もしない』ってのは技術だ。訓練で身につくもんだ。今日はその初回訓練だと思え。ほら、果実水飲んで、ぼーっと雲でも見てろ。それが本日の任務だ」
「任務……」ジークは大真面目に空を見上げた。「了解した」
任務って言った途端に真剣になるのは、もはや業だな。でも、五分もすると、あいつの肩から力が抜けていくのが分かった。木漏れ日の下で雲を見てる騎士サマの横顔は、年相応というか、初めて「21歳」に見えた。
「そういや、あんたの実家って、どういう家なんだ。見合いが来るってことは、それなりの家柄なんだろ」
「アルステッド伯爵家。代々、武門の家だ。……といっても、俺は三男でな。家督は長兄が継ぐ。次兄は王都で文官をしている。俺は昔から剣しか能がなかったから、辺境で騎士をやっている。家からすれば、余りものだ」
「余りものって、あんた」
「事実だ。だから見合いの話が来たときも、驚いた。余りものにも、家の使い道があったのかと」
淡々と言うのが、逆に応えた。ああ、こいつ、本気でそう思ってるんだ。自分の値段を、自分で安く見積もってる。……よく知ってる症状だ。鏡で毎日見てたからな、前世で。
「……あのな、ジーク。ひとつ言っとくが」
「なんだ」
「うちの店じゃ、あんたは余りものじゃなくて上客だ。少なくとも週一で売上に貢献して、茶の宣伝までしてくれる。堂々としてろ」
ジークは目を丸くして、それから、ふ、と息を漏らした。三ミリじゃない、もうちょっと大きい笑い方だった。
「上客か。……それは、いい肩書きだ」
「肩書きは肩書きだ。値引きはしないぞ」
「分かっている。……値引きなど、したくない」
最後の一句が小声だったから、聞き間違えたと思いたい。聞き間違えた方が、契約の都合がいい。俺はそう決めて、夕焼けの大通りへ足を向けた。
そして帰り道。夕焼けの三番街で、ジークは不意に足を止め、花売りの屋台で小さな一輪の花を買った。薄い橙色の、名前も知らない花だった。店主が「恋人さんへの?」と聞いた瞬間、ジークは三秒固まって、それから「……はい」と絞り出した。耳まで赤かった。店主は「初々しいねえ」と目を細めて、花を一本、余分に紙で巻いてくれた。
そうだよ。対外的には、俺たちは恋人なんだ。ここで否定したら偽装の意味がない。分かってる。分かってるが、あの「はい」の破壊力はなんだ。演技のくせに。
屋台を離れて、人通りが途切れたあたりで、ジークが花を差し出しながら、言い訳みたいに言った。
「……演技の、一環だ。設定の、補強になる」
「そ、そうかい。演技なら、仕方ないな」
「ああ。仕方ない」
仕方ない仕方ないと言い合いながら、俺たちはどちらも相手の顔を見なかった。
その花を、俺は店の帳場の、一番日当たりのいい場所に飾った。演技の一環を自宅に飾る意味は、考えないことにした。
「ほほう。飾るんかの」
「……水切りしただけだ。花がかわいそうだろ」
「ほほーう」
婆ちゃんの「ほほーう」が三日続いた。長生きすると性格が悪くなるらしい。俺も気をつけよう。もう手遅れかもしれんが。