TS元おじさん薬屋娘、常連の朴念仁騎士を後輩のつもりで餌付けしていたら、騎士団総出で外堀を埋められていた   作:べ¥

6 / 6
兄上、抜き打ち視察に来る(ジーク視点)

災厄は、前触れなく辺境に降り立った。

 

「久しいな、ジーク」

 

詰め所の面会室で優雅に足を組むのは、レオンハルト・アルステッド。伯爵家次男にして王都財務局の俊英、そしてジークの次兄である。剣しか能のない弟と違い、この兄は言葉で人を容赦なく切る。

 

「あ、兄上。なぜここに」

 

「父上に『心に決めた相手がいる』と手紙を寄越しただろう。家中は上を下への大騒ぎだ。あの剣獣ジークに想い人、とな。……で、私が真偽の検分に来た」

 

「け、検分」

 

「当然だろう。おまえは昔から、嘘が下手というより、嘘という概念を運用できん男だ。だが恋は人を変える。悪い女に騙されている可能性を、家として看過はできん」

 

「彼女は、そのような人では」

 

「ほう。即答か。五年前、私が『好きな食べ物は』と聞いたときは、回答に一分半かかった男が」

 

「そ、それとこれとは」

 

「案ずるな。相手には名乗らん。素の様子を見るだけだ」

 

最悪である。ジークは即座に灯火堂へ走って報せようとして、兄に襟首を掴まれた。検分の意味がなくなるだろう、と。

 

――その日の午後。レオンハルトは頭痛を装い、一人の客として灯火堂の鈴を鳴らした。

 

(ふん。辺境の薬屋の小娘に、弟が誑かされたか。化けの皮を剥いでくれる)

 

言葉は悪いが、彼にも言い分はある。王都では、身分ある独身男を狙った手合いを腐るほど見てきた。まして相手は、家中の誰も素性を知らぬ町娘。財務局で数字の嘘を見抜き続けてきたこの目で、人間の嘘も見抜いてくれよう。

 

(……だが、弟の手紙を読み返したとき、あの堅物が『待ってくれ』と書いた件で、私は一度、笑ってしまった。あいつがそんな言葉を使うなど、十年前には想像もできなかった。恋というのは、本当に人を変えるのだな、などと)

 

王都の社交界では、恋愛は詩的なものとして語られる。だがレオンハルトにとって、弟の恋は監査対象だ。感情の入った監査ほど厄介なものはない。それでも、家の名誉は数字と同じく、一度崩れると修復に何年もかかる。

 

店構えを、まず観察する。古いが、掃除が行き届いている。棚の薬瓶は種類ごとに几帳面に並び、ラベルの字は読みやすい。壁に貼られた価格表は――ほう、相場より心持ち安いくらいか。少なくとも、ぼったくり商売ではないらしい。

 

「いらっしゃい。処方かい、市販薬かい」

 

「頭痛薬をもらおう。よく効くやつを」

 

「あいよ。……ちょっと待った」

 

看板娘は、金を受け取る手を止めた。じ、とレオンハルトの顔を見る。

 

(ほう、来たか)

 

レオンハルトは内心で身構えた。ここで客の身なりに気づき、態度を変えるならそれまでの女だ。彼の外套は旅装だが、留め具は王都の銀細工。目端の利く商売人なら、まず見逃さない。さあ、どう出る。上客と見て愛想を売るか、値を吊り上げるか――

 

「あんた、頭痛って言ったけど、本命は胃だろ」

 

「……何?」

 

予想のどれでもなかった。留め具など、視界にも入っていない顔だった。

 

「顔色が肝と胃の色だ。あと、さっきから無意識に左の脇腹を庇ってる。頭痛はその二次災害だな。原因は……その手の荒れ具合と目の下からして、書き仕事の過労と、飯を抜いてのきつい酒。図星か?」

 

図星であった。

 

(……偶然か。いや、偶然でここまで当てる者はいない。弟が『手当てがきっかけ』と言っていたのは、嘘ではないらしい。少なくとも、見抜きの目は本物だ)

 

畳む音が、店内で妙に大きく響いた。弟の目は節穴、と言いに来たのだ。今のところ、節穴の資格は薄れつつある。

 

「頭痛薬だけ売るのは簡単だけどね、それじゃあんたの胃に穴が開くのが一週間延びるだけだ。胃薬と、消化にいい携行食をつける。酒は十日やめな。仕事は……まあ、あんたみたいな顔の奴に休めって言っても休まないから、せめて昼飯だけは抜くな。約束できるか?」

 

「……できなかったら?」

 

「うちの常連に、あんたと同じで自分の体を勘定に入れない馬鹿がいてね。そいつには『あんたに何かあったら悲しむ人間がいる』って言って聞かせた。あんたにも同じことを言うよ。その手の便り、待ってる家族がいるんだろ」

 

レオンハルトは、しばらく黙った。

 

(……手の便り?)

 

視線を落とす。右手の中指、ペンだこ。指先に残る封蝋の跡。なるほど、そこから書き仕事を、家族への手紙まで読んだか。いや、当てずっぽうかもしれん。カマをかけているだけかも――

 

「あー、それと。これは完全に余計なお世話だけど」

 

娘は薬を包みながら、こともなげに続けた。

 

「弟さんだか部下さんだか知らないが、誰かの様子を見に来たんだろ? さっきから俺の手元より、店の棚と帳場の方ばっか見てる。査定するみたいな目で。……うちの店の査定結果、聞いてやろうか?」

 

(……見抜かれたか。いや、見抜かれたなら、もっと態度を変えるはずだ。値を吊る、媚びる、逆に追い出す。どれでもない。ただ、事実を言っただけか)

 

「…………ふ」

 

堪えきれなかった。レオンハルトは、声を出して笑った。王都の社交界で「微笑以上を見せない男」と呼ばれた彼が、である。

 

「いや、失敬。……査定結果は、結構。代わりに胃薬と、その携行食をもらおう。それと」

 

彼は、きっちり代金を払いながら言った。

 

「昼飯を抜かない、という約束もしよう。……妹ができたら、こういう気分なのだろうな」

 

「は?」

 

「独り言だ」

 

――その晩、詰め所。

 

「ジーク。おまえの目は節穴だな、と言いに来たのだが」

 

「……はい」

 

「撤回する。あれは、やめておけと言える相手ではない。あの娘は人間の値踏みをしない。伯爵家の三男だろうが行き倒れだろうが、同じ目で診るだろう。……ああいうのを、得難い、と言う」

 

兄は薬包を懐に仕舞い、弟の肩を叩いた。

 

「見合いは白紙にしておいてやる。ただし――1年だ。1年以内に、あれを婚約者として本家へ連れてこい。できなければ、次の見合いは私が組む。私が組む見合いは断れんぞ」

 

「あ、兄上!?」

 

「なんだ。不満か」

 

「い、いえ。その。彼女とは、まだ、そういう段階では」

 

「段階?」レオンハルトは、心底呆れた顔をした。「おまえの手紙には『心に決めた相手がいる』とあったが」

 

「それは、事実です。俺の心は、決まっています。ただ、その、彼女の側の心は、まだ」

 

「……なるほど。読めたぞ」

 

兄は額を押さえた。読めてしまった。この朴念仁、外堀も内堀も埋まっておらず、本人の突撃だけがまだなのだ。むしろよくこの状態で家に手紙を出したものだ。退路を断つ癖だけは、戦場仕込みで一級品である。

 

(……だが、あの娘が弟を待つと言ったなら、1年など短い。財務局の私が、弟の恋の期限管理までする羽目になるとは。王都に帰ったら、父上に『問題なし』と報告し、見合い帳簿を白紙にする手続きを回そう)

 

「まあいい。期限は変えん。1年もあれば、おまえの突撃でもどうにかなろう。……一つだけ助言してやる。あの娘はな、ジーク」

 

ぴしりと弟の胸を指した。

 

「身分にも金にも靡かん。ならば残る攻め口は、誠実さだけだ。おまえの唯一の得物だぞ。抜き方を間違えるな」

 

「精々励め、剣獣。……ふ。おまえのそういう顔、初めて見たな」

 

災厄は期限爆弾を置いて、優雅に王都へ帰っていった。

 

なお後日、王都の伯爵家には「検分の結果、問題なし。むしろ当家に過ぎたる娘」という報告書が提出され、家中の騒ぎは「いつ連れてくるのか」という方向に転がることになる。ジークはまだ、それを知らない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

英雄に殺された俺が聖女として転生したら、討伐対象が自分でした(作者:TSメス堕ちいいよね…)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

かつて勇者に討たれた魔王軍幹部。▼転生したら聖女になっていた。▼しかもコンビを組むのは、自分を殺した勇者アルフレッド。▼彼は知らない。▼隣で微笑む聖女が昔、自分に「おのれぇ!」とか叫んでいた魔族だということを。▼バレたら終わり。▼だがなぜか勇者からの好感度は上昇中。▼――待て。なんでだ。▼元ラスボス系幹部が、必死に聖女を演じながら世界を救う(?)話。


総合評価:444/評価:7.7/連載:6話/更新日時:2026年03月08日(日) 02:36 小説情報

TS転生美少女が男友達ムーブして幼馴染の情緒を破壊する話(作者:寿司鮓)(オリジナル現代/恋愛)

男友達だと思ってた幼馴染が実は女の子で再開したら美少女になってたムーブを自然にしてたTS転生者ちゃんさぁ。


総合評価:2312/評価:8.45/連載:6話/更新日時:2026年03月13日(金) 07:16 小説情報

「美少女に転生して男を揶揄ってみたい。」(作者:灰無りよ)(オリジナル現代/恋愛)

「美少女に転生して男を揶揄ってみたい。」▼そんな願望を抱いていた男が何の因果か美少女に転生するも全然男を揶揄うことは出来ず、唯一関わりのある生意気な弟分の少年を可愛がる話。ただし少年の性癖は歪められているものとする。▼※小説家になろうにも掲載しています


総合評価:997/評価:8.53/短編:2話/更新日時:2026年03月13日(金) 00:10 小説情報

スタイリッシュ異能バトルの世界で俺だけ魔法少女としてエロゲの敵と戦っている(作者:かませ犬S)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

気付いたら俺が大好きだった漫画『アビリティ・ストライク』の世界に転生していた。▼その漫画は所謂、能力もののバトルファンタジーで、主人公やヒロイン、魅力的な敵キャラたちの能力を駆使した時に戦闘シーンが魅力の作品だった。▼漫画の大ファンだった俺はこの世界が『アビリティ・ストライク』の世界であることに気付いた。▼好きだった漫画の世界に転生したなら、原作に介入してみ…


総合評価:5528/評価:8.65/連載:46話/更新日時:2026年06月12日(金) 07:04 小説情報

ヒロイン矯正!(作者:アールエー)(オリジナルファンタジー/コメディ)

乙女ゲームのモブ娘に転生したおっさんが、持ち前の拳法と知識を使い、平穏に生きようとしていた。しかし何の因果か同じくヒロインに転生した女の子と出会ってしまい、シナリオを知り尽くしたと思い上がったヒロインを叩き直す物語。▼ちなみに、おっさんは原作ゲームの知識ゼロ。▼性転換おっさんは作者の趣味で、必然ではない。作者の心の中では必然だが。▼精神的BLは念のため。そこ…


総合評価:758/評価:8.73/連載:60話/更新日時:2026年07月03日(金) 18:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>