TS元おじさん薬屋娘、常連の朴念仁騎士を後輩のつもりで餌付けしていたら、騎士団総出で外堀を埋められていた   作:べ¥

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ランタン祭りと、線引きの話

グランツの収穫祭は、最終日の夜に無数のランタンを空へ流す。

 

で、なぜ俺はその祭りの雑踏を、ジークと二人で歩いているのか。答えは婆ちゃんと騎士団の共謀である。「店番は儂がやる」「若様、祭りの警邏は我々が代わりますんで!」外堀どころか内堀まで埋まっていた。この街に俺の味方はいないのか。

 

祭りの大通りは、灯りと人と食い物の匂いで満杯だった。ジークは私服だ。私服の騎士サマというのは新鮮で、というか肩幅の暴力で、すれ違う娘たちが二度見していく。本人はまったく気づいていない。この鈍さだけは、ある意味才能だと思う。

 

「メリル。あれは」

 

「揚げ菓子だな。買うか?」

 

「買おう。それと、あれは」

 

「林檎飴。買うか?」

 

「買おう。それと」

 

「全部は食いきれんぞ。胃薬は持ってきてるが、処方したくはないし選んでくれ」

 

「選ぶ、か。了解した」

 

ジークは揚げ菓子の屋台の前で、真剣に三種類を比較検討した。油の香り、衣の厚さ、店主の人柄まで観察している。デートなのか、人事面接なのか、区別がつかない。

 

途中、射的の屋台があった。景品は木彫りの熊。店主が「騎士様もどうだい」と軽い気持ちで声をかけたのが運の尽きだった。ジークは五発で五つの的を落とし、続けて店主が慌てて難易度を上げた揺れる的も落とし、周囲に人だかりができ、店主が半泣きになったところで俺が襟を引っ張って撤収させた。

 

「大人げないぞ」

 

「すまない。的を見ると、体が」

 

「職業病だな。はい、熊」

 

戦利品の木彫りの熊を押しつけると、ジークは熊と俺を三往復ほど見比べて、それはもう大事そうに小脇に抱えた。でかい男が熊を抱えて歩く図は、かなり間抜けで、ちょっと良かった。

 

騒ぎがあったのは、その直後だ。

 

「うわああん」という泣き声。人混みの隙間に、五つくらいの男の子がへたり込んでいた。迷子だ。祭りの定番である。俺が声をかけるより早く、ジークが動いた。片膝をついて、目線を子供の高さまで下げる。

 

「騎士だ。もう大丈夫だ」

 

「う、うう……」

 

「泣いてよし。だが、名は言えるか」

 

無骨すぎる。だが不思議と、子供は泣きながら名前を言った。母親の特徴も、はぐれた場所も。でかくて強そうなものに保護されてる、という安心感なんだろうな。ジークは頷いて、子供をひょいと肩に乗せた。

 

「上から母を探せ。おまえの目が、一番高い」

 

「……! あ、あっち! かあちゃんあっちにいる!」

 

肩車の子供が指差した方向に、血相を変えた母親がいた。任務完了まで、およそ二分。母親に平身低頭で礼を言われたジークは、生真面目に「祭りでは、手を離さぬよう」とだけ言って戻ってきた。

 

「……手慣れてんな」

 

「祭りの警邏は、毎年やっている。迷子は年に二十人は出る」

 

「なるほどね」

 

――今年は警邏を外されて、こっち側にいるわけだが。それでも体が勝手に動くんだから、こいつは筋金入りだ。肩車の似合う騎士サマ、か。ふと、良い父親になりそうだな、と思ってしまい、その思考を慌てて薬研で挽いて粉にした。何を考えてるんだ、何を。

 

ランタンを流す丘の手前で、婆ちゃんから差し出された差し入れの羊羹を、俺たちは半分こした。婆ちゃんは来ていない。来ないと言い張っているが、丘の下で第三小隊が「灯り番代わります」とボソボソ話しているのが聞こえた。内堀の完成度が、もはや美術品だ。

 

やがて、鐘が鳴った。ランタン揚げの刻限が近い。人の流れが、一斉に丘へ向かい始める。

 

「メリル。人が多い。……手を」

 

「……物理的合理性は、認める」

 

もう何回目か分からない言い訳をして、俺たちは手を繋いで丘を登った。祭りの喧騒が遠くなって、眼下に街の灯りが広がる。合図の鐘が鳴ると、何百というランタンが、ゆらゆらと夜空に昇り始めた。

 

「うわ……こりゃ、大したもんだ」

 

前世含めて60年生きてきたが、こんな景色は初めて見た。素直にそう思った。思ったら、隣で馬鹿正直な声がした。

 

「俺は、この祭りを21回見ている。……だが」

 

ジークはランタンではなく、こっちを見ていた。

 

「メリルと見る景色は、初めて見る色をしている」

 

……この朴念仁は、たまにこれをやる。口下手のくせに、なけなしの語彙を全部一点に注ぎ込んだみたいな台詞を、不意打ちでぶつけてくるのだ。心臓に悪い。本当に悪い。今、俺の心臓は薬屋が処方を考えるレベルで悪い。

 

そして、まずいことに――俺は今、幸せだった。

 

繋いだ手も、夜空の灯りも、隣のでかい図体も、全部ひっくるめて幸せだと感じてしまった。感じた瞬間、腹の底から冷たいものが這い上がってきた。

 

(……この手は、詐欺だぞ)

 

こいつが見ているメリルは、18の薬屋の看板娘だ。中身が40過ぎのおっさんだなんて知らない。知ったら、この馬鹿正直な男は何と思う? 騙された、と思うだろう。当たり前だ。騙してるんだから。

 

だが、ランタンの灯りを見上げている横顔は、嘘をつく顔じゃなかった。嘘をつく人間は、こんなに無防備に空を見ない。……だから余計に、俺の腹が痛い。詐欺師が、被害者の顔の良さで胃を痛めている。本末転倒だ。前世の営業部長なら「感情移入は禁止」と言うだろう。部長は今頃、どこかで酒を飲んでるだろうな。羨ましい。

 

「なあ、ジーク。この祭りって、なんでランタンを流すんだ」

 

話題を変えたくて、俺はそう聞いた。ジークは律儀に答えた。

 

「元は、戦で帰らなかった者を悼む灯りだと聞いた。魂が家路に迷わんように、と。それがいつからか、収穫の感謝と、来年の無事を祈る祭りに変わった」

 

「へえ。……帰り道の、目印か」

 

「ああ。だからこの街の者は、ランタンを流すとき、それぞれ『帰ってきてほしい人』を思い浮かべるらしい」

 

ふうん、と相槌を打ちながら、俺は少し考えた。俺が帰ってきてほしい人。前世なら、誰だったろう。思い浮かばなかった。じゃあ今世は――考えて、隣を見て、慌てて空に視線を戻した。危ない危ない。

 

「……なあ、ジーク」

 

「なんだ」

 

「あんたはさ。俺のこと、何も知らないんだぜ」

 

口をついて出たのは、そんな言葉だった。

 

「俺が何歳で、どこで生まれて、何を考えて生きてきたか。あんたが知ってるのは、薬屋のカウンターの内側にいる俺だけだ。それ以外の俺を知ったら、あんた、きっと」

 

「なら、これから知る」

 

ランタンの灯りが、ジークの生真面目な横顔を照らしていた。あいつは少し考えて、それから、いつもの三ミリの笑い方をした。

 

「時間は、ある」

 

「……時間、ねえ」

 

一年だっけか。あんたの兄さんが置いてった期限は。あいつ、一年で婚約者として連れてこい、と言ったんだよな...。大丈夫、それまでにこの茶番は終わる。終わらせるのが、大人の責任ってやつだ。

帰り道、ランタンの残り火が空に消えていくのを見ながら、俺は心の中で契約書を一枚ずつ破り捨てた。期限付き、解消条項、独占条項。全部、正しいはずの条項なのに、今は全部、棘みたいに刺さる。

 

帰り道、ジークは店の前まで送ってくれた。別れ際、あいつは抱えていた木彫りの熊を、思い出したように差し出した。

 

「これは、その。店に置いてくれ。……客寄せに、なるかもしれん」

 

「ならないと思うが?」

 

「では、留守番に」

 

「熊に店番させるな」

 

押し問答の末、熊は帳場の隅に座ることになった。乾いた薄橙の花の、隣だった。

 

――夜空のランタンは綺麗で、綺麗なものを見ると人は無防備になるから、その晩の俺は「終わらせたくないなあ」と一瞬だけ思ってしまい、その一瞬を打ち消すのに朝までかかった。

 

打ち消せたかどうかは、正直、怪しい。帳場の熊が、朝の光の中でこっちを見ていた。何も言うな。分かってる。

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