TS元おじさん薬屋娘、常連の朴念仁騎士を後輩のつもりで餌付けしていたら、騎士団総出で外堀を埋められていた   作:べ¥

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騎士は指輪を選べない(ジーク視点)

「で、若様は装飾店の前で一時間固まってる、と」

 

「ラルフ。俺は真剣だ」

 

「知ってるよ。通行人がみんな不審がってるのも知ってる。入るぞ、ほら」

 

ジークには、決めたことがあった。祭りの夜、彼女は言った。『あんたは俺のこと、何も知らないんだぜ』と。あれはきっと、試されたのだ。おまえの覚悟はその程度か、と(※違う)。ならば、示すしかない。フリではないと。最初から、フリのつもりなど一度もなかったのだと。

 

装飾店に入る前、ラルフが「指輪じゃなくていいんすか?」と聞いた。ジークは「今は、日常に使えるものがいい」と答えた。指輪は、まだ早い。早い、のに、胸の奥は、もう指輪の重さを知っているような気がした。矛盾だ。ジークは矛盾に慣れていない。だから、髪飾りを選んだ。彼女の手首も首も飾らない。髪だけが、彼女の中で特別だったから。

 

そもそも、あの契約書からしておかしかったのだ。『互いに、本当に好きな相手ができたら、即座に解消する』。あの条項を読んだとき、ジークは署名する手が止まった。俺の「本当に好きな相手」は目の前で契約書を書いている、と申告すべきか三十秒ほど本気で悩み、結局、戦略的沈黙を選んだ。彼女の言い分に乗らねば、この距離すら失うと判断したからだ。騎士団に入って七年、初めて敵前で偽装工作をした気分だった。

 

だが偽装には、期限がある。

 

「で? 予算は」

 

「今月の給金、全部」

 

「馬鹿かおまえは。重い重い重い。付き合いたてで給金全額の贈り物は、女の子が引くやつだ」

 

「そう、なのか」

 

「そうなの。いいか、贈り物ってのは金額じゃねえ。『あなたを見てました』って証拠品なんだよ。あの子が何色が好きで、何を身につけてて、何なら困るか。それが分かってりゃ、銅貨一枚の品でも刺さる。分かってなきゃ、宝石でも外す」

 

ラルフは装飾店の棚を顎で示した。指輪の列が、光を返している。ジークは一瞬だけ指輪を見た。すぐに視線を逸らした。まだ早い、と分かっているのに、指輪の重さだけは、身体が覚えてしまった。

 

「さ、思い出せ。メリルちゃんのこと」

 

言われて、ジークは思い出した。思い出すのは、簡単だった。彼女は仕事中、袖をまくる。手首に飾りをつけていたことはない。邪魔になるからだろう。耳飾りもない。首飾りもない。彼女が身につけているものは――そうだ、髪だ。作業のとき、癖のように髪を耳にかける。そして帳場には、あの日の。

 

店の奥、ジークの足が止まった。硝子細工の髪飾り。薄い橙色の、小さな花を象ったやつだ。あの日、夕焼けの市場で買った一輪と、同じ色をしていた。彼女がそれを帳場の一番いい場所に飾っているのを、ジークは知っている。水を替え、日に当て、枯れ始めてからは丁寧に乾かして、それでも捨てずにいることも。

 

「……これを」

 

「お、いいじゃん。話が早くて助かるよ」

 

ジークは髪飾りを指先で持ち上げ、光にかざした。薄橙の花弁が、店の灯りを吸い込むみたいに透けた。

 

「……似合う、と思う。メリルには、装飾より、手が必要だ。だが、手を休めるとき、これがあれば」

 

言葉が途切れた。口下手なのに、今だけは言葉を選びすぎている。

店のおかみが包みながら、にこにこと聞いてきた。

 

「贈り物かい? お相手はどんな方?」

 

「はい。その――」ジークは少し考えて、大真面目に答えた。

 

「灯りのような人です。夜通し、ついている」

 

「あらまあ」

 

おかみは目を細め、ラルフは「うわ出た」と呻き、包みには気持ちぶんだけ余分に、リボンが増えた。

 

会計を待つ間、ラルフはふと真顔になった。

 

「なあ、ジーク。余計なお世話かもしれねえけどよ。メリルちゃん、最近ちょっと変じゃねえか」

 

「……気づいて、いたか」

 

ジークは、包みを受け取りながら頷いた。気づいていた。とっくに。

 

彼女は時々、遠い目をする。誰も知らない場所を懐かしむような、ここではないどこかを見る目だ。楽しそうに笑った直後ほど、その目になる。そして決まって、自分の掌を見下ろして、小さく息を吐くのだ。何かを諦める仕草に、よく似ていた。

 

「俺は口下手だ。だから、聞き出すことはできん。……だが、待つことはできる。彼女が話したくなる日まで、隣にいることは」

 

「……おまえ、ほんと、剣以外は不器用なくせに、たまに満点を出すよな」

 

「剣以外は不器用だという自覚は、ある。だから、待つ以外の芸がない。……ラルフ。俺は、間違っているだろうか。聞き出さず、待つというのは、逃げだろうか」

 

「逃げじゃねえよ。けどな」ラルフは、珍しく言葉を選んだ。

 

「待つってのは、相手に『いつでも話していい』って伝わってて、初めて成立するんだぜ。黙って待ってるだけじゃ、ただの置物だ。おまえの覚悟、ちゃんと見える形にしとけよ」

 

見える形。胸元の包みが、少しだけ重みを増した気がした。

 

装飾店を出た直後、通り角で第三小隊の新兵が「若様、買い物成功ですか!」と敬礼した。ジークは「任務成功」と報告した。新兵が「帰還後、観察日誌に追記します」とメモ帳を開いたので、ジークは「追記するな」と即座に制止した。

 

その帰り道だった。詰め所の方角から、連鐘が鳴った。二短一長――緊急招集。

 

「北の森か!?」

 

駆け戻った詰め所は騒然としていた。哨戒隊が交戦、負傷者あり。魔獣の群れが異常な規模で南下している。しかも、だ。

 

「群れを率いてるのは大型種だ! 十年前の目撃記録と、角の形が一致した!」

 

伝令の声に、詰め所の空気が変わった。古参の騎士たちの顔が強張る。十年前、その大型種の南下で、防衛線は一度破られている。当時の死者、十七名。慰霊碑は、ランタン祭りの丘の裏にある。

 

(……メリルが言っていた。ランタンは、帰らなかった者の魂を照らす灯りだ、と。帰ってきてほしい人を思い浮かべる、と)

 

ジークは、一瞬だけ包みを胸に押し当てた。

 

「総員、聞け!」

 

団長の声が響いた。

 

「群れの規模、推定六十。頭は例の大型種。防衛線は北の森の第二哨戒線まで前進させる。街には、一匹も通さん。――第一、第二小隊は正面。第三小隊は東翼。装備を確認後、刻限までに北門へ!」

 

「「「応!!」」」

 

鎧を着込みながら、ジークは髪飾りの包みを布で二重に巻き、胸当ての内側に押し込んだ。作戦行動に私物を持ち込むなど、規律違反もいいところだ。分かっている。分かった上で、押し込んだ。

 

(帰ったら、渡す。渡して、言うのだ。フリではない、と)

 

覚悟を見える形に、とラルフは言った。ならばこれは、その第一歩だ。帰る理由を、鎧の内側に入れておく。

 

出撃の隊列が、夜の北門をくぐる。振り返ると、街の灯りの中に、ひとつだけ見慣れた色があった。三番街の外れ、朝まで消えない灯り。

 

気持ちを押し込めて、今はただ作戦のことで頭をいっぱいにした。

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