わたしはね、どこにでもある本当に普通の家庭で生まれたの。
呪術師の家系でも何でもない、普通のご近所さんに囲まれて、お父さんとお母さんに普通に愛されて、普通に育てられた。
だけど、ある時からわたしは自分の世界が周りのみんなと少し違っていることに気がついた。
空気の中に変なカタチをした気味の悪い生き物がぷかぷか浮いているのが視えるの。
それだけじゃなくて、わたしが強く願うと目の前にあるプラスチックのコップやおもちゃのカタチを雑巾みたいに「ぐにゃり」と物理的に歪ませることができた。
わたしにはね、大好きな、本当に大好きなお兄ちゃんがいたの。
幼かったわたしは、何も疑わずにそのお兄ちゃんに自分の秘密の力を見せて教えたんだ。
『蒼空、すごいな! お前、超能力者か!? かっこいいじゃん!』
お兄ちゃんは少しも怖がらずに、目を輝かせて、わたしの頭を何度も何度も撫でてすごいすごいってたくさん褒めてくれた。
それが嬉しくて、わたしはお父さんとお母さんにも同じように力を見せた。
二人はね……自分が産んだ娘が、そんな異様な力を持っていることに、一瞬だけ、すごく怯えたような顔をしたの。
でも、すぐにその恐怖を隠して娘を必死に受け入れようと精一杯の優しい愛情を言葉で伝えてくれた。
周りのみんなと、わたしだけが違う。
視ている景色が違う。
当時のわたしは不思議に思ったけれど、お兄ちゃんが褒めてくれたし両親も愛してくれていたからそれ以上は深く考えずに過ごしていたんだ。
……すべてが変わってしまったのは、わたしが中学生になって、お兄ちゃんが高校生になったあの年のこと。
その頃には、わたしも少しだけ大人になって自分が周りの子たちとは決定的に違う「異常な存在」だってことを自覚し始めていたの。
だから、お父さんやお母さんをこれ以上不安にさせないために変な生き物が視えることも、モノを歪ませる力のことも、全部隠して、見えないふりをして過ごすようになっていた。
あの日も、そうだった。
学校から帰ってきたお兄ちゃんのすぐ傍にいつもよりずっと大きくて、どす黒くて、禍々しいカタチをした「ナニカ」がぴったりとへばりついているのが視えた。
お兄ちゃんは普通の人だから自分に何が憑いているのか分からなくて少し首を傾げたりしている。
(……見ちゃダメだ。見ないふりをしなきゃ、普通の女の子でいられなくなっちゃう)
わたしは怖くて、自分が普通でいたくて、そのナニカを完璧に無視したの。お兄ちゃんにも、何も言わなかった。
その日の夜、お兄ちゃんは……その見えないナニカに殺された。
お父さんもお母さんも、ボロボロになって泣き続けるわたしの手を握って『蒼空のせいじゃない、蒼空のせいじゃないよ』って何度も言ってくれた。
でもね、違うの。
これは、間違いなくわたしのせいだった。
だって、わたしは知っていたのだから。
わたしにしか視えない世界で、お兄ちゃんが危ないって、ちゃんと分かっていたのに。
自分の「普通」を守るために、見たいものだけを見て、一番大切なお兄ちゃんを見殺しにした。
わたしが自分の弱さのせいで大好きな家族の自分の居場所を完璧に壊してしまったんだ。
それからわたしは、部屋から出なくなった。
毎日毎日、暗い部屋で、どうして自分だけが周りと違う景色を視ているんだろうって、そればかり考えて泣いていた。
そんな時、わたしの部屋のドアを叩いた人がいた。
『東京都立呪術高等専門学校』という場所から来たというその大人の人は、わたしに、わたしが視ている世界の本当の名前を教えてくれた。
それは「呪い」であって、わたしにあるのは「術式」という才能なのだと。
『そこに行けば、君と同じものを視て、同じように戦う仲間がいる』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が、カッと熱くなったのを覚えている。
あぁ、そこなら、わたしは「普通」になれるんだって。
みんなと違う化け物が視える異常者として怯えるんじゃなくて、みんなと「同じ景色」を共有して、みんなと一緒に生きることができる。
わたしは、涙ながらに娘を心配するお父さんとお母さんを必死に振り切って高専への入学を決めた。
高専の制服を作ってもらう時、わたしはひとつだけ、我が儘を言ったの。
「あの時、お兄ちゃんが着るはずだった高校の制服の生地を使って作ってほしい」って。
だからね
わたしが今でも着ているこの制服は、お兄ちゃんのサイズのままだから手の甲まで隠れちゃうくらい、こんなにブカブカなんだよ。
袖が手に触れるたびにもう二度と戻ることのない、わたしが壊してしまったあの日の一緒の日常を冷たく思い出させてくれる。
これはわたしにとっての罰であり消えない誓い。
わたしは、高専という場所で今度こそわたしの手でわたしのための「本当の居場所」を作りたかった。
もう二度と見ないふりをして誰かを失いたくない。
みんなの「一緒」になりたい。みんなと同じものを食べて、同じものを視て、同じ時間を共有して、今度こそ、大好きな人たちを最後まで護り抜きたい。
だからね……五条や、硝子ちゃんや、生徒のみんなが、ただの弱いわたしを、それでも『浅雛蒼空』としてそこにいさせてくれる今の現実がわたしにとってどれほど救いなのか、きっと誰にも分からないと思う。
わたしはもう、最強の特級術師じゃないけれど。
でもね、いま、ようやくわたしはみんなと「一緒の世界」に立てた気がするんだ。
──お兄ちゃん
わたしね、今度は逃げずに大好きなみんなの隣でずっと一緒に笑っていられる居場所をちゃんと見つけたよ
ここまで読んでいただきありがとうございました
よろしければ感想など残してくださればとても嬉しいです
いつかは劇場版も書きたいと思っています