錆びた翼は戻らない   作:黒っぽい猫

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上手く書けてるか、正直自信はないです


第一話

 声にならない呻きと共に、チサトは意識を浮上させた。薄く目を開けばいつもの見慣れた部屋、見慣れたベッドの上に自身を抱くように座り込んでいた。

 自身を腕の上から包んでいた翼を静かに解くと、いつも通り服が綺麗に畳まれ、ランプの横に置かれている。その上には、これもまた綺麗な文字で『服がシワになるので、せめて着替えてください』と置き手紙が添えてあった。静かに時を刻み続けている時計に目をやれば、以前確認した時から日付が3つ進んでいる。

 

「まだ、終わらないの……?」

 

 苦悶と嘆きを孕んだ呟きは、誰にも聞かれないまま部屋の空気に溶けていった。チサトがこの部屋に籠るようになり、今日で90日を迎えている。その間、食事することはおろか、水すら摂取していない。だというのに、チサトの肉体はおおよそそれ以前と変わりがなかった。

 

「本当なら、もうとっくに……」

 

 チサトの脳裏に、空っぽの棺桶が思い出される。同時に、様々な過去の出来事が浮かんでは消えていく。そのどれもがチサトを苛み、苦しめる。無意識のうちに、抱いた自分の二の腕に爪を立てていた。力が増していくにつれその爪先は赤く染まっていくが、痛みを微塵も感じていないかのように力はより強くなり、爪の立てられていない部分は鬱血していく。

 

「シャワー、浴びないと」

 

 死化粧は、なるべく綺麗な方がきっと喜ばれる。そんな思考と共にチサトは不意に立ち上がり、僅かに痛む足で浴室に向かう。浴室で冷たい水を全身に浴びている間、ふと鏡に映る自分と目が合った。

 

「……酷い顔、ね」

 

 3年前の自分が見ればきっと未来の自分だと思えない程、その顔にはおよそ感情と呼べるものがない。機嫌が悪い顰め面、であればまだそのように表現できただろうが、今の彼女にはそう呼べるものすらない。完全な無表情、そう形容する他ないのである。能面のようなそれとしばらく向き合った後、浴室を後にした。

 身体と髪を乾かして、世話役の少女が用意してくれた衣服に身を包み、元の姿勢に戻ろうとしたチサトは、視界の端に映った真白く塗装された拳銃を手に取った。

 在りし日に主より下賜されたそれは、何度も引き金を引かれてはいるがその銃口から鉛を吐き出したことは未だ一度もない。

 手馴れた動きで安全装置(セーフティー)を外し、その先端をこめかみに向ける。そして躊躇うことなくその引き金を目一杯引っ張る。カチリという乾いた音が部屋に響き、チサトは短く嘆息した。今日も弾は入っていなかったという絶望が身体を支配し、ベッドの上に戻って再び体育座りをする。何一つ変わらない、この3ヶ月の間行われているチサトのルーティーンだった。

 小さく蹲り虚空を眺める少女は、自身の翼をそのまま視界を遮るように下ろしていく。暫くして、赤錆色をした翼の繭の中から規則的な寝息が聞こえ始めた。

 全てに絶望したあの日、こめかみに当てた銃口から弾が出ることはなかった。ただ乾いた音が聞こえてきただけであり、それは自死を決して認めないという主からの遺志であると、チサトは理解してしまっていた。それ故に、目覚めた際には必ずその引き金を己に向けて引く。許される日が来るのではないかと、もういいと赦されるのではないかと。

 そして自死を認められないのであればと、チサトは生命維持に必要な行為をやめた。食事を断ち、外界との全てを遮断し、部屋から出ることもなくなった。

 

『主の死のせいで、自分は食事をできなくなった』

 

 その末での死は自死ではない。だから仕方がないのだと言い聞かせ、チサトは今日も夢と現の間を彷徨う。

 

 ◇

 

 静寂が破られたのは、チサトが眠りについた数時間後の昼下がりだった。遠慮がちなノックの音に、初めは僅かに身動(みじろ)ぎをするだけだった。

 だが、いつまで経ってもノックの音は留まらない。それどころか強くなっていく。その事に、チサトは僅かに身体を強ばらせた。世話係の少女であれば問答無用で部屋に入って来るはずであり、未だに侵入してこないということは、つまりそれ以外の人間であるということに他ならない。

 そして、世話係の少女は決して自分に他人を近づけない。以前部屋へ無理矢理侵入を試みた親友が酷く叱られ退散する様も少女伝手に聞いている。その少女が止めずに通した、或いは止めることが出来なかった(・・・・・・)ということになる。

 未知なる存在なのか、それともよく知る人物なのか。究極とも言える2択が同時に存在する状況にチサトは自分を抱く腕をより強く締めつけた。

 

『チサト、眠っているのですか?』

 

 果たして、その声は彼女にとって聞き馴染みのある声だった。安堵と同時に、既知の友人が訪ねてきた事への絶望を抱きながらどう答えるべきかと迷っているうちに、ガチャリと部屋の鍵が開けられる音が聞こえてきた。

 声をあげる間もなく扉が開かれ、パタパタとこちらへ向かってくる足音が聞こえてくる。今の姿を見られることへの強い嫌悪感から、チサトは翼を腕以上に強く身体へ絡みつける。その形状は絹となる前の繭を想起させるが、その翼の色も相まって血塊のように見える。

 部屋への侵入者である少女、羽川ハスミはその姿を見るや半ば縋り付くように駆け寄り、その翼の上からチサトを優しく抱き締めた。

 

「チサト、本当に久しぶりですね。ずっと会いたかった」

 

 突然の抱擁への抗議をしようとしていたチサトは、その言葉に思わず口を噤んだ。より正確には、その声の震えとポタリと翼へ落ちた雫により何も言えなかった。

 チサトの中は、自己嫌悪でいっぱいだった。彼女は決して鈍くはなく、寧ろ他人から向けられる視線には昔から過剰な程に敏感であった。

 

 ──私が今更、この子に何を言えるのだろう

 

 そのような思考からチサトは何も言えず、なされるがままに時間が流れていく。肩を揺らし、静かに嗚咽するハスミが落ち着くまでの数分間、チサトは寝たフリを続けるのだった。

 

 ◇

 

「……ハスミ?何故、来たの」

 

 チサトは、ハスミが少し落ち着いた頃を見計らって声をかけた。半ば独り言のようなそれは密着するハスミに対して聞こえない道理もなく言葉が返ってくる。

 

「友人に会いたいと思うのに、理由が必要ですか?」

「意味が、わからない。私は貴女を裏切った」

「私は、そう思いません。今も昔も貴女は貴女です」

 

 先程までの湿り気をまるで感じさせない力強い言葉にチサトが思わず閉口すると、ハスミは翼の上からチサトの頭を撫で始める。1分、2分と続けられ先に焦れたのはチサトの方だった。

 

「……やめて、ハスミ」

 

 その言葉に、ピタリとハスミの手が止まる。そしてそのまま宙に浮いた手を退かすようにチサトの翼が解かれる。まだ僅かに潤みを残し、黒曜石のように美しく輝く瞳と正面から目を合わせ、チサトが静かに口を開いた。

 

「貴女は、私に何をさせるために来たの?」

「……会いに来たのも、嘘では無いのですよ」

「知ってる。聞かされてたから。毎日来てたって」

「通して貰えるまで、3ヶ月もかかってしまいました」

「なんでそこまで、私なんかの為に」

「教えてあげません。だって今の貴女は、私のどんな言葉も受け入れてくれないでしょうから」

「…………それで、用件は?」

 

 図星を突かれ、何も言えなくなったチサトは苦し紛れにハスミへ先を促す。その態度に充足感を感じつつ、ハスミは自身を業務中へと切り替える。背筋を伸ばし、ベッドの脇にスラリと立ち上がり敬礼の姿勢をとった。

 

「香黒チサト()。ホスト代理の桐藤ナギサ様より、ティーパーティーへの出頭命令がなされました。サンクトゥス派頭目代理としての出席をナギサ様はお望みです」




感想評価、お気に入りありがとうございます。
どこまで続くか、どこまで至るか分かりませんが精進して参ります
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