『仮面ライダーBLACK SUN×リコリスリコイル 異聞/イブン:暁の彼岸花   作:YONE ライス

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それを知るのは、救世主自身です。


救世主が授けしは呪いか祝福か?/Night of eclipse-2012

2012年──夏。

 

東京都渋谷区。

空を覆い隠さんばかりに林立する、高層ビル群。

文化の中心地として栄えるこの街は、今日も通勤ラッシュと飲み会帰りの人波に満ち、

一夜を越えてなお、熱を失うことがなかった。

 

その摩天楼の足元を行き交う雑踏の中を、

黒い肌の男が、静かに歩いていた。

 

洒落た白いジャケットに、黒のインナー。

首元にはネックレスを下げ、背は高く、レスラーを思わせる体格。

発達した筋肉は、服の上からでもはっきりと分かった。

 

彼の名は、ミカ

 

長い髪に黒縁の眼鏡、口髭を蓄えた顔立ち。

厚い唇と、眼鏡越しに覗くつぶらな瞳は、どこか優しげな印象を与えていた。

 

脚に不自由があるのか、左手にはロフストランドの杖をついている。

それを頼りに、ミカは殺人的とも言える人出の渋谷スクランブル交差点を渡り、道玄坂へと進んでいく。

 

人々は、沸いていた。

 

そのまま通り過ぎる者もいるが、多くの人々が足を止め、空を仰ぎ、歓声を上げる。

発売されたばかりのスマートフォンやガラケーを掲げ、専用のグラスをかけ、天に起きた異変に、子供のようにはしゃいでいた。

 

ビルの大型モニターには、『金環日食、およそ十年ぶりか』

そんなテロップと共に、ニュースキャスターが何かを語っている。

 

だが、もはやそんな情報は誰の耳にも届いていなかった。

 

人々にとって、それは──

世紀に一度、一世一代の天体ショー。

 

しかし、今のミカにとっては、そんなことはどうでもよかった。

 

焦燥感と不安が胸を締めつけ、意識せぬうちに、彼の足取りは次第に速くなっていく。

 

───

 

しばらく歩き、ミカは渋谷区にある大きな大学病院へと辿り着いた。

 

受付で簡単に名前を告げると、数秒も経たずに、その筋の者らしい無表情な黒いスーツ姿の男たちが現れ、彼を地下へと通じるエレベーターへ案内する。

 

黒服の一人が、専用のカードキーを滑らせ、

掌をモニターに置いて生体認証を終える。

 

エレベーターは、静かに、しかし確実に地下へと降下を始めた。

 

外は何も見えない暗闇。

ミカは鉄箱の壁に身体を預け、深く溜息をつく。

 

この大学病院は、表沙汰にできない持病や大病を抱える著名人、政治家のために、極秘裏に大手術を行う地下施設を備えていた。

 

それが可能なのは、この場所が──

“機関”の息がかかった病院だからだ。

 

目的の階へとたどり着いて扉が開くと、ミカは杖をつきながら、外へと出た。

 

「…来たか」

 

待合室に、待ちかねたと言わんばかりの表情をした男が立っていた。

艶やかに撫でつけられた髪、仕立ての良いグレーのスーツ。

左胸には、金色の梟のバッジ。

 

彼の名は、吉松シンジという。

 

「待ちかねたか?」

「いや、別に。そう見えるかい?」

柔らかな声で、吉松は返す。

「顔にそう書いてある」

その言葉に、吉松は小さく鼻で笑った。

「……いいのかい?今日は金環日蝕だそうだ。世紀の天体ショーだぞ」

「日蝕はまたいつか来る。世紀のショーはこっちだ」

 

本心では、ミカはこれを“ショー”などとは呼びたくなかった。

 

「…いこうか」

 

紙コップのコーヒーを飲み干した吉松は、

それを無造作にゴミ箱へ投げ入れ、歩き出す。

ミカも、その後に続いた。

 

「…ここも、〈機関〉が用意してくれた場なのか?」

 

廊下を歩きながら、ミカが問う。

 

「出資はした。どちらかと言えば、息がかかっていると言った方が正しいな」

 

コツ、コツ、と、革靴が床を叩く硬質な音が、静かな廊下に響く。

 

やがて二人が辿り着いた先は、手術室だった。

 

──

 

──人には往々にして、“才能”というものがある。

 

それは運動能力であり、頭脳でもあるだろう。

スポーツであり、学問であり、文学であり、芸術でもある。

 

スポーツは人々を熱狂させ、勉学は科学を発展させ、新たな発明を生み、

文芸や芸術は人の心を楽しませ、感動させ、社会をより豊かにしてきた。

 

人類は誕生以来、そうして発展を重ねてきた。

道具を手に入れ、火を操って暖を取り、獣を退け、天敵を滅ぼし、劣等種を排除し、勝利を積み重ね、

生態系の頂点捕食者として、地球の支配者の座を確固たるものにした。

 

──才能とは、社会を進歩させ、人々を沸き立たせ、

より効率的な“進化”《を人類に促すものだ。

 

故に、ある男は“機関”を創った。

 

埋もれてしまう者。

才能を持ちながら、それを発揮する機会を得られない者。

神からのギフトを授かりながらも、

環境という名の理不尽によって、その力を閉ざされた子供たちのために。

 

その男の名は、アラン・アダムス。

彼は自らの名を冠し、〈アラン機関〉を設立した。

 

才能ある子供たちを選定し、救い出し、学びの場を与え、

金銭を与え、時には、その命すら救う。

 

〈アラン機関〉は、アラン・アダムス個人なのか。

集団なのか、それとも巨大な組織なのか。

 

それすら、一般人はおろか、上流階級の者ですら知ることはできない。

 

はっきりしているのは、ただ一つ。

 

“存在している”という事実だけ。

 

神の授けたギフトを、この世に届けるために──

彼らは今日に至るまで、静かに支援を続けている。

 

──

 

最新式の手術台に、一人の幼い少女が横たわっていた。

 

瞳は赤く、口には麻酔マスクがはめられ、頭にはディスポーサブルの手術帽子を被せられている。

 

──錦木千束。

 

まだ七歳の、幼い少女だった。

 

白一色の手術室は、異様なほど静まり返っている。

無影灯の下、手術台を囲むように、

心拍数モニター、血圧計、といった機器が正確に彼女の状態を映し出していた。

 

金属のトレーには、メス、鉗子といった、どれも最新式の手術器具が整然と並び、冷たい光を放っている。

 

響く音は、電子音と、医師や看護師が確認し合う、かすかな話し声だけだった。

 

千束は、すべてが、初めて目にする光景に不安を覚えていた。

 

映画やドラマで見たことはある。

天才外科医が難病を克服する、よくある物語。

だが、台に並ぶ無機質で物々しい手術道具。

 

自分を囲む、大きく、冷たい機械の数々。

 

それらは、映画よりも遥かに現実的で、遥かに恐ろしかった。

 

何より、この手術の前に、何本も打たれた注射が嫌だった。

術後も、鎮痛剤の注射を打つと聞かされている。

 

それが、彼女の不機嫌をさらに募らせていた。

 

だが今は、この手術室の規模そのものに、圧倒されるしかなかった。

 

これから自分は、メスで切り刻まれ、周囲の機械たちに食べられてしまうのではないかと、錯覚しそうになる。

 

手術室のワゴンに置かれた、物々しい黒いアタッシュケース。

医師の一人がロックを解錠し、ゆっくりと蓋を開けた。

 

中に収められていたのは、真空パックされた三つの部品だった。

 

一つは、バッテリーのような箱。

もう一つは、太いコード。

そして中央に鎮座するのは──完全な心臓を模した形状の、銀色の機械。

 

上部には赤と青の弁がそれぞれ取り付けられている。

まるで動脈弁と静脈弁のようだ。

その姿は心臓というよりも、精密なポンプに近い。

 

そして、その正体は──

 

無拍動完全置換型人工心臓。

 

本来であれば、人類が数世代先に到達するはずの技術。その結晶が、今ここにある。

 

それもまた、〈アラン機関〉の支援を受けた天才医療技師が生み出した賜物だった。

 

吉松シンジとミカは、手術室の中へと足を踏み入れる。

無菌状態を保つため、二人は手術着とマスク、不織布の手術帽を身につけていた。

 

本来なら面会は厳禁なのだが、吉松が裏で手を回したお陰で、どうにか、短時間ではあるが入室を許されたのだ。

 

──

 

麻酔が効き始め、

無影灯のあまりに眩しい光に、千束の目は細められていく。

やがて、瞼は重くなり、ゆっくりと降りていった。

 

──いやだ、怖い

 

心の中でそう呟いた、その刹那。

彼女の視界に、二人の男が飛び込んでくる。

 

黒い肌に優しげな、つぶらな瞳。

マスクで口元が隠れていても、千束にはすぐに分かった。

 

先生(ミカ)だ。

 

「…先生、私…怖いよ」

 

消え入りそうな、か細い声で言うと、ミカは、千束に優しく返した。

 

「心配ない。お前は元気になる」

 

不思議と、その言葉は胸に染みた。強ばっていた身体が、ほんの少しだけ軽くなるような気がした。

 

けれど、完全に不安が消えたわけではない。

 

「…でも」

 

ポン、と頭に手を置かれる優しい感触があった。

 

「大丈夫」

 

芯の通った、柔らかな声。

 

「…」

 

千束は、ゆっくりと視線を巡らせ、もう一人の男を見る。

 

その人物も、千束には、すぐに分かった。

 

『救世主さん』だ。

 

忘れるはずがない。この人が、私を助けてくれる。

私の命を救ってくれる人。

 

名前は分からない。というより、教えられないと言った方が正しい。

それでも、自分を救う選択をするのが彼だということだけは、確信していた。

 

──君には大きな使命がある。それを果たしてくれ。

そのために私は、さしずめ、救世主になったんだから。

 

数日前。

この大学病院の廊下で、彼はそう言った。

 

そこで、千束も誓ったのだ。

 

自分もまた、“救世主”になる。

 

──そうだ。

怖がっていちゃ、いけない。

 

これから、大きな使命を果たすために、私は。

 

「……救世主さん」

 

そう呟いた瞬間。

麻酔によって、世界はぼんやりと滲み始める。

救世主の顔の輪郭も、次第に曖昧になっていく。

 

千束の意識は、そこで途切れた。

 

──

 

「麻酔、効いています」

「血圧、脈拍共に安定しています。」

 

医師と看護師たちが、淡々と確認を進めていく。

 

これは今までに前例のない、人類史上初の人工心臓移植。

 

歴史が、静かに塗り替えられようとしていた。

 

「私達はもう下がろう、ミカ」

 

ミカは、固く拳を握りしめていた。

 

──こんな、こんな小さい子供に。

 

いや、今さら何を思う。

これまで、そういった子供たちの“訓練”は日常だった。

今ここにいる錦木千束も──本質的には、何も違わない。

 

それなのに。

 

なぜ、こんなにも感情が溢れてくるのか。

なぜ、涙が止まらないのか。

 

才能があったというだけで。

こんなにも小さな身体に、なぜ、こんなにも大きな使命を背負わせる必要があるのか。

 

「……ミカ」

「……すまない」

 

目から溢れた雫を拭い、ミカは踵を返す。

外へと続く扉へ向かいながら、声を震わせて答えた。

 

「すまないミカ、外で少し待っていてくれ、私はやる事がある。」

「……そうか」

 

振り返ることなく、ミカは扉の奥へと消えていった。

 

それを確認すると、吉松はポケットから木製の小函(こばこ)を取り出す。

蓋を開けると、中に収められていたのは──

 

小さな、オレンジ色の勾玉だった。

 

近くにいた、疲れた目をした医師──三反園幹雄に、それを手渡す。

 

「後を頼みます」

 

その言葉に三反園は、何も言わずそれを受け取ると、深々と頭を下げた。

 

吉松は、静かに手術室の出口へと向かう。

 

その口端を、微かに釣り上げながら。

 

それは、祝福か、はたまた呪いか。知るのは彼のみだ。

 

「メス」

 

医師がそう告げ、看護師から差し出されたメスを受け取る。

 

その刃は──

 

千束の薄く、小さな胸に触れ、赤い軌跡を刻んだ。

 

もう後戻りはできない、決して消えることのない、その一線を。

 

────

 

〈DA〉京都支部

 

その訓練施設の地下に設けられた広大な射撃場は、張り詰めた空気の中で、静寂に包まれていた。

 

 

「始め」

 

教官の合図と共に、射撃場に無数の銃声が轟き、幾つもの銃火マズルフラッシュが迸った。

 

空を裂いて飛ぶ弾丸は、標的である人型の紙的(かみまと)へと一直線。

 

やがて、その場にいる全員が弾倉内の弾丸を撃ち尽くし、拳銃が弾切れ(ホールドオープン)の状態となる。

 

射撃場は火薬と硝煙の香りに満ち、たきなは少しむせそうになった。

未だに、この感覚には慣れない。

中にはこの独特の匂いが好きという者もいるが、少なくとも自分はそうではない。

 

「そこまで」

 

銃声の余韻が残る中、その掛け声と共に、井ノ上たきなと他の訓練生と同じように拳銃の銃口を下げた。

 

張り詰めた肩が、ようやく降りる。

 

その小さな手に握られているのは、訓練用に支給されたグロック44。

 

二二口径で、反動も少なく制御も容易なものだ。

 

だが、それは文字通り少し手に余るようで、訓練生の誰もがそれを少し重そうに握っていた。

 

この射撃場に集められた訓練生達──まだ幼い少女達にとって、それは非常に扱いやすい代物だった。

 

たきなは、まだ六歳になったばかりだった。

 

というより、この射撃場にいる訓練生達も、彼女とほぼ同年代の少女である。

 

教官がリモコンを操作すると、頭上のターゲットキャリアーのモーターが音を立てて稼働し、レールに吊り下げられた人型の紙的が、滑るように移動し、少女達の元へと戻ってきた。

 

ある者はその結果に満足したように鼻を鳴らし、ある者は悔しそうに肩を落とした。

 

中には、自慢げに教官にそれを見せる者もいた。

 

だが、たきなだけは違った。

 

手にした紙的を目にしても、特に何の反応も示さず、無表情のままそれを見下ろしている。

 

教官が肩越しにそれを覗き込むと、「おぉ」と感嘆の声を漏らした。

 

一斉に訓練生達の注目が集まる。

 

彼女が手にしていた紙的は、胸や頭部を中心に、急所へと弾痕が集中していた。

 

無駄撃ちのない、正確無比な射撃。

 

同年代の訓練生達の中でも、郡を抜く射撃成績であることは明白だった。

 

「今回も合格だ、井ノ上たきな。

修正点はない。次もこの調子で頼むぞ。

そうすれば、お前が最短で〈ファースト〉の制服を着る事も夢じゃない」

 

満足げに言う教官に対しても、たきなはどこか歳不相応で、無愛想な反応だった。

 

目を輝かせることもなければ、喜びに笑う素振りを見せる事もない。

 

ただ、ハイライトのない虚ろな目で教官を見上げ

 

「はい、精進します」

 

と淡々とした声で返すだけだった。

 

にこやかに結果を祝福する教官に対して、ほかの訓練生達はと言うと、決して賞賛とは違う、冷たい反応を見せていた。

ヒソヒソと何かを囁き合い。

羨望とは程遠い、気味の悪い、理解できない物でも見るような色が混じっていた。

 

だが、教官は背後にいる訓練生に対して視線を送ると、彼女達は慌てて態度を正して、疎まばらで、熱の入っていない、乾いた音の拍手をたきなに送った。

 

その拍手を受けてもなお、彼女はどこか他人事のようにその音を聞いていた。

 

──

 

今日の訓練は全て終了したので、あとは自由時間だ。

 

だが、たきなはほかの訓練生のように、割り当てられた自室に戻らなかった。

 

彼女が行く場所はいつも決まっている。

施設内の最奥にある、訓練生用の図書室だ。

 

たきなはいつもそこに入り浸っているのだ。

 

部屋にはゲーム機やパソコンといった娯楽品が一通り揃っており、快適な自由時間を過ごせる……のだが、たきなはそれを触ったことも、触らせて貰ったことはほとんどなかった。

 

いや、今後も指一本触ることすら許されないだろう。

 

あの部屋に漂う、たきなを徹底的に排除する、陰鬱で窮屈なあの雰囲気。

それは、彼女から居場所を奪うには十分だった。

 

そんな彼女にとっての図書室が唯一安らげる場所になるのは、時間の問題だった。

 

扉を開けた先に広がる、水を打ったよう静寂。

 

膨大な数を収めた本棚。そして、鼻腔をくすぐる古い髪とインクの匂い。

 

あのうるさい銃声も、硝煙なんかの匂いより、それはよっぽど心地いい環境だった。

 

国が管理していることもあって、図書室の蔵書は一流のものが揃っていた。

歴史、地政学、戦術論、あるいは美しい挿絵のついた古典文学まで。

中には年相応の子供向けの児童書や絵本なんてものもある。

 

中でもたきなは、ファンタジー小説が好きだった。

 

比較的子供でも読みやすい字で書かれた、現実には存在しない夢のような世界。

 

それはいつだって、たきなを疎まれ、怪人として周囲から卑しい存在として見られる現実を忘れさせてくれた。

 

ページをめくる度に、辛い現実から少しだけ離れられる。

 

たきなはすぐに本の虜になった。

 

今日は何を読もう、そう小さな期待に胸を踊らせながら図書室へ向かう途中のことだった。

 

廊下を歩くたきなの背中に、何人かの訓練生が、わざと肩をぶつけてきた。

 

ドン、と鈍い音を立てて一際大きい衝撃が襲うと、彼女はよろけてその場に崩れた。

 

「あ、ごめーん。気づかなかった」

 

「大丈夫?まぁでも、怪人の力、どうせ使ったんでしょ。そのバチが当たったんじゃない?」

 

「教官にそんなに気に入られたくて必死なんだ」

 

頭上から彼女達の嘲笑じみた声が降ってくる。

 

それを聞き流しつつ、たきなはすっと立ち上がり、さっとスカートの埃を払うと、また図書室へ向けて歩き出した。

こういう手合いは、相手をするだけ無駄なのだ。

 

「おい」

 

そう言うと、訓練生達のリーダー格の少女が、たきなの肩を乱暴に掴んで引っ張った。

 

いつもはこの辺で終わるのだが、なにか癪に障ったのか、今日はどうにもしつこく付きまとってきた。

 

「なんか言ったらどうなの?

怪人の力使ってごめんなさいとか、ズルしましたとか。

私達に言うこと、あるよね」

 

「そうそう」

 

取り巻きがそう面白がって囃し立てるが、たきなは表情を変えず、無言のままだった。

 

「……」

 

そんなこと言われても仕方ない、怪人の力を使っても射撃の精度が劇的に上がるわけではないのだから。

たきな自身にほとんど非はない、完全な訓練生達による一方的な難癖と恨みだ。

 

「…なに、その目」

 

リーダー格の少女が顔を歪めて、吐き捨てた。

自分でも気づかないうちに、睨んでしまっていたらしい。虚ろな紫の瞳が、真っ直ぐに少女の目を射抜いていた。

 

その冷徹な視線に、彼女は少したじろぎながらも、強気な姿勢を崩さずに口を開いた。

 

「なんか言いなさいよ。それとも何?怪人だから人間の私達とはまともに口聞けないとか、そういう感じ?」

 

そういうと、背後の取り巻きたちのクスクスという不快な笑い声が漏れた。

 

「…手、離してくれます?」

 

「あ?」

 

あんぐりと口を開けて低い声で聞き返すが、その前にたきなは乱暴でその手を振り払い、その場を歩き去ろうとする。

 

「待てよ」

 

だが、この日ばかりは彼女達は諦めずにたきなを追って行った。

 

 

 

「……」

 

突然、たきなが立ち止まると、釣られるように、訓練生達も足を止めた。

 

「なんだ──」

 

そう言い切る前に、たきなは思い切りでリーダー格の頬を張った。もう我慢の限界に来ていた。

 

「…は?」

 

豆鉄砲を食らったように困惑するリーダー格に、たきなは低い声で告げた。

 

「教官に言うなら、どうぞお好きに。私はどうせ、誰からも期待されてないですから」

 

そう言い置いて、彼女は背を向けてスタスタと廊下の奥へ消えていった。

 

その道中、たきなの心を占めていたのは、幾つもの複雑な思いだった。

 

なんでこうなるのか、なぜ自分は怪人なのか、自分はここに存在してはいけないのか。

 

幾つもの答えのない問いが頭を駆け巡り、たきなを絶望の淵へと沈めていく。

 

そんな時──。

 

彼女はふと窓際で足を止めた。

 

「なに、あれ…?」

 

誰に問いかける訳でもなく、その呟きは静かに廊下へと消えていく。

 

窓越しに広がる空の景色、まさにそれは天の異変だった。

 

太陽へ、月が重なろうとしていた。

 

気づけば、夕方でもないのに、あたりは急速に光を失っていき、夜のように暗くなっていく。

 

世界から色彩がなくなっていくような、奇妙な感覚だった。

 

やがて、月が完全に太陽と重なり、綺麗なドーナツ型の金環日食となった。

 

「……」

 

たきなは、それをなんと呼ぶのか、“日蝕”という現象そのものを知らなかった。

 

昼なのに夜のような闇が訪れる、光が急速に失われていく、なんとも不気味で、奇怪な現象だ。

 

怖いと思う気持ちと共に、たきなの胸を占めていた思いは。

 

えも言えぬ、静かで穏やかな心地良さだった。

 

 




たきなの話は割と軽めに書くつもりが、かなり書いてしまった。
長くなって申し訳ない。
訓練所というか、施設の描写は想像とかで補完してるのでアバウトな気がします笑
千束が人工心臓を移植された具体的な年齢とかは、確か描かれてなかったような?と思って、色々試行錯誤しながら書きました。
ちなみに、2012年には東京でも観測できる金環日食が起こりました。
これは自分も小さい頃に見た記憶があります。

二話の時点で一万文字超えるとか、頭おかしくなるでほんま……
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