『仮面ライダーBLACK SUN×リコリスリコイル 異聞/イブン:暁の彼岸花   作:YONE ライス

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数年前に書いて結局消してしまった作品のリブートです。
仮面ライダーBLACK SUNの小説版『異聞』にかなり影響を受けています。

それでは、どうぞ


闇路/Night of the eclipse──2002

信越地方の山間部。

深い山々に抱かれるようにして、“村”としか呼びようのない小さな集落がひっそりと存在していた。

 

規模は小さく、住民の数もせいぜい数百人ほど。

それでも、ここに生きる者たちは皆、迷いなくこの地を“村”と呼んでいる。

トタン板や雑多な廃材を寄せ集めたバラック小屋から、年季の入った木造家屋まで、住居の形はまちまちだ。

だが村全体を俯瞰すると、その外観はどこか江戸時代の宿場町を思わせる、奇妙な統一感を帯びていた。

 

この“村”は、やがて一部の人間から

『地図にない村』と呼ばれることになる。

誰にも知られず、社会のどこにも記録されていない。

存在しているはずがないのに、確かにそこにある、そんな不思議な村落だった。

 

決して深山幽谷というわけではない。

それでも近隣の者たちは、なぜか村の存在に気づくことがなく、足を踏み入れることもできなかった。

 

──2002年、夏

すべては、この年に起こった出来事である。

 

“村”の生活は、基本的に自給自足だ。

二十一世紀に入ったというのに、その暮らしぶりは中世を思わせるほど古い。

水道や電気といった最低限のインフラこそ整っているが、生活の中心は今なお土と獣にあった。

 

外の街へ出稼ぎに行き、仕送りや買い出しを担う者もいる。

しかし大半の住人は、畑を耕し、作物を育て、家畜の世話をし、牛を引き、狩人は森へ入り、鹿や猪を仕留めて村へ戻る。

 

その時だった。

 

畑で鍬を振るっていた者。

牛の世話をしていた者。

獲物を担ぎ、集落へ戻ってきた狩人。

火の見櫓に立つ見張り。

さらには家の中にいた多くの住人たちまでもが、ざわめきとともに外へと出て、一斉に空を仰いだ。

 

“村”の中には、『学校』と呼ばれる建物がある。

子供たちに学びを与えるための場であり、他の家屋よりも広く、多くの人を収容できた。

かつては大人たちの議論の場として使われていたらしいが、今は教えの場として機能している。

 

その中にいた一人の少年──ビルゲニアは、外の異様な気配に眉をひそめた。

 

ビルゲニア。

それは無論、本名ではない。

彼は己の本来の名を捨て、ここで“王”を守護するために、その名を名乗っている。

 

授業もそこそこに、子供たちが我先にと外へ飛び出していく。

ビルゲニアもまた、その流れに引き寄せられるように後を追った。

 

外へ出て、空を見上げた瞬間。

彼の口から、思わず声が漏れる。

 

それは、生まれて初めて目にする光景だった。

住民たちは息を呑み、感嘆の表情で空を見上げ、子供たちは目を輝かせ、抑えきれない興奮を露わにしていた。

 

太陽が、月に覆われつつあった。

 

──日蝕だ。

 

光を遮られた太陽は、偏った方向からのみ強烈な輝きを放ち、

ビルゲニアを含む多くの住人たちは、思わず目を細める。

 

事前に聞かされていた出来事ではあった。

それでも大人たちの表情には、拭いきれない不安が滲んでいる。

対照的に、子供たちは初めて目にする天の異変に歓声を上げ、はしゃいでいた。

 

だが──

この時、何が起こるのかを、ビルゲニアは既に知っていた。

 

生唾を呑み込み、不安げな視線を向ける先。

それは村の山手に建つ、明かりの灯った大きな家屋。

 

住人たちから『研究所』と呼ばれている建物だった。

 

「案ずるな、僅かの間の事だ。事は直ぐに終わる」

 

そう声をかけながら歩いてくるのは、黒い羽織と着物を身にまとった、恰幅のいい中年の男。

 

その後ろには、背の高い美しい女と、坊主頭の子供と見紛うほどの矮躯の小男が続いていた。

 

女は、山村にはあまりにも不釣り合いな黒いタイトワンピースを纏い、

真っ赤なルージュがその場違いさを、より際立たせている。

 

小男の方は、着物の男と同じ和装に身を包み、

小柄ながらも威厳を感じさせる、岩のようにごつごつとした顔立ちをしていた。

 

「そろそろね、ダロム」

 

ワンピースの女が、着物の男に声をかける。

 

「あぁ。間近で見ることは叶わぬが。記念すべき瞬間だ。

我らはこうしてここで見守り、成功を祈る事としよう」

 

ダロムと呼ばれた男は、黙祷を捧げるように深く頭を下げ、目を閉じた。

横に立つ二人も、それに倣う。

 

三人が祈りを捧げる、その先。

そこにあるのは、ただ一つ。

 

──“研究所”だった。

 

 

“研究所”は、村の住居や集会所から外れた、山手に近い場所に建っていた。

 

村の中に並ぶバラック小屋や古い木造家屋とは明らかに異なるその建物は、

比較的現代的なコンクリート造りで、天井も高く、ひときわ大きい。

しかし外壁は長い年月の風雨に晒されて朽ち、黒ずみ、何本もの蔦が絡みついている。

外観だけを見れば完全な廃墟だが、内部には確かに明かりが灯っていた。

 

“村”の建物に共通することだが、この研究所もまた、近隣の電気供給施設から盗電した電力を用いている。

日常生活を送る分には不足のない明るさだ。

だが──これから行われる“それ”を支えるには、あまりにも心許ない。

 

研究所の内部は、雑然としていた。

 

中央には二つの大きな手術台が並び、

金属製のワゴンの上には、メスや鉗子といった各種手術用具が整然と配置され、照明を反射し、刃先が鈍く光っていた。

古びたアナログ式のオシロスコープが数台、心拍を刻み、棚には薬液の入った茶色い小瓶や金属製の小箱が、所狭しと詰め込まれている。

部屋の隅では、保管用の冷凍庫が低い音を立て、静かに稼働していた。

 

──月が、太陽を完全に覆い隠した。

 

カーテン越しに、それを確認する。

 

「──始めよう、南」

 

カーテンを閉めた白い手術着姿の男、秋月総一郎が、

同じく手術着を着た南光三に声をかけた。

 

だが、南は口を閉ざしたまま、微動だにしない。

 

「……」

 

「南!」

 

「…あぁ」

 

ようやく返事をした南の声には、どこか投げやりな響きが滲んでいた。

 

秋月は、不安を覚えていた。

南は、まだ迷っている。

 

この“手術”は、ただの“手術”ではない。

〈ストーン〉を直接埋め込む改造手術であれば、安定しており、成功率も高い。

だが今回の手術は、それらとは比べ物にならない、桁違いの難易度を孕んでいた。

 

しかも──手術対象は二名。

 

南を外し、自分一人で行うことも考えた。

あるいは、正規の医師ではないが有能な助手である三反園に頼み、二人体制で臨むことも検討した。

しかし、ここまで高度な外科手術を遂行できる医師は、この“村”において。

 

自分と南しかいない。

 

できるのは、自分たちだけだ。

 

「…もう大丈夫だ。始めよう、秋月」

 

ついに覚悟を決めた南が、手術台へと向かう。

 

彼の顔色は、酷かった。

〈ヒートヘヴン〉によって老化を抑制しているはずなのに、

今の南は、まるで老人のように見える。

血の気は引き、皮膚は乾き、ひび割れたようにカサついていた。

 

──いや……

 

秋月は、そっと自分の頬に触れる。

 

自分も、今は同じ顔をしているのだろう。

 

「…三反園君、〈ドライバー〉を頼む」

 

秋月が声をかけたのは、手術室の隅に控えていた、同じく手術着姿の男──三反園幹夫だった。

 

「はい」

 

不安を隠しきれない声で返事をすると、三反園は慎重にワゴンを押していく。

その上には──二つの装置が載せられていた。

 

一つは、深緑に彩られ、メーターや無数のパイプが露出した、

未完成品のような印象を与える装置。

中央には、赤いコアパーツが埋め込まれている。

 

──〈サンドライバー〉

 

もう一つは、漆黒の流線型を描く、洗練されたフォルムの装置だった。

中央には、緑色のコアが静かに収まっている。

 

──〈ムーンドライバー〉

 

「麻酔は十分に効いています」

 

三反園の報告を受け、秋月と南はそれぞれ白い手袋をはめる。

深く息を吐き…

 

二人は、手術台へと向き直った。

 

二つの台には、それぞれ一人ずつの少年が横たえられている。

 

一人は、南光太郎──南光三の息子。

もう一人は、秋月信彦──秋月総一郎の息子。

 

共に、まだ幼い少年だった。

 

 

「……開腹を開始する」

 

秋月が静かに告げると、彼と南は同時にワゴンへと手を伸ばし、メスを取った。

秋月は信彦の腹部へ、南は光太郎の腹部へ。

それぞれ、ためらいのない動きで刃を入れていく。

 

すぐさま三反園が鉗子を差し込み、開いた腹部を固定した。

 

「…三反園君、〈ドライバー〉を」

 

南の声は低く、短い。

三反園は即座に反応し、ワゴンの上に並べられた二つのプレートへと手を伸ばす。

 

〈ドライバー〉。

それは、二人の命を守るための装置だった。

言わば抵抗器。

これから埋め込まれる“それ”は、人体がそのまま受け止められる代物ではない。

 

もし抵抗なしに直接埋め込めば、“それ”は容赦なく肉体と精神を侵し、

崩壊させ、やがて死に至らしめるだろう。

 

だからこそ、〈ドライバー〉で制御する必要があった。

 

三反園から手渡された二つの装置を、二人はそれぞれ受け取る。

 

南は、パイプや計器類が露出し、中央に赤いコアパーツを備えたプレート──

〈サンドライバー〉を。

 

秋月は、流線型の洗練されたフォルムに、中央に緑色のコアが収まるプレート──

〈ムーンドライバー〉を。

 

二人はそれぞれ、光太郎と信彦の体内へと、それを押し込んだ。

 

その瞬間。

 

〈ドライバー〉から細かな爪が伸び、二人の内臓をしっかりと掴んだ。

光る根のようなものが広がり、次々と体内の器官へと絡みつき、癒着し、一体化していく。

 

息を呑み、南達の視線が心電図と血圧計へと集まる。

 

「大丈夫です、心拍、血圧共に安定しています。二人の身体は〈ドライバー〉を受け入れています」

 

三反園の報告に、秋月と南は深くうなずき、わずかに胸を撫で下ろした。

 

──だが、問題はここからだ。

 

ここから先は、試したことのない未知の領域。

一発勝負。

 

〈ドライバー〉への装填、エネルギーと負荷の調整。

それらは何度も繰り返し、検証してきた。

 

用意は済んでいる、日蝕の終わりも、刻一刻と近づいていた。

 

「「やろう」」

 

二人の声が、重なった。

 

南は部屋の隅へ向かい、低い音を立てて稼働する冷凍庫の前に立つ。

厳重なロックを解除し、中から一つの“石”を取り出した。

 

珠玉の宝石のような石。

それは、赤と緑、二つの色が一つに繋がった形をしている。

 

──〈キングストーン〉。

 

南は、それを二つに割った。

乾いた音と共に、〈キングストーン〉は容易く分かれ、

赤と緑、二つの勾玉となる。

 

赤の勾玉──〈太陽の石〉を南が。

緑の勾玉──〈月の石〉を秋月が持つ。

 

「なぁ…秋月…!」

 

南が、今にも泣き出しそうな声で訴えかける。

 

「今は時間がない、もうこの気を逃したら次はない──!!」

 

声を震わせ、不安を滲ませながらも、秋月は南へと怒鳴りつけた。

 

「お前達に…!」

 

「…託すっ!」

 

南は、光太郎の〈サンドライバー〉中央上部の装填口へ、赤い〈キングストーン〉を装填する。

 

秋月もまた、信彦の〈ムーンドライバー〉へと、緑の〈キングストーン〉を装填した。

 

「心拍数、血圧、共に異常なし……いえ……」

 

三反園が生唾を呑み込む音が、やけに大きく響いた。

 

……来ます

 

オシロスコープに映る二人の心拍数は、異常な速度で跳ね上がっていた。

 

「あぁぁぁぁっ!!」

 

「っっっっ!!」

 

手術台の上で、光太郎と信彦が絶叫する。

 

「っ…!やはりこうなるか…」

 

怪人化の過程では、身体の急激な変化によって、麻酔はその効力を失う。

 

「…!」

 

秋月は視線を落とし、思わず目を見開いた。

 

光太郎の〈サンドライバー〉に収まった赤の〈太陽の石〉が、強烈な赤い輝きを放っている。

 

信彦の〈ムーンドライバー〉に収まる緑の〈月の石〉もまた、呼応するように緑の光を放っていた。

 

「…手術は成功している」

 

秋月は、そう断言した。

 

「光太郎っ!!」

 

信彦が、必死に手を伸ばす。

 

「信彦っ…あぁっ!!」

 

苦悶の声を上げながら、光太郎もまた、信彦へと手を伸ばした。

 

二人の小さな指先が、触れ合おうとした、その瞬間──

 

その爪が大きく、鋭く伸びた。

そして、腕全体がぐん、と一回り大きくなり、たちまち硬質化し、昆虫のような節くれだった異形へと変形した。

 

二人は──変身した。

 

──

 

村の住居──バラック小屋の二階。

そこに、緑色の髪に、目元に包帯を巻いた幼い少年がいた。

 

外が、騒がしい。

 

少年は、生まれつきの盲目だった。

この世に生を受けてから今日に至るまで、光というものを一度も見たことがない。

それが何なのかを、感覚として理解したことすらなかった。

 

だが、少年は他者とは決定的に違っていた。

 

彼は“類い稀なる聴覚”を持っていたのだ。

 

数キロ先で落ちる針の音すら聞き分け、

反響と気配だけで地形を把握し、人の位置や動きすら正確に捉える。

杖など必要とせず、健常者とほとんど変わらない生活を送っていた。

 

少年は窓を開け放つと、そのまま軽やかに身を翻す。

迷いも、躊躇もなく、二階の窓から地面へと跳び降りた。

 

着地は完璧、衝撃を殺し、音もなく立ち上がる。

 

少年の名は、真島

 

下の名前はない。

ある意味では、ニックネームのようなものだった。

 

彼は生まれてすぐに両親を亡くしている。

それ以降、下の名前を決める者が“村”の中に誰もいなかった。

やがて住人たちは、両親の苗字であった「真島」という名で少年を呼ぶようになる。

 

それきり名前を与える機会は失われ、呼び名はそのまま、今の形に落ち着いた。

 

傍から見れば非常識かもしれない。

だが、戸籍のない者が大半を占めるこの“村”では、

それもまた、当たり前のことだった。

 

だから真島自身も、この名前に疑問を持ったことはない。

呼ばれれば、それが自分だと分かる。

集落内に同じ苗字の者もいないので、不便は、何もなかった。

 

「…ビルゲニアの兄ちゃん」

 

鋭敏な聴覚を頼りに、真島は近くにいた人物へと声をかける。

 

「真島か」

 

ビルゲニアは淡々と応えた。

 

「皆の声が騒がしい、何かあったのか?」

「何かあった……というよりは、もう起き始めてる、と言った方が正しいな」

「……勿体ぶらずに教えてくれ、気になる」

 

その言葉に、ビルゲニアは面倒くさそうに頭を掻き、溜息をついた。

 

「盲目の奴に説明するとなると難しいんだが」

 

そう前置きしてから、言葉を続ける。

 

「……日蝕だよ」

「日蝕?」

「太陽と月が重なるんだ」

「……太陽って、あの明るいやつだろ?それと……月が重なるのか?」

「そうだ、その現象が日蝕だ」

 

それを聞いて、真島は「あぁ」と小さく納得したような表情を浮かべた。

 

彼は生まれてこの方、光を知らない。

音だけを頼りに、暗闇の中を生きてきた。

それは過去も、今も変わらない。

 

ずっと、暗闇の中だった。

 

だからこそ、真島は思う。

 

──そうか、今は、みんな……。

 

俺と同じ景色を見ているんだ。

 




ご精読ありがとうございました。

ここまで漕ぎ着けるのに長かったです。
リコリコ四周年ということで、ここを逃したらもう書かないんじゃないか?
と思って書き溜めを引っ張り出してした次第です。
中学の頃に書いて投稿していたもののリブート、リメイクのようなものです。

真島の名前に関してはかなり力技なのはご愛嬌、自分なりに解釈した結果こうなりました。
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