一般薬指構成員、藍色の老人に弟子入りする   作:説明不足なことが多い人

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鯨に憧れて

 

 

 幼い頃、親に連れられてU社に行った時、大海の鯨を見たことがある。実際は池なんだったっけ? どっちでもいいんだけど。私が見た鯨はマカジキ鯨とか言う名前のやつで、遠くからしか見ることができなかったけど、とても印象に残ったことを覚えている。

 

 親に無理を言って池に出る観光用の船に乗せてもらった。U社というところは、池の中に離島がいくつもあるような場所で、遠くのところに行くためにはそこまで行ってくれる専用の船に乗るしかなかった。

 

 その時の私にはなんか目的があったんだと思う。珍しい味のアイスの看板が遠くに見えたんだっけ。それとも、遠くの方から微かに聞こえる重低音の方に向かいたかったんだっけ。今となっては何も覚えてない。

 

 それ以上の衝撃に全てを塗りつぶされたから。

 

 観光用の船に乗って、揺られながらすることもなく景色を眺めていた。すると、突然船が転覆するんじゃないかってくらいに揺れたんだ。その時に子どもの私は危うく船から落ちそうになったけど、お父さんになんとか助けてもらった。

 

 船の上はザワザワとしていて、誰も何が起こってるのか理解していないみたいだった。船長とか乗組員の人たちも、普段とは違う状況に困惑しているみたいだった。

 

 で、ある時誰かの叫び声が聞こえたんだ。

 

「ま、マカジキ鯨だーっ! マカジキ鯨が出たぞーっ!!」

 

 ってな感じで。その声がしてから、みんな周りをキョロキョロと見渡して、ある一点の方向を見つめると、一様にして動きを止めたんだ。それはこの池に慣れてそうな船長でさえも。それで、気になって私もみんなが見ている方角を見てみた。

 

 そこで見えたのは巨大な怪物の姿だった。でも全身は見えなかったんだ。特に船の上だったら何か大きな尻尾みたいなものがあるなくらいにしか。それはちょうど離島の後ろになる形で体が隠されていたから。でも巨大ってことがわかった理由はなんだと思う?

 

 それは、離島からほんの少し飛び出たところに私が今乗ってるような船の大きさくらいの魚みたいな生き物が血をドバドバと流している姿が見えたから。よく見ると、その魚は少し空中に浮いていて太陽にギラリと光る槍みたいなものが突き刺さってたんだ。

 

 そうやって呑気にマカジキ鯨とやらを眺めていると船が急発進したんだ。船長が気を取り戻したんだろうね。その時はちょうどマカジキ鯨の槍に刺さってる魚が抜け出そうと必死にもがいてる時だった。

 

 で、一瞬マカジキ鯨の姿がまた見えなくなったと思ったら、今度はさっきよりも強い衝撃が船に襲いかかってきた。今度は咄嗟に近くにあったものに捕まって落ちないように耐えたけど、それでも船の甲板に体を強かにぶつけた。すごく痛くて、骨でも折れてたのかもしれない。でもそれよりもマカジキ鯨がどうなったのかの方が私には重要だった。

 

 さっきまで離島があった方向を見てみたら、離島が何故か完全に姿を消していて、大きな魚はぷかぷかと水面に浮き上がってた。その魚の周りの水は真っ赤に染まっていて、魚の体に大きな穴が空いているのが見えた。その時は呆気なさすぎて本当にわからなかったんだけど、今になって思えばマカジキ鯨が壊したのに違いない。

 

 そしてマカジキ鯨が浮上してきて初めて全体像が見えた時、陳腐な表現になるけどこう思ったんだ。

 

『なんて美しい姿をしているんだろう』

 

 って。普通マカジキってのは背鰭とか、胸鰭とかがついてるものだと思うんだ。でも、マカジキ鯨は違った。そういう貫くために邪魔になるようなものは何一つついてなかったんだ。魚雷とか、ライフル弾とかそういうやつに似ている形をしてた。でも、あれはそんなものよりももっと恐ろしい。

 

 頭部先端が見ているだけで目を突き刺されるんじゃないかと思うほどに尖っていて、あとは全部曲線なんだ。尖っている部分はそこだけで、尻尾の部分ですら、その体の大きさに比べたらあってないようなくらいの大きさで、生き物というより、あらゆるものをただ貫くためだけに生まれた弾丸と言った方が正しいように思えた。

 

 その後、マカジキ鯨は何事もなかったように去っていったんだ。後から聞いた話だと、マカジキ鯨が出現した途端に、名だたるフィクサーとかが呼ばれてたみたいだけど、マカジキ鯨はあまりにも早く姿を消したんだ。その人たちが到着する前に、ただ自分が仕留めた巨大な魚だけを持って。

 

 マカジキ鯨は五大災害と呼ばれているらしい。それも納得だ。災害に人間を害する意思はないように、マカジキ鯨自体におそらく人間を害する意思はない。だけど、あれはただ存在しているだけで人間に、いや全ての生命体に害を与える。

 

 本当は、こういう感情を抱くべきではないということはわかってるんだ。私はただの人間だし、誰かを傷つけるなんてもっての他だし。

 

 でも、マカジキ鯨の姿を見てから、いつまでたってもあの流線型が頭から離れなくて、とある夜にようやく私はそれを認めたんだ。私はマカジキ鯨に憧れてるんだって。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「…はっ、どうして薬指なんかがわしの元にやってきたんだと思ってたんじゃがな。憧れてるだと?」

 

 藍色のフードを被り、鋭く尖ったモリを持った老人は鼻で笑ってそう言った。

 

「えぇ。憧れざるを得ませんでした。どうもあのマカジキ鯨のことを話す時には子供心を捨てきれないみたいで、どうしても少し雑な話し方になってしまいますね」

 

 子供心はきっと忘れない方がいいけど、今は一回地面に置いた方がいい。それは彼を見た瞬間にわかった。彼と私には、それこそマカジキ鯨と私くらいの圧倒的な差が開いている。誠意を見せよう。

 

 私は、地面に膝をつき、そしてその後に体を倒し、顔を地面にくっつけた。

 

「……」

「お願いします。私はどうしてもマカジキ鯨のことを知りたいのです。ですが、知るためには私の力だけでは到底及びません。どうか手伝ってもらえませんか———大湖のフィクサー」

 

 老人は、しばらく無言だった。ただ、青いタバコだけをふかして、私のことを見下ろしていた。返事を待つ時間がやたらと長く感じられ、大湖の波の音も遠くに聞こえた。

 

 私が、老人の返事を待ちきれなくなったところでようやく、彼は口を開いた。

 

「……わしは、お前なんかを助けるつもりはない。じゃが、ここで断ったとしても、お前はわしの後を勝手に付けて来るじゃろう。後ろでこそこそされるのも、目の前で勝手に死なれるのも堪らん。わしの船に乗ることを許してやる。じゃが、邪魔はするな」

「えぇ……えぇ……! わかりました、ありがとうございます!」

 

 老人は私の持っている薬指の絵筆を横目でちらりと見た。

 

「なぜそんなものを持っておる」

「薬指の点描派でありますので、必然と持ち運ぶ必要があるのですよ」

 

 いつでも心に向いた芸術を紙に刻み込むために必要なんだ。本当は野獣派が一番良かったのだけど、どのマエストロやドーセントの作品にも私の望む鯨の作品がなかった。だから、ひとまず一番オーソドックスと言われている点描派にした。ただ、点描派は人の血液をもって光を表現することに重きをおいている。点描派に限らず、薬指の人間は同じ人間を作品に使うことを厭わないからどうも苦手だ。

 

 しかし、老人の言いたいことはそれとはまったく別のことだった。

 

「……そんなものじゃ、あの化け物に傷一つも与えられん。わしのモリを使え」

「傷一つ、ということはないでしょう?」

 

 老人は私の言葉を聞かずに、老人の船にあったモリを一つ私に向かって投げた。

 

 思わずそれをキャッチしようとして、私は地面に倒れ込んだ。

 

 重い。こんな見た目でどこにそんな重量があるんだ。強化施術は確かに入れているはずなのに全く持ち上げることができない。

 

「なんじゃ、そのモリすら持ち上げれんのか?」

 

 モリをなんとか持ち上げようと地面にへばりついている私のことを老人は見下ろす。その皺だらけの顔には確かに腹立たしい笑顔が張り付いていた。なんだ、ただの爺さんかと思ったけど、この都市らしいいい性格してるじゃないか。

 

「舐めないでくださいよ…!」

 

 そう言って、一生懸命に力を込めて持ち上げようとしても、本当に持ち上がらない。くそ、マジで無理なのか。

 

 藍色の老人が片手でモリを持ち上げた。

 

「あの化け物どもを殺すには、鋭さだけじゃ足りん。いくら鋭くても貫ききれん。貫くためには確実な重さが必要なんじゃ」

 

 老人がモリを、大した構えも取らずに遠くにあった巨大な岩目掛けて投げた。

 

 モリは当たり前かのように岩に命中し、モリが岩を貫通した後、岩はたちまちすべて砕け散った。

 

「まずは、モリを持ち上げれるようになるところからじゃの」

 

 老人はタバコを吸いながら揶揄うようにそう言った。

 

 

 

 

 

 




実は再投稿だったりします。小説の設定を間違えてたんですね。このゲーム言及されてないこと多すぎませんかね
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