「こいつの魅力に気付いてるのアタシだけでしょw」って舐めてたら、NTRれて精神崩壊するヒロインたちの様相 作:破滅
3.
翌日。昼休み。謝罪をするために姶良は、心春を理事長室に呼び出した。
しかし理事長も心春の親もここにはいない。子供の喧嘩だから、子供だけで解決するのが筋という流れになったのだ。
しかし……。理事長室に入ってきた心春の隣を歩く男に、姶良は目を見開いた。
「なん、で?(なんでなんでなんで、なんで俊一がいるの!?)」
心春の右手には、包帯が巻かれており、俊一はその手をそっと握っている。
午前中、利き手を怪我した心春の代わりにノートを取ってあげたり、席をくっつけて介抱したりしているのを見て、怪我させたことを姶良は大いに後悔したものだけどまさか謝罪の場に俊一が来るとは思っていなかった。
心春は目を落として、包帯が巻かれた右手を見る。
「私は別に、この怪我のことはそんなに怒ってないんです。キーホルダー壊されたのはショックでしたけど、俊一くんはまた買いに行こうって言ってくれましたし、今日も彼がお世話いっぱいしてくれて。むしろ良かったって思ってるんだよね」
心春は俊一に顔を近づけて、ニコッとあざとく笑う。
言葉の全てが、姶良にとっての言葉のナイフだった。
ペアキーホルダーを壊したり、手を踏みつけたのは怒りに任せた行動で悪いことをしたという自覚はあるけど、それと同時に心春に害を与えて精神的に優位を取れたと思っていた。
なのにその心春が全然聞いていないどころか、姶良がずっと行きたかった水族館に「また行く」と宣言した上に「介抱されてむしろ嬉しかった」と甘いいちゃいちゃの出汁にすらされてしまっている。
自分は、しでかしてしまった罪を償うために髪の毛を剃られこれから謝罪をしないといけないというのに。
「じゃあ、その、アタシは何に謝れば良いの?」
「今まで俊一くんをパシリにしてきたこと、かな?」
「いや、別に俺は……」
「良いの。俊一くんは見てて」
心春の笑顔の圧で、俊一は黙った。
姶良は心臓がキュッとすぼまるような気持ちだった。
学園の女王である竜ヶ水姶良が恋敵に頭を下げる、というだけでも耐え難い屈辱なのにそれを俊一に見られる。
しかも、いつもの髪型のようにしている金髪の鬘を取って丸めた頭を、他でもない好きな男に見せないといけない。
こんな残酷なことはない。
心春は、姶良が頭を丸めてきていることを当然知っていた。昨夜「娘は少し反省の色が足りてませんが頭を丸めさせましたのでどうか」と連絡が来ていたからだ。
そして理事長が来ないようにセットしたのも心春の策略。
「俊一、見ないで……」
いつもの気品を感じさせない弱気な声量で出された言葉は、しかし心春の見ててという言葉に反していて――俊一は姶良を見ていた。
鬘がゆっくりと外される。
俊一は、驚く。丸坊主の姶良。
心春のキーホルダーを壊して手を踏んだと聞いたときはドン引きしたけど、その禊として頭を剃ったのはかなり驚いていた。
姶良はゆっくりと膝と手を床について、頭を下げた。土下座の形。
「昨日はその、生見さんの大切なものを壊して更に手を踏みつけてしまったこと。それから俊一をパシリにしてきたこと。ごめんなさい。反省してます」
謝罪の言葉はよどみなく出て来た。
その言葉はまるで感情が籠っていなかった。死ぬほど恥ずかしくて、泣きたいほど屈辱だけど取り乱さないのは姶良の最後の意地だった。
「謝罪は受け取りました。それで、どうしてそんなことをしたんですか?」
「は? え?」
「理由です。今まで俊一くんをパシリにしたり、私が俊一くんと買ったペアキーホルダーを壊した理由」
謝罪の後に、動機を聞く。自然な流れだ。
しかし、それを今の姶良に聞くのはあまりにも残酷だった。
心春は姶良の前で膝を着いて耳打ちする。
「竜ヶ水グループも立場がありますから。不祥事が発覚したら普通より厳しい対応するかもしれませんね」
かひゅっ、と姶良の喉が鳴る。
最悪の想像が過る。――長期間の停学、もしくは退学。
姶良の成績なら高卒認定を取って大学受験をすることはできる。だけど、俊一の通う高校に二度と通えなくなる。
それは実質的な死刑宣告に等しい。
しかし、理由を話すのも難しい。だってそれは、俊一への事実上の告白を伴うことになるから。
「話す。話すから、俊一を外させて」
「ダメです。ずっとパシリにされてきたんだから、彼にも聞く権利はあるはずでしょう?」
「いや別に俺は……」
外そうとする俊一の手を、心春が取って引き留める。
あまりにも容赦のない心春の言葉。姶良は確信した。この女、動機なんて理解っている。じゃあなんでわざわざ聞くのか? 俊一の前で言わせようとするのか。
……この場で失恋させるためだ。
竜ヶ水姶良が秘め続けていた恋心をこんな形で吐露させられる。フラれることは確定している、軽蔑されるかもしれない。嫌われるかもしれない。
だけど、ここで言わなかったら姶良は家での居場所すらなくなる。
その賢く合理的な頭がたたき出していた。
「(俊一は好きだけど、別にアタシに告白してくれたわけじゃないし、結婚とかするわけじゃない。……あんな陰キャにアタシが心奪われたなんてそもそも気の迷いだし、これからの人生と俊一一人、比べるまでもない)……それは、俊一のことが、ずっと、好きだからです」
か細く、小さな声で吐露された瞬間、姶良の感情が壊されたダムみたいにあふれ出て来た。
心春の前で、俊一の前で感情を出さずにこの謝罪を終えることだけが姶良の意地だったのに、言葉にしたらそれが決壊してしまった。
「好意の伝え方がわかんなくて。うちお金持ちだから、パパとかじぃじとかが仕事あげてお金渡したら凄く感謝されてて、だからそれしたら好きになってもらえるって思ってて。でも俊一は、俊一は、それが嬉しくないってことも何となく気付いてて。でもアタシから好きなんて言えないし、こんなの初めてでどうすればいいかわからないしうわぁぁぁあぁ」
姶良の口から言うつもりもなかった本音が溢れてくる。
号泣しながら、今まで好きだったと聞かされて俊一はただただ困惑していた。
「(竜ヶ水さんが、俺のこと……そうだったんだ。えっ、ってかなんで生見さんはこれを俺に聞かせようとしたの? ど、どういう状況?)」
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになり、綺麗な金髪は坊主に丸められ、もはや今の姶良に美少女としての面影なんてない。
姶良は醜くなった顔を上げながら俊一を見る。
「俊一、アタシと付き合っで」
俊一は少し心春を見てから。
「ごめん。彼女いるから」
「……そう、だよね。……俊一は、アタシのこと嫌いだった?」
「いや。俺ずっとぼっちだったから。パシリでも話しかけてくれて一緒に昼休み過ごしてくれる竜ヶ水さんのことはまあ、結構好きだったよ」
その好きは俊一的には恋愛的な意味ではないつもりだけど、姶良はそうは受け取らなかった。
「(じゃあ両想いだったってこと? もっと早く、勇気を出していれば告白してれば、アタシが付き合えてたってこと?)」
実際、心春と付き合う以前の俊一は断らなかっただろう。そもそも学園の女王からの告白を断る男なんていない。
姶良は人生最大の屈辱と、大きな公開の果てに一筋の光明を見出す。
「(いや、今からでも遅くない。もうどうせ好意はバレたんだし、これからは正当に俊一にアプローチして、この女から奪い返す)」
俊一に一番恥ずかしくてみっともない姿を見られたことで姶良はかえって吹っ切れていた。
「俊一くん、行こう」
「ちゃんと、言ったし謝ったから」
「理解ってます」
心春は俊一の手を引いて理事長室を出て行った。
その内心は焦っていた。本当なら姶良を盛大に失恋させて恋敵を完全に潰す算段だったのに、計画が狂ってしまった。
「(えっ、なんで? 俊一くんパシリだったのに竜ヶ水さんのこと嫌いじゃなかったの? 私の前で好きだよとか言うってどういう神経? マズい。このままでは俊一くんが奪われるかも。もっと責めないと――)」