冷気の立ちこめた雑木林の気配を切り裂き、クドラクの口から知性を感じられない獣のような咆哮が解き放たれる。
対峙するカイドーの手には、力任せに握り潰されて持ち手の部分が歪んでいる一本の鉄パイプ。
背後に控える魔王パズスの四つの翼が風を巻き起こし、カイドーの身体から解き放たれる禍々しいまでの威圧感が、完全にクドラクの存在を圧迫していた。
「……小僧ッ!」
クドラクの瞳に、明確な『敗北』の感情が宿る。
殺意の炎をどこまでも研ぎ澄ませてくるカイドーの存在は想定外であった。
「アニキ……今からコイツをブッ殺してやるよ」
カイドーが低く呟く。
その言葉は、もうこの世にはいない、かつて自分を導いてくれた亡き兄へと捧ぐ誓いだった。
「俺は……絶対に許さねえ。地獄の底まで叩き落としてやる」
カイドーの全身の筋力が限界を超えて膨れ上がり、彼の持つ全ての『力』が、その歪んだ鉄パイプの一点へと集中して、殺意が同調した赤黒い色の闘気となって包み込む。
それは、純粋なる復讐の鉄槌。
「失せろ……クドラクぅぅぅぅぅっ!!!!」
一撃。
ただ、それだけだった。
カイドーが両腕で振り下ろした鉄パイプが、クドラクの頭頂部から胸元にかけて直撃した瞬間、物理的な「音」すら遅れて聞こえるほどの絶大な衝撃波が爆ぜる。
クドラクの頭が粉砕され、胸郭が潰れ、全身の肉体が内側から弾け飛ぶ。
『貫通』の効果を極限まで乗せた渾身の打撃は、クドラクが体内に溜め込んでいたマグネタイトの核そのものを跡形もなく打ち砕いていた。
「ギャ……ァ……アアアアアアアアアッ――」
カイドーの繰り出した『貫通』の暴力――世界の法則すら無視する超絶的な打撃と『デスバウンド』の衝撃波によって、吸血鬼として誇ってきた強力な肉体はズタズタに引き裂かれ、胸骨は砕け散り、自慢の皮膚からはドス黒い体液が怒涛のごとく溢れ出している。だが、木々を何本も叩き折り、地面を滑るように転がったクドラクの瞳から、殺意と醜悪な笑みが消え去ることはなかった。
「ガハッ……ハァッ……ハァッ……
見事だ、見事だぞ人間どもォォッ! だが……無駄だ! 無駄なのだよッ!!」
クドラクが血を吐き散らしながら立ち上がる。その傷口から、周囲の死気と地脈のマグネタイトが暴虐的な勢いで吸い寄せられ、肉体が爆発的な音を立てて蠢き始めた。
粉砕されたはずの胸骨が急速に繋がり、引き裂かれた皮膚がドス黒い腫瘍のような肉芽を形成しながら隆起していく。
「ヒヒッ……ハハハハハッ! 知らんのか!? このオレ様――『クドラク』という存在の本質をッ!
オレ様は『死』そのものの体現! ただの打撃や暴力で肉体を潰されたところで、幾度でも蘇る! それどころか、オレ様を殺しかけたその『力』を死の恐怖として喰らい、より強く、より凶暴に進化して復活するのだよッ!!」
「なに……!? 傷が……一瞬で塞がっていくだと!?」
虎杖悠仁が目を見開き、驚愕の声を上げた。
カイドーの放った一撃は、常識で考えれば即死以外の何物でもない破壊力だった。にもかかわらず、クドラクの全身から立ち上るドス黒いオーラは、先ほどよりも一回りも二回りも膨れ上がり、その威圧感を増している。
「嘘でしょ……マリさんやクルースニクが言ってた通りだわ。
カイドーがあれだけメチャクチャに叩き潰しても前より禍々しくなってるじゃない!」
釘崎野薔薇が呪力を含んだ釘を握り直し、叫んだ。
アツロウが焦燥混じりにCOMPの画面を眺めてる後ろでカズヤは、こういう事もあるかと平静を崩してはいない。
「あの悪魔……例の吸血鬼なんだろう?
それなら伝承や昔からの言い伝えがあって倒しても復活することだって不思議じゃないさ。
でも、必ずそうした背景に縛られた弱点があるはずだ!
マリさん、何か知らないか?」
カイドーが唾を吐き捨て、ギチギチと歪んだ鉄パイプを再び強く握り直す。
全身の筋力を躍動させ、再び襲いかからんとするその背後に、足元を踏みしめて歩み出る一人の女性の姿があった。
「征志くん、下がって……ううん、私に力を貸して」
望月麻里だ。
カズヤのパーティーによって回復を果たした彼女の瞳には、クドラクの復活を目にしても絶望に打ちひしがれるような弱さは微塵も無かった。
彼女の全身から、溢れ出るように純白の聖なる光芒が放射される。
「カズヤくんの言う通りよ。クドラクは、ただ倒すだけじゃダメ。
アイツを完全に終わらせることができるのは……対極に位置する『クルースニク』の光だけ」
マリが胸元に両手を添えると、彼女の背後に神聖な純白の衣装を纏った『クルースニク』の幻影が重なるように顕現した。
クルースニクの手には、光の粒子が収束して形作られた、巨大で鋭利な「聖なる光の杭」が握られている。
「クドラク……あなたの『死の連鎖』は、ここで断ち切る!
私が……私の手で、あの人の無念も全て終わらせてみせる。
クルースニクさん力を貸して!!」
「ハッ……ハハハハハッ! やれるものならやってみろッ!!
その光の杭がオレ様の胸を貫くのが先か、オレ様がキサマらの肉を喰らい尽くすのが先か……勝負だぁぁぁッ!!」
クドラクが狂乱の咆哮を上げ、強化された漆黒の瘴気を津波のように巻き起こした。
雑木林の木々が一瞬で腐朽し、黒い毒の渦がマリへ目掛けて殺到する。
絶大な死の圧力が押し寄せるが、カイドーが真っ先にその前に立ち塞がった。
「言ったはずだぜ……テメェの相手は俺だとなぁッ!!」
カイドーの手にした鉄パイプが横一閃に打ち振るわれ、『貫通』の闘気が、クドラクの解き放った黒い津波を真っ向から撃ち破り、力任せに雲散霧消させる。
「カイドーだけじゃねえ! 俺たちもいるんだよッ!」
虎杖がカイドーの横を駆け抜け、爆発的な踏み込みで地表を砕いた。
肉体強化の極致に達した体術が、クドラクの懐へと飛び込む。
クドラクが振り下ろす爪を、虎杖は超人的な反応速度で最小限の動きで回避。
無防備となったクドラクの脇腹へ、魂を揺さぶるような呪力による打撃を叩き込んだ。
「ガハッ!? この小僧……」
「逃がさないわよッ! 『芻霊呪法』――『簪』ッ!!」
間髪入れずに飛来した三本の呪力を帯びた釘が、クドラクの影と両足の関節に深々と突き刺さる。
釘崎が金槌を叩き下ろすと同時に、呪力が体内で爆発。ドス黒い血液を吹き出させながら、クドラクの身体をその場に縫い付けた。
「グオォォッ!? 動かん……動かんぞッ!
ニンゲンどもが……オレ様を足止めするなどぉぉッ!」
後方からアツロウがセイリュウを伴って突っ込み、龍胴締めでクドラクの動きをさらに鈍らせたところでカイドーがクドラクの目前まで肉薄し、その歪んだ鉄パイプを振り上げる。
『貫通』の威力を乗せた渾身の一撃が、クドラクの両腕を肘から爆砕し、そのまま胴体を引き裂いて露わにさせた。
「ガアァァァァッ!? 胸が……オレ様の核がぁっ!?」
「打撃じゃ死なねえなら、骨ごと叩き割って隙を作ってやるまでだ! 行けッ、マリ姉!!」
カイドーの怒号が響き渡る。
完璧に整えられた勝利の舞台。
クドラクの動きは完全に封じられ、胴体の「核」は無防備に晒されていた。
「――クルースニクさん……私に力を!!」
マリの足元から、純白の陣が広がる。
彼女の手には、クルースニクと完全に同化したことで生み出された、眩いばかりの神聖な光を放つ「杭」が握られている。
それは単なる物理的な武器ではない。
クドラクという存在の『本質』そのものを浄化し、再生能力を根本から無に帰す、白い概念結晶。
「オレ様は不滅だ! 絶対に復活するぞぉぉぉッ!!」
絶叫し、死の瘴気を死に物狂いで巻き散らそうとするクドラク。しかし、マリの放つ光の前では、その瘴気すら触れた端から消滅していく。
マリは凛とした足取りで一歩を踏み出し、光の杭を両手で強く握りしめた。
「あなたの言う『死』なんて、ここで終わり。……私に勇気をくれてありがとう」
光の粒子が雑木林全体を包み込み、クドラクの放つ闇を神聖な輝きで塗り替えていく。
マリは、クドラクの眼前へと踏み込む。
「これで……最後よッ!!」
ズシャァァァァァァンッ!!!!!!!!
純白の光芒が、雑木林の冷気を一瞬で蒸発させた。
マリの手によって突き立てられた光の杭が、クドラクのマグネタイトによって構成された核が渦巻く中心点へと、寸分の狂いもなく深々と突き刺さる。
「ガッ……ア……」
クドラクの動きが、完全に停止する。
カイドーのデスバウンドによってどれほど痛めつけられても、復活してこちらを嘲笑っていた吸血鬼が、初めて本当の「絶望」に顔を歪めた。
光の杭が刺さった胸元から、眩いばかりの白い亀裂が全身へと広がっていく。
クドラクが溜め込んでいた無数の怨念、ドス黒いマグネタイト、それら全てが、クルースニクの神聖な光によって「浄化」された。
「な……なんだ……この光は!?
肉体が……オレ様の存在そのものが……解けていく!? 消える……オレ様が……滅びるというのか」
「ええ。あなたの『死の連鎖』は、ここで完全に潰えたのよ」
マリの静かな宣告。
クドラクの口からは、もはや叫び声にすらならない消滅の光が溢れ出した。
「な……クルースニクぅぅぅ!
グアアアアアアアアアアアアアアアッ―――!!!!」
「さらばだ、クドラク……。」
爆発的な光の柱が天へと昇り立ち、クドラクの巨体が内側から弾け飛ぶ。だが、先ほどのような肉片や血煙は一切残らない。
光に包まれたクドラクの肉体は、分子レベルで浄化され、美しく輝く純白の粒子となって、空へと消え去っていった。
吸血鬼クドラク――完全なる消滅。
再生の兆候も、死の瘴気も、もう何一つとして残されてはいない。
風が静かに吹き抜け、光の粒子が雑木林の樹木を優しく撫でて消えていく。
戦場に残されたのは、光に照らされたマリの姿と、静寂だけであった。
マリの手から光の杭が消え去り彼女は、そのまま膝から崩れ落ちそうになる。
だが、倒れかける彼女の身体を、傍にいたカイドーがそっけなく、腕で支えた。
「……フン。
終わってみれば、あっけねぇもんだ。手柄は譲ってやったぜ、マリ姉」
「ふふ……ありがとう、征志くん。
私ね。あんな事が起こって悔しかった、悲しかった。
だから…….どうしても、彼の仇だけは、自分の手で討ちたかった……。
それでクルースニクさんに力を借りて、吸血鬼を倒すって誓ったの……」
マリは疲弊しながらも、どこか憑き物が落ちたような、穏やかで晴れやかな笑みを浮かべている。
カイドーは、そっぽを向きながら手元のひしゃげた鉄パイプをパズスへと預けた。
その背中からは、彼を縛り続けていた凄惨な復讐の重圧が薄れていく。
「……終わったんだな、本当に」
アツロウがCOMPを収め、胸を撫で下ろし、カズヤもまた静かに歩み寄り、マリとカイドーに優しい視線を向けた。
「へへっ、すっげえ光だったな!」
虎杖が朗らかに笑い、首の後ろで手を組む。
釘崎も腰に手を当て、嬉しそうに口元を緩める。
「まったく……復活だなんだって大騒ぎしといて、最後はスカッと消えちゃったわね。
まあ、お見事だったわよ、マリさんとクルースニク」
「ありがとう、皆がいてくれたから私は過去を乗り越えられたわ」
マリが仲間たちを見渡し、深く感謝の言葉を口にする。
東京封鎖の地で交差した悪魔使いと呪術師たち。
異なる力を持つ彼らの絆と連携、戦いを終えた一行は温かな連帯感を感じていた。
クドラク戦が終わって次回から新たな展開へ