「俺の人生に華が来た! しかも、最近流行りの異世界転生ときたもんだ!」
Bは片手を掲げ、脇目も振らずに歓喜した。
それもそのはず、ごく最近、彼はあるエンタメに嵌っていたのだ。
それは、いわゆる『異世界転生モノ』と呼ばれる小説。
一般人がひょんなことから異世界へ生まれ変わり、チート能力で無双したり、あるいは元の世界へ帰ろうと奮闘したりする物語だ。
「断然前者! 俺はあの世界には戻らなっい!」
前世では絵に描いたような暗い人生を歩んできたB。
誰に聞かせるでもなく高らかに宣言する。
「さぁ、これからどう動くべきか……」
——そもそも、Bがここを異世界だと確信したのには理由があった。
一つ、元の世界では考えられないほど、規格外に巨大な鳥獣が空を飛んでいたこと。
一つ、元の世界では見たこともない巨大な馬車を目撃したこと。
一つ、元の世界では鼻で笑われてしまうような、起伏に富んだ奇抜な服装。
「何たる幸運! これぞまさに、本物の異世界ファンタジー!」
あとはチート能力さえ宿れば……本格的な冒険譚が始まるのだが。
一人で頭を悩ませていたBだったが、やがて両手を大きく広げて笑った。
「いや、焦ることはない。俺は気長に待つとしよう。そうしよう!」
ひと口に異世界といっても千差万別だ。
これから自身が紡ぐであろう物語。今はただ、それが楽しみで仕方がなかった。
「いやぁ、前回の人生は散々だったからな……それがまさか、こんな形で挽回できるチャンスが来るとは」
労働に次ぐ労働、まさに社畜生活。
朝起きれば当然のように理不尽な業務が待っており、心が擦り切れるのも時間の問題だった。
そんな暗黒の日々における唯一の娯楽が、件の小説だったのだ。
読むのにも時間はかかったし、そもそもの話——
と、そんな思い出に耽っていた、その時だった。
道のど真ん中、おぼつかない足取りで渡ろうとしている一人の少女がいた。
そして、その直線上を猛スピードで突き進む一台の馬車。
「マズい——!」
Bは、咄嗟に地を蹴っていた。
少女との距離を一瞬で詰める。
少女を横抱きにかっさらい、そのまま地面をスライディング。
——救出完了。
「ひぃぃ!?」
助けた少女が悲鳴を上げ、Bは彼女を安心させるように優しく告げる。
「もう大丈夫だ! 君に怪我はない。安心するといい!」
「な——はっ? お、お兄さん……!? 今、どうやって!?」
少女は怯え、困惑していた。
当然だろう。何せ——Bは、50メートルもの距離を一瞬にして縮めて現れたのだから。
「ははっ、ただの魔法だ。いや、君達からすれば原始的な物だろうが」
「???」
「それにしても……やはり、馬という生き物は好かん。気性が荒く、度々このように暴走するからな」
「ば、馬車? 馬車って……あれのことですか?」
少女が引きつった顔で、細い指を差す。
それは、前の世界では見たことも無い、四つ足の、甲殻を纏った巨大な獣。
「ニンジンでも買えば食うだろうか」
「え」
「それにしても、鉄の鎧を着せるとは、この世界の馬は大事にされているのだな。」
地鳴りのような咆哮を上げていた。
「お兄さん……あ、頭が」
「ふむ、あれは馬車では無かったのか? ならば、あれは——」
Bは天高くに指を差し示す。
「あれは、鳥獣の類だろう」
「鳥じゃないですけど!?」
——なるほど。実に、実に面白い世界だ!
Bが今後に期待し微笑んでいると、彼の肩をポンと叩く人物が一人。
「お兄さん、ちょっとここであったことを説明して欲しくてね」
そこにいたのは、紺色の制服に身を包んだ、年季の入った初老の男。
Bが彼に対し答えようとするが、それを遮るように少女が口を開く。
「この人は私を助けてくれて」
「ああ、お嬢ちゃん、そういう事なら安心しておくれ。怪我がなくて本当に良かった。ただね、街の治安を守る仕事についてる身分として、少し詳しくお話を聞きたいんだな」
その言葉を聞いた瞬間、Bは両目をギラギラと輝かせた。
「まさか君は……騎士か!? いやはや、前回の世界では一度も目にかかることが無かった高潔な存在! まさかこんなに早く会えるとは!」
「き、騎士?」
「……お兄さん」
Bの言葉に、老人は困惑し、少女の目は据わり始めていた。
「お兄さん君は……身分証は出せるかな? あ、もしかしてお嬢ちゃんのお兄さん——」
「ち、違います違います」
否定する少女を横目に、Bは告げる。
「悪いな。身分証は持っていない。そもそも、俺は身分を授かる身では無い」
「はぁ——?」
老人はあからさまに不審者を見る目をし、少女は「えぇ……」と言葉を漏らした。
「まあ、別に捕まえるってわけじゃないからね。二人とも、ちょっとそこまで来てもらってもいいかな?」
「私は……構いませんけど」
「もちろんだ! 騎士団への招待、謹んでお受けしよう!」
「えぇ……」と再び深いため息を漏らす少女。
だが、それに反してBの瞳は希望の光に満ちていた。
Bは臆しない。夢にまで見た世界に来たのだから。今まさに、壮大な物語の幕が上がるのだから!
「さあ、異世界ファンタジーの始まりだ——!!」
「……お兄さん……静かにして」
Bが転移した世界——地球。
周囲の人間から見れば、彼がただのちょっと変な男にしか見えなくとも、何のおかしさも無い。
彼はただの、異世界転移者Bなのだから。