HXH世界を旅する少年王子のお話   作:azuazu000

36 / 38
本編よりかなり先の時系列のお話です。

※R-15くらい……かな?
問題がありそうでしたら削除しますm(_ _)m


【短編】蜘蛛の罠

「おいで、アズリル」

 

 大好きな人の甘い声で名前を呼ばれただけで、身体からすっと力が抜けそうになった。

 

 目の前では、クロロが素肌にローブを一枚だけまとい、ベッドに横たわっている。

 かつてヨークシンで世界を震撼させた蜘蛛の頭領とは思えないほど、今のクロロは穏やかに、こちらの反応を楽しむように微笑んでいる。

 

 一方の僕はといえば、恥ずかしさのあまり部屋の隅まで逃げ込み、壁に背中をぴったりつけたまま固まっていた。頭の中で『落ち着け、自分』と何度唱えても、真っ赤になった顔と耳はどうにも誤魔化せそうにない。

 

 

 ──事の始まりは、念を使えなくなったクロロと旅を始めたことだった。

 

 僕じゃ大した護衛にはならないし、そもそも彼は誰かに守られるような人でもない。

 それでも、除念師が見つかるまではそばにいたかった。何かあった時には少しでも力になりたい。せめて、無事に旅団のみんなと再会するところまでは、この目で見届けたかった。

 そんな、自分勝手かもしれない気持ちを抱えながら、半ば押しかけるようにして、僕はクロロと共に東を目指して旅を続けている。

 

 その道中、ある宿に泊まった時のことだ。

 せめて部屋だけは別々にしようと思っていたのに、クロロが勝手に僕の予約を取り消してしまい、結局同じ部屋で過ごす羽目になった。

 

 嫌なわけじゃないけれど……正直言って心臓がもたない。

 

 なにせ、最近のクロロは妙に僕に対して甘いのだ。

 

 出会った頃に見せていた、あの氷のような冷たさはどこへやら。あまりの変わりように、最初はただ戸惑うばかりだった。

 けれど、毎日のようにこんな熱のこもった声と言葉で迫られては、どうしたって意識してしまう。

 

「一緒の部屋、そんなに嫌だった?」

「嫌……じゃないけど……恥ずかしい……デス」

「そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。男同士だろ?」

「だ、だって……僕の気持ち、知ってるくせに……なんでこんな……」

「だからこそ、喜んでくれると思ったんだけど」

「…………」

 

 

 そう、僕の一目惚れだった。

 初めて見た瞬間、胸に矢が突き刺さるような大きな衝撃を受けた。こんなにも完璧に、自分の理想をそのまま形にしたような人間が、この世に存在するなんて思わなかった。我ながらミーハーだとは分かっている。

 それでも、あの見るからに危険で、冷酷で、他人を寄せつけないクールな佇まいは、どうしようもないほど僕の好みに刺さっていた。

 

「アズリルってば」

 

 端っこで必死に壁と同化しようとしている僕を見かねて、クロロは静かにベッドから立ち上がった。

 それを見た途端、僕は反射的にくるりと背を向ける。

 

「そんなに逃げなくても、取って食ったりしないよ。ほら、おいで」

 

 近づいてきた彼の手が、後ろから僕の腰を優しく引き寄せた。背中越しに伝わる体温と、洗いたての髪から漂うほのかなシャンプーの香りに、心臓が大きく跳ねた。

 

「と、取って食うって何!? ちょ、あっ」

 

 身体を軽々と持ち上げられ、思わず小さな声が漏れた。

 

「軽いな。俺がお前くらいの頃は、もう少し筋肉がついてたぞ」

「な……! こう見えて、ちゃんといっぱい訓練してるんだから!」

 

 むっと頬を膨らませ、そっぽを向いて抗議する。

 

「はは、悪い悪い。そうだったな。ウボォを投げ飛ばすくらいには鍛えてるんだった」

「…………」

「あれ以来、ウボォは随分お前を気に入ってたな」

「……ウボォの話は、しないで」

「……」

 

 ほんの一瞬、クロロの瞳の奥に冷ややかなものが覗いた気がした。

 けれど次の瞬間には、僕はベッドの上にどさりと投げ出され、彼に上から跨がれていた。

 

 見上げると、普段はきっちり整えられた前髪が乱れて額に落ち、その隙間からクロロがこちらを見下ろしていた。口元には、ぞくりとするほど妖しい笑みが浮かんでいる。

 

 乱れたローブの隙間から覗く、引き締まった胸元に目のやり場を失い、顔を横へと背けた。

 

「あ、っ……」

 

 無防備に晒されたうなじへ、不意に唇が落とされる。その感触にびくりと肩が跳ね、思わず身を捩った。だが、すかさず両手首を掴まれ、逃げる間もなく身体ごとクロロの方へ向き直される。

 

「逃げないで」

「待って、団長っ……」

「その呼び方、やめろと言ったはずだろ」

 

(団員でもないくせに……)

 クロロはそう思いながら、わずかに目を細めた。

 

「クロロでいい」と、耳元で低く囁かれ、首筋に何度も唇を押し当てられる。くすぐったさに思わず吹き出しそうになるのに、それと同時に変な感覚がお腹の奥にまでじわじわと降りてくる。身体から力が抜け、逃げる自由すら完全に削ぎ落とされてしまった。

 

「く、ろろ……っ」

「口、開けて」

 

 クロロの指先が僕の顎を掬い上げ、強制的に視線を合わせられた。黒い瞳が、逃げ場を塞ぐように迫ってくる。

 

 唇が重なると同時に、ゆっくりと舌で口内を割って入られた。

 ずっと憧れていた人の舌が、自分の口の中に──。その生々しい事実だけで頭がどうにかなりそうだった。

 容赦なく深く入り込んでくる舌の動きに、喉の奥がひくついた。

 自分とは比べものにならないほど上手なキスに、僕はされるがまま翻弄されるしかない。必死でクロロの胸元にしがみつき、与えられる熱をただ受け止めるのが限界だった。

 

 唇が離れた、かと思うと、服の前の部分を思いっきり引っ張られ、胸が露わになった。

 

「わ、ちょっ!」

 

 上からじっと見つめられ、恥ずかしさで身を縮めようとすると、クロロは指先で胸の間をなぞりながら、僕の動きを制した。

 

「……なあ、アズリル」

 

 手を止めないまま、クロロが静かな声で問いかけてきた。

 

「お前の家族や、生まれ育った家のこと……まだ聞いたことがなかったな」

「え…………?」

 

 愛撫の途中で投げかけられたあまりに不釣り合いな質問に、興奮でぼやけていた意識が一気に引き戻される。思わず視線を泳がせた。

 

「な、なんで…………?」

「知りたくなったんだ。君がどんな場所で育ち、どんな風に過ごしてきたのか」

 

 クロロの表情は柔らかく、声も穏やかそのものだ。けれど、身体を抱き寄せる手にはしっかりと力がこもっていて、決してこの話題から逃がしてはくれそうになかった。

 

「……別に、大した話じゃないよ。どこにでもある普通の家だし……聞いても、たぶん面白くないと思う」

 

 あからさまに答えを濁すと、クロロは探るような深い眼差しで僕を見つめ返してきた。その底知れない瞳に見つめられると、隠し事などすべて見透かされているような錯覚に陥る。

 

「教えてほしいな。 ……お前のすべてが知りたい」

 

 クロロはそう言うと、答えを促すように僕の首筋に歯を立てた。痛みと快感が同時に走り、僕は小さく悲鳴を上げて背中を反らせた。

 

「兄弟はいないか? 兄とか」

「んぁっ……え、え!? ……なんでそんなこと聞くの……?」

 

 肌に吸い付くようなキスを続けられながら、途切れ途切れに声を絞り出す。

 

「んー? なんとなく、末っ子な感じがするから」

 

 ゆっくりと首から離れると、クロロは僕の髪をひと房すくい、指先で弄びながら何気ない調子で言った。

 

「兄とかに、甘やかされて育ってそうだなって思ってね」

「そんなこと……ないよ……」

「本当に? 嘘をつくのが下手だな、アズリル」

 

 髪から指先を離すと、そのまま頬を撫で、胸元へとすうっと滑り落ちていく。

 

「嘘なんて……あ、っ……」

 

 胸の突起をピンと指先で摘み上げられ、反論の言葉は喘ぎへと変わった。質問をかわそうとするたび、クロロは逃がさないと言わんばかりに愛撫を深めてくる。

 

「こんな姿を兄に見られたら、どう思うだろうな。……俺にすっかり奪われてるお前を見たら、狂うほど嫉妬するんじゃないか?」

「クロロ……お願い、もう……その話は……」

 

 兄上の顔が脳裏に浮かびかけて、慌てて追い払う。

 

 今だけは絶対に思い出したくない。

 

 それにしても、なんでクロロは急にこんなことを聞いてくるんだろう。

 そもそも、兄がいるなんて話したことあったっけ……? 記憶を辿ってみても、まるで思い当たらない。

 

 クロロはくすりと笑うと、尋問をやめて僕の唇を再び強く塞いだ。

 指先が服の上からそっと僕の下腹部へ伸び、固くなり始めたそこへ、迷いなく触れた。生地越しに伝わる体温と、圧をかける手つきに、身体がびくんと跳ねた。

 

「っ、ん!!?」

 

 溢れた声を受け止めるように、クロロはさらに深く舌を絡めながら、あそこをじっくりとなで上げていく。

 

 クロロにこんなことをされているなんて、恥ずかしさで頭がおかしくなりそうだった。それなのに、他人から触れられるという慣れない刺激は、恐ろしいほどに快感で、僕の意思とは裏腹に腰が勝手に浮いてしまう。

 

 やがてクロロは唇を離すと、そのまま滑るように耳元へと移動し、囁いた。

 

「…………今日は、最後までする?」

「んっ、え……っ、…………? ……最、後……?」

「はは、かわいいなアズリルは」

 

 ぐっと強引に腰を引き寄せられ、衣類越しにクロロの昂りがぴったりと押し当てられた。伝わる脈動と熱量に、びくっと大きく体を強張らせた。

 

「初めて、もらっていい?」

「は……っ………………」

 

 思いがけない言葉の意味を理解するより前に、腰をガッチリと押さえ込まれる。ぐっと密着を深められた。

 

「……もう逃げられないよ。全部、俺が奪う」

 

 そう言うと、クロロは微笑んだ。

 

 ──……✶……──

 

 その優しげな表情とは裏腹に、黒い瞳の奥には冷徹な光が宿っていた。

 

(お前の地位も、その念能力も──使えるものはすべて利用させてもらう。骨の髄まで、余すことなくな)

 

 ──我々から奪った、その報いだ。

 

 ふと、ウボォの顔が脳裏をよぎる。

 

 クロロは、霊魂の存在を信じていた。

 もし今もウボォがどこかで見ているのなら──せめて、あいつが生前やりたがっていたことくらいは、自分が代わりに叶えてやりたい。

 

 それもまた、ウボォへの弔いになるだろう。

 

 愛おしげにアズリルを抱き寄せ、耳元へ優しく囁きかけながらも、クロロの胸にあるのは、まだ恋情ではなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。