董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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第11話 一回分とは

 

宿へ戻るまで、董白は粟の袋をずっと自分で持っていた。同じ十枚を渡したのに、さっきの男が受け取った量より少ない。宿の土間へ入ると、女将が袋を見ただけで眉を寄せた。

 

「少ないね」

 

「同じ十枚じゃった」

 

董白が袋を卓へ置く。

 

「じゃが、薄い銭が混じっておるから、この量だと言われた」

 

女将は驚かなかった。

 

「そんなもんだよ」

 

「知っておったのか」

 

「商売してりゃ嫌でもね」

 

女将が竈へ戻ろうとした時、入口から男が一人入ってきた。朝、女将に頼まれて、客の荷物を馬屋まで運んでいた男だ。

 

「女将、さっきの分」

 

「ああ」

 

女将が銭箱から小銭を何枚か出し、卓へ置いた。男は一枚ずつ並べ直した。一枚を指で弾く。

 

次の一枚を横から見る。

 

「また薄いのか」

 

「今あるのはそれだよ」

 

男は薄い銭を二枚、卓の端へ押し分けた。

 

「これじゃ、枚数が同じでも買える粟は減る」

 

「嫌なら明日の分は頼まないよ」

 

女将もあっさりしている。男はしばらく銭を見ていたが、結局拾った。

 

「今日はもらう。明日はほかの荷運びがあれば、そっちへ行く」

 

「分かったよ」

 

男はそれだけ言って出ていった。董白がその背中を見る。

 

「……わたしたちだけではなかったのじゃな」

 

「そりゃそうだろうね」

 

女将は鍋の蓋を持ち上げた。

 

「薄い銭でもらって困るのは、あんたらだけじゃないよ」

 

董白は、卓の少ない粟と銭箱を見比べた。俺は、明日から厚い銭だけで払ってもらえないかと考えた。けれど、それでは女将の手元から厚い銭ばかりなくなる。

 

董白が先に口を開いた。

 

「なら、仕事代を銭にせねばよい」

 

女将の手が止まった。

 

「何で払うんだい」

 

「粟じゃ」

 

董白は、持ち帰った小さな袋を指した。

 

「仕事一回で、宿の量り一杯。これを一回分にする」

 

「でも、客は薄い銭でも払ってくるよ」

 

董白は、卓の小さな粟袋を見た。

 

「その時は、薄い分だけ宿が出すものを減らせばよい」

 

「例えば?」

 

「飯なら、同じ十枚でも少し減らす。さっき粟売りがしたのと同じじゃ」

 

女将は少し考えた。

 

「宿が受け取る時に、薄い銭を厚い銭と同じには扱わないってことかい」

 

「うむ」

 

董白は頷いた。

 

「そうすれば、宿だけが損を引き受けずに済む。働いた者へ渡す一回分は、毎回同じにできる」

 

女将の口元が少し上がった。

 

「そこまで考えてたのかい」

 

「今、考えた」

 

「大したもんだね」

 

董白は当然のような顔をした。俺は二人の話を聞きながら、まだ少し引っかかっていた。

 

「でも、仕事が終わるたびに粟を量るんですか?」

 

「それじゃ、あたしの仕事が止まるね」

 

女将は鍋から目を離さなかった。董白も頷いた。

 

「先に、今日の仕事代にする分を別にしておけばよい」

 

女将は棚の下から小さな袋を一つ出した。宿でいつも使っている木の量りを取り、大きな粟袋から三回すくって小袋へ移す。

 

「まず三回分。なくなったら、次を出すかはあたしが決めるよ」

 

「それでよい」

 

女将は小袋の口を縛り、厨房の大きな粟袋から離して卓の下へ置いた。

 

「こっちは仕事代の分。厨房の粟袋へ勝手に手を出したら、この試しはそこで終わりだからね」

 

そこへ、縄仕事を終えた阿慶が入ってきた。卓の下の小袋を見つけ、すぐに覗き込む。

 

「それ、何の粟?」

 

董白が小袋を指した。

 

「仕事をした者へ払う分じゃ」

 

「銭じゃないの?」

 

董白は卓の薄い銭を指した。

 

「阿慶。そなたが仕事をして、十枚もらったとする」

 

「うん」

 

阿慶は指を折り、十まで数えた。

 

「その十枚に薄い銭が多ければ、同じ十枚でも買える粟は少なくなる」

 

「うん……?」

 

まだ分かっていない顔だ。女将が銭箱から厚い銭と薄い銭を一枚ずつ出し、卓へ置いた。董白はその横へ、木の量りを置く。

 

「では、仕事一回で、いつもこの量り一杯をもらえるなら?」

 

阿慶は量りを見る。

 

「いつも同じだけ?」

 

「そうじゃ。銭を間に挟まぬから、薄い銭が何枚混じるかは関係ない」

 

阿慶は今度は女将を見た。

 

「でも、女将さんは薄い銭をもらうんでしょ?」

 

「客から受け取る時に合わせる」

 

董白は薄い銭を指で弾いた。

 

「薄い銭なら、客へ出す飯を少し減らす。厚い銭なら、いつもの量を出す。そうすれば、働いた者へ渡す一回分は減らさずに済む」

 

阿慶は薄い銭、量り、小袋の順に見る。

 

「客に出す飯を変えて、仕事する人には同じだけ?」

 

「そうじゃ」

 

阿慶は小袋へ手を伸ばしかけ、途中で止めた。

 

「じゃあ、仕事したら、すぐ粟をもらうの?」

 

「仕事のたびに粟を量れば、女将の手が止まる」

 

女将は鍋の蓋をずらし、湯気を逃がした。

 

「じゃあ、どうするの?」

 

「後で粟と換えられる木片を持たせる」

 

董白が俺の書具箱を見る。

 

「柳誠」

 

「はいはい」

 

「その木片を作れ」

 

俺も、そこでようやく話に追いついた。書具箱を開き、使い終えた荷札の中から、裏が空いた木片を三枚選ぶ。

 

名前。仕事。粟一回分。日付。番号。

 

そこまで書いて、一枚目を董白へ見せた。

 

「こんな感じ?」

 

董白が受け取る。目を細める。

 

「小さい」

 

「書くことが多いんだよ」

 

董白は木片を目元へ寄せた。

 

「だから小さく書くのか」

 

「そう」

 

董白が阿慶へ木片を差し出した。

 

「阿慶。これで何の仕事か分かるか」

 

阿慶は表を見る。裏返す。また表を見る。

 

「分かんない」

 

即答だった。

 

「一文字も?」

 

「うん」

 

俺は三枚を表へ返し、卓の上へ並べた。

 

「じゃあ、水の仕事って書いたのはどれ?」

 

阿慶は三枚を順に見て、一枚を指した。

 

「これ?」

 

「それ、薪って書いたやつ」

 

「分かんないよ。どれも同じに見えるもん」

 

董白が横で吹き出しそうになり、慌てて口元を押さえた。

 

「笑うなよ」

 

「笑っておらぬ」

 

「そうだよな……」

 

分かってはいた。阿慶は字を読めない。細かく書いても、使えるのは俺だけだ。

 

董白が三枚を手元へ寄せた。

 

「そなたには違って見えるか」

 

「木が違う」

 

董白の眉が寄る。

 

「そこではない」

 

「こっちは角が欠けてる。これは白い筋がある」

 

董白が俺を見る。

 

「字ではなく、木の傷を見ておるぞ」

 

「いや、それじゃ何の仕事か分からないだろ」

 

ちょうど、さっきの男とは別の荷運び人が宿へ入ってきた。肩には濡れた縄を掛けている。女将が呼び止めた。

 

「ちょっと手ぇ貸しな。試したいことがある」

 

男は嫌そうな顔をした。

 

「長いならやらんぞ」

 

「長くないよ」

 

俺が書いた木片を一枚渡す。

 

「仕事が終わったら、この木片を渡します。あとで宿へ持ってくれば、粟一回分と換えるつもりです」

 

男は木片をつまんだ。

 

「これが何の分か、俺には分からんぞ」

 

「名前と仕事が書いてあります」

 

男は木片を目の前へ寄せた。

 

「読めん」

 

「あ」

 

阿慶だけじゃなかった。男は木片を裏返した。

 

「それに、こんなの濡れた手で持ったら消えるぞ」

 

そう言って、試しに指先で墨の端をこすった。まだ乾ききっていなかった線が、薄く伸びる。俺は木片を取り返した。

 

自分では、かなり分かりやすく作ったつもりだった。必要だと思ったことは、全部書いた。でも、持つ人が読めない。

 

濡れた手なら字まで消える。董白が、墨の伸びた木片を覗き込む。

 

「駄目じゃな」

 

「そんなきっぱり言わなくても」

 

董白は墨の滲みを指先で示した。

 

「駄目なものは駄目じゃ」

 

「俺も今分かったよ」

 

「なら、直せ」

 

簡単に言ってくれる。俺は三枚の木片を見る。

 

「字を減らす?」

 

「読めぬなら、減らしても同じであろう」

 

阿慶が横から木片を取った。

 

「水の桶なら、丸とかじゃ駄目?」

 

「丸?」

 

「桶は丸い」

 

阿慶が指で空中へ丸を描く。

 

「薪なら、こう」

 

今度は縦に三本指を立てる。荷運び人も覗き込んだ。

 

「荷物なら四角でいいんじゃないか」

 

「でも、同じ仕事が何人かいたら?」

 

「端を切れば?」

 

男は木片の縁を爪でなぞった。

 

「一つ切るとか、二つ切るとか。字よりは触れば分かる」

 

董白が木片を俺から取る。

 

「柳誠。大きく書け」

 

「何を?」

 

董白は三枚の木片を、俺の前へ押し戻した。

 

「仕事だけじゃ。水なら丸。薪なら三本。荷物なら四角」

 

「番号は?」

 

「裏に小さく残せ。そなたが読む分じゃろう」

 

それなら分かる。全部を木片一枚で説明しようとしていた。でも、持っていく人に必要なのは、自分の木片だと分かることだけだ。

 

番号は、宿の控えと合わせるために小さく残せばいい。俺は最初の三枚を脇へ置いた。新しい木片を三枚出す。

 

一枚目に、大きな丸。二枚目に、縦線を三本。三枚目に、大きな四角。

 

縁には一つ、二つ、三つと切り込みを入れた。裏には小さく番号だけを書く。

 

「これなら?」

 

阿慶が三枚を見比べる。

 

「分かる」

 

「本当に?」

 

「うん」

 

もう一度、俺が三枚を混ぜる。阿慶は今度は迷わず一つを取った。

 

「丸。一つ切れてる」

 

次に三本線を取り、最後に四角を取った。字は一つも読んでいない。それでも、さっきよりずっと早かった。

 

荷運び人も一枚取り、指で切り込みをなぞった。

 

「これなら濡れても、切ったところは消えんな」

 

女将の声が竈の向こうから飛んだ。

 

「で、終わったって決めるのは誰だい」

 

俺の手が止まった。また一つ抜けていた。木片を作っただけでは、仕事が終わったかどうかは決まらない。

 

「俺が確かめに行く?」

 

言った瞬間、自分で違うと思った。俺が全部を確かめに回ったら、荷札を書く手が止まる。また朝じゅう水場に張りつくことになる。

 

水場番は道の向こうで、杖を膝へ置いて座っていた。阿慶が道の向こうへ顔を向けた。

 

「ばあちゃん。桶を担いで水場を出るとこ、見てるよね?」

 

水場番が杖を持ち上げる。

 

「見てるよ。宿へ着いたかは知らないけどね」

 

董白が宿の大甕を指した。

 

「宿へ着いた桶は、わたしが確かめる。大甕へ空けるところまでじゃ」

 

女将が首を振った。

 

「あんたが全部確かめに回っちゃ駄目だよ。荷受けがあるだろ」

 

董白がむっとする。

 

「なら、宿へ届いた荷物や薪は?」

 

「その時に入口にいる者でいい。あたしか、下働きか、白か。誰も確かめていない仕事には、木片を渡さない」

 

董白は入口と竈へ目をやった。

 

「誰でもよいのか」

 

「誰でもじゃないよ。終わったところを、その場で確かめた者だ」

 

女将は木片を指した。

 

「今は顔の分かる連中だけ。別にした粟の分を超えて、木片を出すんじゃないよ」

 

董白は反論しなかった。あとは、誰へどの番号を渡したかを、控えへ書けばいい。俺は控えの上へ今日の日付を書き、その下へ三枚の番号を書いた。

 

丸、一。三本、二。四角、三。

 

木片を渡す時に、その横へ受け取る相手の名を書き足す。

 

 

昼を少し過ぎた頃、最初の一枚が出た。さっき試しに付き合ってくれた荷運び人が、女将に頼まれて宿の裏へ薪束を運んだ。女将が薪束の置き場所を確かめて頷く。

 

俺は男に名を聞き、控えの番号二へ書き足してから、木片を渡した。男はすぐに懐へ入れた。

 

「今もらっていかないのか?」

 

「このあと別の荷運びがある。帰りに寄る」

 

男は木片を懐の奥へ押し込み、空いた両手で担ぎ棒を持ち直した。董白の目が、男の懐へ向いた。

 

「失くしたら?」

 

「その時は俺が損する」

 

董白は口を結んだままだった。

 

「ほかの者へ渡すでないぞ」

 

「誰がこんな一回分を売るんだ」

 

男は笑い、そのまま行ってしまう。董白は呼び止めなかった。木片を渡した以上、粟を受け取るまで宿へ引き留める理由はない。

 

二枚目は、女将に頼まれて、水場から宿の桶を運んだ男だった。水場番は、男が満ちた桶を担いで水場を出るところまで見届けた。宿では、男が大甕へ水を空けるところを董白が確かめた。

 

俺は男の名を聞き、控えの番号一へ書いてから、丸印の木片を渡した。

 

「明日の朝でもいいのか?」

 

女将が指を一本立てた。

 

「明日まで。ほかの奴に渡しても出さないよ」

 

「分かった」

 

男も木片を持って去った。三枚目の木片は、まだ宿に残っている。卓の下には、今日の仕事代として別にした粟がある。

 

そのうち二回分は、もう木片を持って出ていった二人へ約束した分だ。二人はもうここにはいない。それでも、誰へ何を約束したかは宿に残っていた。

 

俺の控え。女将が分けた粟。阿慶でも見分けられる大きな印。

 

最初に俺が細かく書いた三枚は、使われないまま書具箱の脇に置かれている。董白がそれを一枚つまんだ。

 

「捨てぬのか」

 

「失敗したのも残しとく」

 

董白は木片の細かな字を見た。

 

「何のためじゃ」

 

「次にまた細かく書きたくなった時に見返す」

 

董白が笑った。

 

「そなたなら、またやりそうじゃな」

 

「否定できない」

 

董白は使われなかった木片を戻した。その横には、まだ渡していない三番の木片。あとは、二人が戻ってきた時、それぞれが持つ木片を、本当に約束した一回分の粟へ換えられるかどうかだった。

 

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