董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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10-12話を微調整しました。
不慣れで申し訳ありません。


第13話 晩飯を賭ける

 

朝飯の粥を食べ終えると、女将が空になった椀を集めながら言った。

 

「今日は一日、荷受けを二人に任せるよ。薪だの椀洗いだのはなし。日暮れまで二人だけで回せたら、明日から正式にあんたらの仕事だ」

 

董白がすぐ顔を上げた。

 

「飯は?」

 

「朝、昼、晩。寝床も今までどおり」

 

それなら、毎朝その日の仕事を探してもらわなくていい。

 

荷受けをする。

それで二人分の飯と寝床が出る。

 

この宿へ来てから、ずっと欲しかった仕事だった。

 

「ただし、荷受けのことで途中であたしを呼んだら、今日の試しは失敗だよ」

 

「呼ばぬ」

 

返事が早い。

 

董白は少し考えてから、さらに言った。

 

「……一度でも頼ったら、二人の晩の粟はいらぬ」

 

「待って。なんで俺の晩飯まで賭けた?」

 

「二人の仕事であろう」

 

「だから賭ける前に相談してくれって」

 

「勝てば食える」

 

女将が吹き出した。

 

「いいよ。そこまで言うなら、荷受けであたしを頼ったら晩はなし」

 

女将は棚から小さな器を出し、粟を入れて董白へ渡した。

 

「荷運びの人に払う分。昨日までと同じで、一仕事終わったら一杯ね」

 

「うむ」

 

董白が器を受け取る。

 

「柳誠」

 

「何」

 

「晩飯は食うぞ」

 

「誰のせいで晩飯までかかってると思ってるんだ」

 

 

最初の荷車が来たのは、朝の客が宿を出始めた頃だった。

 

木箱が二つと、縄で縛った包みが一つ。

 

「箱は奥。包みだけ軒下へ頼む」

 

荷主から聞いて、俺は奥の董白へ声を掛けた。

 

「白。箱二つは奥。包みだけ軒下」

 

「分かった」

 

董白は荷運び人へ向き直る。

 

「箱二つは奥じゃ。包みは軒下へ置け」

 

昨日、籠を二度運ばされた男だった。

 

「今日は戻すなよ」

 

「戻さぬ。今日は一度で済む」

 

「昨日もそうしてほしかったなあ」

 

「昨日間違えたから、今日は間違えぬのじゃ」

 

「それ、威張ることか?」

 

董白は答えず、荷物を指した。

 

男は笑いながら木箱を担いだ。

 

箱は二つとも奥へ。

包みは軒下へ。

 

置き直しはなかった。

 

董白が粟を一杯渡す。

 

「今日は早かったな」

 

「当然じゃ」

 

男が帰っていく。

 

二台目も三台目も、一度で片づいた。

 

俺が入口で聞いたことは董白へ渡す。

董白が奥で聞いたことも、俺へ渡す。

 

昨日決めたことを、そのままやる。

 

うまくいっている時の仕事は、驚くほど何も起きなかった。

 

 

昼前、荷車が二台続けて来た。

 

先に来た商人の荷は、麻袋が五つと細長い包みが一つ。

 

俺が後から来た荷主と入口で話している間に、奥で商人が董白を呼んだ。

 

「白、ちょっといいか」

 

「柳誠は今、手が離せぬ。わたしが聞く」

 

商人は横にいた若い男を指した。

 

「昼過ぎに、こいつをもう一度寄越す。奥の麻袋を一つだけ渡してくれ」

 

「一つだけじゃな?」

 

「ああ。一つだけだ」

 

二台分の荷が片づくと、董白が俺のところへ来た。

 

「柳誠。さっきの商人じゃ。昼過ぎに、朝の若い者をもう一度寄越す。奥の麻袋を一つだけ渡せと言うておった」

 

「一つだけ?」

 

「一つだけじゃ。そこは念を押しておった」

 

俺は荷札を引き寄せた。

 

『昼過ぎ 朝の若い男へ 麻袋一つ』

 

短く書いておく。

 

董白が横から覗く。

 

「それでよい。昨日のように、片方だけが知っておるのは御免じゃ」

 

「俺もだよ」

 

 

昼になると、女将が普通に粥を出してくれた。

 

董白が椀を受け取りながら、少し眉を上げる。

 

「晩はまだか」

 

「まだ昼だよ。午後も働くんだから、先に食べな」

 

董白は不満そうに椀を持った。

 

「晩飯まで長いな」

 

「賭けたの白だろ」

 

「勝てば食える」

 

「その自信、どこから来るんだよ」

 

董白は粥を一口すすった。

 

「朝から一度も失敗しておらぬ」

 

「まだ半日だぞ」

 

「なら、あと半日勝てばよい」

 

そう言われると簡単そうに聞こえる。

 

実際は、まだ何も起きていないだけかもしれない。

 

昼を食べ終えると、また入口へ戻った。

 

午前だけなら昨日もできた。

 

今日の試しは、ここからだった。

 

 

昼過ぎ、朝の若い男が戻ってきた。

 

「麻袋を一つ頼む」

 

俺は荷札を見る。

 

書いた通りだ。

 

「白。朝の――」

 

「分かっておる」

 

董白は男を奥へ連れていった。

 

五つ並んだ麻袋の前で止まる。

 

「一つだけじゃ。ほかは触るな」

 

「分かってるよ」

 

男は麻袋を一つ担いだ。

 

董白は出ていく背中を見送ってから、残った麻袋を指で数えた。

 

「……四つ。よし」

 

「そこまでやる?」

 

「後で足りぬと言われるよりよい」

 

「心配性だな」

 

「用心深いと言え」

 

午後も荷車は来た。

 

聞いたことを渡す。

置いてもらう。

荷運びが終われば、粟を一杯渡す。

 

日が傾いても、女将を頼ることはなかった。

 

このまま終われる。

 

そう思い始めた頃、朝の商人が戻ってきた。

 

 

商人は奥へ入ると、残った麻袋を数えた。

 

「一、二、三、四……」

 

一度止まり、また最初から数える。

 

「……四つ?」

 

董白がそちらを見る。

 

「おい。五つ預けたよな?」

 

「五つじゃ」

 

「一つ足りないぞ」

 

俺も奥へ入った。

 

商人は麻袋を指した。

 

「どこへやった?」

 

「なくしておらぬ」

 

「じゃあ、なんで四つしかないんだよ」

 

声が大きくなる。

 

宿にいた客まで振り返った。

 

「預けた荷だぞ。宿でなくしたなら、弁償してもらうからな」

 

弁償。

 

思わず竈の方へ目が行った。

 

女将を呼べば早い。

宿の主人だし、こういう揉め事にも慣れている。

 

「女将を――」

 

袖を掴まれた。

 

「呼ぶな」

 

董白だった。

 

「でも、弁償って言ってるぞ」

 

「聞こえておる。……じゃが、ここで女将に頼ったら今日の試しは終わりじゃ。わたしたちで受けた荷なら、わたしたちで答える」

 

「晩飯のため?」

 

董白が一瞬黙る。

 

「……それもある」

 

そこはあるんだ。

 

商人が苛立った声を出した。

 

「何をこそこそ話してる。女将を呼んでくれ」

 

董白が前へ出る。

 

「呼ぶ必要はない。昼過ぎに使いを寄越すと、そなたがわたしに言うた。麻袋を一つだけ渡せとな」

 

商人の顔が止まった。

 

「使い?」

 

「朝、一緒にいた若い者じゃ」

 

「そんな話……」

 

「あります」

 

俺は荷札を出した。

 

「白から聞いて、ここに書いてあります。昼過ぎに朝の若い人が来たので、白が麻袋を一つ渡しました。だから残りは四つです」

 

商人が荷札を覗き込む。

 

「本当に来たのか?」

 

「来たぞ。渡したあと、四つ残った。わたしも数えた」

 

董白が麻袋を指す。

 

商人は黙った。

 

もう一度、四つの麻袋を見る。

 

しばらくして、額へ手を当てた。

 

「……ああ」

 

董白の顎が上がる。

 

「思い出したか」

 

「そうだ。昼に一つ使うから、取りに来させたんだった」

 

商人は長く息を吐いた。

 

「悪かった。こっちの勘違いだ」

 

「次は忘れるな」

 

「白」

 

余計な一言まで勝ち誇らなくていい。

 

商人は苦笑し、残った麻袋を荷車へ積ませた。

 

荷車が通りの向こうへ消えてから、俺はようやく息を吐いた。

 

「危なかった……」

 

「危なくない。なくしてなどおらぬ」

 

董白が俺の荷札を指で叩く。

 

「わたしが聞いて、そなたへ伝えた。そなたが書いた。今度は二人とも知っておった」

 

「うん。だから残った」

 

董白は満足そうに頷いた。

 

「勝ったな」

 

「まだ日暮れ前だぞ」

 

「今のは勝ちじゃ」

 

そこは譲らないらしい。

 

 

最後の荷車が宿を離れた頃には、外はもう暗くなりかけていた。

 

女将が竈から出てくる。

 

「終わったね」

 

董白がすぐ振り返る。

 

「最後まで、荷受けのことで頼らなかったぞ」

 

「ああ。聞こえてたよ。危なかったねえ」

 

「危なくない」

 

「はいはい」

 

女将は笑ってから、俺の荷札へ目をやった。

 

「でも、あんたらが昼の話を残してなきゃ、うちが麻袋一つ分払うところだった。ちゃんと二人で片づけたね」

 

董白の顔が少しだけ得意そうになる。

 

「なら、勝ちじゃな」

 

「まずそこかい。分かったよ。あんたらの勝ち」

 

董白が満足そうに頷いた。

 

女将はそのまま続けた。

 

「明日からも、そのまま頼むよ。朝から日暮れまで荷受けをやりな。朝、昼、晩の飯と寝床はこっちで出す」

 

一瞬、意味が入ってこなかった。

 

「……荷が来ない日も?」

 

「来るかどうかなんて朝には分からないんだから、宿で待ちな。それも仕事だよ」

 

「薪運びとか椀洗いは?」

 

「あれはもういい。毎朝、別の仕事を探さなくていいってことさ」

 

やっと腹に落ちた。

 

明日の朝、何をすれば飯になるのか考えなくていい。

明後日も、その次の日も。

 

荷受けをする。

それで二人とも食べられる。

 

董白が俺の袖を引いた。

 

「柳誠」

 

「何」

 

「勝ったぞ」

 

「俺の晩飯まで勝手に賭けたけどな」

 

「勝ったのだからよかろう」

 

「結果論だろ」

 

「勝ちは勝ちじゃ」

 

それから、ほんの少し間を置く。

 

「……明日も荷受けじゃな」

 

「明後日もな」

 

董白は一度だけ頷いた。

 

「それはよい」

 

女将が竈へ戻りながら手を振った。

 

「分かったから、手を洗っておいで。晩にするよ」

 

「柳誠、早くせよ。腹が減った」

 

「勝ち負けの次は飯か」

 

「勝ったのだから、食う」

 

それはそうだった。

 

 

晩の粥が、俺と董白の前へ置かれた。

 

董白は椀を持つと、すぐ一口すすった。

 

「熱っ」

 

「急ぐからだよ」

 

「腹が減っておるのじゃ。仕方あるまい」

 

ふうふうと息を吹きかけて、もう一口。

 

「……うまい」

 

「勝った甲斐があったな」

 

「うむ。勝って食う粥はうまい」

 

「俺の晩飯まで賭けたこと、忘れてない?」

 

「まだ言うか」

 

「言うよ」

 

董白は知らん顔で粥をすすった。

 

食べ終える頃、棚の端に置いた冬用の布袋へ目を向ける。

 

少しずつ残してきた粟が入っている。

 

董白は布袋を持ち上げた。

 

「明日からは、これを食わずに済むな」

 

「ちゃんと荷受けを続けられたらな。もう仕事代に粟は出ないから、増えもしないけど」

 

董白は袋を持ったまま、少し黙った。

 

「……減らぬのじゃろ?」

 

「朝も昼も晩も、ここで食べられたらな」

 

「ならよい」

 

董白は布袋を棚の端へ戻した。

 

今日は増えなかった。

 

でも、減らさなくていい明日が決まった。

 

俺たちには、明日もやる仕事がある。

 

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