董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~ 作:ねじぇまる
豆を隠していた男を宿から追い出して、三日後。
その日は朝に二台の荷車を片づけたきり、昼からは一台も来ていなかった。
そこへ、見覚えのある大柄な荷運び人が、三人の男を連れてきた。
連れのうち二人は、大柄な男と同じ荷運び人らしい。
残る一人は、薄手の上着を着た商人だった。
商人だけが、ずいぶん機嫌の悪い顔をしている。
「白、ちょっと頼めないか」
大柄な男が言った。
董白は入口の卓に座ったまま、四人を見た。
「荷なら、今は来ておらぬぞ」
「荷じゃない。揉めてんだ」
「揉めておる?」
「この前、豆のやつ見抜いただろ。お前なら分かると思って連れてきた」
商人が呆れたように息を吐いた。
「本当に、この子に決めさせるのか?」
「こっちはもう何回も話した。埒が明かねえんだよ」
「なら役人へ行けばいいだろう」
「五枚のことで一日潰してられるか」
大柄な男が言い返す。
商人の眉が吊り上がった。
「こっちは荷を一つなくしてるんだぞ」
「だから、最初から五つだったって言ってんだよ」
「六つだ」
「五つだ!」
横にいた二人も頷いた。
「俺も五つしか見てない」
「荷車から下ろしたのも五つだ」
商人は三人を睨んだ。
「三人揃って数え間違えたんだろうが」
また声が大きくなりかける。
董白が卓を指で一度叩いた。
「それで、何を決めればよい」
大柄な男が商人を見る。
商人はしばらく黙っていたが、腰の銭袋から十枚を出して卓へ置いた。
「こいつらには十五枚払う約束だった。だが、荷が一つ消えた。だから五枚は払わん」
「だから消えてねえって言ってるだろ」
「白が決めるなら、それでいい。今日ここで終わるならな」
董白は十枚には触れなかった。
大柄な男を見る。
「そなたらは、どこからどこまで運んだ」
「南の門の近くから、こいつが借りてる倉までだ。荷車から下ろして、五つ全部入れた」
「途中で、どこかへ寄ったか?」
「どこにも寄ってねえ。倉までまっすぐだ」
董白は商人へ顔を向けた。
「なくなった荷には、何が入っておった」
「布だ」
「何の布じゃ」
商人の返事が少し遅れた。
「……麻布だよ」
「なくなったという麻布は、五枚より安いのか?」
「そんなわけあるか。もっとする」
「探したのか?」
「こいつらが持っていったんだ。こいつらに聞けば――」
「もうよい」
董白が遮った。
商人が口を閉じる。
「そなたは、荷を探しておらぬ。なくした荷が何の布かも、聞かれてすぐには答えられぬ。なのに、払わぬのは五枚と、最初から決めておったな」
商人の顔が強張った。
董白は卓の十枚を見る。
「荷がなくなったから五枚払わぬのではないな」
商人の右手が、腰の銭袋を押さえた。
董白の口元がわずかに上がる。
「五枚、足りぬのじゃろ」
「……違う」
「なら、残りの五枚もここへ出せ」
商人は動かなかった。
大柄な男が低い声を出す。
「おい」
「……明日には入る」
商人が吐き出すように言った。
「今日は十枚しかない。昨日売った布の代金が、明日の朝には入る」
「払う相手は逃げぬのか?」
「十年以上商ってる相手だ。そこは間違いない」
今度はすぐに返ってきた。
董白は一度だけ頷いた。
「柳誠」
「何?」
「五枚、持ってこい」
棚の端に置いた、この前の五枚だ。
俺は銭袋を取ってきた。
董白は中の五枚を全部出し、商人が置いた十枚の横へ並べる。
十五枚。
「三人で分けよ」
大柄な男たちは手を出さなかった。
「白。これ、お前の銭だろ」
「そうじゃ」
「いや、だからって――」
「なら受け取れ。足りぬ五枚は、この男に貸すだけじゃ」
商人が董白を見る。
「待て。何でお前が俺に貸すんだ」
「そなたが明日返すからじゃ」
「俺を信用するのか?」
「せぬ」
即答だった。
大柄な男が吹き出した。
商人は顔をしかめる。
「じゃあ、どうする気だ」
「だから、五枚より高くて、明日まで手元になくても困らぬ物を置いていけ」
商人が黙った。
卓の十五枚を見る。
荷運び人三人を見る。
最後に董白を見る。
「……何か置けば、それでいいんだな」
「五枚より安い物は駄目じゃぞ」
商人は外へ出ていった。
しばらくして戻ってくる。
腕には麻布を一巻き抱えていた。
「これならどうだ」
董白は麻布を見たあと、竈の方を向いた。
「女将。これは五枚よりするか?」
女将がやってきて、巻かれた布を押さえる。端をめくり、厚みを見た。
「五枚よりはするね」
「一晩、ここへ置いてよいか?」
「通路を塞がないならね。明日の昼までだよ」
「よし」
「白」
「分かっておる。壁際じゃろ」
俺は書具箱を持ってきた。
商人の名前。
貸す銭は五枚。
預かるのは麻布一巻き。
明日の昼までに五枚を返せば、麻布を返す。
それだけ書いて、商人へ読んで聞かせた。
「これでいい?」
「ああ」
商人が印を押す。
董白は書付を一度見てから、卓の十五枚を荷運び人たちの方へ押した。
「ほれ。今度こそ持っていけ」
三人は五枚ずつ取った。
大柄な男が掌の五枚を見てから、董白を見る。
「白、お前、この前、五枚もらったばっかりなのにな」
「知っておる」
「全部出しちまっていいのか?」
「明日戻る」
「戻らなかったら?」
董白は壁際の麻布を指した。
「布が残る」
大柄な男もそちらを見る。
「……そういうことか」
商人が苦い顔をした。
「明日の朝には持ってくるよ。悪かった」
董白が商人を見る。
「もうこんな嘘はつかねえよ」
「そこではない」
「何?」
「つくなら、見抜かれぬ嘘をつけ」
商人はしばらく董白を見ていた。
「……そこなのか?」
「荷をなくしたと言うくせに、そなたは荷より五枚ばかり気にしておったぞ」
大柄な男たちが笑った。
商人は頭を掻く。
「分かったよ。次は気をつける」
「次もつく気か?」
「そういう意味じゃねえよ!」
今度は俺まで笑った。
~
次の日の朝。
荷受けを始めてすぐ、昨日の商人が宿へ入ってきた。
董白のいる卓まで来ると、銭を五枚並べる。
「昨日の分だ」
董白が数える。
五枚あった。
俺は昨日の書付を出し、預かっていた麻布を返した。
これで終わりかと思った。
商人は麻布を抱えたまま、もう一度腰の銭袋へ手を入れる。
さらに五枚が卓へ置かれた。
董白が眉を上げる。
「これは何じゃ」
「昨日の詫びだ。受け取ってくれ」
「ふむ。ま、もらっておくかの」
「そこは遠慮しないんだな」
董白が不思議そうに商人を見る。
「なぜ遠慮するのじゃ?」
商人は一瞬黙ったあと、笑った。
「いや。もういい」
麻布を抱え直し、宿を出ていく。
董白は卓の十枚を集めて銭袋へ入れた。
そのまま棚の端まで行き、冬用の粟の隣へ置く。
「使わないの?」
「今は使わぬ」
「また貸す気?」
「条件が悪ければ貸さぬ。じゃが、持っておけば選べるのじゃ」
董白は満足そうに、二つの袋を見比べた。