董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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第16話 自分たちの屋根

 

「家を借りたい?」

 

赤さんが荷車の柄を下ろした。

 

「はい。二人で住めて、荷物も置ける所を探そうと思ってるんですが」

 

「荷物って、あの書く道具か?」

 

「それもありますが、人から預かる物です。さっきまで漆を預かっていたんです」

 

俺が宿の奥を示すと、赤さんはああ、と声を上げた。

 

「あの二人、まとまったのか。さっき通りで見たが、どっちも機嫌がよさそうだったな」

 

「無事に済んで、さっき帰ったところです」

 

「そりゃよかった。……それで、今度は自分の所でやりたいわけか」

 

後ろから董白も出てきた。赤さんは俺たちを見比べてから、通りの先へ顔を向ける。

 

「この先に空いた家がある。前は籠を編む爺さんが使ってたんだ。息子の所へ移る時に荷を運んだから、場所は分かるぞ」

 

「貸してもらえそうですか?」

 

「そこまでは知らん。家主に会えたら聞いといてやるよ」

 

「お願いします」

 

「ただ、今からじゃなくていいか。こいつを届けなきゃならないんだ」

 

荷台には縄で括った板が積んであった。俺が慌てて脇へ退くと、赤さんは笑って柄を持ち上げた。

 

「急いで出なきゃならないわけじゃないんだろ?」

 

「はい。見つかったら、と思ってるだけです」

 

「なら、少し待ってな」

 

赤さんを見送り、俺は董白と宿へ戻った。

 

もう一度物置の戸を見る。さっきは借りられる所などあるのかと思っていたのに、空いている家が一軒あると聞いただけで気になり始めた。

 

屋根はちゃんとしているだろうか。俺たちにも払えるだろうか。

 

「見に行けるとよいのう」

 

董白に言われ、うなずいた。

 

「そうだな。まず女将に話しておこう」

 

 

「出ていくつもりなのかい?」

 

女将は洗い終えた鍋を伏せ、こちらを向いた。

 

「まだ決まってはいません。空いている家があると聞いたので、借りられるか確かめようかと」

 

口にすると、急に大事を言い出した気がした。

 

女将は俺を見てから董白へ目を移した。少女は隣で黙っている。厨房が静かになり、俺は先に言葉を足しかけた。

 

「まあ、そろそろそういう話になるだろうね」

 

女将が腰へ手を当てた。

 

「この頃は白を訪ねてくる客も増えたしねえ。あたしの宿なのに、あたしに用のないのが何人も入ってくるんだから」

 

「邪魔になっておったか?」

 

「忙しい時はね。あんたたちも気を遣ってたろう?」

 

董白が少し顎を引いた。

 

「うむ。卓を片づけても、立って話し始める者がおってな」

 

「そうそう。通れないから座っとくれって、結局また出すんだよ」

 

二人が笑ったので、俺も少し気が楽になった。

 

「ただ、朝の荷物を見る仕事はどうしましょう。私たちが急に抜けると困りますよね」

 

「急に出られたら、そりゃ困るよ。いつになるんだい?」

 

「家もまだ見ていないので……」

 

「じゃあ、まず見ておいで。その間にこっちも考えるから。あの子には、明日から札の方をやらせようかね」

 

庭で空の荷車を押していた若い男を指した。前にも札を読んでもらったことがある。少し時間はかかったが、読めないわけではなかった。

 

「馬の世話はどうするんですか?」

 

「そっちはあたしが割り振るよ。あんたは、今の荷がどこへ行くか教えてやっておくれ」

 

「分かりました」

 

女将は鍋の底に残った水を布で拭った。

 

「白も、椀を置く場所はあの子に言っとくんだよ。また勝手な所へ積まれたら、あたしが探すことになるから」

 

「昨日も一つ、薪のそばにあったぞ」

 

「誰だい、そんな所へ置いたのは」

 

「女将じゃ。呼ばれて持ったまま出ていった」

 

女将の手が止まった。

 

「ああ……あれかい」

 

俺は笑いそうになり、下を向いた。女将には気づかれたらしい。

 

「柳誠。あんたも覚えとくんだよ。二人で暮らすなら、誰かが片づけてくれるのを待ってても片づかないからね」

 

「はい」

 

返事をすると、隣の董白まで笑っていた。

 

 

翌日の昼過ぎ、赤さんが家主を連れてきてくれた。

 

年配の男だった。仕事のできる場所も欲しいと話すと、どんな荷を預かるのか訊かれた。漆の取引のことや、普段は書付を作っていることを説明すると、それなら見てから決めればいいと鍵を出してくれた。

 

宿を出て通りを曲がり、井戸へ向かう道を少し進む。

 

家は細い道に面していた。店が並ぶ通りからは外れるが、荷車が一台通る幅はある。赤さんが自分の車を引いてきて、戸口の横へ寄せてみせた。

 

「このくらいなら、入るぞ。前もここで積んだんだ」

 

家主が戸を開けると、乾いた土と古い木の匂いがした。

 

表は土間になっている。以前はここで籠を編んでいたのだろう。壁際には細い切れ端が残っていた。赤さんの車から荷を下ろしても、奥へ歩く場所は取れそうだ。

 

董白はさっそく中へ入った。

 

俺は戸口で一度天井を見上げてから、その後へ続く。昼なのに暗かったが、家主が小窓の板を外すと壁まで明るくなった。

 

「奥も見ていいですか?」

 

「ああ。戸は固いから、少し上へ持ち上げて引いてくれ」

 

言われたとおりにすると、ごとりと戸が動いた。

 

奥には板を張った小部屋があり、その横にもう一つ土間があった。裏の竈は煤けているが、鍋を置く所は崩れていない。

 

董白は小部屋へ顔を入れ、床を見た。

 

「ここで寝られるな」

 

「ああ。二人でも狭くはなさそうだ」

 

少女はしゃがみ、板を手で押してから立ち上がった。

 

俺も中を覗く。馬の臭いはしない。庭を横切る客もいない。朝になっても、この床へ荷物を積まれることはない。

 

(……いいな、ここ)

 

思ってから、慌てて奥の土間へ目を戻した。

 

寝る所が気に入っただけで決めるわけにはいかない。預かった物を置くなら、こっちの戸にも錠が要る。

 

董白も同じ所を見ていた。

 

「この戸へ錠を付けてもよいか? 荷を置く時に閉めておきたい」

 

「構わんよ。付ける銭は出してもらうがね」

 

少女は天井を指した。

 

「屋根はどうじゃ? 雨の時に見ておきたいのじゃが」

 

「裏は去年葺き直した。そこからは漏れんはずだが、確かめたいなら雨の日にも来ればいい。今すぐ決めろとは言わんよ」

 

俺は壁の下の方も見た。濡れた跡はなかった。前の雨の晩は、乾いている所を探して寝床をずらした。家を借りてまで同じことはしたくない。

 

赤さんは戸口からこちらを覗いている。

 

「どうだ?」

 

「使いやすそうですね。荷も置けますし」

 

「じゃ、あとは銭だな」

 

返事をしかけた口が止まった。董白が隣で小さく笑う。

 

家主は表の土間へ戻り、窓の板を立てかけた。

 

「一月で六十枚。初めに払ってくれれば、その日から使っていい」

 

俺は頭の中で、手元の銭を数え始めた。

 

「どの銭でも六十枚、ということではないですよね」

 

「そりゃそうだ。これくらいのを揃えてくれ」

 

家主が懐から一枚出した。受け取って厚みを確かめる。董白も俺の掌を覗いた。

 

揃えられそうだった。これまで貰った銭の中にも、同じくらいの物はある。

 

「少し、二人で話してもいいですか?」

 

「ああ。私は外にいるよ」

 

男が赤さんと戸口へ出ると、家の中は急に静かになった。

 

董白が奥へ目を向けた。

 

「妾はここがよい」

 

「早いな。ほかにもあるかもしれないぞ」

 

「あるかもしれぬが、ここは井戸にも宿にも近い。荷車も入る。そなたは嫌か?」

 

「いや。俺も、いいと思う」

 

言ってしまうと、いよいよここで暮らす気になってきた。

 

俺は竈の方へ顔を向けた。

 

「ただ、鍋も椀も買わないとな。水を汲む物も要るし、寝る物も……宿のをそのまま持ってくるわけにはいかない」

 

「うむ。まず帰って、足りぬ物を書こう。全部買うて、家賃がなくなっては困る」

 

「お前もそこは気になるんだな」

 

「当たり前じゃ。妾がここにいたいと言うただけで、家主が貸すと思うか?」

 

「……最初の頃なら、言いそうだったからさ」

 

董白が俺を睨んだ。

 

「今は言うておらぬであろう!」

 

「悪かった。そうだな」

 

笑いながら謝ると、少女はもう一度奥の小部屋を見た。

 

俺も見た。まだ何も敷いていない床なのに、今夜からでも横になりたかった。

 

 

その晩は、飯を食べた後も二人で卓を借りていた。

 

買う物を書き出し、女将にだいたいの値を聞く。棚の奥から銭袋を出して、家主に見せてもらった銭と近い物を分けた。

 

漆の手間賃もそこへ加えると、家賃の分は揃った。

 

その横へ買い物の銭を置いていく。筆を持つより銭を触っている時間の方が長い。途中で董白が、まだ結ばぬのか、と袋を見た。

 

「もう少し待ってくれ」

 

「さっきもそれだけあったぞ」

 

「分かってる」

 

俺はようやく手を止めた。

 

家賃を払って、足りない物を買っても、銭は残る。少しずつ貰ってきた粟もある。明日から何も食えなくなるような引っ越しではなかった。

 

ただ、宿を出れば朝晩の飯は自分たちで用意することになる。

 

「来月も、六十枚かかるんだよな」

 

「うむ」

 

「今月だけ払えばいいなら、もっと気楽なんだが」

 

董白は茶化さずに銭を見ていた。

 

「相談に来る者が、この先も必ず来るとは言えぬ。じゃが、場所があれば受けられる仕事も増える」

 

「漆みたいなのか」

 

「そうじゃ。あの二人も、もう預け先を知っておる」

 

川上の男は、帰ったら仲間にも教えると言っていた。

 

どんな荷が来るかは分からない。まるで来ないかもしれない。それでも、今まで知り合った顔が一人ずつ浮かんだ。家を出ても、この町に誰もいなくなるわけではない。

 

董白が俺の手元へ指を伸ばした。

 

「そなたも、ここでなくとも字は書けるであろう?」

 

「ああ。道具は持っていくからな」

 

「妾もおるぞ」

 

少女は俺を見上げた。

 

「そなた一人で払えとは言うておらぬ」

 

俺はしばらくその顔を見て、それから笑った。

 

「そうだったな。悪い、また一人で考えてた」

 

「二人で決めるために座っておるのじゃがのう」

 

「ちゃんと聞いてるよ。……借りよう。家主に返事をしてくる」

 

董白の口元が緩んだ。

 

「うむ!」

 

声が思ったより大きく、厨房の女将が顔を出した。

 

「決まったかい?」

 

「はい。あの家にしようと思います」

 

「なら、明日から買う物を見に行かなきゃね。鍋は底もよく見るんだよ。安いからって穴を塞いだのを持ってきたら、火にかけてから泣くことになる」

 

俺は書付の鍋の横へ、小さく字を足した。

 

隣で董白が覗き込む。

 

「穴を見る、と書いたのか?」

 

「忘れないようにな」

 

「妾も見よう」

 

二人で鍋の底を覗いているところを想像して、少しおかしくなった。

 

 

家を見た五日後、俺たちは宿を出ることになった。

 

その間に一度雨が降り、家主に戸を開けてもらった。屋根も奥の床も濡れてはいなかった。固かった戸は削ってもらい、荷を置く土間には錠を付けた。

 

家賃を渡し、借りる約束を書いた木簡を家主と一本ずつ持つ。俺の手元には鍵が残った。

 

女将の物置の鍵とは、少し形が違う。

 

懐へしまって宿へ戻ると、若い男が卓に札を広げていた。

 

「この麻布は、明日出す方ですよね?」

 

「はい。今日出す分は丸い印です。あちらの柱のそばにまとめてあります」

 

俺が答えると、男は札を手に立ち上がった。荷を見てから戻り、控えに数を書き込む。

 

書き終えるまで待っていた董白が、その横へ別の札を置いた。

 

「こちらは明日の朝じゃ。荷主が戻るまでは出さずにおいて欲しい」

 

「分かりました。こっちへ置いときます」

 

男が次の札を取りに立ったところで、俺は卓の端へ寄せていた書具箱を抱えた。もう、ここへ戻しておく必要はなかった。

 

荷物をまとめるのは長くかからなかった。

 

衣を包み、粟の袋を結ぶ。買った鍋と椀は先に家へ運んである。それでも来た時より荷が増えていて、董白は包みを二つ並べて持ち方を考えていた。

 

「こっちを持つ。お前は衣の方を頼む」

 

「書具箱もあるぞ」

 

「一度で全部持たなくていいだろ。すぐそこなんだから」

 

「ああ、そうか」

 

董白が片方から手を離した。

 

俺も、言ってからおかしくなった。旅に出るわけではない。忘れ物をしても、歩いて取りに戻れる。

 

それなのに厨房へ挨拶に行く時は、少し緊張した。

 

女将は夕方の仕込みをしていた。董白が戸口で立ち止まり、俺より先に声をかける。

 

「女将。世話になった」

 

「荷物はまとまったのかい?」

 

「うむ。借りた物も、そこへ戻しておいた」

 

畳んだ粗布を示す。女将は一度そちらを見てうなずいた。

 

「白、椀は布で包んで運んだんだろうね?」

 

「もう家に置いてある。割っておらぬぞ」

 

「ならよし」

 

女将が笑う。董白も笑いかけたが、まだ戸口を離れなかった。

 

「……あの晩、粥を貰えて嬉しかった」

 

女将の手が止まった。

 

「二人で、もう泊まれぬかと思うておったからな。ここへ置いてもらえて助かった」

 

董白はそう言って頭を下げた。

 

女将は少し黙った後、布で手を拭った。

 

「こっちも助かったよ。白がいなきゃ、今頃また椀を探してるところだ」

 

「棚へ戻せば探さずに済むぞ」

 

「分かってるって」

 

俺も頭を下げた。

 

「本当にありがとうございました。家の方が落ち着いたら、また顔を出します」

 

「落ち着くまで待たなくてもいいよ。煮炊きで困ったら聞きにおいで」

 

女将は俺へ言い、それから董白を見る。

 

「あんたたちを訪ねてきた客には、あの家を教えとくよ。銭を持ってくれば、飯も食わせるからね」

 

「今日はもう、自分たちで炊く」

 

「そうかい。じゃあ、焦がすんじゃないよ」

 

返事をして厨房を離れた。董白は表へ出る前に一度だけ振り返ったが、女将はもう鍋へ向かっていた。

 

 

最後の荷物を運び終える頃には、日が傾いていた。

 

俺は寝床へ腰を下ろし、脚を伸ばした。董白は表の戸を開けたり閉めたりしている。

 

「そんなに気になるか?」

 

「ここを閉めると、ずいぶん暗くなるのう」

 

「窓を開けてみるか」

 

板を外すと、傾いた日の光が床へ伸びた。董白が目を細める。

 

「灯もこちらへ置きたいのう」

 

小窓の下を指す。朝になったらそこへ書く道具を置こうと思っていたが、今は董白の好きにさせておくことにした。

 

立ち上がり、竈へ火を入れる。

 

宿では女将が火の面倒を見ていた。自分でやると、火を起こすだけでも思ったより時間がかかる。董白が運んできた細い薪を足すと、ようやく鍋の底へ炎が届いた。

 

「ついたな」

 

「ああ。水を頼む」

 

鍋に水を入れ、粟を加える。俺が杓子で混ぜている間に董白が椀を並べた。

 

二つとも、昨日買った物だ。少し歪んでいたが、台へ置いてもぐらつかない。董白は一つをこちらへ寄せ、もう一つを自分の前に置いた。

 

粥が煮えるのを待つ間、俺は表まで見に行った。

 

書具箱は窓の下にある。預かる荷はまだ一つもない。何も置かれていない土間は、昼に家主と立っていた時より広く見えた。

 

「そろそろよいのではないか?」

 

呼ばれて戻ると、鍋の縁まで粥が上がっていた。

 

「おっと……」

 

慌てて混ぜる。董白が下の薪を少し引いた。

 

「初日から焦がして、女将に笑われるところじゃったな」

 

「まだ焦げてないぞ」

 

「そう願うておる」

 

椀によそって渡すと、董白はまず匂いを嗅いだ。

 

「大丈夫だって」

 

「確かめておるだけじゃ」

 

俺もひと口食べてみた。焦げた味はしない。少し塩が足りない気がするが、食べられる。

 

向かいで董白も匙を動かし始めたので、ようやく安心した。

 

外で荷車の音がした。

 

つい顔を上げる。宿では車が止まれば、札を受け取りに出ていた。今の車は戸の前を通り過ぎていき、呼ぶ声もしなかった。

 

董白が俺を見ている。

 

「行かずともよいぞ」

 

「分かってる。音がすると、どうもな」

 

「そなたも落ち着いて食え。今は誰も待っておらぬぞ」

 

「……そうだな。椀はあとで俺が洗うよ」

 

「では、今日はそなたに任せる」

 

「ああ」

 

匙を動かしながら家の中を見た。董白の後ろに衣の包みがある。その隣には粗布を敷き、俺たちが食べる粟を置いた。

 

寝る場所と荷物を何度も動かさずに済む。

 

朝になったら、表の戸を俺たちで開ける。

 

「白」

 

「何じゃ?」

 

「借りてよかったな」

 

董白は匙を止めて俺を見た。それから椀へ目を戻し、小さくうなずいた。

 

「うむ。……まだ少し、変な気がするがのう」

 

「俺もだ」

 

もっと大喜びすると思っていた。けれど、飯を食べて寝る支度をしていると、ただ今日の疲れが出てくる。それが少し意外で、心地よくもあった。

 

椀が空になると、董白が荷物のそばから包みを持ってきた。

 

開くと粟を飴で固めた菓子が二つ並んだ。昨日の買い物の帰りに、前と同じ店で買っておいた物だ。取っておいた包みも、ようやくまた使えた。

 

「そなたの分じゃ。今日は割らぬぞ」

 

「ああ。引っ越し祝いだからな」

 

一つを渡され、手元と董白の分を見比べる。

 

「……そっちの方が大きくないか?」

 

「早く取らぬからじゃ」

 

言い終えるなり齧られてしまった。

 

「先に取ったのはお前だろ」

 

董白は菓子を噛みながら笑っている。俺も諦めて口へ運んだ。前に食べた時と同じように歯へ飴がくっつき、しばらくは二人とも黙っていた。

 

今夜は最後のひと口まで、自分の分だった。

 

食べ終わった椀を洗い、鍋に残った粥は蓋をして取っておいた。董白が窓の板を戻す。俺は表の戸を閉めて閂をかけた。

 

戸口から振り返ると、灯の下に二人分の寝床が見えた。

 

先に横になった董白が、粗布から顔を出す。

 

「明日は、起こされずに済むかのう」

 

「どうだろうな。今度は俺たちで起きないと、飯もできないぞ」

 

「……もう少し後で言えばよかろう」

 

「悪かった」

 

笑って隣へ座ると、董白が俺の分の粗布を押してよこした。

 

朝の支度は、明日考えよう。

 

今夜は寝床を空けてくれと呼ばれる心配もなかった。俺は草鞋を揃え、ようやく横になった。

 

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