董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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第16話 新たな風向き

 

布商人が借りた五枚を返しに来てから、四日が過ぎた。

 

朝の荷は片づいて、次の荷車までまだ間がある。土間には昨日の雨が残っていて、戸口から入る光のところだけが乾いていた。俺は入口の卓で荷の控えを書き直し、董白は同じ卓の向かいで戸口を見ている。

 

そこへ、日に焼けた男が一人入ってきた。荷を担いでもいないし、泊まり客の顔でもない。土間で足を止め、卓の上の書具箱と、頬杖をついている子どもを順に見た。

「白ってのは、あんたかい」

董白が顔を上げた。

「そうじゃ。何の用じゃ?」

「布を売ってる男から聞いてな。商いで困ったら宿の入口に白ってのがいるから、そいつに話を持っていけって、そりゃあ自慢げに言うんだ」

 

あの商人だ。荷運び人への払いを、麻布を担保にしてその場で片づけた話が、四日で町を一回りしたらしい。

 

男は董白の向かいへ腰を下ろし、節の太い指を膝の上で組んだ。

「水甕を二十、陶工に頼んでるんだ。代金は十五枚で、そのうち五枚は形を作る前に渡してある。それが今朝になって、あと五枚もらわなきゃ焼けないと言い出した。薪を買う銭がないんだと」

「甕は、どこまでできておる?」

「形はできてる。今朝、窯場を見てきた。乾かした甕が二十、きれいに並んでたよ。だから、まるきり嘘とも思えねえんだが」

「それで、もう五枚渡すのが怖いのじゃな」

「ここで五枚渡して、そのまま逃げられたらたまらん。だからって渡さなきゃ、甕は一つも焼けない。このままじゃ、先に払った五枚まで丸損だ。うちは水を売るのに甕が要るんだ。今月のうちに揃わなきゃ、夏の間ずっと商売にならん」

 

董白はしばらく男の顔を見ていた。

「話は分かった。答えを聞きたいなら、一枚じゃ」

男が目を瞬いた。

「銭を取るのか?」

「当たり前じゃ。今払うのは、わたしが考える分の一枚じゃ。甕が二十揃って、そなたの困り事が消えたら、もう一枚もらう。届かなんだら、二枚目はいらぬ」

「まだ何も聞いてないのに、先に払えってのかよ」

「片づいた後では、そなたは払わぬ。困り事が消えると、皆それくらいで済んだと言い出すのじゃ」

「そんなことは言わねえよ」

「言わぬ者から先にもらって、何の不都合がある?」

 

男は董白を見つめた。董白も目を逸らさない。俺は筆を持ったまま、書きかけの控えの上で手を止めていた。やがて男は銭袋の紐をほどき、一枚を卓へ置いた。

「……分かった。まず一枚だな」

「うむ。柳誠、預かっておけ」

 

俺は銭袋へ入れ、新しい木簡を出した。男の名と商い、水甕二十、代金は十五枚、うち五枚は払い済み。相談は一枚で、甕が二十届いたらもう一枚。そこまで書いて、読んで聞かせる。

「これで合ってるか。違うところがあったら今言ってくれ。後から直すと、どっちが本当か分からなくなるから」

「……合ってる。合ってるよ」

男は言われるまま印を押し、押した跡をしばらく眺めてから顔を上げた。

 

董白は男へ向き直った。

「陶工も連れてこい」

「俺の話だけじゃ駄目なのか。あいつを呼んだら、また同じ言い合いになるだけだぞ」

「二人で決めた商いであろう。片方の言い分だけで決めても、もう片方が動かねば甕は焼けぬ。連れてこい」

 

男は舌打ちをしてから出ていった。

 

 

しばらくして、男は痩せた陶工を連れて戻ってきた。着物の裾にも、爪の間にも、白い土が乾いて残っている。

 

二人は卓を挟み、端と端に座った。

 

董白は陶工へ尋ねた。

「乾かした甕は、二十あるのじゃな?」

「ある。数えてもらってもいい。乾かすところまでは終わってて、あとは窯へ入れて焼くだけだ。焼くのに三日、冷ますのに一日いる」

「二十は、一度に窯へ入るのか」

「入る。一度で焼ける。だから薪も一車で足りるんだ」

「その薪はいくらじゃ」

「西の木場で、一車五枚。窯まで運ぶ分も入れて五枚だ。一車買えば、木場の者が荷車で入れてくれる」

「約束した十五枚に、薪代も入っておったのか」

「入ってる。初めから入ってた」

 

陶工はそこで一度、口を閉じた。

「……先にもらった五枚は、土代と、冬の間の食い扶持で使っちまった。春になれば入るはずの仕事が流れて、薪がここまで上がるとは思わなかったんだ」

「だから言ったろ。もう使い切ってるんだよ、こいつは」

「そこまでじゃ」

董白が短く言った。

「今さら使った五枚を数え直しても、甕は焼けぬ」

 

二人とも黙った。

 

董白は卓の上で指を二本立て、男の方へ向けた。

「残りは十枚じゃ。そのうち五枚は、そなたが木場へ直に払え。薪は木場の者に、窯まで運ばせるのじゃ。焼き上がった甕を二十受け取ってから、最後の五枚を陶工へ払えばよい」

「俺が木場に払うのか?」

「こやつの手に銭を握らせるのが怖いのであろう。なら、握らせねばよい。薪は窯へ届く。銭はこやつを通らぬ」

「薪が窯に届くなら、俺はそれで構わない。銭が欲しくて言ってるんじゃない。焼きたいんだ」

陶工が言うと、男は組んだ指を一度ほどいた。それから、思い出したように顔を上げる。

「木場が、俺から銭を受けるか。頼んだのはこいつだぞ」

「そなたは薪を買うだけじゃ。どこの窯へ運べと言えばよい。木場は薪を売って銭を受け取る。断る道理がどこにある?」

「そこは俺から親方へ話を通しておく。俺の窯だと言えば、荷車はすぐ出してくれる」

「待て。薪だけ使って、甕を渡さなかったらどうする」

「なら、薪を運ぶ日に、甕も先に受け取れ」

「焼く前の甕をか?」

「持って帰れとは言うておらぬ。窯場で二十あるのを数えて、確かに受け取ったと書付へ残せ。そのうえで、焼くために陶工へ預ければよい」

董白はそこで俺を見た。

「柳誠、書けるな」

「書けるよ。でも、それだけだと足りない」

 

俺は木簡を手元へ引き寄せた。董白の言うことはいつも短い。このままでは、明日の朝に窯場で向かい合った二人が、どちらが何をする番か分からなくなる。

「木場へ払うのは五枚。払うのはあんただ。薪を窯へ入れる日に、甕は窯場であんたが数える。数えるのは二十。数え終わったら受け取ったと書いて、二人とも印を押す。そのあと、焼くために陶工へ預ける。焼き上がりを受け取った日に、残りの五枚を陶工へ払う。……ここまでで、書いてない日があるか?」

「木場へ払うのは、明日でいいのか」

「今日でも明日でもいいけど、決めて書いた方がいい。木場が荷車を出す日が決まるだろ」

「なら明日だ。明日の朝、木場へ行く」

「じゃあ、薪が窯へ届くのも明日だな。甕を数えるのも明日だ」

 

俺は書き終えた木簡を二人の間へ置き、読んで聞かせた。董白は口を挟まず、陶工の顔を見ていた。

「聞いたか。書付があれば、その二十はもうそなたの甕じゃ。こやつが逃げたなら、窯から引き取ればよい。焼く前でもな」

「俺は最初から逃げる気なんかない」

「そう言って、先の五枚は消えてるだろうが」

「消えた五枚は戻らぬ」

董白が割って入った。

「じゃが、これから動く十枚は、どれもこやつの手を通らぬ。それでも足りぬか?」

 

男はしばらく木簡を睨んでいたが、やがて息を吐いた。

「……分かった。それならいい」

「俺も、それでいい」

 

二人は同じ木簡へ印を押した。

 

男は立ち上がりながら、董白を見た。

「俺はな、あんたに、こいつが嘘をついてるかどうか見てほしかったんだ」

「見抜いたところで、甕は焼けぬぞ」

男は木簡を見て、それから陶工を見た。

「……ちげえねえ」

「嘘かどうかを当てるより、嘘をつかれても困らぬようにした方が早い」

 

二人は宿を出ていった。戸口のところでは、木場と窯のどちらへ先に行くかを相談していた。

 

「白」

「なんじゃ」

「甕が届かなかったら、二枚目は本当に取らないのか。あれ、あんたの答えが悪いわけじゃないだろ。木場が薪を切らしてるかもしれないし、雨で窯に火が入らないかもしれない」

「取らぬ」

「一枚で終わるぞ」

「一枚で終わる。じゃが、届かなんだのに取れば、次から誰も来ぬ。あの男は、町で必ず話すからな。良い方も悪い方もじゃ」

董白は戸口の方を見たままだった。

「それに、届く。甕は乾いておる。薪も明日入る。あとは焼くだけじゃ」

 

そう言って、董白は同じ席に座り直した。夕方までに荷車が二台来て、俺たちはそのたびに立った。荷主から数と置き場所を聞き、運び終えた荷をもう一度数える。済むたびに、董白は入口の卓へ戻ってきた。

 

 

三日後。

 

宿の前に荷車が止まった。まだ熱の残っている土の匂いが、戸口まで届いた。

「白。できたぞ」

あの男が御者台から飛び降りる。荷台には、焼き上がった水甕が並んでいた。陶工も一緒に来ている。

 

董白は荷台の端から、甕の縁を一つずつ指で押さえて数えていった。

「十八、十九、二十。全部あるな」

男は荷台を見下ろした。

「窯場で数えた時は、ただの土の塊だったんだがな。焼き上がったのを見たら、急に自分の物って気がしたよ」

「あの日から、そなたの物じゃ」

「……そうだったな」

男は照れたように鼻の頭を掻いた。

「木場へはあの日のうちに払った。薪は翌朝、木場の者が窯まで運んでくれたよ。焼き上がりを受け取って、残りの五枚も、こいつに払った」

「割れは出なんだか」

「一つも出なかった」

陶工が荷台の縁へ手を掛けた。

「書付をもらってからは、こっちも人の甕を預かってるつもりで焼いたからな。自分の甕なら、二つ三つ割れても仕方ないで済ませてた」

「なら、これで終わりじゃ」

 

男は腰の銭袋から一枚を出した。

「約束の一枚だ。……正直、話を聞く前に取られた時は、高いと思ったんだがな」

「今はどうじゃ」

「五枚を丸損するよりは安いな」

 

董白はその一枚を受け取り、俺へ寄越した。俺は預かっていた一枚と合わせて銭袋へ入れた。二枚では、袋を振っても音は鳴らない。

 

その時、戸口から声がした。

「ここへ来れば、商いの揉め事を片づけてもらえるってのは、本当か」

縄を一巻き抱えた男が立っていた。董白は入口の卓を指した。

「座れ。話を聞くだけなら、まだ銭は要らぬ。わたしが引き受けると言うたら、そこから一枚じゃ」

 

俺は新しい木簡を出して、その男の名を聞いた。

 

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