董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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第24話 三つの銭袋

 

第一白蔵の戸へ休みの木札を掛けたところで、通りの向こうから男が駆けてきた。肩には空の麻袋、手には白の札を持っている。

 

「まだ間に合うか?」

 

「今なら出せるよ」

 

俺が札を受け取り、番号を確認する。董白が奥の戸を開け、いつもどおり一斗を量って渡した。男は袋の口を縛ると、それを肩へ担いだ。

 

「今日、休むって聞いたから急いできたんだ。隣町へ行くんだって?」

 

「うむ」

 

「白の蔵が増えるのは勝手だけど、こっちまで閉まるのは困るぞ。俺みたいに朝から走れるやつばかりじゃないんだからな」

 

言うだけ言って、男は粟を担いで去っていった。

 

董白は何も言わず、その背中をしばらく見送った。俺も戻ってきた札を箱へ入れ、戸へ錠を下ろす。

 

二つ目を作るために、一つ目を閉める。

 

今は、それしかなかった。

 

 

隣町へ着くと、前に来た商人が市の端で待っていた。

 

「今度は話だけじゃないぞ」

 

男の後ろには、同じように粟で働き手へ払っている商人たちがいた。少し離れたところには荷車もあり、口を縛った粟袋が積まれている。

 

「言われたとおり、本当に使うやつだけ連れてきた。こいつらも、自分の粟を先に置く。札の木の分も、預かり代も別に払う」

 

一人が頷いた。

 

「ここの市で働くやつに、向こうの町まで粟を取りに行けとは言えんからな。ここで一斗になるなら使う」

 

別の男が、第一白蔵の方角を顎で示した。

 

「同じ白の札にするんだろ? だったら、向こうで出した札もこっちで使えるようにした方が便利じゃないか」

 

董白の足が止まった。

 

「それはせぬ」

 

「何でだ? どっちも白の蔵だろ」

 

「向こうの札へこちらで一斗出せば、こちらの粟が減り、向こうにはその札のための一斗が残る。こちらの札を持つ者が来た時、出す粟が足りなくなるであろう」

 

男が口を閉じる。

 

董白は、商人たちが持ってきた粟へ目を向けた。

 

「こちらで出す札は、こちらへ置いた粟だけで守る。向こうの粟を当てにせぬ代わりに、こちらの粟も向こうのためには使わぬ。どちらかが駄目になって、もう片方まで巻き込まれるのは御免じゃ」

 

最初の商人が眉を上げた。

 

「じゃあ、白の印だけじゃ駄目だな。間違えて持ってくるやつが出るぞ」

 

「うむ」

 

董白は一拍だけ考え、俺を見た。

 

「柳誠。ここで出す札には、白の印の横へもう一つ印を付けるぞ」

 

「この蔵だけの印?」

 

「そうじゃ。番号もここだけで振れ。第一白蔵と同じ番号があっても、印を見れば分かるようにする」

 

それなら、一番が二枚あっても混ざらない。

 

俺は続けた。

 

「控えも二つ作る。一つはここに残して、もう一つは持って帰ろう。どの番号まで出したか、第一白蔵にいても分かるようにする」

 

「それでよい」

 

董白はすぐに商人へ向き直った。

 

「物置は?」

 

「こっちだ。前に話した場所がまだ空いてる」

 

男が先に歩き出した。

 

 

物置は、市の裏手にあった。

 

広くはないが、最初に置く粟なら十分入る。表の店を通らず横道から荷を入れられ、戸も一つだけだった。床は地面より少し上がっている。

 

董白が中を見る間に、俺は家主から借り賃を聞いた。

 

三人の商人も、持ってきた銭袋を開いた。札の木に使う分と、先に払う預かり代は、袋の中でも別に結んである。

 

そのうち一人が、荷車の粟を振り返った。

 

「白の取り分は、あの粟から引いちゃ駄目なのか? 一斗減らして、その分を預かり代にすれば同じだろ」

 

「同じではない」

 

董白は即答した。

 

「粟を一斗減らすなら、渡す札も一枚減らす。それでよければ好きにせよ。置いた粟の全部を札にしたいなら、預かり代は別に払え」

 

「……じゃあ、銭で払う」

 

「初めからそう言うておる」

 

商人は苦笑し、小袋を俺の前へ置いた。

 

俺は三人分を数えた。札の木に使う銭は商人ごとに分けて残し、先払いの預かり代だけを、前に封じた隣町用の銭袋へ足す。

 

家主へ払う数か月分の借り賃。新しい錠と、二つの升。札箱と蔵印。二つの町を行き来するための銭。ここで戸を開ける者へ払う、数か月分の賃金。それから、補いの粟五斗。

 

俺は一つずつ分けて、最後に残りを数えた。第一白蔵の粟には一斗も触れない。次の家賃と、俺たちが食べる分の銭も、元の町へ残してある。

 

「白、足りる。ここの道具を買って、補いの五斗と蔵番の賃金を分けても、まだ残るよ」

 

董白はそれだけ聞くと、家主へ言った。

 

「借りる。今日からじゃ」

 

「今日から?」

 

隣町の商人が笑った。

 

「随分急だな」

 

「粟まで持って来ておいて、明日からにする理由があるのか?」

 

「いや、ないけどよ」

 

家主へ数か月分の借り賃を払い、古い錠を替えた。

 

升は同じ大きさのものを二つ買った。片方をいっぱいにし、その粟をもう片方へ移す。余りも不足もないことを、三人の商人にも見せた。一つは普段使う升にし、もう一つには「比べる升」と書いた札を結び、縄を掛けて封じた。

 

札箱と、白の印とは別の小さな蔵印も置いた。

 

補いの粟五斗も買った。商人たちの粟とは離して置き、袋へ札を結んで封をする。この粟には、白札を一枚も出さない。

 

隣町の商人が、その袋を指した。

 

「それも俺たちの預けた分に数えるのか?」

 

「数えぬ」

 

董白は即答した。

 

「そなたらの分が足りぬ時、札を持って来た者を待たせぬための粟じゃ。そなたらへ札を出す分とは別にする」

 

「じゃあ、それを使わず済んだら?」

 

「次の市まで残す。使わずに済むなら、その方がよいであろう」

 

男は少し考えてから、「そりゃそうか」と引き下がった。

 

董白は荷車を指した。

 

「次はそなたらじゃ。粟を入れよ」

 

商人たちと連れてきた人足が袋を運び始める。俺が一袋ずつ升で量り、董白が斗数を数えた。商人ごとに置く場所を分け、袋には誰が置いたものか分かる木札を結ぶ。

 

最後の袋が奥へ入るまで、白札は一枚も作らなかった。

 

商人たちの粟と、札にしない補いの五斗はきちんと分かれている。董白が戸口から中を見て、ようやく頷いた。

 

「よし。柳誠、札じゃ」

 

俺は札箱を開けた。

 

 

最初の木札へ、白の印を押す。

 

その横へ、もう一つ、小さな蔵印を押した。

 

裏には、この蔵の一番。端には、一斗を示す切り目を一つ入れる。同じ番号を二つの控えへ書き、どの商人の粟に当たる札かも書き添えた。

 

隣町の商人が、俺の手元を覗き込む。

 

「印が二つか」

 

「向こうの札と見分けるためだよ」

 

「白の印があるのに、また印か。白が二人いるみたいだな」

 

董白の眉が動いた。

 

「増えたのは蔵じゃ。わたしではない」

 

「分かってるって」

 

男が笑う。

 

札は、奥に入った粟の分までしか作らない。

 

必要な枚数が揃うと、董白は一番の札を取り上げ、最初の商人の手へ置いた。

 

「ここへ持って来た者へ、一枚につき一斗渡す。誰から受け取ったかは聞かぬ。ただし、この二つ目の印がない札へ、ここの粟は出さぬぞ」

 

「そこはもう分かった」

 

「ゆめゆめ忘れるでないぞ」

 

別の商人が札を裏返した。

 

「いつ持って来ればいい?」

 

「市が立つ日じゃな。働いた者が札を受け取ったあとに来られるよう、仕事が終わる頃から戸を開ける」

 

「毎回、二人でこっちまで来るのか?」

 

「最初はな」

 

董白は新しい錠を見た。

 

「ここで戸を開ける者を雇う。それまでは、鍵はこちらで管理じゃ」

 

「用心深いな」

 

「そなたらの粟を預かっておるのじゃ。雑に扱ってよい理由にはならぬ」

 

商人は何も返さず、受け取った札を懐へ入れた。

 

残りの札も、それぞれ粟を置いた者の手へ渡っていく。

 

朝まで荷車に載っていた粟は、今は錠の向こうにある。代わりに、薄い木札が商人たちの懐へ入った。

 

第一白蔵を始めた時は、俺たち自身が毎日戸を開けた。今度は、帰ればこの蔵の中は見えなくなる。

 

白の印の横に増えた小さな印は、この町で守る約束の印だった。

 

董白は最後の札を渡すと、空になった札箱を閉めた。

 

「次の市から使え」

 

「ようやくか」

 

隣町の商人が笑った。

 

「最初に頼みに行ってから、ずいぶん掛かったぞ」

 

「まだ終わっておらぬ。札を出しただけじゃ」

 

「白がそれを言うのかよ」

 

「うむ。粟を渡せて初めて終わりじゃ」

 

董白は新しい戸へ錠を下ろした。

 

隣町の商人たちは、二つの印がある札を持って市へ戻っていった。

 

二つ目の白蔵は、もう空き物置ではなくなった。

 

 

帰った時には、第一白蔵の前に人が待っていた。

 

俺たちを見るなり、一人が立ち上がる。

 

「やっと戻ったか。明日でもいいと思ってたが、帰ってきたなら今出してくれ」

 

手には白の札が二枚ある。

 

朝に戸を閉めた時の男とは別人だった。

 

俺は董白を見る。

 

董白も、待っていた人たちと、閉じた第一白蔵の戸を見比べた。

 

「柳誠」

 

「うん」

 

「次から、向こうを開けるために、こちらを閉めるのはやめるぞ」

 

「じゃあ、向こうに蔵番を置くんだな」

 

「そのための賃金まで残したのであろう」

 

董白は第一白蔵の鍵を俺へ寄こした。

 

「先にこの者らへ出せ。隣町の商人には、字が読めて勘定のできる者を探させる」

 

「それだけでいい?」

 

董白は待っている札持ちを見た。

 

「わたしたちが見ておらぬ時でも、誰が札を持って来ても、一枚につき同じ一斗を出せる者じゃ」

 

俺は錠を開けた。待っていた二人が麻袋を持って中へ入る。

 

董白は戸口に残り、袖の中にあるもう一本の鍵を指で押さえた。

 

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