董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

31 / 31
幕間 値付け

 

――杜恪(とかく)

 

隣町の飯屋の隅で、俺は安い方の飯を食っていた。

 

飯を食う時、俺は勘定をする。今日までにお嬢へ返した弁済の額と、まだ残っている額。指は使わねえ。頭の中の算盤でやる。

 

去年の秋、俺は升の底を厚くして粟をくすねた。ばれて、洗いざらい返すことになった。返し切るまで、あと少し。この一年、市の日の見張りと、月に一度の報告と、それで受け取る固定の銭を、全部その返済に突っ込んできた。

 

毎晩その数をなぞるのは、反省のためじゃねえ。俺が自分で返してるってことを、忘れねえためだ。誰にも肩代わりさせてねえ。それだけが、いまの俺の値打ちだ。

 

「相席、よろしゅうございますか」

 

答える前に、男はもう座っていた。

 

旅の埃をかぶった旅装で、袖口だけが綺麗な男。名乗りは要らなかった。この一年、二つの町の周りで蔵の出入りを数えていた顔だ。人の出入りを数えるのは俺の商売でもある。数えてる奴の顔くらい、とっくに覚えている。

 

座る前に、俺の目は勝手に仕事をしていた。癖だ。銭袋は左の帯の内側、紐は二重。筆と手控えは右の懐、こっちの紐は緩い。銭より帳面の方が早く出せるようにしてある男。そういう奴を、俺は銭袋の重い奴より警戒することにしている。

 

「南陽の鄧氏に仕えます、鄧遷(とうせん)と申します」

 

「知ってるよ」

 

「これは。……手間が省けまする」

 

鄧遷は俺の椀を一目見て、店の女に酒と、俺の分の飯のお代わりを頼んだ。頼んでから「ご相伴の分は手前が」と言った。断る間も置かずにだ。

 

世間話が二つ。北の雪と、川の水。それから粟の相場の話が一つ。三つ目に、紙包みが卓へ出た。

 

開かなくても分かる。銭だ。それも、真新しい。

 

「手付けにございます。今までどおり蔵の周りで見ておられる物を、月に一度、南陽へも。それだけの御用にございます。裏切りを買おうという話ではございませぬ。同じ品を、二軒へ卸していただくだけの」

 

「……で、値は」

 

「本雇いとなられましたら、白様への弁済の残り、まるごと手前どもが払いまする。そのうえで、お釣りが参ります」

 

「残りがいくらか、知ってて言ってるのか」

 

鄧遷は手控えを開いた。開いて、数を読み上げた。

 

俺が今朝この店で、頭の中でなぞった数と、一銭も違わなかった。

 

顔には出さなかったはずだ。出さねえ稽古なら、ガキの頃から積んである。

 

「よく調べてあるな」

 

「商いにございますので」

 

俺は少し、値をつり上げてみることにした。誰でもやることだ。相手がどこまで俺を欲しがってるか、それで測れる。

 

「その倍出しな。俺の目は、その値じゃ安い」

 

「変わりませぬ」

 

即答だった。

 

「お気を悪くなさらず。その額は、貴殿に付けた値ではございませぬ。あの蔵の内を見られる場所に、いま座っておられる方――その席に付いた値にございます。座っておられるのがどなたでも、同じ額を出しまする」

 

俺は飯を噛むのをやめた。

 

「……そうかい。ずいぶん安く落としたもんじゃねえか。あんたの主家は、つい先だって白にでかい買い物を断られたばかりだろ。次の買い物が俺か」

 

「はい」

 

嫌味は通らなかった。鄧遷は盃へ手を伸ばしながら、当たり前のことのように頷いた。

 

「大きい買い物を断られましたら、商いは安い方から拾い直しまする。錠前を買えねば、まず合鍵から。……順当な仕入れにございます」

 

合鍵。俺のことだ。

 

「一つ聞くがよ。あんた、俺が受けると思って来たのか」

 

「思うておりませぬ」

 

鄧遷は盃を置いて、この晩初めて、俺の目を見た。

 

「じゃが、それで構いませぬのです。受けられても、受けられずとも、手前どもの勘定は変わりませぬので。……この話を白様へ持ち込まれるのも、ご随意に。それで崩れるような商いは、いたしておりませぬ」

 

「……考えとくよ」

 

俺は紙包みを袖へ落とした。

 

「預かっとくぜ。預かり賃は取らねえ」

 

「結構でございます」

 

鄧遷は勘定を済ませ――俺の分もだ――手控えへ短く何かを書き付けてから、出ていった。

 

あの書き付ける仕草を、俺はこの晩から心底嫌いになった。

 

 

一人になって、冷めた飯の残りを食った。味はしなかった。もったいねえから食っただけだ。

 

腹が立った理由は、はっきりしている。二つだ。どっちも、去年お嬢と値を決めた晩を思い出しちまったせいだ。

 

一つ目は、値の決め方だ。

 

去年、蔵番から叩き出された後、お嬢は俺に仕事を持ってきた。蔵から盗んでみせろ、穴を挙げろ、という妙な仕事だ。値は俺の方から吹っ掛けた。

 

「穴一つにつき、いくらだ」

 

見つけた穴の数だけ払え、って話だ。その方が稼げる。当たり前の言い分だと思ったね。

 

お嬢は即答した。

 

「固定じゃ。穴の数で払えば、そなたは穴をこしらえる」

 

俺は笑っちまった。図星だからだ。歩合にすりゃ、俺は三つ見つけて四つ目をでっち上げる。必ずやる。あの女は俺を見くびりもしねえし、買いかぶりもしなかった。杜恪って男はどこで手を抜き、どこで嘘をつくか――そいつを正面から数えた上で、俺が悪さをせずに済む払い方の方を選んだ。

 

あれは、俺に付いた値だ。俺の癖まで勘定に入れて、出てきた額だ。

 

鄧遷は逆をやった。俺には一言も聞かずに額を決めて、こう言った。その席に付いた値にございます、と。座ってんのが俺だろうが誰だろうが、同じ銭を出すってことだ。

 

つまり、あの男の帳面に「杜恪」って名前は要らねえ。「白蔵の中が見える席に座ってる奴」で足りる。

 

二つ目は、弁済のことだ。

 

去年、俺はお嬢に聞いた。仕事を受けたら、弁済の方はいくらかまけてくれるのか、と。

 

「まけぬ。仕事は仕事、弁済は弁済じゃ」

 

一銭も引かねえ、とよ。あの時は渋い顔をしたが、今なら分かる。あの女は、俺が盗った分を俺に返させた。取り上げなかったんだ。

 

一年だ。市の日ごとに立って、見て、覚えて、報告して、受け取った銭袋から弁済の分を自分の指で数えて分けて、残りを懐へ入れる。それを一年やってきた。手前で始めて、手前で終わらせる仕事なんてのは、俺の稼業じゃ初めてだった。

 

それを鄧遷は、まるごと払ってやると言った。一晩の飯代を持つような顔でだ。

 

あの男の帳面じゃ、俺の一年は、ただの数字なんだ。

 

……気に入らねえ。

 

錠前が買えねえから、合鍵から。上等だよ。だがな、俺は合鍵じゃねえ。あの蔵の錠は、俺が一度破って、破った俺が洗いざらい払って、それでもまだ触らせてもらえてねえ錠だ。あれがどれだけ高い錠か、値付けの上手いあんたが一番分かってねえ。

 

そもそも、あの男は初めから読み違えてる。

 

商人を買いに来たんだ。値さえ積めば動く相手だと思って来た。だがな、あの蔵の主は商人じゃねえ。商人なら、値の欄が白紙の書付を見せられて、一晩くらいは迷う。あの人は迷わなかったと聞いた。売り物じゃねえ物に値を書けと言われて、腹を立てただけだ。

 

商人ってのは、損得で頭を下げる。あの人は違う。頭を下げる相手を、手前で決めてやがる。

 

……姫だ。

 

そう思ったら、妙にしっくり来た。

 

考えてみりゃ最初からそうだ。顎の上げ方も、人にものを命じる時の声も、庶民の娘のそれじゃねえ。俺は掏摸(スリ)あがりだ。人の育ちを見るのは、帯の紐を見るより得意なんだよ。どこぞの落ちぶれた家の娘か、そんなところだろう。

 

詮索する気はねえ。名を問わねえのが、あの蔵の作法だ。俺はその作法で拾われた男だ。

 

袖の中で、真新しい銭が重かった。この話、いくらで売るか。

 

歩きながら勘定を始めて、途中でやめた。

 

売らねえ。ただでくれてやる。

 

銭で動く男だと思われたまま、銭をもらって動くのだけは、我慢ならなかった。

 

生まれて初めての、ただ働きだ。それが手前でも意外で、俺は夜道で少し笑った。ただほど高いものはねえと言うが、ありゃ受け取る側の話だ。くれてやる側は、値をいくらでも高くできる。

 

あの袖口の綺麗な男に、いつか払わせる勘定だった。

 

 

明日、蔵へ行く。

 

行って、なんて言うかな。

 

お嬢、じゃねえな。もう、そうは呼ばねえ。

 

――姫。

 

口の中で一度、言ってみた。夜道で言うと、我ながら間抜けな響きだった。

 

だが、悪くねえ。あの人が聞いたら、どんな顔をするか。それを拝めるってだけで、ただ働きの釣りにはなる。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織や軍事関係、コンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本…


総合評価:3790/評価:9.03/連載:23話/更新日時:2026年08月21日(金) 18:00 小説情報

幽州を変えようか(作者:雑草弁士)(原作:恋姫†無双)

三国時代初頭、幽州の地にて。出立する劉備(桃香)に多大な物資と兵馬を与え、客将であった趙子龍(星)までもを持っていかれた公孫瓚(白蓮)。しかしこの時間軸、この外史では、星と引き換えの様な形で白蓮の元に居残った人材が居た。もともと劉備陣営では目立った働きをしていなかったらしい、ただ古参なだけのその男。彼の正体は。


総合評価:6017/評価:8.73/短編:3話/更新日時:2026年08月08日(土) 17:10 小説情報

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:4514/評価:8.69/連載:52話/更新日時:2026年07月19日(日) 10:00 小説情報

女性向けアイドル育成ゲームでどうやって曇らせればいいんだよッッ!(作者:人生変化論)(オリジナルファンタジー/コメディ)

曇らせが好きだ。▼ので、異世界に転生した今、最高の曇らせシュチュエーションを求めようと思う。▼……これが女性向けアイドル育成ゲームの世界じゃなけりゃなァ!!殺すぞ!▼しかも俺がアイドルかよ!どうやって曇らせればいいんだこんなん!▼※なお、原作はアイドル育成の皮を被った鬱ゲーだった模様。


総合評価:3148/評価:8.42/連載:9話/更新日時:2026年08月18日(火) 12:00 小説情報

【書籍発売中】転生宰相のダンジョン魔改造録 ~ポンコツ魔王様に頼られたので、壊滅した魔王軍を再建します~(作者:パンダプリン)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【美人で最強、なのに俺の前ではうざかわポンコツな魔王様】▼女神さまにハズレ扱いされた俺は、ラスボスの魔王が超高難易度で有名なとあるゲームの世界へ転生させられてしまった。▼スキルはダンジョンマスター。種族は魔族。どう見ても主人公側ではなく、敵側としてだ……。▼途方に暮れていたところ、明らかに格上の存在と出会ってしまったが、あなたが魔王……?▼勇者たちを倒したは…


総合評価:2421/評価:8.23/連載:362話/更新日時:2026年08月23日(日) 11:50 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>