董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

59 / 59
55話とまとめて書き直したので、55-56話を纏めて再度お読みください。
お手数をお掛けします。


第56話 急ぐ理由

 

董白は、俺が持つ銭袋を見た。

 

申達が口を開く前に、俺は言った。

 

「これを軍へ持っていったって、買ってもらえないだろ。俺たちが腐った粟を売りに来たと思われるだけだ」

 

「全部が傷んでいるわけではありませんよ」

 

申達は、最初に開けた俵を示した。

 

そこから貰った粟は、まだ卓の上にあった。色も臭いも、俺が奥から出したものとは違っていた。

 

「それなら、初めから両方見せてくれればよかったじゃないですか」

 

申達は答えなかった。

 

この男の話を断れば、軍へ近づける機会を逃すのかもしれない。

 

それが怖かった。

 

董白が望んでいることを、俺が邪魔しているようにも思えた。それでも、ここで袋を渡すことはできなかった。

 

董白が、手にしていた粟を俵へ戻した。

 

「柳誠。銭をしまっておくれ」

 

俺は、董白を見た。

 

「もう、買わぬ」

 

はっきり言ってから、申達へ向き直った。

 

「紹介も結構です」

 

「お急ぎではなかったのですか」

 

「急いでおります。食えぬ粟を売りつけられている暇もないほどに」

 

董白は、袖についた殻を払った。

 

俺は袋をしまい、戸口にいる護衛へ声を掛けた。

 

「帰ろう」

 

申達が後ろから呼び止めた。

 

「待ってください。傷んでいる分は、もう少し引きますから」

 

「要りません」

 

今度は、俺が答えた。

 

董白も振り返らなかった。

 

 

宿へ戻る道で、杜恪と会った。

 

「どうだった。買えそうなものはあったか」

 

「腐った粟を売られそうになったよ」

 

俺が答えると、杜恪は足を止めた。

 

申達との話を聞き終える頃には、顔をしかめていた。

 

「宿の主人にも言っておく。ああいう売り方をする奴だと、知ってて客に紹介したわけじゃねえだろうしな」

 

「頼む。俺たちは何も買ってない」

 

「そりゃよかった」

 

杜恪は先に宿へ入っていった。

 

董白は庭に置いた俺たちの車の前で、足を止めた。積んであるのは、持ってきた麻布の包みだ。

 

俺もその隣に立った。

 

何も買わずに済んだのだから、ほっとしていいはずだった。けれど、董白が黙っていると、余計なことを言ったような気になってしまった。

 

「……悪かったな」

 

先に口を開いたのは董白だった。

 

「そなたが止めてくれねば、買っておったかもしれぬ」

 

「まだ全部見てなかったんだから、どのみち気づいただろ」

 

「その前に、払わせるつもりじゃったのかもしれぬぞ」

 

董白は車へ手を置いた。

 

「三日後なら間に合うか、そればかり考えておった。あやつに訊きたいことが、次から次へ出てきてな」

 

俺は、すぐには返せなかった。

 

さっきの董白は、普段ならしないほど熱心に、知らない男へ話しかけていた。

 

「怖かったのじゃ」

 

董白が小さく言った。

 

「こんな所で待っておる間に、何もかも終わってしまうのではないかと思うと……。どこかの宿で、呂布は死んだそうだと聞かされて、それで終わりになるのは嫌じゃ」

 

俺は董白の顔を見た。

 

呂布のことなら腹を立てていると思っていた。けれど、今はそれ以上に、間に合わないことが怖いのだ。

 

ずっと探してきた相手だった。

 

「早く行きたいよな」

 

「うむ」

 

「俺も、あの話が本当ならよかったのにって思ったよ」

 

董白がこちらを向いた。

 

「だから、断ったらがっかりするんじゃないかと思って、ちょっと怖かった」

 

「そんなことで、そなたを責めたりせぬ」

 

返事は強かった。

 

「止めてくれて、よかった。そなたまで、妾の機嫌を気にして黙るでないぞ」

 

少し叱るような口ぶりだった。それがかえって嬉しくて、俺は頷いた。さっきまで言いそびれていたことも、今なら話せそうだった。

 

「なら、よかった。……またほかを探そう。梁温さんの取引先までは、あと少しなんだから」

 

「うむ」

 

董白は車から手を離した。

 

「そなたが一緒で、助かった」

 

嬉しかった。

 

特別なことをしたわけではない。いつもどおりに粟を確かめただけだ。それでも、ここまで来た甲斐があったと思えた。

 

宿の中から、杜恪が俺たちを呼んだ。

 

「明日は朝から渡しへ行こう。軍の車が通った後なら、ほかの荷も渡してるそうだ」

 

董白が顔を上げた。

 

俺も杜恪の方へ歩いた。

 

まだ、先へ進める。

 

 

翌朝、渡し場にはもう車が並んでいた。

 

俺たちは最後尾へついた。申達の姿は見えなかったが、探す気にはならなかった。

 

軍の糧を運ぶ車が、先に船へ載せられていた。

 

俺は一台が渡るたびに、次こそこちらかと御者の方を見た。ところが別の荷が呼ばれ、俺たちは動けないままだった。

 

またか、と腹が立ったが、俺たちの番を早める方法はなかった。

 

董白は荷台に腰を掛け、上着の中へ手を入れていた。川風が冷たく、膝へ掛けた布の端が揺れていた。

 

「寒いか?」

 

「そなたこそ、座ればよい。立っておっても、順は早まらぬぞ」

 

言われて、隣へ腰を下ろした。

 

「早く行きたいんだよ」

 

「妾もじゃ」

 

顔を見合わせると、董白が少し笑った。

 

俺ばかり落ち着いて待てと言うのも無理な話だった。さっきから俺も何度となく、あと何台なのか数えていた。

 

董白が膝の布を少し広げたので、端を借りた。二人で掛けるには狭かったが、風を避けるくらいには役立った。隣に座っていれば、無理に何か言ってやろうと考えずに済んだ。

 

昼を過ぎ、ようやく俺たちが呼ばれた。

 

杜恪が立ち上がり、御者へ手を振った。俺と董白も荷台から下りた。

 

兵に行き先を告げ、麻布を見せると、船へ進むように言われた。

 

それだけだった。

 

軍の車を先に渡す間、待たなければならなかった。けれど、俺たちが通れないわけではなかったのだ。

 

車を船へ載せるのを手伝い、向こう岸へ渡った時には、腕も脚も疲れていた。

 

それでも、動けるのが嬉しかった。

 

御者が、日のあるうちに少しでも進もうと言った。俺たちは頷き、車と一緒に歩きだした。

 

 

梁温の取引先へ着いたのは、翌日の夕方だった。

 

蔵の前で名を告げると、奥から背の低い男が出てきた。肩幅が広く、袖を肘までまくっていた。

 

俺の差し出した紹介の書付を読むと、すぐに人足を呼んだ。

 

「待っていましたよ。道は大変だったでしょう」

 

「渡し場で、少し。麻布は頼まれた分を持ってきました」

 

「助かります。こちらへ入れてください」

 

御者が車を回した。

 

荷台の縄を解きながら、俺はほっとしていた。ようやく、届けると決めていた相手へ荷を渡せる。

 

男が麻布を確かめている間に、董白が訊いた。

 

「下邳では、まだ戦が続いておりますか」

 

「ええ。呂布を捕らえたとは、まだ聞いていません」

 

董白は、ゆっくり頷いた。

 

「そうですか」

 

俺も安心した。

 

まだ間に合うかもしれない。それだけで、ここまでの疲れが少し軽くなった。

 

董白は続けて、軍の者に会いたいと頼んだ。

 

男は頷いた。

 

「その話は、梁温殿から聞いております。私が糧を納めている相手に、お二人が着いたと知らせましょう。いつ会えるかは、返事をもらってからになりますが」

 

「お願いします」

 

董白が頭を下げた。

 

それからは、荷を下ろすのも早かった。俺たちも手を貸し、空になった車を庭の隅へ寄せた。

 

宿へ案内してもらう頃には、暗くなっていた。

 

その晩、飯を食っていると、蔵へ戻っていた使いが返事を持ってきた。

 

軍で糧の買い付けをしている者が、明日の朝なら会うという。

 

俺が読み終える前に、董白は隣から文面を覗いていた。

 

「明日の朝じゃな」

 

「ああ。会って話を聞いてくれるって」

 

董白は、ようやく笑った。

 

俺も嬉しくて、もう一度書付を読んだ。まず、どんな荷を扱えるか聞きたいという返事だった。

 

書付を渡すと、董白は読み終えてからも、しばらく目を離さなかった。俺も急かさずに待った。ここまで一緒に来てよかった。

 

「今夜は、ちゃんと寝ないとな」

 

「そなたこそ、寝坊するでないぞ」

 

「起こしてくれよ」

 

「起こす。起きるまで、何度でもな」

 

それなら大丈夫そうだった。

 

俺は書付をしまい、冷めかけた飯へ箸を伸ばした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:4639/評価:8.56/連載:62話/更新日時:2026年09月02日(水) 13:43 小説情報

こちら銀河英雄伝説(作者:亀頭十三)(原作:銀河英雄伝説)

ラインハルトが「リョーツナッハのバカはどこだ!」ってなるお話です。


総合評価:8031/評価:8.85/完結:28話/更新日時:2026年08月06日(木) 20:23 小説情報

幽州を変えようか(作者:雑草弁士)(原作:恋姫†無双)

三国時代初頭、幽州の地にて。出立する劉備(桃香)に多大な物資と兵馬を与え、客将であった趙子龍(星)までもを持っていかれた公孫瓚(白蓮)。しかしこの時間軸、この外史では、星と引き換えの様な形で白蓮の元に居残った人材が居た。もともと劉備陣営では目立った働きをしていなかったらしい、ただ古参なだけのその男。彼の正体は。


総合評価:6275/評価:8.76/短編:3話/更新日時:2026年08月08日(土) 17:10 小説情報

地球連邦軍上層部はいつも多忙です。(作者:はにわはにわ)(原作:機動戦士ガンダム)

宇宙世紀0083年。核攻撃で観艦式が壊滅する中、地球連邦軍最高司令部の苦労人大将は、コロニー落とし阻止のため胃薬片手に奔走する。▼第二章スタートしました。0083年から機動戦士Zガンダム本編開始直前の0087年までを描きます。


総合評価:6378/評価:8.27/連載:24話/更新日時:2026年07月03日(金) 01:00 小説情報

甲子園優勝投手村田、ドラ1で燕へ(作者:ドンクライ(泣くのはおよし))(オリジナル現代/スポーツ)

 久し振りにパワ◯ロやった記念▼ 要は架空選手の無双系スレです▼ 小説というほどのものではありません。スナック感覚でどうぞ。


総合評価:3794/評価:8.22/短編:10話/更新日時:2026年09月11日(金) 15:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>