董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

60 / 60
第57話 交渉

 

「呂布を捕らえたら、話をさせてほしい、と?」

 

翌朝、蔵へ来た軍の買い付け役は、俺の頼みを聞いて顔を上げた。

 

粟の商いは、思っていたより早く話がついた。こちらで三台分を揃え、指定された場所まで運ぶ。兵が中身を確かめてから払いを受ける。それなら、俺たちにもできそうだった。

 

白の代わりに、俺から訊く。ゆうべ、二人でそう決めていた。

 

「はい。以前、董卓殿の屋敷で書き役をしていました。どうして董卓殿を殺したのか、呂布本人に聞きたいのです」

 

「……それは、私の一存では決められません」

 

「お取り次ぎだけでも、お願いできませんか。姪も同席させていただきたいのです。もし処刑されるのであれば、その場にも立ち会わせてください」

 

買い付け役はしばらく考え、頷いた。

 

「お伝えはしましょう。ただ、商いをしたからといって、願いが通るとは限りませんよ」

 

「はい。お願いします」

 

返事が来るまでは、粟を買わずに待つことになった。

 

蔵を出てから、董白が大きく息を吐いた。

 

「言えたのう」

 

「ああ」

 

断られずに済んで、ほっとした。けれど、呂布が何を答えるのかと思うと、気は重かった。

 

 

二日後、荀攸(じゅんゆう)という人が会うと言っている、と知らせが来た。

 

知っている名だった。

 

曹操の軍師。それくらいしか思い出せなかったが、会いに行くとなれば緊張した。買い付け役に話す時のようにはいかないだろう。

 

粟と車の手配を杜恪に頼み、俺たちは迎えの兵について町を発った。途中で一泊し、翌朝、兵糧を扱う陣へ着いた。

 

「寒かったでしょう。こちらへ」

 

荀攸は、火のそばの席を勧めてくれた。

 

頬の細い、こめかみに白いものの交じった男だった。暗い色の衣も飾り気がなく、穏やかな話し方に、俺は少し安心した。

 

「柳白殿と、柳誠殿ですね」

 

「はい。お時間をいただき、ありがとうございます」

 

董白が答え、俺も頭を下げた。

 

商いについて訊かれたのは、いつ、どれだけ運べるかだった。町で粟を買い、借りる車と合わせて三台。許しが出れば、すぐに用意できる。

 

宛で張繡と取引をしていることも訊かれたが、使いとして来たわけではないと伝えると、荀攸はそれ以上追及しなかった。

 

「では、運ぶ日は、こちらから案内を出しましょう。呂布と話をしたいというお話も伺っています」

 

董白の背が伸びた。

 

荀攸は俺へ顔を向けた。

 

「董卓の屋敷にいらしたそうですね」

 

「はい。下働きの書き役でした。董卓殿が殺された時のことを、呂布本人から聞ければと思っています」

 

「ただ、生け捕りにできるとは限りませんよ。戦の最中に、その場で討ち取ることもあります」

 

「承知しています。もし生きて捕らえられたなら、話をさせてください。姪も一緒に」

 

「曹公へ申し上げます。ただ、許しが出ても、兵には立ち会わせます。刃物も持ち込めません。それでもよろしいですか」

 

「構いません」

 

呂布の口から聞けるかもしれない。

 

俺は董白を見た。董白は、荀攸から目を離さなかった。

 

「ああ。一つだけ」

 

荀攸は、それまでと同じ調子で俺に訊いた。

 

「呂布が曹公に仕えることになっても、手は出さずにいられますか?」

 

すぐには声が出なかった。

 

「……仕える?」

 

隣で董白が、低い声で訊き返した。

 

「あの男を、曹操殿が配下に加えると?」

 

「まだ何も決まっていません。捕らえた後、どうなさるかは曹公がお決めになります」

 

呂布は死ぬ。下邳で曹操に殺される。

 

それだけは覚えていた。けれど、それをこの人に言えるはずもなかった。本当に記憶どおりになるのかと問われたら、俺には確かめる術さえなかった。

 

董白は何か言いかけ、口を閉じた。

 

荀攸は俺たちを待ち、それから言った。

 

「お取り次ぎする以上、そこは確かめておかなければなりません」

 

穏やかな声だった。答えずに済ませられる話ではなかった。

 

「手は出しません。呂布が生かされても、訊きたいことは同じです」

 

「柳白殿も、よろしいですか」

 

董白は唇を固く結んでいた。

 

ここで頷いてくれと思った。頷くのが嫌なのも、分かっていた。

 

「……はい。お約束します」

 

「分かりました。そのように申し上げましょう。処刑になった場合、立ち会いたいというご希望も」

 

俺は礼を言いかけて、膝に湯をこぼした。

 

「熱くありませんか」

 

荀攸が布を差し出してくれた。

 

「大丈夫です。すみません」

 

情けなかった。今さらになって、手が震えていた。

 

帰りの宿まで手配してあった。返事は、町の宿へ届けてくれるという。

 

最後まで親切だった。

 

それでも陣を出る頃には、来た時より疲れていた。

 

 

その晩、宿の部屋へ入るなり、董白は上着を投げた。

 

「あやつが、また誰かに取り立てられるのか」

 

俺は戸を閉めた。

 

「お祖父様を殺して、他人の土地を奪って。負けたら今度は曹操に仕えると言えば、それで済むのか」

 

「まだそう決まったわけじゃない」

 

「それは聞いた!」

 

思わず黙った。

 

董白も口を閉じた。しばらくして、さっきよりずっと小さな声がした。

 

「……そなたに怒鳴るつもりではなかった」

 

「うん」

 

俺は隣に座った。

 

慰めたかったのに、余計に腹を立てさせてしまった。何を言えばいいのか考えても、さっきと似たような言葉しか浮かばなかった。

 

「お祖父様は、もうおらぬのに」

 

董白は膝を見ていた。

 

「あやつは助けてもらえるかもしれぬのか。負けても、生きていてよいのか」

 

俺には、董卓がいい人だったとは思えなかった。

 

けれど、今ここで祖父を恋しがっている董白に、そんな話をする気にはなれなかった。俺だって、家族のことを持ち出されたら、冷静に聞ける自信はなかった。

 

「許せぬ。曹操が許しても、妾は嫌じゃ」

 

「……うん」

 

「さっきは、殺してやりたいと思った」

 

董白の方を見た。

 

「あの場に呂布がおったら、と思っただけじゃ。本当に飛びかかるつもりではない」

 

「分かってる」

 

「思うくらいは、よいであろう」

 

「俺に言うのも、いいよ」

 

董白が顔を上げた。

 

「でも、本当に手を出しそうになったら止める」

 

「……そうであろうな」

 

「兵に斬られるかもしれないんだぞ。俺は、白に死んでほしくない」

 

口にして、怖くなった。

 

呂布に何を訊くかばかり考えていた。そこで董白を失うなんて、考えたくもなかった。

 

董白はしばらく黙り、やがて頷いた。

 

「約束は守る。そなたを置いて、あやつの所へなど行かぬ」

 

俺はようやく息をついた。

 

「……頼むよ」

 

「うむ」

 

外で誰かの笑う声がした。夕飯の支度ができたらしく、廊下を行き来する足音も増えていた。

 

董白は立とうとしなかった。俺も、そのまま隣にいた。

 

「お祖父様は、あやつを取り立てたのじゃ」

 

今度は、怒鳴らなかった。

 

「それなのに殺して、何とも思わなかったのか。あやつの口から聞きたい」

 

「俺から訊くよ。ほかにも聞きたいことがあったら、教えてくれ」

 

「……頼む」

 

董白が俺の袖を掴んだ。

 

「妾のそばにおれ。あやつが何を言うてもな」

 

「分かった」

 

頼ってもらえたのが嬉しかった。気の利いた慰めは言えなかったが、そばにいることならできた。

 

しばらくして、董白が俺の袖から手を離した。

 

「飯にしようぞ」

 

「食べられそうか」

 

「腹は空いておる。あやつのせいで、飯まで抜いてやることはない」

 

「そうだな」

 

立ち上がると、董白もついてきた。

 

目元には、まだ怒った時の赤みが残っていた。何も済んではいなかったが、一緒に飯を食べられることに、俺はほっとした。

 

 

町へ戻った翌日の午後、買い付け役が宿へ来た。

 

「呂布と話をしたいという件ですが、構わないそうです」

 

「……話をしてもよいのですか」

 

董白が訊いた。

 

「曹公は、その程度なら好きにさせておけ、と。生きて捕らえたらお呼びします。兵は立ち会わせますが、話をしてよいそうです。処刑になった時も、邪魔にならぬ所で見ている分には構わないと」

 

「二人とも、ですか」

 

俺が確かめると、買い付け役は頷いた。

 

「ええ。こちらから知らせますので、それまでは町でお待ちください」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

買い付け役は、最初の荷を明朝に出してほしいと言い、兵を案内に寄越すと伝えて帰っていった。

 

戸が閉まってから、董白が小さく言った。

 

「……何を言うかのう、あやつは」

 

「分からない。けど、俺も一緒に聞くよ」

 

「うむ」

 

董白の顔は強張っていた。

 

話をしてよいと言われても、俺は安心できなかった。呂布が何を答えるのか、それを聞いた白がどうなるのか。考えると怖かった。

 

そこへ杜恪が戻ってきた。

 

「返事が来たそうですね。粟は買ってよろしいので?」

 

「うむ。明日の朝に出すぞ」

 

董白が答えた。

 

「では、急ぎましょう。売り手も待っております」

 

俺たちは上着を取り、杜恪について宿を出た。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

起きたら仁義なき転生、それから。(作者:函南)(原作:仁義なき戦い)

起きたら仁義なき戦いの世界にいた。そんな話。


総合評価:4663/評価:8.56/連載:62話/更新日時:2026年09月02日(水) 13:43 小説情報

こちら銀河英雄伝説(作者:亀頭十三)(原作:銀河英雄伝説)

ラインハルトが「リョーツナッハのバカはどこだ!」ってなるお話です。


総合評価:8062/評価:8.85/完結:28話/更新日時:2026年08月06日(木) 20:23 小説情報

幽州を変えようか(作者:雑草弁士)(原作:恋姫†無双)

三国時代初頭、幽州の地にて。出立する劉備(桃香)に多大な物資と兵馬を与え、客将であった趙子龍(星)までもを持っていかれた公孫瓚(白蓮)。しかしこの時間軸、この外史では、星と引き換えの様な形で白蓮の元に居残った人材が居た。もともと劉備陣営では目立った働きをしていなかったらしい、ただ古参なだけのその男。彼の正体は。


総合評価:6285/評価:8.76/短編:3話/更新日時:2026年08月08日(土) 17:10 小説情報

地球連邦軍上層部はいつも多忙です。(作者:はにわはにわ)(原作:機動戦士ガンダム)

宇宙世紀0083年。核攻撃で観艦式が壊滅する中、地球連邦軍最高司令部の苦労人大将は、コロニー落とし阻止のため胃薬片手に奔走する。▼第二章スタートしました。0083年から機動戦士Zガンダム本編開始直前の0087年までを描きます。


総合評価:6409/評価:8.29/連載:24話/更新日時:2026年07月03日(金) 01:00 小説情報

甲子園優勝投手村田、ドラ1で燕へ(作者:ドンクライ(泣くのはおよし))(オリジナル現代/スポーツ)

 久し振りにパワ◯ロやった記念▼ 要は架空選手の無双系スレです▼ 小説というほどのものではありません。スナック感覚でどうぞ。


総合評価:3859/評価:8.25/短編:10話/更新日時:2026年09月11日(金) 15:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>