董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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第57話 交渉

 

「呂布を捕らえたら、話をさせてほしい、と?」

 

翌朝、蔵へ来た軍の買い付け役は、俺の頼みを聞いて顔を上げた。

 

粟の商いは、思っていたより早く話がついた。こちらで三台分を揃え、指定された場所まで運ぶ。兵が中身を確かめてから払いを受ける。それなら、俺たちにもできそうだった。

 

白の代わりに、俺から訊く。ゆうべ、二人でそう決めていた。

 

「はい。以前、董卓殿の屋敷で書き役をしていました。どうして董卓殿を殺したのか、呂布本人に聞きたいのです」

 

「……それは、私の一存では決められません」

 

「お取り次ぎだけでも、お願いできませんか。姪も同席させていただきたいのです。もし処刑されるのであれば、その場にも立ち会わせてください」

 

買い付け役はしばらく考え、頷いた。

 

「お伝えはしましょう。ただ、商いをしたからといって、願いが通るとは限りませんよ」

 

「はい。お願いします」

 

返事が来るまでは、粟を買わずに待つことになった。

 

蔵を出てから、董白が大きく息を吐いた。

 

「言えたのう」

 

「ああ」

 

断られずに済んで、ほっとした。けれど、呂布が何を答えるのかと思うと、気は重かった。

 

~

 

二日後、荀攸(じゅんゆう)という人が会うと言っている、と知らせが来た。

 

知っている名だった。

 

曹操の軍師。それくらいしか思い出せなかったが、会いに行くとなれば緊張した。買い付け役に話す時のようにはいかないだろう。

 

粟と車の手配を杜恪に頼み、俺たちは迎えの兵について町を発った。途中で一泊し、翌朝、兵糧を扱う陣へ着いた。

 

「寒かったでしょう。こちらへ」

 

荀攸は、火のそばの席を勧めてくれた。

 

頬の細い、こめかみに白いものの交じった男だった。暗い色の衣も飾り気がなく、穏やかな話し方に、俺は少し安心した。

 

「柳白殿と、柳誠殿ですね」

 

「はい。お時間をいただき、ありがとうございます」

 

董白が答え、俺も頭を下げた。

 

商いについて訊かれたのは、いつ、どれだけ運べるかだった。町で粟を買い、借りる車と合わせて三台。許しが出れば、すぐに用意できる。

 

宛で張繡と取引をしていることも訊かれたが、使いとして来たわけではないと伝えると、荀攸はそれ以上追及しなかった。

 

「では、運ぶ日は、こちらから案内を出しましょう。呂布と話をしたいというお話も伺っています」

 

董白の背が伸びた。

 

荀攸は俺へ顔を向けた。

 

「董卓の屋敷にいらしたそうですね」

 

「はい。下働きの書き役でした。董卓殿が殺された時のことを、呂布本人から聞ければと思っています」

 

「ただ、生け捕りにできるとは限りませんよ。戦の最中に、その場で討ち取ることもあります」

 

「承知しています。もし生きて捕らえられたなら、話をさせてください。姪も一緒に」

 

「曹公へ申し上げます。ただ、許しが出ても、兵には立ち会わせます。刃物も持ち込めません。それでもよろしいですか」

 

「構いません」

 

呂布の口から聞けるかもしれない。

 

俺は董白を見た。董白は、荀攸から目を離さなかった。

 

「ああ。一つだけ」

 

荀攸は、それまでと同じ調子で俺に訊いた。

 

「呂布が曹公に仕えることになっても、手は出さずにいられますか?」

 

すぐには声が出なかった。

 

「……仕える?」

 

隣で董白が、低い声で訊き返した。

 

「あの男を、曹操殿が配下に加えると?」

 

「まだ何も決まっていません。捕らえた後、どうなさるかは曹公がお決めになります」

 

呂布は死ぬ。下邳で曹操に殺される。

 

それだけは覚えていた。けれど、それをこの人に言えるはずもなかった。本当に記憶どおりになるのかと問われたら、俺には確かめる術さえなかった。

 

董白は何か言いかけ、口を閉じた。

 

荀攸は俺たちを待ち、それから言った。

 

「お取り次ぎする以上、そこは確かめておかなければなりません」

 

穏やかな声だった。答えずに済ませられる話ではなかった。

 

「手は出しません。呂布が生かされても、訊きたいことは同じです」

 

「柳白殿も、よろしいですか」

 

董白は唇を固く結んでいた。

 

ここで頷いてくれと思った。頷くのが嫌なのも、分かっていた。

 

「……はい。お約束します」

 

「分かりました。そのように申し上げましょう。処刑になった場合、立ち会いたいというご希望も」

 

俺は礼を言いかけて、膝に湯をこぼした。

 

「熱くありませんか」

 

荀攸が布を差し出してくれた。

 

「大丈夫です。すみません」

 

情けなかった。今さらになって、手が震えていた。

 

帰りの宿まで手配してあった。返事は、町の宿へ届けてくれるという。

 

最後まで親切だった。

 

それでも陣を出る頃には、来た時より疲れていた。

 

~

 

その晩、宿の部屋へ入るなり、董白は上着を投げた。

 

「あやつが、また誰かに取り立てられるのか」

 

俺は戸を閉めた。

 

「お祖父様を殺して、他人の土地を奪って。負けたら今度は曹操に仕えると言えば、それで済むのか」

 

「まだそう決まったわけじゃない」

 

「それは聞いた!」

 

思わず黙った。

 

董白も口を閉じた。しばらくして、さっきよりずっと小さな声がした。

 

「……そなたに怒鳴るつもりではなかった」

 

「うん」

 

俺は隣に座った。

 

慰めたかったのに、余計に腹を立てさせてしまった。何を言えばいいのか考えても、さっきと似たような言葉しか浮かばなかった。

 

「お祖父様は、もうおらぬのに」

 

董白は膝を見ていた。

 

「あやつは助けてもらえるかもしれぬのか。負けても、生きていてよいのか」

 

俺には、董卓がいい人だったとは思えなかった。

 

けれど、今ここで祖父を恋しがっている董白に、そんな話をする気にはなれなかった。俺だって、家族のことを持ち出されたら、冷静に聞ける自信はなかった。

 

「許せぬ。曹操が許しても、妾は嫌じゃ」

 

「……うん」

 

「さっきは、殺してやりたいと思った」

 

董白の方を見た。

 

「あの場に呂布がおったら、と思っただけじゃ。本当に飛びかかるつもりではない」

 

「分かってる」

 

「思うくらいは、よいであろう」

 

「俺に言うのも、いいよ」

 

董白が顔を上げた。

 

「でも、本当に手を出しそうになったら止める」

 

「……そうであろうな」

 

「兵に斬られるかもしれないんだぞ。俺は、白に死んでほしくない」

 

口にして、怖くなった。

 

呂布に何を訊くかばかり考えていた。そこで董白を失うなんて、考えたくもなかった。

 

董白はしばらく黙り、やがて頷いた。

 

「約束は守る。そなたを置いて、あやつの所へなど行かぬ」

 

俺はようやく息をついた。

 

「……頼むよ」

 

「うむ」

 

外で誰かの笑う声がした。夕飯の支度ができたらしく、廊下を行き来する足音も増えていた。

 

董白は立とうとしなかった。俺も、そのまま隣にいた。

 

「お祖父様は、あやつを取り立てたのじゃ」

 

今度は、怒鳴らなかった。

 

「それなのに殺して、何とも思わなかったのか。あやつの口から聞きたい」

 

「俺から訊くよ。ほかにも聞きたいことがあったら、教えてくれ」

 

「……頼む」

 

董白が俺の袖を掴んだ。

 

「妾のそばにおれ。あやつが何を言うてもな」

 

「分かった」

 

頼ってもらえたのが嬉しかった。気の利いた慰めは言えなかったが、そばにいることならできた。

 

しばらくして、董白が俺の袖から手を離した。

 

「飯にしようぞ」

 

「食べられそうか」

 

「腹は空いておる。あやつのせいで、飯まで抜いてやることはない」

 

「そうだな」

 

立ち上がると、董白もついてきた。

 

目元には、まだ怒った時の赤みが残っていた。何も済んではいなかったが、一緒に飯を食べられることに、俺はほっとした。

 

~

 

町へ戻った翌日の午後、買い付け役が宿へ来た。

 

「呂布と話をしたいという件ですが、構わないそうです」

 

「……話をしてもよいのですか」

 

董白が訊いた。

 

「曹公は、その程度なら好きにさせておけ、と。生きて捕らえたらお呼びします。兵は立ち会わせますが、話をしてよいそうです。処刑になった時も、邪魔にならぬ所で見ている分には構わないと」

 

「二人とも、ですか」

 

俺が確かめると、買い付け役は頷いた。

 

「ええ。こちらから知らせますので、それまでは町でお待ちください」

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

買い付け役は、最初の荷を明朝に出してほしいと言い、兵を案内に寄越すと伝えて帰っていった。

 

戸が閉まってから、董白が小さく言った。

 

「……何を言うかのう、あやつは」

 

「分からない。けど、俺も一緒に聞くよ」

 

「うむ」

 

董白の顔は強張っていた。

 

話をしてよいと言われても、俺は安心できなかった。呂布が何を答えるのか、それを聞いた白がどうなるのか。考えると怖かった。

 

そこへ杜恪が戻ってきた。

 

「返事が来たそうですね。粟は買ってよろしいので?」

 

「うむ。明日の朝に出すぞ」

 

董白が答えた。

 

「では、急ぎましょう。売り手も待っております」

 

俺たちは上着を取り、杜恪について宿を出た。

 

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