董白を拾ったら三国志が壊れ始めた 〜にわか知識の下級書吏と、死んだことになった董卓の孫娘~   作:ねじぇまる

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突然ですが、流石に開幕をAIに任せた弊害で、後々色々無理やなーとなったので、設定諸々ちゃんと考え直したのを新たに投稿します。

https://syosetu.org/novel/427652/
パスワードは3594、です。

この小説は後々消します。
興味がある方はご覧下さい。


第58話 帰りの車

 

「帰りの車で、妹たちを連れてきていただけませんか」

 

三台分の粟を買う話が済んだところで、商人がそう切り出した。

 

梁温から紹介された、あの肩幅の広い男だった。俺たちの返事を待つ顔は、麻布の値を決めた時より、ずっと頼りなかった。

 

「妹さんは、どちらに?」

 

「下邳の近くの村です。亭主の両親と、子どもと一緒におります。城の外なら大丈夫だと、少し前までは言っていたのですが……」

 

帰りに寄れる所だった。人を乗せれば帰りも遅くなるが、その分の賃も払うという。

 

「荷物もあるでしょうが、三台なら載ると思います。どうする?」

 

董白に訊くと、すぐに頷いた。

 

「お引き受けします。お兄様が迎えを寄越したと分かるよう、書付をいただけますか」

 

「はい。すぐに」

 

商人は何度も礼を言い、妹に宛てた書付を持たせてくれた。

 

こんなに喜んでもらえるなら、帰りを急がなくてよかった、と思った。

 

 

翌朝に町を発ち、一晩泊まってから軍の陣へ着いた。

 

案内の兵がいたおかげで、荷受け場までは迷わずに済んだ。帰りに迎える家族のことも伝えると、村と行き先を確かめられ、それなら構わないと言われた。

 

「下ろしていいぞ」

 

粟を調べた男の声で、兵たちが車へ集まった。

 

あっという間だった。三台を借りて、ここまで運んできた荷が、次々と担ぎ去られていく。

 

「おい、そっちは飯の分だ。竈へ持っていけ」

 

俵を抱えた若い兵が、嬉しそうに顔を上げた。

 

「今日は薄くねえんだろうな」

 

「自分で炊いてみろ。水しか足せねえ気持ちが分かるぞ」

 

周りで笑いが起きた。俺も少し笑って、ようやく、うまく届けられたのだと思えた。

 

ずっと、断られたらどうしようと心配していた。あの腐った粟を買いかけてからは、なおさら。

 

隣の董白も、竈へ運ばれていく俵を目で追っていた。

 

「よかったな」

 

「うむ。銭も、ちゃんと払うてくれればな」

 

「まだそこを心配するのか」

 

「そなたはもう少し心配せい。喜ぶのが早い」

 

そう言いながら、董白の口元も緩んでいた。

 

代金は約束どおり払ってもらえた。次も同じだけ運べるかと訊かれ、町へ戻って確かめることになった。

 

「じゃあ、今度こそ喜んでいいか」

 

荷受け場を出てから言うと、董白は笑った。

 

「よいぞ。妾も嬉しい」

 

向こうでは、椀を持った兵が竈の前に並び始めていた。

 

 

迎えに寄った家では、女が戸口に立って待っていた。

 

商人によく似た眉の太い女だった。くたびれた上着を着て、小さな男の子を抱いている。俺たちが書付を渡すと、読んでいる途中で目を赤くした。

 

「兄が、わざわざ……」

 

「お店で待っておられます。皆さん、お揃いですか」

 

「はい。両親は中に。支度はしてあります」

 

奥から出てきた老夫婦と荷物を車へ乗せた。杜恪と護衛の二人も手を貸してくれたので、さほど時間はかからなかった。

 

けれど、女は子どもを抱いたまま、まだ戸口にいた。

 

「……すみません。もう少しだけ」

 

俺は御者に待ってもらい、女のそばへ戻った。

 

「何か、忘れ物ですか」

 

「いえ。亭主が、帰ってくるかもしれなくて」

 

言われて、街道の方を見た。誰も来ていなかった。

 

「出る前に、ここで待っていろと言われたんです。勝手に動くなって。帰ってきて、誰もいなかったら……」

 

どれだけ待てばいいのか、俺には分からなかった。

 

まだ日は高かったが、暗くなる前に宿へ入りたい。少しなら待てる。それでも、今日帰ってこなければ、明日も同じことになる。

 

「こちらの家の方に、お兄さんの所へ行ったと伝えてもらえませんか」

 

「そう頼んではあるんです。私も、その方がいいとは思うのですが」

 

女は困ったように笑った。それから、急に声を落とした。

 

「亭主は、呂布様の兵なんです」

 

俺は董白を見てしまった。

 

董白は黙っていた。さっきまでの笑みはなかった。

 

「あなた方は、曹操様の軍へ荷を運ぶと兄から聞きました。言わずに乗せてもらうのは、と思って……」

 

「ご主人は、ここにはおられないのでしょう」

 

董白が訊いた。

 

「はい」

 

「では、お乗りください。今日は、ここにおられる方をお兄様の所へお連れする約束です」

 

女は何度も頭を下げた。

 

ほっとした。けれど、何にほっとしたのか考えたら、少し恥ずかしくなった。董白がこの女や子どもまで憎むと、思っていたわけではないのに。

 

女が車へ近づくと、男の子が腕の中で身をよじった。

 

「父ちゃんは?」

 

「あとから来るから。先に伯父さんの所へ行こうね」

 

「やだ!父ちゃんと行く!」

 

家へ戻ろうとする子を抱き直して、女が困った顔になった。

 

「お祖父ちゃんたちも乗ってるでしょう。ほら」

 

子どもは首を振った。母親の肩越しに戸口を見て、とうとう泣き始めた。

 

胸が痛かった。さっきまで俺も、何か言って早く乗ってもらおうとしていた。

 

「少し待ちますよ」

 

俺が言うと、女は唇を噛んで頷いた。

 

泣いている子どもを連れて家へ入り、すぐに戻ってきた。子どもの手には、細い木を削った小さな馬があった。

 

「お父さんが作ったんです。これを持っていこうと思って」

 

男の子はまだ泣いていたが、今度は車へ乗せられても暴れなかった。母親に抱かれ、木の馬を胸に押しつけていた。

 

俺たちが乗るつもりで敷いていた莚を、董白が母子の方へ寄せた。

 

「そこへ座るとよい。道が悪い所では、揺れるからの」

 

「ありがとうございます」

 

女は座ってからも、家を見ていた。

 

俺は御者の隣で待った。

 

やがて、女がこちらを向いた。

 

「お願いします。出してください」

 

 

しばらく歩くと、泣き声が聞こえなくなった。

 

子どもは母親にもたれて眠っていた。女も疲れていたらしく、目を閉じていた。

 

俺は董白と並んで、車の後ろを歩いた。

 

「さっき、ごめん」

 

「何がじゃ」

 

「呂布の兵だって聞いた時、白の顔を見ただろ」

 

「見たのう」

 

「あの人たちを、降ろすわけないよな」

 

董白は少しむっとした顔になった。

 

「当たり前じゃ。あの子がお祖父様を殺したわけではあるまい」

 

「うん。ごめん」

 

「まったく。そなたにまで、そう思われてはかなわぬ」

 

怒らせてしまった。謝り直そうとすると、董白は先に続けた。

 

「じゃが、あの男の名は聞きとうなかった。ようやく荷が売れて、気分がよかったのに」

 

「……そうだな」

 

「早う、済ませて帰りたい」

 

董白の顔を見た。今度は、こちらを見返してこなかった。

 

ここへ来れば呂布に会える。そう決まるまでは、そればかり考えていた。決まってからも、いつ会えるかは分からないままだった。

 

「帰ったら、しばらく遠出は休もうか」

 

「そなたが休みたいのであろう」

 

「俺も休みたい。宿の飯が食いたいな」

 

「妾もじゃ」

 

返事が早くて、少し嬉しかった。

 

董白は荷台の母子を見てから、俺のそばへ寄った。

 

「帰る時は、一緒じゃぞ」

 

「もちろん。そのために一緒に来たんだから」

 

「うむ」

 

俺の腕に触れた袖が、そのまま離れなくなった。

 

 

帰りも途中で一泊し、翌日の夕方には町へ戻った。

 

店から飛び出してきた商人は、妹の顔を見るなり、声を張り上げた。

 

「来たか!」

 

それから子どもを抱き下ろし、もう一度、妹へ手を伸ばした。

 

「お前、もっと早く来いと言ったろうが」

 

「だって……」

 

女は答えようとして、泣き出してしまった。

 

俺たちは荷物を店へ入れた。商人は妹を中へ座らせ、戻ってくると、何度も礼を言った。

 

「これで今夜は眠れます。あいつがまだあそこにいると思うと、どうにも……」

 

「無事にお連れできて、よかったです」

 

会えない間、こっちで待っていた人も怖かったのだ。

 

約束の賃を受け取り、帰ろうとすると、商人が俺たちを引き止めた。

 

「飯を食べていってください。妹たちの分も、ずっと用意させていたんです」

 

奥から、煮物の匂いがした。董白が俺を見たので、二人で礼を言って上がった。

 

男の子は、母親の隣で椀を抱えていた。眠っている間も離さなかった木の馬が、今は膝の脇に置いてあった。

 

商人が肉をよそってやると、子どもは真っ先にそれを口へ運んだ。

 

「それ、母さんにもやれよ」

 

「母ちゃんにもある」

 

女の椀を指さして、子どもは残りの肉を隠すように抱えた。

 

商人が笑った。女も、目元を拭いながら笑っていた。

 

ああ、よかった。

 

俺は出された飯を食べた。腹が減っていたはずなのに、しばらくは、味よりあの家族の声が気になった。

 

食べ終える頃、女が俺たちの名を訊いた。

 

「柳誠です。こちらは柳白」

 

「亭主が戻ったら、話します。お二人が迎えに来てくださったことを」

 

「ええ。次の荷を届ける時に、こちらへ着いたと知らせを出せないか、軍の人にも訊いてみます」

 

女は、ありがとうございます、と頭を下げた。

 

本当に帰ってきてほしかった。知らない男なのに、今は、あの子の父親に会ってみたいと思った。

 

 

車を返し終え、宿へ戻ると、董白が部屋で待っていた。

 

外套は脱いで、藍紫の髪もほどいていた。俺の顔を見ると、湯を分けてあるから使え、と言った。

 

顔を洗って座ると、どっと疲れが出た。

 

「疲れたのう。明日は、朝寝がしたい」

 

「杜恪には言っとくよ。午前中は俺が出るから」

 

「では、朝飯の時だけ起こしてくれ。あそこの粥は、遅いと具がなくなる」

 

「それは起こさないとまずいな」

 

二人で笑った。

 

今日は、引き受けたことを全部済ませて帰ってこられた。疲れてはいたが、いい一日だったと思えた。

 

俺も早く寝ることにした。白を起こす役目ぐらいは果たそう。

 

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