変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来   作:shpfive03

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揺れる千恵、江戸行きを承知する

 

さてハヤテたちはゆっくりと進みながらも丘の麓へ下り町に入る。

 

既に『寺』の火事は消し止められていたが、やはり事態を重く見たのか、それとも、これを期に住民からの通報があったのか、代官所からの代官と思われる武士が数人の伴と共に来ており、住民に事情を聞いていた。

 

この宿場町周辺は御公儀の天領であり、代官所が少人数で管理していたところではあるのだが、なにぶん人員も少ないのに広い範囲を管轄しており、こうしたハッキリした形にならなければ、思いきった調査も、なかなか出来ないのだろう。

 

これは丁度いい、とばかりにタツマキが、忍び装束の姿のまま、その代官と思われる武士に近づく。

 

「失礼いたします」

 

タツマキは、その武士に声をかけた。

 

「何奴!」

 

その武士は、さすがに不審に思い、近づいてきたタツマキを咎めようとする。

 

「失礼、拙者はこのようなものです」

 

タツマキは動じることなく懐から書状を取り出すと、それをその武士に手渡した。

 

その武士は書状を確かめていたが、表情が変わる。

 

そこには征夷大将軍による署名まで添えられていた。

 

「では、貴方様方が」

 

その武士はタツマキをあらためて見る。

 

「噂の、血車党と称して、各地で非道な乱暴狼藉を働く悪党集団を、内々に退治せんとする御公儀より隠密として使わされた使者ということですな‥‥」

 

ハヤブサオーの上でそれを聞いていた千恵は体調最悪ながら、複雑な心境となった。

 

これが血車党に対する世間の評価なのか‥‥

 

「まあ、大雑把にいうと、そういうことですな」

 

タツマキが笑って答える。

 

「貴殿は、この地を治める代官の江川殿ですな」

 

「はっ、江川三郎九郎と申します」

 

江川はそう言ってタツマキに頭を下げた。

 

実は、この時代の天領の代官というのは俸禄150俵前後の旗本としても最下層の武士が勤めていることが多く

 

身分的には御公儀の直参であり、伊賀の地で200石以上の「お役目料」を拝領し、将軍へのお目見え資格もあるタツマキの方が、この地の代官より上ではあるのだ。

 

なおカスミも、父であるタツマキのいる名張の本家とは別に、些少ながら「お役目料」を拝領している。

 

ハヤテは血車党との戦いにおいてはともかく

 

公的な名目は「名張のタツマキの客分」であり

 

ツムジはあくまでも「タツマキの見習い」のままである。

 

もっともハヤテはこうした交渉事はもともと苦手としており、その意味ではタツマキに随分助けられてもいる。

 

「まあ、江川殿、堅苦しいことはやめましょうや」

 

タツマキはそう前置きして、自分とカスミがここに来た理由、寺が悪党集団の血車党に利用され、拉致などの狼藉も行われていたこと、それらは自分たちがつい先ほど退治したこと

 

などの説明を行った。

 

「ううむ、面目ござらん」

 

江川は恐縮し、頭も下げっぱなしである。

 

下手をすれば代官である自分の落ち度にもなりかねない話だから当然とも言えるが。

 

「いや、わしらも各地をまわっておりますが、こういうところは少なくありませぬ」

 

タツマキは暗に江川の落ち度を咎めるつもりではないという意を含めて言った。

 

「手薄なるところを狙って暗躍するのが奴等のやり方ゆえ、ところで」

 

タツマキはここで用件を述べた。

 

「今宵、我らが宿泊する旅籠など、ご手配いただけぬものだろうか?」

 

そして馬上の千恵を指し

 

「事情あって疲労困憊しているものもいるゆえ、なんとかお願いしたいのでござるが‥‥」

 

「承知しました、この江川の方で直ぐに手配します。ただ‥‥」

 

そこで江川は気づいたように馬上の千恵について

 

「その女人は、この書状に御名前がないのですが、それは‥‥?」

 

と疑問を口にする。

 

実際、黒の忍び装束を着ている千恵は、どう見ても民間人には見えない。

 

「ああ、ここで偶々仲間と合流しましてな」

 

タツマキは動じる様子もない。

 

こういうところは強かである。

 

「そのお陰で、わしも、娘も危ういところを助けられましたので」

 

「そして、その馬上の千恵殿を早く休養させてあげたいというのもあるので、こうしてお願いしとるわけです」

 

これには馬上の千恵も目を丸くする。

 

その様子を見て釈然としない江川に対し、タツマキは

 

「ご心配なら、わしの方で後ほど書面で保証の文も書きますゆえ」

 

と答える。

 

「お父さん、私もそれには連署します」

 

とカスミが口を添えた。

 

「二名の連署があれば、後ほど御公儀に書面をかわす際にも良いように思います」

 

江川もひとまずは納得したようで

 

「わかりました、では、この江川三郎九郎の方で旅籠の方は手配させていただきます。書面の方は、その後にでも」

 

と答え

 

「おい、直ぐに旅籠の手配を」

 

と部下に命じる。

 

どうやら話も決まったようで、タツマキも

 

「江川殿、忝ない」

 

と、江川に向かって頭を下げた。

 

こうしてタツマキの交渉により、ハヤテ、カスミ、ツムジ、千恵の五人は今宵をこの地で過ごすこととなった。

 

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一行は、台所土間をハヤブサオーに乗ったままの千恵と共に進み、奥の厩に入る。

 

ここで千恵はハヤブサオーから降りるが、ハヤブサオーが「ヒヒン」と小さな声で鳴き、千恵にぐいぐいと顔を押し付けてきて愛情表現をする。

 

「まあ!」

 

千恵も、そんなハヤブサオーに対して愛しさを感じ、『彼』の顔を優しく撫でてあげる。

 

ハヤブサオーは嬉しそうに、再び「ヒヒン!」と鳴いた。

 

「おいおい、ハヤブサオー。随分と千恵さんのことが気に入ったみたいだな!」

 

とハヤテが笑った。

 

ハヤブサオーには以前、カスミもツムジも乗ったことがあるのだが、『彼』がここまでの愛情表現をしたことはない。

 

千恵はなおもハヤブサオーの顔を優しく撫でており、ハヤブサオーもそれに甘えているかのようだったが

 

「では、千恵殿、行きましょう」

 

とのタツマキの声に

 

「ごめんなさい、また後でね」

 

千恵は、まるで人間に声をかけるかのようにハヤブサオーにいうと、『彼』から手を離し、軽く会釈をする。

 

ハヤブサオーが名残惜しそうに千恵を見る。

 

『彼』の瞳には、確かに千恵に対する愛情があった。

 

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タツマキたちは江川の案内により、指定された宿に到着する。

 

このあたりで一番格式のある宿とのことで、既に宿の亭主にも事情は説明してあるとのことだった。

 

 

「では、こちらで」

 

江川の案内でタツマキたちは客室に入る。

 

室内はゆったりとした作りで、ここでゆっくりと休むことが出来るのは、さすがに有り難い。

 

「どれ、江川殿、落ち着いたところで、さっそく先に申し上げた書状など一筆書かせていただきましょう」

 

と、タツマキは声をかける。

 

「タツマキ殿、忝ない。これも必要なことゆえ」

 

と江川。

 

案内された客室から江川とその部下、タツマキとカスミがいったん退出し、中にはハヤテ、ツムジ、千恵の三人が残ることとなる。

 

ハヤテが千恵に言った。

 

「千恵さん、私とツムジで床の用意をしよう。貴女は直ぐに休んだ方がいい」

 

千恵は

 

「大丈夫です、床くらい自分で‥‥」

 

と返事をするが

 

ツムジが

 

「千恵お姉ちゃん、こんなところで意地はらないで、それより、ここは着替えも用意してくれるそうだから、おいらたちが床を用意している間に早く着替えて!」

 

と千恵にいう。

 

「ツムジさん、ありがとう」

 

千恵はツムジに対して、素直に頭を下げる。

 

そしてハヤテに対しても

 

「ハヤテさん、本当に手間ばかりかけてごめんなさい、今はお言葉に甘えます」

 

と、深々と頭を下げた。

 

「あまり気にしない方がいい、今の千恵さんには休養こそが必要だ」

 

とハヤテ。

 

「それよりも、ここで、それほどゆっくりするわけにもいかない、今は休養して、早く私たち全員で出発できるように体調を整えないと」

 

千恵はあらためて頭を下げる。

 

「じゃ、千恵お姉ちゃん、おいらたちは床の用意をしているから着替えてて」

 

とツムジが声をかけると、ハヤテと共に部屋から退出し、隣の部屋で千恵の床の用意をはじめた。

 

千恵は忍び装束から寝巻きへの着替えをはじめる。

 

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「ありがとうございます」

 

 

千恵はハヤテたちに礼を述べると、ハヤテたちが用意した床に入り、そのまま休む。

 

よほど疲れていたのか、それとも安心感からなのか、すぐに千恵は驚くほど早く、スヤスヤと寝ついてしまった。

 

「千恵お姉ちゃん、よっぽど疲れていたんだね」

 

その様子を見て、ツムジがポツリと言った。

 

 

ハヤテはそれを聞いて苦笑いする。

 

「考えたら千恵さんは、この四日間の間、私たちが作った、あのお粥しか食べていないんだし、体力も出ないだろう。少し眠ることで回復したら、食事の方も気を使ってあげないと」

 

「うん、そうだね」

 

とツムジ。

 

「今度はカスミ姉ちゃんもいるから、そこはおいらたちより上手に気を使ってくれるよ」

 

そこへちょうど、タツマキとカスミがこちらの部屋の方に入ってきた。

 

どうやら江川との交渉も終わり、一段落ついたということなのだろう。

 

「千恵殿は、もうお休みかな?」

 

とタツマキ。

 

「ああ、よほど疲れていたようだ」

 

とハヤテが答える。

 

「では、その間に千恵殿の今後について、わしらの方で、ある程度話を決めておくとしましょうか」

 

とタツマキ、そして

 

「勿論、最終的には千恵殿御本人のお気持ちが一番尊重されるべきじゃが‥」

 

とも付け加える。

 

「とりあえずは私と同じく、公儀の『血車党対策』として『タツマキの客分扱い』ということで上の方へ話を進めるということでいいのかな?」

 

とハヤテ。

 

「さよう」

 

タツマキは頷く。

 

「千恵殿が今後も血車党に命を狙われること、そして‥」

 

「人ならざる『毒蛾くノ一』に『変身』する能力をお持ちであること、これらは『今は変えようのない事実』!」

 

考えてみたら、けっこう重たい話である。

 

少なくとも千恵は普通に一般人として生きていくのは限りなく難しい状況にある。

 

「ならば、当面はハヤテ殿と同様の立場から、我々御公儀直属の伊賀同心に協力いただくという方向性で話を進めるのが最も良いように思うのでな‥‥」

 

ここでタツマキは伊賀忍ではなく、あえて伊賀同心という言葉を使った。

 

伊賀同心、つまり伊賀百人組は江戸の将軍家を護衛し、江戸市中を警備する伊賀忍者出身者で構成された技能集団である。

 

タツマキが千恵の今後について考えているのは、その同心組への与力ということであった。

 

大阪の陣終息後、天下は御公儀の治世により急速に安定の方向に向かってはいるものの

 

まだまだ「徳川の天下」に対する反発も少なからずあり、現に血車党のような存在が世を騒がしている。

 

それを考えれば、むしろ千恵の『化身忍者としての能力を生かす』ことにより、彼女の活躍の場を見いだすのは悪い話ではない、と少なくともタツマキは考えていた。

 

ここでツムジが口を挟む。

 

「おいら、千恵お姉ちゃんから、血車党に入るまでの身の上話を聞いたんだ、千恵お姉ちゃんの今後を考えるんだったら」

 

そこでツムジはいったん言葉を切ると、真剣な表情となり

 

「親父やハヤテさん、カスミ姉ちゃんにも、それを聞いてほしいんだ!」

 

と言った。

 

「ツムジ」

 

タツマキが、ツムジにきつい表情を向ける。

 

「千恵殿に断りなく、お前の一存で、それを話すのか?」

 

ツムジはハッとした。

 

「おそらくツムジが千恵さんから直接聞いている話もあるんだろうとは思う。だか」

 

ハヤテも言った。

 

「それは千恵さんが自分から話すまで、少なくとも私は待つつもりだ」

 

タツマキが続ける。

 

「今はわしらがどのように思っているの千恵殿に伝える、その内容だけでよい。千恵殿が回復し、起きたところで」

 

そこでタツマキは、ハヤテ、ツムジ、カスミの顔を順々に見ると

 

「あらためて千恵殿と話しましょうや」

 

と締め括った。

 

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その晩は、千恵が起きてくるのを待ち、その上で、皆で宿の用意してくれた、やや遅めの夕餉を楽しんだ。

 

千恵のために、わざわざ特別に、栄養があり、消化にもよい専用の雑炊まで準備されている。

 

千恵は心の中で

 

『これは夢ではなかろうか‥‥』

 

と呟く。

 

それまでの自分は、このような幸福な気持ちに包まれたことなどなかった。

 

苦難の連続だった。

 

両親が亡くなり、まだ幼い大助と共に在所を出ていかざるを得なかった時から

 

唯一の肉親である大助の死

 

仕官の道もなく放浪の末、もはや『苦界に沈む』とわかっていながら遊女屋に自ら身売りする他ないとまで思い詰めた時、唯一手を差しのべてくれた血車党の誘い

 

血車党で地位を得たいばかりに、化身忍者になることを自ら志願し

 

その為に手段を選ばず、今、ここにいるハヤテ、タツマキ、カスミ、そして誰よりもツムジには決して聞かれたくない、知られたくないようなことさえした自分‥

 

あざみが自分のことを激しく憎んだのは当然だろう、とさえ思う。

 

そう、それだけは

 

ここにいる皆にだけは知られたくない‥‥

 

「千恵殿」

 

タツマキに声をかけられ、千恵はハッと我に返る。

 

「は、はい‥」

 

慌てて千恵は返事をした。

 

「これを機に、千恵殿の今後について、わしらなりに考えてみたんじゃが、千恵殿ご自身の希望もあると思うゆえ、まずは話だけでも聞いてくださらんかな?」

 

千恵は少し思案し

 

「わかりました」

 

とだけ答える。

 

タツマキは説明をはじめる。

 

「まず実際のところ、千恵殿が今後も血車党からお命を狙われ続けるだろうこと、千恵殿が化身忍者に変わる能力を持ち続けること、これらは今後も変わらないと思うし、それならそれで」

 

タツマキは千恵の目を見ながら、慎重に言った。

 

「ここはいっそ、千恵殿の方でも。むしろ我ら伊賀忍に与力し、共に血車党と戦った方がいいように思うのじゃが、いかがなものかな?」

 

当然の理屈のようにも思える。

 

だが、千恵はこう答えた。

 

「ご承知のことと思いますけど、私は血車党の化身忍者である毒蛾くノ一として、血車党に囚われていた多くの無辜の人たちを、『狂い毒粉』の実験台として殺していますし、その事実は消えません」

 

千恵はそう答えてから、タツマキ、ハヤテ、ツムジ、カスミをそれぞれ見た。

 

「その時、九死に一生を得て二人逃げ延びた方がいますけど、その人たちから見れば、私は今だって恐怖と嫌悪の対象でしょう。そんな私が‥」

 

「その罪を不問にして、私が人々のために働くということができるのでしょうか?‥‥」

 

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ここでハヤテが

 

「失礼、横から口出しするが、許してほしい」

 

と口を挟んだ。

 

「なるほど、千恵さんのその罪は確かに消えないとは、私も思う。ただ、そうであるなら、なおのこと」

 

ハヤテは、ほんの数日前、魔神斎によって地割れの中に落とされ、地獄の業火に焼かれる寸前だった千恵を、本当に間一髪で救いだしたことを思い出しながら言った。

 

「では聞くが、その罪は千恵さんが魔神斎によって残虐な方法で処刑されることで消えてなくなるものなのか?」

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

 

千恵は言葉に詰まった。

 

「私はそうは考えない」

 

とハヤテは続ける。

 

「私自身、父が残した化身忍者を生み出すための秘術が、今の血車党を変えてしまった罪を背負っている。いや、父鬼十自身が、その罪故に、私を『変身忍者』に変え、私自身もそれを望んだ!」

 

ここでハヤテは千恵に向けて微笑んだ。

 

「だから千恵さんも、もし、自らの罪を思うのであれば、むしろ、それを背負って、私たちと共に血車党と戦ってほしい。血車党の所業によって、これ以上多くの人たちが苦しまないようにするためにも」

 

そしてハヤテは千恵を促す。

 

「どうだろうか?」

 

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千恵は決心して、話をはじめた。

 

「ツムジさんは、もうご存じですけど‥‥」

 

 

「私は元々の血車忍者ではありませんでした。父と母は真田忍者として、大阪の陣の時には真田幸村様のもと、大阪城の豊臣家を守るために戦ったもので、いわば徳川家にとっては敵にあたるものの筋目です。父も、母も、徳川方の武士たちを随分苦しめたと聞いています」

 

「おそらく、ですけど、私と弟の大助が郷里の真田を逐われたのも、その関係ゆえ‥‥」

 

千恵はタツマキとハヤテを見つめる。

 

「そんな私が、例え口添えをいただいたところで、徳川家の方で不問にしてくれるとは、私には思えません‥‥」

 

千恵はそこで、少しもじもじすると

 

「私は、ここにいらっしゃる皆さんのことが大好きです!!」

 

キッパリと言い切った。

 

「だからこそ、私のことで、これ以上、皆さんにご迷惑をおかけするわけにはいきません。やはり、私はハヤテさんと同じようなわけにはいかないんです!」

 

千恵の苦悩を聞いたタツマキが重々しく口を開いた。

 

「千恵殿、ご心配には及びませぬ」

 

 

「えっ!?」

 

と千恵。

 

 

タツマキはあらためて千恵を見る。

 

「なるほど、では、千恵殿は、やはり蛍殿のお子でござったか、道理で面差しが似ていらっしゃる」

 

 

「母をご存じなんですか?」

 

千恵は吃驚して、思わずタツマキをまじまじと見てしまった。

 

「わしも徳川の一員として、大阪の陣には参加しておりましたぞ!」

 

とタツマキ。

 

「それどころか、その前の関ヶ原で行われた東西の天下分け目の合戦にも、このタツマキ、参加し、大いにはたらいておりますぞ、当時のわしは、まだ今のカスミと同じくらいの若僧でしたが」

 

千恵は、目の前のタツマキが、その当時からの歴戦の勇士であることを知った。

 

「まあ、わしは今の上様(徳川秀忠)のお付きとして上田合戦の方に参加しており、関ヶ原の合戦には間に合いませんでしたけどな」

 

タツマキは当時を思い出しながら苦笑する。

 

「当時の真田家の主、真田昌幸殿の配下で真田忍者の佐助殿、蛍殿とは、その当時から大阪の陣までの間、何度となくやり合った仲ですぞ」

 

「あえて言いますと、当時のお二人と、伊賀忍のわしは二十年以上にわたり、敵味方に分かれて殺し合いをした仲ですわい」

 

千恵は愕然とする。

 

「ですが、わしは今でも、当時のわしら伊賀忍を苦しめ続けた佐助殿、蛍殿のことを」

 

「一人の忍者として尊敬しております。いけませんかな?」

 

タツマキはなんでもなかったかのように淡々と話を続けた。

 

「だが、千恵殿から見れば、わしは確かに徳川の手下として『親の仇』ということになるのかも知れませぬし」

 

そこでタツマキはカスミとツムジを指して

 

「元々は血車忍者だったハヤテ殿はともかく」

 

「ここにいるカスミもツムジも、千恵殿にとっては『親の仇』の眷属ということにもなるわけですが」

 

そこでタツマキは、あえて問いかけた。

 

「千恵殿は本当にそのようにお考えですかな?」

 

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「いいえ」

 

千恵は当然のように首を横に振った。

 

「当時のタツマキさんは伊賀忍者としてお役目に忠実だっただけ」

 

「そんなことを言ったら、私は当時の徳川家に従った全ての武士を仇とせねばならなくなります」

 

「まして、私の父や母を尊敬してくださるとおっしゃってくださっていらっしゃいます、そのような方を、どうして私が仇と思うことが出来るでしょう?」

 

そして千恵はあらためてタツマキを見る。

 

「私が言っているのは、徳川家の方で」

 

「敵方だった真田忍者の子であり、しかも、その後には血車党の化身忍者として、天下の転覆のために動こうとした女を受け入れることが出来るとは思えないということです」

 

 

「ああ、千恵殿、それであれば問題はありませぬぞ」

 

タツマキがあっさりと答えた。

 

「今の御公儀は、そこまで度量は狭くありませぬゆえ。これはわしにも十分勝算あってのこと。この件についてはわしの方で責任は持ちますゆえ、千恵殿としても」

 

「まずは江戸に来てくださらぬかな?」

 

千恵はタツマキの自信に圧倒されている自分を感じていた。

 

ここでカスミが

 

「千恵さん」

 

と口を挟む。

 

「私は縁あって、今の上様と直接お会いしたことがあります。その上で、ですけど‥‥」

 

千恵は今度はカスミを見る。

 

「今の上様は戦乱の世を終わらせ、民が少なくとも百年の間、戦禍に苦しむこともなく、安心して暮らせてる世の中を実現したいと考えていらっしゃいます」

 

カスミの言葉に、千恵は

 

「百年‥‥」

 

と、思わず目を回しそうになった。

 

仮に血車党が天下を覆してみたところで、そのような平和が実現できるとは到底、思われない。

 

いや、むしろ逆に戦禍と阿鼻叫喚こそが血車党の望むところではなかったか?

 

「千恵さんが御公儀に対して、むしろ敵意のようなものをお持ちなのは分かるように思います。でも、それはいったん忘れて」

 

その年齢には不相応にカスミは大人びた発言をする。

 

「なんなら、血車党の問題がなくなるまで御公儀を利用するつもりになっても構わないと思います。その後で、またあらためて考えても遅くないと思います」

 

千恵は考え込んだ。

 

「少し、考えるお時間をください‥‥」

 

ここで今度はツムジ。

 

「じゃ、その考えている時間の間に一緒に江戸へ向かおうよ」

 

そして、千恵を見て笑った。

 

本当にツムジの笑顔は可愛らしい。

 

「江戸へいくまでの間、時間もあるし、そのうちには考えもいい方向にまとまると思う」

 

「千恵お姉ちゃんは考えすぎ、とにかく、今はおいらたちと江戸へ行こうよ!」

 

タツマキがまとめに入る。

 

「いずれにしても、ここに何日も滞在するわけにもまいりませぬ、せいぜい二、三日がいいところ。また、その間に血車党の方でも、どんな動きを見せるかわかりませぬゆえ」

 

「結論は出さずとも、今は我々と共に江戸へ向かってくださらぬかな?」

 

千恵は少し考えて、決心した。

 

「わかりました、そうさせてください」

 

どのみち、今の自分には他に行くようなところもないのだ。

 

「よし、それで決まった!」

 

とハヤテ。

 

「明日か、明後日くらいには出発しよう」

 

タツマキも

 

「ここが片付いたら千恵さんは、先にカスミと風呂に入っていただけますかな?、わしらは後で構いませぬゆえ」

 

と言い

 

「カスミも、それでよいな」

 

とカスミの方を振り替える。

 

「まあ、嬉しい」

 

とカスミ。

 

「じゃ、千恵さんと一緒に、先にお風呂に入りまーす」

 

千恵は、そんなカスミにあっけにとられる。

 

というわけで、千恵とカスミは女同士、先に入浴することとなった。

 

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カスミが風呂場の扉を開けると、白い湯気が体を暖めてくれるのを、やはり肌で感じる。

 

さっそく千恵と二人でお風呂場に入った。

 

が、カスミは立ち止まると

 

「どっこらしょっと‥」

 

その自慢の長い黒髪を、強引に上にまとめあげる。

 

「女の子って、こういう時面倒よね」

 

カスミは千恵に同意を求める。

 

長い黒髪を上にまとめずに、そのまま湯船につかってしまうと、髪の毛が水分を吸うことでうねってしまい、肌にくっつき、とても面倒なことになってしまうからだ。

 

髪は後から、湯船の外で洗うようにするしかない。

 

でなければ、髪が散らばり、後からお風呂に入るハヤテさんや、お父さん、ツムジたちにも迷惑がかかることにもなる。

 

だからカスミは本当は後からお風呂に入る方が気が楽だった。

 

今回は千恵を早く休ませてあげたいという配慮から、先にお風呂に入りなさいということなのだろうけど‥‥

 

男たちには、やっぱり、この苦労は分からないだろうな‥

 

「私は髪は総髪で、後ろに一つにまとめて垂らしてるから、まだカスミさんに比べたら楽ですよ」

 

千恵が微笑む。

 

カスミのそんな様子を見て、やっぱり年相応の女の子なんだなと思いながら。

 

一方でカスミは、千恵をあらためて見てしまう。

 

豊かな乳房には丸みがあり、それに反して整った腰回り、お尻のあたりから厚みも出て、同性の自分から見ても、千恵の肢体は綺麗に整っており、羨ましささえ感じてしまう。

 

その姿は、どこから見ても人間の女性のものであり、とても彼女が『毒蛾くノ一』という巨大な蛾の怪物のような姿をした化身忍者に変身してしまうというのが、この目で実際に見ているにもかかわらず、信じられない。

 

一方でカスミは、つい、まだ豊かとは言えない自分の乳房と見比べてしまう。

 

『私だって、あと何年かすれば‥‥』

 

思わず千恵に対する対抗心が出てくるカスミではあった。

 

「カスミさん、どうかしたの?」

 

千恵が不思議に思ったのか、カスミに声をかける。

 

「ううん、なんでもないから」

 

カスミはそう答えた。

 

二人は簡単に体を洗うと、そのまま湯船に入る。

 

「ああ、やっぱりいいお風呂よねー」

 

とカスミが寛ぐのを見て、千恵がまた微笑んだ。

 

「私、こんな大きなお風呂に入ったのは生まれてはじめてなんですよ」

 

と千恵。

 

「私たちだって、そんなに、こんな上等なお風呂に入る機会があるわけじゃないわ」

 

とカスミが口を尖らせる、

 

「お風呂なんか、何日も入れないときもあるし、着替えなんてないのが当たり前、忍び装束のまま寝るなんて、特にお役目の時はしょっちゅうよ!」

 

「まあ!」

 

千恵が笑った。

 

「なんだが安心しました。私が大助と信州に住んでいた時は、本当にお風呂なんて、滅多に入ることなんか出来ませんでしたし‥‥」

 

「千恵さんはお風呂に入る機会は少なかったの?」

 

とカスミが尋ねる。

 

「信州にいた頃は、山の中に獣たちが入る自然の温泉があり、そこに何日かに一回くらい、大助と一緒に入りました。でも、熊がやって来ることもあって、慌てて出たり‥‥」

 

千恵は笑った。

 

今だから、こうやって笑うことも出来る。

 

「大助が亡くなってからは、まず上田城下の町に出て、最初は忍者の雇い口を探しました。けれども、そのようなものはなく、放浪しました。本当にお風呂どころではありませんでした」

 

千恵にとっては辛い時期の記憶だが、少しだけ懐かしさも感じる。

 

「町中で座り込んで物乞いをしていたこともありますよ」

 

千恵はごく普通に言ったが、カスミはショックを受けた。

 

自分は恵まれた環境で育ってきたんだ‥‥

 

今まで、そのようなことは考えてもみなかった。

 

「どうせなら遊女屋に身売りをした方がましかと思っていたとき、私の目の前に、なぜか骸骨丸が『冥府の使者』と名乗って姿を現しました」

 

カスミは

 

「骸骨丸が?」

 

と千恵に問い返す。

 

「ええ、彼は私の両親が真田忍者として勇名をはせていたことを、なぜか知っていました。そして彼は私に対して」

 

「現世への復讐をしたいか?」

 

と問うてきました。

 

「私は『はい』と答え、結果として血車党に入ることになりました」

 

カスミは思わず、湯船の中の千恵の両手をぐっと握りしめた。

 

「カスミさん、どうしたの?」

 

千恵が驚く。

 

「千恵さん、これからは絶対に幸せになろうね!」

 

カスミは泣いていたのだ。

 

涙が止まらなかった。

 

千恵は、そんなカスミを柔らかく抱き締めた。

 

「ありがとう、カスミさん」

 

やはりカスミは年相応の多感な女の子である。

 

その優しい心のうちを千恵は実感した。

 

「早くお風呂から出ないとハヤテさんたちも心配するわ、また別なときにお話ししましょう」

 

と、カスミを抱き締めながら、千恵はいう。

 

「ええ‥‥」

 

カスミはそのように答えた。

 

千恵さんは化身忍者である前に、まず豊かな心を持つ『人』なんだ。

 

それを実感しながら。

 

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さて、千恵とカスミがお風呂に入ったところで、タツマキとハヤテ、ツムジが、先に聞いた千恵の話について、再確認を含めて話をしていた。

 

ツムジは先ほどの千恵の話を踏まえ、先に自分が聞いていた彼女の身の上話について、あらためて説明をする。

 

その中には千恵が弟である大助と共に郷里を逐われたという話、大助の死後に千恵が上田の町へ出たものの、仕官の道もなく、生活は困難を極めたこと

 

城下町の中心であるはずの上田の城は破壊されており

 

『ああ、戦に負けるというのはこういうことなんだ!』

 

と千恵が実感させられた

 

などの話も含まれていた。

 

それを聞いたハヤテの方から

 

「先ほどの千恵さんが弟の大助くんと共に郷里の真田を逐われたという話だが、タツマキの方で、何か心当たりがあるんじゃないのか?」

 

と、タツマキに質問する。

 

「ううむ‥‥」

 

タツマキは腕を組む。

 

「ハヤテ殿も既にご存じの通り、御公儀の方針としては、いわば直属の忍軍というべき我ら伊賀忍で忍者たちの一本化をはかり、それまで地方ごとに力を持っていた各地の忍軍は基本的に解散、帰農させるということで方針は決まっておる」

 

「それにより上杉、伊達、最上、毛利といった有力大名の伝統ある忍軍も解散させられているし、風魔、飛騨、尾張饗談、雑賀、根來、尼子鉢屋衆といった各地の有力忍軍も順次、解散、帰農の方向で話は進められておる。例外は我ら伊賀と古くから友好関係のあった甲賀の一部と、御公儀もうっかり手出しできない薩摩くらいかの‥」

 

そしてタツマキは、ハヤテの顔を見ながら

 

「それは真田忍軍も勿論そうだし、さらに言えば血車党もそうなるはずだった」

 

と言う。

 

これは、暗にハヤテに

 

『今さら血車の郷に戻るのはおよしなされ』

 

と言っているようなものである。

 

無論、タツマキは父親として娘であるカスミのハヤテに寄せる気持ちを知っていた。

 

ハヤテ自身も、恐らくは気づいているはずなのだが‥‥

 

そのハヤテは、以前からタツマキには

 

今の血車党を支配する魔神斎、骸骨丸といった邪悪な野心を持つ上層部が打倒され、血車の郷に平和が戻るなら、いずれはそこに帰りたいという希望を述べていた。

 

何だかんだいってもハヤテには生まれ育った血車の郷に対する愛着はあり、そこで平和に暮らすことが出来るなら、という想いもあるのだ。

 

が、ハヤテは、タツマキの暗黙の意を知りながら

 

「血車の郷についてなら、私はゆくゆくは帰農してもいいと思っている。まあ、今や人ならざる身でそれを望んでいいのかは分からないが」

 

と述べたあと

 

「が、今はその話をしているわけじゃない、千恵さんたち姉弟の件についてだ」

 

と、あらためてタツマキに釘をさす。

 

「ハヤテ殿、すまんの」

 

一応、タツマキはそのように答えると

 

「真田の忍軍については、大阪夏の陣が終わった直後から、御公儀より真田家当主の信幸殿に解散すべしとの『要望』が出されておる。まあ、実質は命令じゃな。何しろ先代昌幸殿ゆかりの上田のお城も取り壊しを命じられ、信幸殿は随分難儀したと、わしですら聞いておる」

 

「だから千恵殿が忍者仕官の口を上田で探したとしても、それはあるはずもない。真田家のみならず、御家中のしかるべきものであっても、今さら御公儀に逆らってまで忍者を雇うわけにもいかないのでな。しかも」

 

そしてタツマキは口に人差し指をたて

 

「真田家は近々、上田から、同じ信州ではあるものの、松代の地に国替えも決まっておる。既にその準備も始まっているはず」

 

と言った。

 

「だから千恵殿の話について、今さら当時の状況がどうだったのかを確認するのは難しい。ただ」

 

「ただ?」

 

ハヤテとツムジが異口同音に聞き返す。

 

タツマキは

 

「御公儀が真田家に命じたのは忍軍の解散までであって、例えば佐助殿、蛍殿といった特定個人の追及まではしておらんはずだし、その理由もない」

 

と自身の考えを述べた。

 

「恐らくは、まだ年少であった千恵殿姉弟を騙し、御公儀の名を借りて、佐助殿、蛍殿の残した財産を横領したものがいるか」

 

「あるいは、千恵殿に御公儀への敵意を煽るために、そのような嘘を何らかの理由で吹き込んだものがいる。それは血車党かもしれない」

 

ハヤテは腕を組みながら

 

「恐らくは、その両方のような気がする。いずれにしても千恵さんがご両親から相続できるはずだった財産を横領したものはいるはずだし、千恵さんに対して、公儀への敵意を煽ったものも間違いなくいる。たとしたら千恵さんの『誤解』をとく必要はありそうだ」

 

と自分の考えを延べた。

 

「まあ、千恵殿も江戸に行くことは承知してくれましたのでな」

 

とタツマキ。

 

そして彼は

 

「そろそろ千恵殿とカスミも風呂から出る頃合い、我々も風呂に入る準備でもしましょうかな」

 

と笑った。

 

「千恵お姉ちゃんの、ご両親から相続できるはずだった財産って、御公儀の力で取り返せるの?」

 

とツムジが聞く。

 

「これ、ツムジ!」

 

とタツマキが息子を嗜めた。

 

「まだ、そう決まったわけでもない、それよりも、これから江戸に行くまでに、まず、わしらの方から千恵殿の御公儀への『誤解』を少しずつ解いていかねばの」

 

「ちえっ!、せっかく千恵お姉ちゃんにとっていい話だと思ったのに」

 

ツムジが舌打ちする。

 

そこへ

 

「お父さんたち、次どうぞ!」

 

というカスミの元気な声が聞こえてくる。

 

ハヤテ、タツマキ、ツムジの三人は入浴の準備をはじめた。

 

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