変身忍者嵐より 千恵(毒蛾くノ一)の異なる未来 作:shpfive03
馬上のハヤテを含む千恵たち五人は東海道を歩きながら、まずは箱根の関所を目指していた。
タツマキもツムジも、普段の忍び装束は下に着込んでいるものの、今は菅笠、紋付羽織、野袴、手甲、脚絆、足袋、草履履きという旅姿で、刀にも柄袋をかけていた。
馬上のハヤテだけは普段とそれほど変わらない服装ながら、一応それでも菅笠は被っている。
千恵とカスミも菅笠をかぶり、手甲に脚絆、結わいつけ草履に杖、着物の裾をたくし上げ、その上に埃よけとして大きめの浴衣を着て腰ひもで締めている。
勿論、二人とも忍び装束は下に着込んでいるのだが。
それにしても‥‥
千恵にとっては、こんな格好をしながら長い距離を一日に歩くのは生まれてはじめての経験だった。
「千恵殿、だいぶお疲れのようじゃの」
とタツマキが、またも気遣いながら声をかける。
少しふうふうと息があがっている千恵は、それでも気丈に
「いえ、大丈夫です」
と、何回目かの同じ返事をした。
正直、千恵は一日の間にこんなに長い距離を歩いたことはない。
千恵たちがいた宿場町から箱根の関所までの距離は、およそ9里ほど。
女性でも旅の時には1日10里は歩くのは珍しくないとはいうものの
やはり、それまで一日のうちに長い距離を歩いたことがない千恵には、この初日は少々きつかったようだ。
それにしても‥‥
タツマキはともかく、自分より年少のカスミやツムジが疲れた様子もなく、普通に歩いているのを見ると、千恵は少し気恥ずかしさをおぼえてしまう。
自分は化身忍者で、体力も十分あるはずなのに‥
あらためて「転移の術」の便利さを身にしみて感じる千恵だった。
いや、せめて毒蛾くノ一の姿になって空を飛んでいくのでもいい。
が、意地っ張りな千恵は、途中で気遣ったハヤテが二度ほどハヤブサオーから降りて自分と交代しようとしたのを
「私は大丈夫です、このまま歩かせてください!」
と断っている。
ハヤブサオーに乗って先の宿場町に駆けつけたハヤテが、帰りもハヤブサオーに乗っていくのは、まあ、自然の成り行きではあるのだが
タツマキたちが普通に歩いているのに、自分だけが特別にハヤテに交代してもらってハヤブサオーに乗せてもらうというのは、千恵の自尊心が許さなかった。
同じ女性で、しかも自分より年少のカスミが普通に歩いているのに‥
当のハヤブサオーは千恵の様子を気にして、しばしば軽くヒヒンと鳴きながら彼女の方を見ていたのだが。
とはいえ
間もなく東西の交通路を結ぶ東海道の要所、箱根の関所に、そろそろつく頃合いである。
この箱根関所の通り抜けは明け6つから暮れ6つまでの昼間のみ間のみと決まっており、夜間通行は禁じられていた。
血車党にいた頃の自分だったら、そんな決まりごとなんか、知っていても気にさえしなかっただろうな‥‥
などということも千恵は考えたりもする。
「もうひと頑張りさえすれば、箱根の宿場町。今宵はここで泊まることとしましょう」
とタツマキが言った。
「そうたな」
と馬上のハヤテが答える。
が、その後に
「ただ、私はこの先の早川城下が気になるんだ。様子を見に行きたい」
と付け加える。
「ハヤブサオーがいれば、私の方は先に早川の城下までまで行ける。今晩は先に行かせてくれないか?」
「わかりもうした」
とタツマキ。
「我らは箱根の宿場町で泊まるゆえ、明日、あらためて合流しましょうぞ」
その返事をきいてハヤテは
「うん、私はそれまでの間に早川城下の様子を確認してくる。根拠はないんだが、とうも嫌な予感がするんだ」
と答え
「というわけで、私は早めに行かせてもらう、明日、また合流しよう」
と皆に声をかけると、そのまま返事を待つこともなく、直ぐにハヤブサオーを走らせ、そのまま、先に箱根の関所へと向かった。
千恵は自分が足手まといになっているのかと感じ
「ハヤテさんだけ、先にいかずとも、早川までもう少しなら皆で行けば‥」
とタツマキに言う。
暗に自分がいるせいで皆の足を引っ張っているのかと聞きたかった。
ハヤテが意地を張りながら歩き続ける千恵のことを気にしていたのを、勿論、当の千恵だって気づいている。
が、タツマキではなく、カスミが千恵に対して
「千恵さん、ハヤテさんはいつもああだから気にしないで」
と声をかける。
「もともと、思い立ったら、即、行動するのがハヤテさんのやり方だから。それとハヤテさんならずとも、私だって早川の城下が気になっているのは同じ」
カスミは千恵に自分の考えを述べた。
「もし、血車党が私たちを待ち伏せするとしたら、道順からいっても、それは、この箱根か、早川城下のどちらかか、またはその両方になるはず」
それは、確かにそうだろう。
千恵は頷く。
「しかも、どちらも早川城を預かる譜代大名、阿部正嗣様の管轄です」
早川藩主である阿部正嗣は、先の大阪の陣でも大功をたてて、それまでの大久保家に代わって相州南部の早川を任され、ゆくゆくは老中にという声もある人物であった。
その早川藩は、御公儀の委託により、今は箱根の関所の管理も任されており
仮に血車党が早川藩を完全に押さえれば、箱根の関所をも押さえてしまうことになりかねない。
御公儀にとっては国の東西を結ぶ交通の要衞を血車党などに押さえられてしまっては一大事である。
「その意味で、今晩私たちが、この箱根の宿場町に泊まることで、ここが、まだ安全な場所であるかどうかを確かめるのは、それだけでも意味はあることです。とは言え、早川の城下町がどんな様子なのかを早めに知っておくのは、それはそれで必要なこと」
カスミのもっともらしい説明に、千恵は頷くばかり。
我が娘ながら、一体誰に似たのやら‥‥
思わずタツマキは心の中で苦笑いしていた。
恐らくハヤテはそんなことまで考えた上で先に行ったわけではないだろうことを、勿論、ハヤテを知るタツマキは理解しているし、これはカスミだってそうだろう。
ハヤテは千恵の様子を見て、彼女を早めに休ませてあげたいと思って単独行動に出たに決まっている。
が、タツマキもそんなことは口には出さずに
「まあ、そんなわけで千恵殿も、今晩は箱根で泊まることでよろしいかな?」
と千恵の方を振り返る。
「わかりました」
と千恵も言うほかなかった。
そんなわけでハヤテとハヤブサオーが先にいなくなった一行が、箱根の関所の前に到着したのは、そこから、さらに歩いてのことだった。
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現在の箱根の関所は割合最近に出来たものであり、さすがに天下の要衞だけあって、徳川の威信をかけたのか、建物も非常に立派な作りであった。
東北方向には屏風山があり、西南には芦ノ湖、中央が東海道で、両側には広い空き地がある。
既にハヤテは、ここを問題なく通り抜けたということなのだろう、関所の方は通常通り業務を行っていた。
タツマキが説明する。
「箱根の関所は、江戸から出て、ここから西の方へ往くものの検閲は厳しいが、わしらのように西から江戸に入るものに対しては、それほどは厳しくもない。ましてや我らには御公儀による手形の証文もあるし、ここを通るのは、さほどの問題もなかろう」
タツマキと同じ内容の手形による証文は、先に行ったハヤテも、そしてカスミ、ツムジも持っている。
ただ、千恵だけが先の宿場町で代官の江川が用意してくれた『途中手形』を持っているだけではあるのだが‥‥
順番を待ち、タツマキたち三人は無事に通行を認められたが、千恵だけは呼び止められた。
「大変申し訳ないが、所持品等、あらためさせていただきたい」
と関所の役人。
「その者は我々の連れでござる」
とタツマキが役人に声をかけた。
「問題はなきこと、豆州田方の代官江川殿による証文にもある通り、通してもらえんかの?」
タツマキとしては、千恵が旅装の下に着込んでいる忍び装束について根掘り葉掘り追求されるのは面倒なので、出来れば避けたかった。
更に悪いことには、千恵が着込んでいる忍び装束は血車党当時のものであり、伊賀忍の正規装束のものではない。
カスミやツムジの着ている個性的な忍び装束にも、伊賀忍であることを示す紋様が入っているのだが、千恵の忍び装束には、当然そのようなものはない。
そこをつつかれたらややこしいことにもなりかねない。
すると、そこに
「タツマキ殿ですな」
と、この関所の責任者と思われる武士が姿を現した。
「いかにも」
タツマキが答える。
「実は早川の方から、このような手配書がまわってきているのですよ」
言いながら、その武士は「人相書き」をタツマキに見せた。
その人相書きには
ここ数日、早川城下を騒がすお尋ね者として
千恵の名前と、その人相が書かれていたのだ。
「バカな!」
タツマキが思わず声をあげる。
「千恵殿は、豆州田方より、ずっとわしらと一緒でしたぞ、向こうを出立したのも今朝になってからで、今、ここに着いたばかり、それで、どうやったら、ここ数日もの間に早川城下を騒がせることが出来るというのか?」
当然の理屈である。
「タツマキ殿、我らも実はそう思うのだが」
困ったように、その武士は渋面を浮かべる。
「何しろ、これは早川城下からの正式な要請ゆえ、我らとしても無下にはできないのでしてな。さて、どうしたものか‥‥」
「血車党の罠だわ!」
カスミが声をあげる。
だとすれば、早川城下の方にも、もう血車党の何らかの手がまわっているということになる。
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「お役人さん」
ツムジがここで声をかける。
「逆に、早川からの正式な要請があるのに千恵お姉ちゃんを直ぐに引っ捕らえないのは、お役人さん自身、何か引っかかってるということ?」
その武士は、あらためてツムジの方を見た。
「失礼した、わしはここの関所の責任を預かる柴田平右衛門と申すもの。ツムジ殿、まだ少年なのに鋭いお方ですな!」
柴田は率直に言った。
「この女人は別として」
と柴田は千恵を指差すと
「先にここを通って早川に入ったハヤテ殿という方を含めて、皆さんの証文が間違いなく御公儀によるものであること、役人の端くれであるわしには十分理解できます。あれは容易く偽造できるものではござりませぬゆえ」
と率直に思うところを述べる。
そして
「実は、この手配書以外にも、別な手配書がまわってきているのですよ」
と言い、柴田は別な手配書を出した。
そこには
御公儀を騙る曲者四人が、偽の書状により関所を通らんとする企みあり、阻止されるべし
と書かれていたのだ。
「一応、これは早川藩家老であり、早川城を預かる阿部正嗣様の御一族でもあらせられる阿部正成様からの正式な書面、我らとしても、これは本来なら無視できぬところ。されど‥」
「されど?」
タツマキが聞き返す。
「現在、早川城下には不穏な噂があり、正成殿には何かが取り憑いたという話が、この関所にまで届いているのでござるよ。家中のしかるべきものから、そうした話もいただいているところ」
タツマキはちょっと驚いた。
「実はその旨を、先に通ったハヤテ殿にも、あえて、わしの方からお伝えしたところでござる」
御公儀からの書状の方を信用したと言ってしまえばそれまでだが、この柴田という武士は随分思いきったことをするものである。
「わしも、この関所の責任を預かる身、人を見る目くらいは相応にあるつもりでござる。それに、仮に正成殿から問責されたとしても、御公儀による証文は完璧であり、通行には問題ないと判断したと言えばすむこと。証文の真贋くらい見抜けぬ我らではない!」
柴田はそう言い切った後で
「だが、そこの千恵殿が持つ『途中手形』には、そこまでの証明力はない。とするなら、我らとしても何もせぬわけにもいかぬのですよ」
と苦渋を浮かべながら、タツマキに言う。
「話はわかりもうした」
タツマキが思慮の末、返事をする。
「確かに千恵殿は事情により手形をなくされ、豆州田方の江川殿により『途中手形』を発行していただくこととなったわけですが、あえて柴田殿にお尋ねする」
そう言ってタツマキは柴田の目を見る。
「いやしくも豆州田方を預かる代官の江川殿が、そのようないい加減な気持ちでこのような『途中手形』を発行したとお思いか?」
「ううむ‥‥」
柴田は言葉に詰まる。
タツマキはさらに
「我らは御公儀からの特命で動く隠密ゆえ、率直に申し上げると、関所で見つかったことにされると困るものものも所持している場合もありまする。そこで」
タツマキは、かつて江川にしたのと同じ提案を柴田にもすることにした。
「ここは、わしと、娘のカスミとで『千恵殿の身を保証する証文』を書かせていただくこととする、それでこの場は免じていただけませんかな?」
そう言った後でタツマキは、後ろにいるカスミにも言った。
「カスミもそれでよいな?」
カスミは
「はい、お父様」
と返事をする、そして
「柴田さま、私も上様と直接の御面識をいただき、ご意見を言わせてもらったこともある身です。仮に御家老の正成様の方で問題視することがあったとしても」
と柴田の方にも視線を向ける。
「後日、私と、父タツマキの証文を御公儀にご照会いただければ、正成様としても柴田様に対する問責はなされないと思います。そうでないなら」
カスミは少女らしくないパッタリをいった。
「それは御公儀に対する不信であるとして、御公儀の方から早川阿部家に申し立てることもあるかもしれません」
これに参ったのか、柴田は
「わかり申した、ここはわしの裁量により、このまま千恵殿をお通しすることとしますわい」
と、タツマキとカスミに返事をし、同時に部下たちに千恵を釈放するよう指示を出した。
余計なことを言うまいと思っていた千恵も、正直にこの展開には驚きを隠せない。
が、関所を通されることとなり、タツマキたちのところへ行った千恵は、いきなりカスミに両手をつかまれたと思うと、いきなり抱きつかれた。
「千恵さん、よかったわね!」
カスミは全身で喜びを表現する。
千恵は思わず震えるような思いだった。
タツマキもカスミも、ここまでして自分を庇ってくれたのだ。
「タツマキさん、カスミさん、私、本当になんと言っていいのか‥‥」
それを聞いたツムジが残念そうに口を尖らせる。
「千恵お姉ちゃん、おいらはまだまだ半人前だから、今は親父やカスミ姉ちゃんみたいなことはできないけど‥‥」
そう言って悔しそうに
「でも、おいらも早く一人前になって、いつかは千恵お姉ちゃんの力になるから!」
と千恵に向かって言った。
「ツムジさん、無理をしないで」
千恵が微笑む。
「ツムジさんは、きっとお父様であるタツマキさんや、お姉様であるカスミさんのような『強い、立派な忍者』になります。今は焦らないで」
亡くなった大助のことを思い出しながら、千恵はハッキリとツムジに言った。
「うん!、おいら頑張るから!」
気を取り直したのか、ツムジが快活に答える。
タツマキが笑いながら
「ツムジ、これからも、わしがさらに鍛えてやるからな!」
とツムジに声をかける。
「だから、今後は忍術の修業のことで『ずるいや、今度は姉ちゃんの番だい』などとは言わせぬぞ」
このタツマキの一喝を聞いて、途端にツムジはしゅんとなった。
「そんなことがあったんですか?」
思わず千恵がタツマキに聞くが
「あったんですよ」
笑いながら答えたのはカスミだった。
「それはともかく、わしとカスミは柴田殿への証文を用意したあと、直ぐにでも」
タツマキは重々しく
「やはり早川城下までいかぬわけには参らぬの」
と言った。
「私も行きます!」
と千恵。
「早川家中の御家老阿部正成様が何かに憑かれたというのは、恐らくは私が以前使った『毒蛾呪い』のような人を操るための忍術によるものと思われます。なら、その呪縛さえ解ければ‥‥」
「でも、この時間からでは早川に着くのは夜になっちゃうよ!」
とツムジ。
当然の指摘ではある。
「転移の術は無理でも、私なら空を飛ぶことも出来ますよ。夜暗くても行動できますし」
と千恵が言った。
「タツマキさんたちは、この箱根の宿場町で待っていてください。私が先に様子を見てきます。うまく行けば先に出発したハヤテさんとも合流できるかも」
なるほどとタツマキは頷く。
「では千恵殿、お願いできるかな?」
千恵も
「はい、任せてください」
と答えた。
ここでカスミが釘を指す。
「ごめんなさい千恵さん、『変身』の方は出来れば、今、ここではなく、目立たないところでお願いしますね。私たちは平気でも、どういう誤解をする人がいるか、特にこういうところでは分からないので‥‥」
「大丈夫ですよ、カスミさん。そこはうまくやりますから」
千恵が笑った。
「それじゃ、泊まる場所が決まったら、私は抜け出した後、早川まで行ってきます。何か分かったら宿泊先の方に、ちゃんと、この姿で戻ってきて知らせますから」
こうして一行は、今宵は箱根の宿場町で泊まることとし、千恵だけは抜け出して早川まで偵察に行くことになった。