止まった針は時の終わりに未来を見る   作:ドレットノータス

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我が魔王こと奥野壮さんが、大河ドラマで明治天皇役を演じることが話題になっていますが、ついでにこちらも祝ってあげてください。


第58刻 最低最悪の魔王

 異変に気づいたのは、ほんの一瞬のことだった。

 

 俺がこの場へ姿を現した時、天童ミライはすでに全身を血と土埃で汚し、あの巨大な携帯砲へ縋りつかなければ身体を起こすことさえできない有様だった。それでも兵藤一誠へ向かおうとしていた彼女の前へ割って入り、代わりに赤龍帝の攻撃を引き受けてから、まだそれほど時間は経っていない。

 

 そのはずなのに、腰へ何の前触れもなく黄金のドライバーが現れたことに意識を奪われ、ほんの僅かに視線を外した次の瞬間には、彼女の姿そのものがすでに変わっていた。

 

 光が身体を包み込んだわけでも、装甲が一つずつ組み上がっていく過程があったわけでもない。まるで途中に存在するはずのすべてを飛ばし、完成した結果だけがそこへ置かれたかのように、気づいた時には黒と金の装束がその小柄な身体を覆っていた。

 

 顔も、長く伸びた髪も、間違いなく天童ミライ本人のものだった。しかし、血と土埃に汚れていた制服に代わって身体を包んでいるのは、黒を基調として黄金と赤銅色の意匠を幾重にも重ねた、鎧とも礼装ともつかない奇妙な戦装束だった。肩から腕へ伸びる金色の装甲は鋭角的な輪郭を持ち、腰から垂れた長い布は王侯が纏う外套を思わせながら、戦場で動く妨げになるような重さを少しも感じさせない。

 

 悪魔が纏う戦装束とも、騎士の鎧とも違う。それを見た時、なぜか俺の頭へ真っ先に浮かんだのは、戦士ではなく――王という言葉だった。

 

 異様なのは衣装だけではなかった。彼女の身体からは、黒と金の揺らぎが絶え間なく漏れ続けている。それは炎のように輪郭を揺らしながら、時には煙のように彼女の周囲を漂っており、力を外側から纏っているというより、身体の内側へ収まり切らなくなった力が行き場を失い、絶えず外へ溢れ続けているように見えた。

 

 それ以上に俺の目を引いたのは、彼女の顔だった。

 

 俺が到着した時には、痛みで顔を歪めながら、それでも兵藤一誠へ向かおうと身体を起こしていた少女と同じ顔のはずなのに、今はそこから怒りも、焦りも、苦痛も消えている。まるで人間の顔の上へ精巧な仮面でも貼り付けたかのように、頬も口元も僅かにすら動かない。その静止した顔の中で、本来の色を失った両眼だけが、地獄の底で燃え続ける炎を閉じ込めたような赤い光を宿し、絶えず揺らめいていた。

 

 兵藤一誠の攻撃をいなしながら横目でその姿を捉えた俺は、いったい何が起きたのかと、知らず眉を寄せていた。

 

 単純に魔力が増えたという話ではない。強大な悪魔や神格と相対した時に感じる圧力とも、神器が一段階上の領域へ達した時に生まれる変化とも違う。さっきまでと同じ少女を見ているはずなのに、そこから感じ取れる存在感だけが、まるで別物になってしまったような違和感があった。

 

 そして、その変化を感じ取ったのは俺だけではなかったらしい。

 

 それまで俺へ猛攻を加えていた兵藤一誠の動きが唐突に止まり、赤く光る眼がゆっくりと天童ミライへ向けられた。その僅かな沈黙だけでも、標的が俺から彼女へ移ったことは理解できたが、どうやらそれだけではない。理性をほとんど失い、本能のまま戦い続けている赤龍帝が、彼女を目にした瞬間だけ明確な反応を示している。まるで、今この場に存在する何よりも彼女こそが最大の脅威だと、残された本能だけで判断したかのようだった。

 

 次の瞬間、兵藤一誠の全身からこれまで以上の魔力が噴き上がり、胸部の装甲がゆっくりと開いていく。

 

「――っ」

 

 それがロンギヌス・スマッシャーの発射態勢だと理解した瞬間、あれをこの場で撃たせるわけにはいかないと判断した。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost――ッ!!』

 

 赤龍帝の神器から鳴り響いた増幅音は、すでに一回ずつを聞き分けられるようなものではなく、一つの長大な音声として聞こえるほどの速度で《Boost》が連続発動していた。兵藤一誠の内部へ力が積み上がるたび、胸部へ集中していく魔力が目に見えて膨張し、周囲の空気まで激しく震え始める。

 

「させるか!」

 

 考えるより早く身体を動かし、兵藤一誠へ接近すると同時に白龍皇の力を叩き込んだ。

 

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide――ッ!!』

 

 こちらも一度ずつ区切っている余裕などなく、《Divide》を可能な限りの速度で連続発動し、赤龍帝が積み上げていく力を片端から奪っていく。二つの神器から発せられる音声はほとんど一つに重なり、どちらが《Boost》でどちらが《Divide》なのか聞き分けることすら困難なほど戦場を埋め尽くしていった。

 

 白龍皇の力は間違いなく働いている。赤龍帝が積み上げた力を削り取っている感触も、確かにある。それなのに胸部へ集束していく魔力は少しも衰えず、俺が削る速度よりも、《Boost》によって新たな力を積み上げる速度の方が、僅かながら確実に上回っていた。

 

「……ちっ!」

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost――ッ!!』

 

『DivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivideDivide――ッ!!』

 

 一度ごとの差は決して大きくなく、むしろ一回だけなら誤差とも呼べる程度だったが、それが何十回、何百回と積み重なれば話は別だった。こちらが奪ったそばから新しい力が補われ、さらに削っても、それ以上が積み増されていく。発射を阻止するために《Divide》を浴びせ続けているというのに、胸部へ集束した赤黒い魔力は時間が経つほど膨れ上がり、ついには砲口の奥で圧縮された光が周囲の空間そのものを歪ませ始めた。

 

 ここまで能力を連続で叩き込んでも、発射そのものを封じるところまでは届かない。

 

 その間も、天童ミライは一歩も動かなかった。逃げようとする様子もなければ、防御のために構えることさえなく、赤く燃える瞳を兵藤一誠へ向けたまま、ただ静かにそこへ立っている。

 

「全員避けろ!」

 

 思わず声を張り上げたものの、倒れているリアス・グレモリーたちが今から逃げられるはずもなく、彼女に至っては俺の声に反応すら見せなかった。

 

 直後、兵藤一誠の胸部で臨界まで膨れ上がった光が弾けた。

 

『Longinus Smasher――ッ!!』

 

 次の瞬間、世界そのものが赤黒い光に塗り潰された。

 

 爆発という表現では足りない。射線上に積み重なっていた瓦礫も、崩壊した神殿の残骸も、その下にある地面さえ、吹き飛ばされるより先に輪郭を失って消えていく。膨大な力が空間ごと抉り取り、その進路上に存在するものを区別なく呑み込んでいった。

 

 倒れていたリアス・グレモリーたちもその光から逃れることはできず、俺自身もすでに回避できる状況ではなかった。防御できるような出力でもない。視界の端から白く塗り潰されるように身体の感覚が失われていく中、最後に俺が見たのは、その光の中心にいるはずの彼女だった。

 

 最も強く直撃を受けているはずなのに、その輪郭だけがまだ残っているように見える。吹き飛ばされた様子もなければ、身体が崩れたようにも見えない。

 

 まさか――。

 

 そう思ったところで俺自身が光へ呑み込まれ、確かめることはできなかった。

 

 身体の感覚も視界も音も、さらには思考さえ途切れていき、自分が存在しているという感覚そのものまで断ち切られたところで、何もかもが終わった。

 

 そのはずだった。

 

 カチ、と、何も存在しないはずの場所で小さな音が響いた。時計の針が一つ、時を刻むような音がもう一度、さらにもう一度と続き、三度目の音が響いた瞬間、唐突に視界が戻った。

 

「――ッ!?」

 

 肺へ一気に空気が流れ込み、反射的に息を吸った俺の目の前には、胸部の装甲を開き、その奥へ膨大な魔力を集束させている兵藤一誠がいた。

 

 すぐには、自分が何を見ているのか理解できなかった。さっき消滅したはずの瓦礫が存在し、抉り取られた地面も元へ戻り、少し離れた場所にはリアス・グレモリーたちが倒れている。自分の身体へ視線を落とせば、手も脚も翼も何一つ失われておらず、ロンギヌス・スマッシャーが放たれる直前とまったく同じ状態へ戻っていた。

 

「……何だ……?」

 

 幻覚だったのか、あるいは夢でも見ていたのかという考えが一瞬だけ頭をよぎったが、すぐに否定した。さっき自分の身体が消えていった感覚は、あまりにも鮮明だった。

 

 そして、それは俺だけではない。倒れていたリアス・グレモリーも、信じられないものを見るように周囲へ目を向けており、ほかの連中も呼吸を乱しながら、自分の身体や周囲の光景を確かめている。その様子を見る限り、少なくとも俺だけではなく、倒れていた連中も先ほどの出来事を覚えていることだけは間違いなかった。

 

 なぜ戻ったのか、何が起きたのか、そこまでは分からない。ただ、一つだけ脳裏を過ったものがあった。

 

 以前の会談で、天童ミライ自身が口にしていた言葉。

 

 ――《オーマジオウ》には、時間に関わる力がある。

 

 まさか、今のが――。

 考えを最後まで繋げる暇はなかった。

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost――ッ!!』

 

「また、あれを……!」

 

 一度目の記憶に身体が反応し、反射的に《Divide》を発動しようとしたが、それより先に彼女が動いた。

 

 もっとも、動いたと言っても、彼女がしたことは片手を上げ、掌を兵藤一誠へ向けただけだった。構えを取ることも、力を溜めることも、技名を叫ぶこともなく、ただ静かに腕を伸ばす。

 

『Longinus Smasher――ッ!!』

 

 再び、俺たちを一度呑み込んだ赤黒い破壊の奔流が放たれた。その正面から、彼女の掌を中心として黒と金の衝撃が迸る。

 二つの力が激突した瞬間、空間を揺るがすような轟音が響き、周囲に散らばっていた瓦礫が一斉に浮き上がったものの、力が拮抗したのはほんの一瞬だった。

 

「な――」

 

 ロンギヌス・スマッシャーが、消えていく。

 

 押し戻されたわけでもなければ、横へ逸らされたわけでもない。黒金の衝撃へ触れた端から赤黒い光そのものが崩れ、まるで存在することを許されなかったかのように掻き消されていった。

 

 俺があれだけ《Divide》を超高速で重ねても発射そのものを止められなかった一撃を、天童ミライは片手一つで消し去った。

 

 しかも、それだけでは終わらない。ロンギヌス・スマッシャーを飲み込んだ黒金の衝撃は勢いをほとんど失わないまま兵藤一誠へ到達し、その巨大な身体を地面から浮かせると、何度も地面を跳ねさせながら瓦礫を巻き上げ、遥か後方まで吹き飛ばしていった。

 

 彼女はゆっくりと掌を下ろしたが、その顔に浮かぶ表情は何一つ変わっておらず、赤く光る瞳にも感情らしいものは見えない。そのまま静かな足取りで兵藤一誠へ向かって歩き始める姿には、勝ち誇る様子も焦る様子もなく、ただ当然のように目の前の目的を果たそうとしているような、不自然なまでの落ち着きがあった。

 

 やがて、その口が開く。

 

祝え――

 

 聞こえたのは確かに彼女の声だったが、その言葉には別の低い男の声も重なっていた。さっき『祝福の刻』と告げたものと、まったく同じ声だ。

 

全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え、過去と未来を知ろしめす究極の時の王者――

 

 瓦礫の中から兵藤一誠が立ち上がっても、彼女の歩みは少しも止まらない。

 

我が名は――

 

オーマジオウ

 

 その名を聞いた瞬間、以前の会談で交わされた言葉が鮮明に蘇った。

 

 ――私が持っている力の一つには、《オーマジオウ》という名前があります。

 ――最低最悪の魔王。そう呼ばれる存在の力です。

 

 それは時間に関わり、《仮面ライダー》と呼ばれる者たちの歴史そのものへ繋がる力だと、あの時、天童ミライは確かに説明していた。 同時に、はっきりと言っていたはずだ。自分は、オーマジオウ本人ではない、と。

 

 それなのに今、彼女自身の声に別の男の声を重ねながら、天童ミライは確かに「我が名はオーマジオウ」と告げた。

 

 なら、今ここにいる天童ミライは何なんだ。

 その疑問への答えを探す暇もなく、兵藤一誠が再び地面を蹴った。

 

 巨大な爪が上から振り下ろされると、彼女は半歩だけ身体をずらし、それだけで攻撃を何もない場所へ通過させる。続いて反対側の腕が横から迫っても僅かに肩を引くだけで届かず、さらに翼が追撃すれば一歩だけ前へ出て軌道の内側へ滑り込み、その直後に横薙ぎの尾が迫っても、腰を僅かに傾けただけでやり過ごしてみせた。

 

 必要な分しか動いていない。今の彼女は武器そのものを必要とせず、兵藤一誠が繰り出す攻撃の軌道上から、必要な分だけ身体を外すことで、そのすべてを危なげなく処理している。

 

 赤龍帝の背中から魔力が爆発し、一瞬で距離を潰す急加速が発動した。俺との攻防でも何度か見せた、勢いを逸らされた直後でさえ強引に間合いを詰め直してくる厄介な動きだった。だが、兵藤一誠が加速した瞬間には、すでに彼女の姿がそこから消えていた。

 

 いつ動いたのか分からない。視線を追いつかせた時には、いつの間にか兵藤一誠の側面に立っており、そのまま片腕を軽く払うように振るっただけで、巨大な赤龍帝の身体が真横へ弾き飛ばされ、地面へ叩きつけられながらいくつもの瓦礫を砕いていった。

 

 それでも兵藤一誠は止まらず、すぐさま身体を起こす。

 

『Boost!!』

 

 神器の音声とともに、それまで以上の力が拳へ集中し、真正面から彼女へ振り抜かれた。

 

 今度の彼女は避けようとせず、片手を上げたものの、拳そのものを受け止めたわけではなかった。振り抜かれる途中の手首へ軽く触れただけで、それまで一直線だった拳の軌道が横へ逸れ、彼女の身体のすぐ脇を通り過ぎていく。そのまま空いた胸元へ反対の掌を添え、ほんの僅かに前へ押した。

 

 たったそれだけの動作だったにもかかわらず、次の瞬間には兵藤一誠の巨体が凄まじい速度で後方へ吹き飛び、地面を抉りながら遠くまで転がっていた。

 

「……冗談だろ」

 

 自分でも気づかないうちに声が漏れていた。

 

 赤龍帝の力が落ちているようには見えない。俺が先ほど相手をしていた時と同じ膨大な力を維持し、それどころか《Boost》まで使っているにもかかわらず、その攻撃がまるで届いていない。兵藤一誠が弱くなったのではなく、彼女の方が明らかに別の領域へ踏み込んでいる。

 

 一瞬だけ介入すべきかと考えたが、結局俺は動かなかった。天童ミライは兵藤一誠を圧倒しているものの、余計な攻撃を一つも加えておらず、倒れた相手へ追撃することも、怒りに任せて殴り続けることもない。兵藤一誠が立ち上がれば止め、攻撃すれば外し、それでも向かってくるなら必要な分だけ打ち返している。

 

 だからこそ不気味だった。あれほど圧倒的な力を振るっていながら、顔には何の感情も現れず、呼吸一つ乱すこともなく、赤く燃える瞳だけが兵藤一誠を静かに捉え続けている。

 

 俺が割って入れば助けになるどころか、状況を余計に悪化させる。白龍皇である俺自身が、そう判断していた。

 それでも兵藤一誠は立ち上がり、何度吹き飛ばされても失われない覇龍の力を纏ったまま、低い咆哮を響かせながら再び彼女へ突進していく。

 

 その時、彼女が初めて拳を握った。

 それまで彼女の身体から溢れていた黒金の揺らぎとは異なる力が拳の周囲へ集まり、やがて明確な形を取り始める。浮かび上がったのは、黒と黄金で形作られた左右対称の幾何学的な紋様だった。中央を一本の太い線が真っ直ぐ貫き、その上部からは左右へ大きく開く鋭角的な線が伸び、下部には角張った輪郭が組み合わさって一つの印を構成している。黒を基調とした紋様の輪郭をなぞるように、黄金の光が輝いていた。

 

 悪魔の魔法陣でも、天使や堕天使の術式でもなく、少なくとも俺が知っているどの体系にも当てはまらない。

 

「……今度は何だ?」

 

 兵藤一誠は止まらず、そのまま真正面から彼女へ飛び込んでいった。

 彼女も一歩だけ前へ出て、その拳を赤龍帝の胸へ打ち込む。これまでの攻撃のような凄まじい轟音も、周囲を吹き飛ばす衝撃も起こらなかった。代わりに、拳へ浮かんでいた黒金の紋様が一瞬で兵藤一誠の胸部へ刻み込まれる。

 

 そこを起点として同じ黒と黄金の線が鎧全体へ走り始め、胸から両肩へ、そこから腕、胴、脚、さらに翼へと広がった幾何学的な紋様が、まるで兵藤一誠の全身を一つの巨大な封印で縛り上げるように覇龍の鎧を覆っていった。

 

「グォォォォォォォォォォッ!!」

 

 赤龍帝の咆哮が響き渡る。それまで身体から外へ溢れ続けていた膨大な魔力は急激に弱まり、何かに押し返されるように兵藤一誠の内側へ収められていった。力そのものを壊しているというより、外へ出ること自体を許さず、内側へ封じ込めているように見える。

 

 兵藤一誠がどれほど魔力を膨らませようとしても黒金の紋様は消えず、むしろ抵抗するほど深く食い込むように黄金の光を強めていった。

 

 やがて覇龍の鎧そのものが維持できなくなり、巨大な赤い装甲が光へ変わりながら消え、翼も失われ、異形に膨れ上がっていた身体が本来の大きさへ戻っていく。最後に残ったのは、全身傷だらけの一人の少年だった。

 

 兵藤一誠にはすでに意識がなく、覇龍が完全に解除されると、そのまま力を失って地面へ崩れ落ちた。呼吸は残っており、生きていることも確認できる。それで終わったはずなのに、俺はどうしても安堵できなかった。

 

 天童ミライが、まだ戻っていない。

 赤く光る瞳も、身体から漏れ続けている黒金の揺らぎも、王を思わせる装束も、仮面を貼り付けたような無表情も、何一つ変化していなかったからだ。

 

 彼女は倒れた兵藤一誠をしばらく黙って見下ろした後、ゆっくりと顔を上げた。その赤い瞳が向けられた先にいるのは、地面へ倒れたリアス・グレモリーたちだった。

 

 何をするつもりなのかと見守っていると、彼女は静かに片手を持ち上げる。攻撃を放とうとしているようには見えないものの、治療のために力を使おうとしているようにも見えず、その掌が何のために上げられたのか、俺にはまったく判断できなかった。

 

 そして、その手がリアスたちへ向けられようとした、まさにその時だった。

何もなかった空間へ一本の亀裂が走り、巨大な剣によって切り開かれたかのように空間そのものが左右へ裂けていく。その気配には覚えがあった。

 

「アーサー……?」

 

 裂け目の向こうから姿を現したのは、予想通りアーサー・ペンドラゴンだった。

 だが、その姿を認めた直後、俺は思わず眉を寄せた。

 アーサーは一人ではなかった。

 その腕には、金色の髪を持つ修道女姿の少女が抱えられている。以前にも顔を合わせたことのある、リアス・グレモリーの眷属――アーシア・アルジェントだった。

 

「……どうしてアーシア・アルジェントが?」

 

 俺には、彼女がなぜアーサーと一緒に現れたのか分からない。まして、どうしてこんな場所でアーサーに抱えられているのかとなれば、なおさらだった。

 けれど、その疑問について考えるより先に、地面へ倒れていたリアス・グレモリーたちの反応が目に入った。

 

 全員が、信じられないものでも見たように息を呑んでいる。

 そして、天童ミライもアーシア・アルジェントを見た。

 赤く燃えていた瞳が僅かに見開かれ、それまで精巧な仮面でも貼り付けられていたように一切動かなかった表情が、初めてほんの少しだけ崩れた。

 

 次の瞬間、彼女の身体からまばゆい光が溢れ出した。

 それまで身体から漏れ続けていた黒と金の揺らぎが一度大きく膨れ上がったかと思うと、身体を満たしていた膨大な力が一斉に解き放たれたように、無数の光の欠片となって彼女の身体から周囲へ飛び散っていく。

 

 黒と金の戦装束も 、その光の中で輪郭を失った。布も装甲も形を保ったまま消えるのではなく、一つ一つが細かな光へほどけていき、身体から剥がれ落ちるように周囲へ散りながら霧散していく。腰へ収まっていた黄金のドライバーも同じように強い輝きへ包まれ、輪郭を崩しながら無数の光粒となって消えていった。

 

 赤く燃えていた瞳も、全身から光が離れていくのに合わせるように、少しずつ本来の色を取り戻していく。

 そして、最後の光が彼女の身体から離れた瞬間、眩い輝きが一気に戦場全体へ広がった。

 

「――っ!」

 

 反射的に身構えたが、そこに破壊の力はなかった。光とともに放たれた波動が、風とも魔力ともつかない感触で俺の身体を通り抜け、そのまま倒れていたリアス・グレモリーたちを包み込んでいく。

 

 直後、信じ難い変化が起こった。

 つい先ほどまで満身創痍だったはずの身体から、傷が消えていく。裂けていた皮膚が閉じ、全身に浮かんでいた痣や腫れが薄れ、まともに動くことすらできなかった手足へ力が戻っていく。荒く乱れていた呼吸まで次第に穏やかになり、戦闘不能に追い込まれていたはずの連中が、次々と自分の身体を確かめるように動き始めた。

 

 少し離れた場所に倒れていた兵藤一誠も例外ではなく、覇龍によって傷ついた身体の裂傷が塞がり、荒れていた呼吸も少しずつ安定していった。

 

 治癒魔術を掛けられた時の感覚とは、どこか違う。傷を治しているというより、負傷していたという結果だけが身体から抜け落ち、何事もなかった状態へ戻されているように見えた。

 

 それを何より物語っていたのが、身体とは対照的に何一つ元へ戻っていない衣服だった。破れた衣服も、そこへ付着した血も、土埃も残ったままなのに、その下にある身体だけには傷一つ見当たらない。

 

 リアス・グレモリーたち自身も、自分たちの身に何が起こったのかすぐには理解できないらしく、呆然とした表情のまま手足を動かしたり、先ほどまで傷のあった場所へ触れたりしていた。

 

 やがて周囲へ散った光が完全に消え去った時、彼女の身体を覆っていた王装も、腰の黄金のドライバーも、黒金の揺らぎも、もうどこにも残っていなかった。

 

 そこにいたのは、血と土埃に汚れ、あちこちが破れた制服を纏った、見慣れた姿の天童ミライだった。完全な形へ戻った青紫色の輪だけが変わらず頭上へ浮かび、服だけを見れば少し前まで死にかけていたと言われても疑わないほど酷い状態なのに、その身体にはやはり傷一つ残っていない。

 

 彼女は、周囲で起きた変化へ目を向けることさえしなかった。ただ、戻ってきた少女を見つめている。

 

「……アーシアさん」

 

 掠れた声で、その名を呼んだ。

ブルアカで一番好きなメインストーリーは? 2026/9/4現在、公開されている範囲でお答えください。

  • Vol.1 対策委員会編 1&2章
  • Vol.1 対策委員会編 3章
  • Vol.2 時計じかけの花のパヴァーヌ編 
  • Vol.3 エデン条約編 1&2章
  • Vol.3 エデン条約編 3&4章
  • Vol.4 カルバノグの兎編
  • Final. あまねく奇跡の始発点 1&2章
  • Final. あまねく奇跡の始発点 3&4章
  • Vol.5 百花繚乱編
  • Vol.6 過ぎ去りし刻のオラトリオ編
  • Vol.EX デカグラマトン編
  • 第2部 Vol.EX ロア追跡編
  • 第2部 Vol.1 炎と影編
  • 第2部 Vol.2 オデュッセイア編
  • メインストーリーをほとんど知らない
  • ブルアカ未プレイ
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