私は、武勲を上げ、爵位を与えられただけの、無能の領主である。
戦う事しか能がないのに、上げてしまった武勲に報いるには、これくらいしか無いのだと、王に告げられ、なし崩し的に領を得てしまった無能。
ただ我が思うがままに槍を握った。
何も、爵位が欲しくて戦っていた訳じゃない。
けれど決して、正義の為に戦っていた訳でもない。
ただ、槍の赴くままに戦った。
それが私、レオン・フレイムハートの生きる道であったからだ。
私に公としてポストエンドルフィンを治めよと命を下した王は何をお考えか。私はただその命に従う他あらず、名も知らぬその地へと赴いた。
私は騎士として戦うだけの人生であった。他には何も要らぬ、と、貴族の称号も、爵位も必要無いと考えていた。ただ、己の槍を振るい、化け物共を下していく。それだけで良い。それだけで私の人生に意味はあるのだ。
「レオン殿」
と呼ぶ声があった。王のお考えなぞ私には量る事は出来ない。だが、その地に着いた途端、私は私の中で決めつける様に意味を見つけた。
「あなたが守った者共は、今ここで暮らし、新たな生活を始めているのです」
言っている意味が分からなかった。私は誰も助けていない。ただ魔物を、タイムキーパーを殺し、技を試したに過ぎない。それを武勲だと言うのであればありがたく頂戴したが、しかし、そこに正義なぞ存在せぬ。戦う事は、痛みを伴う。誰かを失い、その失った誰かの代わりに命を賭け敵を屠る。そのサイクルの中で、たまたま生き続けただけに過ぎない。
「あなたに自覚が無かろうと、あなたは沢山の人を救って来たのです。それ故にあなたには爵位が与えられた。数ある武勲の内、タイムキーパーを複数撃退した事、魔物の侵攻をたった一人になるまで食い止めた事。あなたは正しく評価されました。ここがあなたの新たな席です」
そう言った、秘書を名乗る男は、私を立派な屋敷へと通した。血と汗と死の匂いがこびりつく私には到底似合わない豪邸である。ポストエンドルフィンの領主となったのだから、相応の佇まいを求められる。だからここに住め、と。
「あなたは戦う事だけを考えて生きてきました。あなたがどれだけの功績をあげ、どれだけの人を救っていたかわたくしは知っています。ですからどうか、今は戦う事は休んで欲しい。あなたには、今はただ象徴としてあって欲しいのです。あなたが居ればこの場所は永遠に平和であると宣言して頂きたい。あなたの身体の事は王より知らされています。左腕はもう、自由には動かせないのでしょう?」
暗に前線を引け、と言っているのだとようやく理解した。私は、私が思っていたよりも、名を挙げていたらしい。故に、私は、戦って死ぬ事は許されない。それは、民に対して絶望的な報せとなる。であれば、爵位を与え、要職に就かせる事で民への象徴としたのだ。それであれば私は戦う事が無い。戦う事がなければ、例え左腕が思う様に動かせる事が無くとも、死ぬ事は無い。
戦う事だけが能の私にとって、それは如何ともしがたい日々であった。
戦いから退いた私は、政治を他の者に任せ、象徴としてお飾りの領主を演じた。私は騎士でありたがったが、与えられたモノに縛り付けられるしか今の私には出来ない。
挙げた武勲が、私の足跡を象って、それらが爵位となって私の身分を証明した。
以て領民は私を灼熱大公と呼んだ。戦えぬ私をそう呼ぶのは、ただ、民たちが私を信頼してくれているのだ、と思う事にした。
私に残されたのは枯れた焚き火である。だがその燃えカスを、人々は見て尚、私を敬愛を籠めて呼んでくれる。
灼熱大公。数多くの魔物を、タイムキーパーを屠り、爵位を得た私をそう呼ぶ。
私は槍である。炎は消えたが、それでも、私を敬愛する者達が居てくれるのであれば、私はその象徴となろう。私は、民の思う私で在らなければならない。それは私が曲りなりにも領主としてこの地を治めるが故だ。
領民の多くが、私に戦う事を望んでいるだろう。いざとなれば私という騎士が居る。であるならばここは安心だ。そう心に秘めて貰う為に私は領主となったのだ。それを裏切る事など決して出来ない。
「りゅうしゅさま!」
「しゃくねつたいこう!」
子供達が呼ぶ。きっと灼熱大公という言葉の口触りが良いのだろう。子供、特に男児は良くそう呼んでくれた。私はそれに応える様に、右手を振った。決して左手がもう自由に動かせないのだと悟られない様に。
いつか、戦って死ぬ。漠然とそうなのだろうと思いながら生きていた。魔物とは言え命。タイムキーパーを命と呼ぶのは抵抗があるが、あれもまた動いているのなら生きているのだろう。
私はそれらを殺し、武勲を挙げた。
だから、きっと私はいつか魔物かタイムキーパーによって殺されるだろう。
命のやり取りとはそういうモノだ。思わぬタイミングで、いつか死ぬ。それが私の運命である。良い、それは受け入れている。命とはそういうモノだ。
産まれた瞬間、死の宣告を受けようが、私の命はそれまで続かない。
「レオン殿」
私は政治に関してはあまりに疎く、全てを任せきりであった。私には代わりに行われる政が良い物であったのかは分からない。民にとって良いモノであると願うばかりの日々。
だが、私はこの如何ともしがたい日々が、好きだった。
戦う事だけしか能の無い私だが、人間である以上、心地が良いと思うのもまた事実であった。戦いしかない私にも、心はあるらしい。
平和な日々であった。魔物の侵攻はあれど、ポストエンドルフィンの騎士達で対応出来る。幸いタイムキーパーの出現はこの辺りでは聞いた事も無い。故に、安心していた。
安心しきっていた。最早私が槍を取る事は無いだろう、と。
通常、魔導具は扱う本人に調整しなければ魔術を扱う事は出来ない。だが、どうして私には起動出来る。何故? と考えるよりも先に、ならば戦うしか無いだろう、と魂が訴えた。戦う力がある。ならば戦え。戦う力が無いのならば、民の為働け。その手に握られたそれは、戦う為の力。戦わずして何が騎士か!
その瞬間、私の人生は決定した。
槍に捧げた我が人生。
その意味が民となるのならば、それもまた良いだろう。
力を持つ、だから戦う。それが大いなる力を持つ者の責務である。
決してそれは正義でも忠義でもない。己の信念である。貴族の称号たる爵位も、武勲も要らない。ただ力があるのだからその力を以て民を守る。それがこの力に報いる唯一の法である。
それは、あまりに唐突だった。
──────ドラゴンである。
突如舞い降りたそれは、一瞬にしてポストエンドルフィンの半分を焼き払った。影が見えた瞬間その影は炎によって掻き消され、民は焼き殺された。たった一瞬、瞬きをした間の出来事であった。
「────私が出る」
そう口にしたのは、何秒後だったか。ともかく私はようやく槍を手にする遅すぎる決断をして、手を伸ばした。
「なりません。あなたはもう、戦ってはいけない。それ以上戦えばあなたは」
「死ぬと言うのだろう? それがどうした。民を守る為に私の力はある。民を救えずして何が領主か、何が騎士か! 例えそれがお飾りのモノであっても、私に力があり、力を必要としている民が居るッ! ならば私はこの力の限り邪知暴虐に立ち向かおうッ!」
「なりません。ならないのです。それこそが、君命なのです。あなたは生き残るべきだ」
「何を言う! 私の力は民の為にある、戦わずして、何を成せると言うッ!」
「ポストエンドルフィンはッ! あなたに救われた者共が行きついた場所! 魔物に、タイムキーパーに村を滅ぼされ、それでもあなたが駆け付けてくださった事によって命だけは助かった者達は、あなたの身体の事なぞ疾うに知っているのですッ! あなたには沢山救われた。だから今度は我々があなたを助けるッ! 例えそれがあなたの貴族である誇りを傷付ける事となってもッ! あなただけは生き延びて欲しい! あなたさえ居れば、きっと大丈夫であるとあなたに証明していただきたい!」
「ならば戦う他無いだろう! 私があのドラゴンを打ち倒せば良いッ!」
「ならぬのですッ! あなたにはもう戦う力はない。むざむざと英雄を死なせるわけにはいかないのですッ!」
「戦えぬのならこの命に意味はない」
「意味はあります。あなたがあれば、またポストエンドルフィンは生まれ変わるでしょう。我らが居らずとも、あなたさえ居ればッ!」
矛盾だ。それは領民が居てこそ成り立つ。私だけでは、何も成せぬ。
「無礼を承知で申し上げますッ! 我々はあなたに救われた。我々はあなたという太陽を見た! 太陽は決して沈まず、我々の時計を照らしてくれた。だからあなたには生きて欲しい! もっと沢山の命を照らし、生きて……ッ! ここは我々が引き受けます。あなたの領民は、例え最後の1人になるまで、諦める事は無いでしょう。これは領民全ての意思です。民の為と口にするのならばッ! 今ここは、お逃げください。お願いします」
私は、愚かにも、何も口にする事は出来ず、ただ、その言葉を発した男をじっと見つめた。その目の奥に太陽が如く炎の揺らめきがあった。私にはもう、無いモノだ。
「……私は、ポストエンドルフィンに来てから、ついぞ、何も出来なかったな」
「そんな事はありません。あなたが居てくれたからここがあるのです」
かくして灼熱大公は死んだ。枯れた焚き火も風に吹かれて跡形も無くなった。最早火が点く事は二度とない。代わりに、ドラゴンの吐く炎が視界の隅で轟々と揺らめき、そして──────────
────────────────目が、覚めた。
見知らぬ天井の木目がじっと私を見下ろしている。
布の感触と、少しだけ硬いマットレスに手を着き体を起こす。
ここは、どこだ。私はどうなった?
「目が覚めたか」
可憐な少女が2人、私を遠くから見つめている。どうやら私は死んだらしい。天国の番人と出逢えるとは何と僥倖か。その証拠に、私は先程、左手を着いたのだ。動く、決して動く事は無いと診断された腕が、完全に自由になった訳ではないが動くのだ。という事は死んだのだろう。
「まずは名を教えてくれ」
「……レオン・フレイムハートである」
「身体は動くか?」
「驚くほどに」
「それは良かった。では、帰るが良い。君を拾ってから3日経った。目が覚めたのであればここに置いておく道理は無い。元居た場所に帰るが良い」
「私は、死んだのでは」
「自分の時計が動いている事くらい解るだろう。まだ意識がはっきりとしていないのか?」
少女はぶっきらぼうに言う。私は死んでない? であればここはどこだ。私はどうしてこんな所に居る──ッ!
「ポストエンドルフィンは……どうなった」
「滅んだ。最早生き残りは居ない、と言われる程にな」
「………………」
「君だけだ」
「そう……か……私だけ、か」
予想は、出来ていた。ドラゴンに人間が立ち向かうなんて、蛮勇も良いところだ。自ら死にに行くようなモノ、だと言うのに、ポストエンドルフィンの、我が領民たちは立ち向かおうとした。愚かであろうとも、己が暮らす場所を守ろうとしたのだ。魔物やタイムキーパーに故郷を滅ぼされた彼らにとって、ポストエンドルフィンを失っては次は無い。秘書はあぁ言ったが、彼にとってあの場所は、新たな故郷。故郷を滅ぼされる経験なぞ、1度だってしたくないはずだ。
だというのに、私は、何をしている?
「
「いや……、私の先祖にその様な名の者は居ない。フレイムハートは比較的新しい」
「そうか。この槍を起動する事は?」
「可能だ」
「………………そうか。不思議な話だ」
ハイトーンブラウンの髪の少女は、顎に手を当てながら首を傾げる。そう、不思議なのだ。私がこの槍を起動出来る道理が無い。無いはずなのに出来ている。それは本来あり得ない事だ。私にも何が原因であの槍を起動出来ているのかが分からない。ただ、触れた瞬間、使える、と直感した。魔導具側が、私に呼びかける様に。
「身体は問題無さそうだが……その精神状態じゃまだ暫くは動けないだろう。それまでこの槍を診ても?」
「…………貴殿は何者だ。如何なる理由があろうとも、この槍を診ようなどと……っ」
「あぁ名乗っていなかったね。テネシア・グレドだ」
「テネシア……グレド……あの永代か!?」
「その二つ名は気に入らない。テネシアでも、グレドでも構わん、その二つ名で呼んでくれるな」
「失礼した。では、グレド殿は、彼の有名な魔導具師で在らせられるか?」
「有名かどうかは知らない。興味も無い。君もそうだったのでは? 灼熱大公」
功績によって領主となった事を言っているのだろう事は理解した。案外顔に見合わず皮肉屋だ、と思った。異物である私を警戒して語気が強くなっているであろう事は伺える。先ほどからもう1人の少女がやけに大人しい。まるで人形の様に、じっと言葉を発した方を見つめている。
「助手、水をお願いできるかな」
「うん」
小さく頷いた助手と呼ばれた少女は私が横になっていた部屋を出ていく。
「それで、槍を診ても?」
「待ってくれ。貴殿が彼のテネシア・グレドである証拠はあるのか? どこの馬の骨かも分からない奴に、私の槍を診せる訳にはいかぬ」
「証拠、証拠か。それこそあの槍を触らせてくれたら解るんだけどな。本人が本人であると証明するのは案外難しいんだぞ」
そう文句を垂れつつ彼女は1度部屋を出ていく。入れ違うように助手と呼ばれた黒髪の少女が水の入ったコップを持って来て、私の前に、んっ、と差し出す。私はそれを受け取ると一気に飲み干した。一種の警戒を解いた合図であるが、この娘には通じるだろうか。水なぞ、何が溶けているか分からない。テネシア・グレドという名を騙る豪胆さに敬意を評して一飲み──なぞ都合が良い話。ただ、最早私が戦う理由である民が居ないのならば、生きている意味が無い。たった数人でも生き残っていれば良いが、あの様子ではそれも望みが薄い。では、私は一体何のために生きるのだろう。
「待たせた。これなら信じるだろう。君の領からの許可証だ。ここにテネシア・グレドと記載しているな?」
「……確かに。これまでの無礼、許して欲しい。貴殿が、テネシア・グレドである事は間違いないだろう」
その紙には見覚えがある。お飾りとは言え、書類仕事はある。この許可証は私の魔力と、永代の魔導具師の魔力を練り合わせ印としている。偽物では無いだろう。しかし、書類上でのやり取りしか行っていない為、私は彼女の人相は知らないのだ。というか、男だと思っていた。名前からもしや女性か? とも訝しんではいたが、まさか可憐な少女だとは。長年聞く名だ、可能性としては老女が一番高いだろう。外れたが。
「いや素直に驚いた。私はどうやら勘違いをしていたらしい。貴殿程の魔導具師であれば安心して任せらえる」
「そりゃあ、嬉しい言葉だが、この槍に関しては僕の右に出る者は居ないだろう」
許可証を回収した彼女は許可を取れたことだし、と槍を手にする。
「ししょー、この槍」
「うん? どうした?」
「あんまり、触らない方が、良い」
「……あぁ、そうか。君には構造が見えているんだね、
「この槍を運ばせたのは間違いだったかな。良い機会だ、知っておくと良い。助手として、弟子として、常に頭に入れておかなければならない事柄だ。良いかい? 魔術は恐ろしいモノだ。一般的に白魔術と呼ばれる、治癒や浮遊、点灯のようなモノであれば、安心して扱えるだろうが、黒魔術と呼ばれる、危害を与える為の魔術は、扱い方を間違えると自他共に簡単に死に至る。この槍はその最先端とも言える。これは殺す為だけの道具だ。魔物を狩り、タイムキーパーを屠る為に作られた。一定の魔力が無ければ、時計を蝕む程の代物だ」
グレド殿は、私に背を向け、手にした槍を隅々まで観察する。助手であるはずの少女は首を傾げながらも一生懸命話に着いて行っているようだ。
「このような強力な魔導具は、必ず扱う本人の魔力にしか適合しない様に調整している。扱う人間の魔力の性質や量に合わせる為、他の人間が扱うと魔力を吸われ干からびて死ぬ事もあり得るからだ。決して魔導具師の利権の為ではないよ。一種の安全機構だと思って欲しい。だが、先ほどフレイムハートはこの槍を起動出来ると言った。あり得ない話だ。あり得てはいけない話だ。1度調整した魔導具は、改めて調整を行うまで決して適合する魔力は変わってはならない。では、誰かが調整したのか? 残念ながらこの槍には
彼女はここで大きく溜息を吐いた。さっぱりである、と。常々思っていた。何故私はこの槍を扱えるのか、と。神の思し召しか、それとも、作成者の遊び心故か、などと思っていたがどうやら違うらしい。それはあり得てはいけない事。魔導具を作るにおいて、必ず守らなければいけない規定がある、と聞いた事がある。私は魔導具を作るなんて事は出来ないが、聞いた事くらいはある。自分が扱うモノだ、知っておく必要があろう、と調べていたのだ。
「さて、では問題だよ。今この異常な状態の魔導具は、一体どうするべきか。魔導具師としての基礎の話だ。一昨日教えたね?」
「廃棄」
「そう。大正解。こういう異常を来たした魔導具は、必ず分解し、廃棄しなければならない。再利用は許されない。何故なら原因が分からないのだから、どの部品に異常が残っているか分からないからね。稀に原因を特定しようとする魔導具師が居るが、基本徒労に終わる。何せ僕達は魔導具を作る事は出来ても、真に魔術を理解しているとは決して言えないからね」
「待ってくれ……ッ!」
「もう、必要無いだろう。君は戦えない。この槍は戦えない者には相応しくない」
彼女の言う事は最もだ。私は戦えない。例え左腕が多少なりとも動かせるようになったとしても、戦う理由が無い。守るべき民は全て焼けた。私は力を持つ故の責務を果たす為に民の為に槍を取った。その民が居ないのであれば、私の力は何の為に振るうべきものなのだろう。
「人は理由が無ければ戦えない。だから君はもう戦えない。僕達は人を死なせる為に魔導具を作っている訳じゃない。この槍を持った所で、今の君では最早使いこなす事は不可能だ。槍を持ち、魔物に立ち向かった所で君は死ぬだけだ」
「…………それでも、民の為にも、私はッ」
「何が民の為だ。君は何故生き残った? 民だけが死に、領主だけが生き残る。そんな不可思議な事、起きようはずも無いだろう。伝え聞いた君の性格上、あり得ないと判断するが? それとも君は話に聞いた勇猛果敢な騎士ではなく、ただの腰抜けだったと? どちらにせよ君に槍を持たせる訳にはいかないな」
「──────────」
「言い返す事も出来ないなら、この槍は必要無いな。話は以上だ。僕は魔導具師としてこの槍の責任を取ろう。おいで、
グレド殿は、少女を連れて部屋を出ていく。少女は、なんだか気まずそうな顔でこちらを一瞥したが、すぐにグレド殿の手に引かれて行ってしまった。誰も居なくなった部屋で、私は溢れ出す感情を抑えきれずに、拳を壁へと打ち付けた。おい、壁が壊れるだろ。今すぐ出ていくか? とグレド殿の声が聞こえて、自分の行動を恥じた。壁に当たってどうする。彼女の言い分は真っ当だ。魔導具師は人を死なせる為に作っている訳じゃない。人の役に立つために魔導具を作っている。私に調整されていない槍を私が扱えるというならば、それは魔導具の異常。即刻破棄すべき物。何が起きるか分からないのだから、正常な判断だ。
だが、それでは私は一体何のためにこの生があるのだ。民を見捨て、逃げて、槍を失い、私の武勲は過去の物と成り下がった。腰抜けに何が出来ようか。
この命は何の為にある。私の人生の意味は何だ? 槍を失い、力を失い、民を失い、武勲は、爵位は意味を成さず、帰るべき場所は灰燼に帰した。であれば、この命に意味はあらず。あるのは言い訳ばかり。
槍を手に、ドラゴンを討つ。例えそれで死ぬ事となろうとも、私を信頼してくれた民の為にも、私は立ち向かわなければならない。それが、唯一私が返せるはずだったモノだ。
解っている。これは言い訳だ。戦う理由じゃない。1度逃げた奴が民の為に戦うなぞ抱腹絶倒モノだ。厚顔無恥とはまさしくこの事。私はどのような顔をして民の為と宣うのか! 己が憎くて仕方がない。
逃げてくれと民が願った? だから何だ。それで全てを失った。私は民を信じたが、それは間違った判断であった。領主ならば、騎士ならば、民を守る事こそが使命のはずだ。お飾りだろうが被った役割は果たさねばならない。
そう決意して最初にあの槍を握ったはずだ。
嗚呼、そうだ。最初に、
フレイムハートは比較的新しい家だ。本来、嫡男である私が代を継ぐはずであったが、貴族の末席として名を連ねたのは母上の功績が認められた事によるモノ。新たな貴族として迎え入れる者もあれば、それを良くない事であると糾弾した者もあった。その様な者に、私は時計を狙われた。権力争いというのは全く面倒なモノで、私という唯一のせがれを殺せば、例え末席に加えられたとしても、そこで終わりだ。増える事を喜ばぬ者は案外手が早いモノ。私は即刻、名を変え、亡命する事となった。
夜遅くに父上に担ぎ上げられ、無理やり馬車に押し込まれ、私は、母上の元を離れる事となった。時計はまだ半分も進んでおらず、まだ幼い私はその訳の分からない状況に圧し潰される様にして馬車の中で静かに夜明けを待った。だが、それでも尚、私に襲い掛かる刃はあったのだ。情報が洩れ、雇われた命知らずの傭兵たちが馬車を襲う。幼い私はただ恐怖に震え、その様子を馬車の中から眺める事しか出来なかった。
護衛は次々と倒され、父上も共に殺された。次は私の番だ、と覚悟を決めた時、その人は現れたのだ。
その人は槍を番え、颯爽と駆け、傭兵共を一掃した。軽やかに飛び上がり、距離を詰め、一瞬にして敵を屠る、その所作に私は見惚れていた。あまりに美しい所作。無駄のない動きに、私は圧倒され、感謝の言葉さえも忘れてしまう程であった。
彼は冒険者であると言った。国々を回り、旅をしながら人を助け、金を得る事を生業とする者、冒険者。名を挙げる者もあるだろう。未知を踏破する者もあるだろう。彼らは自由な生き方を選んだ者達だ。私はただ、その鮮やかな槍捌きに魅了されたのだ。
思えば、私があの時槍を取ったのは、この思い出が胸の中で火を灯し続けていたからだろう。憧れという火はそう簡単には消えない。ただ一瞬の煌めく閃光の様に私の魂の中で延々と輝くそれに、目を逸らす事は出来なかった。
アグニレオンにおける騎士とは、技と力を以て己を証明した者に与えられる称号。その称号を得たからには、民の為に在らねばならない。魔物やタイムキーパーとの闘いである。私はそれを目指した。冒険者にはなれずとも、騎士となり、あの日の冒険者の様に、誰かを助けられるのならば、それが良い、と。人間はそうであるのが一番美しいのだ、と。正義でも、忠義でも、誇りでも無く、己が信念のみを貫き、技を磨き、力を着けた。
その折、
それはまるで意思を持つかの様に私の目の前に現れた。天の果てから私の眼前へと突き刺さり、まるで今すぐ抜け、と語り掛けてくる様に、槍は私の前で灯る事の無いはずの火を轟かせたのだ。
魔導具自身が、己の活力のみで魔術を繰り出した。それは明らかな異常だ。そも、魔導具が意思を持つなぞあり得ない。であるならきっと幻覚か、夢だろう。
それでも槍へと手を伸ばした。これを握る為に、私は生まれて来たのだと直感したからだ。これは私の槍だ。私の為の槍だ。だから扱いこなせる、と理解した。
何故か、なんてどうでも良い。扱えるのだから、私にはそれが良い。魔導具が私に応えてくれるのであれば、それ以上の道は無い。
槍を握る。その瞬間私の生き方は決定した。レオン・フレイムハートは騎士として民の為に一生を掛けて槍を振るおう。
力ある者は、その力相応の役割が与えられる。強大な力を得るならば、その分だけ誰かの為に生きなければならない。それこそがノブレスオブリージュの在り方。母上が唯一貴族として教えてくれた生き方だ。
だというのに、なんだこのザマはッ! 富も権力も名声も要らぬ。ただ、槍を振るい、民の為に在るのが私の役目。領主として飾られたとてその在り方を変えてはならないはずだッ!
だというのに、私は逃げた。民の言葉を信じたなぞ都合の良い言い訳。そんなのは理由にならない。私は領主として、貴族としての役割を放棄したッ! 一瞬の逡巡が私を鈍らせた。それを領民が許したとて、私の罪は消える事は無い。例え勝てぬとも私は彼らと共にあるべきだった。滅びたポストエンドルフィンに私1人居て何になる? お前達が居なければ私はただの無能。お前達が居るから私は戦えたというのにッ!
嗚呼、我が領民よ、ポストエンドルフィンは、その輝かしい命に相応しいモノであったのか?
そこまでして護るべき場所だったのか?
自分を、友人を、家族を、全てを犠牲にしてでも護りたい場所だったのか?
私はお前達に相応しかったのか?
お前達の笑顔は私に向けられて良いものだったのか?
──だと、言うのなら──ッ!
重い身体を無理やり動かし、ベッドから降りる。左腕が動く事にいちいち感動しながら、やるべき事を済ませようと部屋を出た。部屋を出ると少し長い廊下が伸びていて、人の気配は、数えて3つ目の扉にあった。廊下は綺麗に片付けられているが、掃除は行き届いていないのか、良く見ると埃が見える。広い家だ、雇いでもしないと掃除は苦労するだろう。
1つ息を吐いて、ドアをノックする。
「なんだ、もう来たのか。良いよ」
グレド殿の声を聞いてからノブを捻って部屋へと入る。
「────────!」
そこは魔導具師の工房であった。無数の魔導具が積み重なり、山を築いている。整理はされていないが、なんとも迫力のある光景だ。彼女がどれだけの数、魔導具を作っているのかが一目で解る。彼女がどれだけ魔導具に真剣に向き合っているのか、1つ1つが調整は終えておらずとも完成品。未完成品の近くには何度も何度も書き足した痕が見える設計図が何枚も重ねて置いてある。
その部屋の中心で暖かな光の中、グレド殿は槍を掲げていた。それは決して解体などではなく──
「調整、しているのか? 解体するんじゃ」
「そうだっけ。最近老いの所為か記憶力が悪くてね」
眼を瞑り、調整に神経を注ぎながら、彼女はあっけらかんと言う。どう聞いても嘘だが、助手はくすくすと笑っている。
「その様子だと覚悟を決めたようだ」
「最初から揺らぐべきモノではなかった」
「そうだね。君のそれは揺らぐ事も、ましてや折れる事も許されない。己の誇り、信念を曲げる様な奴にこの槍は相応しくない」
「疑問がある」
「なんだい?」
「貴殿は何者だ。先ほど、『僕以外の調整痕』は見当たらないと、貴殿の言葉だ。そして、永代という二つ名。邪推だが、貴殿は、一体どれくらい生きている?」
この積み上げられた魔導具は、彼女の外見年齢から推測されるべき時計ではあり得ない数だろう。1周目の4分の1程で魔術を扱って良い。そのくらいになれば、時計が生み出す魔力が安定し、魔導具に一方的に吸われるという事故が軽減されるためだ。彼女の時計は大きく見積もって、1周手前。そんな彼女が、魔術の研鑽を摘み、魔導具作成の為の知恵を得て、山積みになる程の魔導具をこの時計の進み具合で作れるだろうか? という疑問が残る。
いや、より単純な矛盾を追求しよう。私がこの槍を握った時地を指していた命針は、今や空を指している。その間私は1度たりとも魔導具師にこの槍を預けていない。使えるのだから問題が無い、と信じていた為だ。だというのに、彼女は、僕以外の調整痕は見当たらないと言った。1周手前の外見の癖して、私より長く生きているだと? そんな馬鹿な話があるか。
命針が1周するまで身体は成長する。1周して再び天を指した時、成長を終え、そして1周掛けて老いていく。私は既に老いが始まっているが、彼女は違う。未だ成長途中のはずだ。人としてあり得ない。あらゆる魔導具を以てしても、時計を戻す事は出来ない。他人の時計を移植するなんて冒涜的な話を聞いた事はあるが、それが実際に可能かどうかも分からない。そも、それで寿命が伸ばせるなんて迷信だ。
ならば彼女は何者だ。
「僕が何者かであろうと、君が気にする事ではないだろう」
「この地はポストエンドルフィンに属している。であれば、今ここに住んでいる貴殿も我が領民という事になる。私は領民の事は知らねばならない」
「都合の良い解釈だな。僕が何者かは君が判断してくれたまえ。僕は自分を言い表すのが苦手でね」
「己の正体を知られたくない理由があると?」
「さあ、どうだろう。正体というにはあまりに稚拙な気がするが、君が思う様に思いたまえ。それを答としよう。何せ意義の無い話題だからね」
「貴殿に意義が無くとも私に理由がある。答えないのであればそれで良い。貴殿の言う通り、私が勝手に決めてしまおう」
私の言葉に笑みを浮かべた彼女は、調整が佳境を迎えたのか、暖かな赤色の光を増す。これは魔力の彩。使用する魔術の属性が限られている場合、調整する際にその属性の彩に魔力が反応を示すらしい。それはなんとも幻想的な光景であるが、それよりも眼が惹かれたモノがあった。
時計である。魔術を扱う時や、魔導具を調整する際、多くの魔力を放出する事となる。その時、胸の時計が強く浮かび上がる。大抵の場合、服さえ着ていれば上から隠せる程度の輝度しか持たない時計だが、魔力を放出するとその輝度を何倍にも増す。私はそれを見て、言葉を失ったのだ。
「──────────」
そういう事も、あるのか、と無理矢理に納得した。彼女を今、人間ではないと判断するのは危険だ。否、彼女の時計を見ても尚、私は彼女に人間であって欲しいと祈りたかったのだ。民はここに在り、私の槍を握る理由もまた、ここに在ると証明される。例え民が居なくなろうとも、民が愛してくれたのであれば、私はその愛に報いなければならない。彼女は、まぁ例外だろうが、それでも我が領民である事はきっと変わらない。理由は結局、領民の為。それが最も私らしく、そしてあの冒険者の様に戦える。
「さて、調整は終わりだ。後は君の選択次第。アグニレオンの騎士に選ばれた意味を……その胸に秘めた太陽を抱え、行くが良い」
「貴殿は、最初から私がどうするべきか解っていたのだな」
「まさか。君が腰抜けでは無かっただけだ。怪我をしてくれていたおかげで多量の魔力が採取出来た。まさしく怪我の功名だ。それと、これを。お守りだ」
彼女は綺麗な石のペンダントを差し出す。私はそれを受け取り、すぐに首から下げた。
「何かは訊かないんだね」
「貴殿の事は信用している。命の恩人を疑う事はしない」
「そう」
彼女は急に私に興味を失くしたかのように素気無い対弩を取った。私への興味の大部分は槍が担っていたのだろう。槍の調整を終えた今、彼女にとって私は居ても居なくても同じか。
「お代だが」
「これを命の恩と思うのならば、いつかまた返しに来ればいい。ここに居るとは限らないがね」
「……ああ。必ず生きて再び相まみえよう」
槍を受け取り、ふぅ、と一息。私がこれからやる事は決まっている。
「あぁ、そういえば気になるから訊いておきたいんだが」
「うん?」
「君の中の答えは何だった?」
「貴殿が何者であるか? の問いか? それであれば、簡単な話。ただの可憐な少女、だ。では、意趣返しとして私も」
「うん?」
「
「……………………肝に銘じよう」
私はそうして彼女達の家を後にした。
私は私の役目を最後まで果たすとしよう。
レオン・フレイムハートはその為に生きている。
篝火に火を灯せ。それが新たな太陽とならん。
我が胸の焚き火は再び灯を得た。お前達を導くはずだった微かな灯りだが、私は大事に育て、灼熱の炎としよう。
私は民を救う事は出来なかった。
だが、それでも民が愛した場所を私が見捨てる訳にはいかない。
私が在ればポストエンドルフィンは生まれる?
そうじゃない。そうではないのだ、グリオン。
お前達が居てこそのポストエンドルフィンだったのだ。
だから私はこの命を燃やし、ドラゴンを討とう。
例え蛮勇だと笑われようとも。
私は永久に沈む事を許されぬ太陽なのだから。