フェイト・テスタロッサは迷っていた。
目の前にはジュエルシードを追う魔導士の少女。
その隣には漆黒の鎧をまとった大剣使い。
さらに、その後ろには何も知らない一般人までいる。
戦うことはできる。
戦えば、漆黒の戦士を除けば恐らく勝てるだろう。だが漆黒の戦士の力量が分からないの現状では勝ちきれるかどうかは分からない。
けれど、ジュエルシードだけを奪って離脱するだけなら不可能ではないはずだった。
だが――。
(あの人は……)
漆黒の騎士へ視線を向ける。最初の一撃。あれは本気ではなかった。少なくとも殺すための一撃ではない。こちらの力量を測るための一撃。
その後も無闇に追撃してこなかった。
むしろ、会話を選んだ。それがフェイトには少しだけ意外だった。
(管理局なら、もっと違うはず)
ジュエルシードが絡めば、管理局はまず身柄を確保しようとする。事情を聞くのはその後。だからこそ、この男の行動には違和感があった。
それに――。
『理由次第では君に協力してもいい』
その言葉が頭から離れない。
協力。
そんな言葉を掛けられたのは久しぶりだった。
いや、初めてかもしれない。
母は命令を下す。
アルフは心配してくれる。
けれど、「一緒にやろう」と言われたことはなかった。
もしかしたらリニス以来の感情かもしれない。
(協力……)
もし本当にできるなら。もしこの人が敵ではないなら。ジュエルシードを集める速度は速くなるかもしれない。母も喜んでくれるかもしれない。褒めてくれるかもしれない。そんな希望が、ほんの少しだけ胸をよぎる。
だけど、簡単には信じられない。だからフェイトは感情を押し殺し、静かに問いかける。
「質問です。あなたは管理局の人間ですか? 鎧の人」
男は兜の奥から落ち着いた声で答えた。
「残念だが、私は管理局の人間ではない。私は様々な世界を旅して、星々の秘境を巡る冒険者だ」
(世界を旅する……冒険者)
聞いたことのない肩書きだった。
それでも、不思議と嘘を言っているようには聞こえない。
堂々とし過ぎている。
だからこそ逆に判断が難しい。
「……管理局の住人じゃない証拠はありますか?」
自分でも無理な質問だと思う。
けれど、確認せずにはいられなかった。
男は少しだけ肩をすくめるように笑った。
「……それは悪魔の証明ではないかな?」
フェイトは首をかしげる。
聞いたことのない言葉だった。
すると男は苦笑しながら続ける。
「『存在しないこと』を証明するのは難しい、という意味だ。私が管理局ではないことを証明する術はない」
少しだけ間を置いて、男は背中へ手を伸ばす。
抜き放たれたのは、美しい2本の大剣だった。
陽の光を受けて鈍く輝くその刀身は、ただの武器ではないことをフェイトにも理解させる。漆黒の鎧と同じように漆黒でありながら光を反射し、普通の武器ではないと思わせた。
男はその大剣を2本を両手で持ち、ゆっくりとこちらへ差し出した。
「とはいえ、君の警戒は理解できる。だから私の剣を預けよう」
フェイトの瞳がわずかに見開かれる。
「私の大事な相棒だ。冒険を共にしてきた仲間でもある。その剣を君に預ける」
武器を預ける。
それは戦士にとって、自分の命を預けることと同じなのではないだろうか。
少なくともフェイトにはそう思えた。
「それで、今日はここは引いて、協力について考えてくれないか?」
その声には焦りも威圧もなかった。
ただ、一人の戦士としての誠意だけがあった。
フェイトはしばらく男を見つめる。
兜の奥の表情は見えない。
それでも、この人は本気なのだと感じた。
もしこれが罠なら、自分は騙されるのかもしれない。
だけど――。
(少しだけ……信じてみたい)
そんな気持ちが胸の奥で芽生えていた。
「……分かりました。ここは引きます。剣は大切に保管させていただきます」
そう答えると、男はゆっくりと頷いた。
「ああ」
その短い返事には、不思議と安心できる響きがあった。
フェイトは剣を両手で受け取り、その重みを静かに感じる。
(この人は……敵じゃないのかもしれない)
そんな考えを振り払うように、フェイトはバルディッシュを握り直し、その場を後にした。
母が待っている。
今はまだ、それだけを考えようと自分に言い聞かせながら。
☆ ☆ ☆
「モモンさん!!」
ユーノが驚いたような声を上げる。
当然だ。
敵へ武器を預けるなど、普通なら正気の沙汰ではない。
だが、普通ではないからこそ意味がある。
「怒るな、ユーノ。彼女はその気になれば、ここにいる全員を殺すこともできたはずだ」
静かにそう告げる。
わざと落ち着いた口調を崩さない。
動揺はこちらの弱さを相手へ伝えてしまう。
たっち・みーなら、きっとこの程度で取り乱したりはしない。
「ちょっとあんた、何者なのよ!? それにここにいる全員を殺せるって!!」
アリサが思わず声を荒げる。
無理もない。
普通の人間なら、そんな現実は受け入れられないだろう。
「アリサちゃん……」
なのはが困ったように友人を見つめる。
「なのはから聞いていないか? ただの冒険者だ」
モモンガは肩をすくめるように答えた。
「なのはたちの魔法を聞いたが、『非殺傷設定』……だったか。便利な魔法だ」
一度言葉を区切る。
皆の視線が自分へ集まる。
「だが逆を言えば、殺傷設定にすれば君たち一般人を狙い続け、一般人を庇わさせることで、なのはや私を殺すこともできた。違うか、ユーノ?」
ユーノは苦い表情で頷く。
「……その通りです」
その返答に場の空気が一気に重くなった。
なのはも、アリサも、すずかも言葉を失っている。
無理もない。
なのはは自分が使っている魔法が、人を殺せる力でもあると改めて突きつけられたのだから。
アリサとすずかは、友人が手に入れたお伽噺のような魔法が、そんな危険をはらんでいたことに……だろうか?
だが、目を背けるべきことではない。
力とはそういうものだ。
「だが、彼女は協力すると言った私を否定しなかった」
フェイトの最後の表情を思い返す。
警戒。
迷い。
そして、ほんのわずかな期待。
少なくとも、自分にはそう見えた。
「恐らく、このタイミングでジュエルシードを狙っているということは、元々ユーノを襲ったのは彼女か、あるいは彼女の後ろにいる存在だろう」
「……それは、確かに」
ユーノも否定はしない。
「彼女自身が黒幕なのか、それとも命令されているだけなのかは分からない。だが、現地で使いつぶせる戦力ができたのであれば、それを利用しようとするか、あるいは危険視して排除しようとするか。その出方を見れば、彼女や背後にいる人物の考え方もある程度読めるはずだ」
ゲーム時代。
対人戦でも、ギルド戦でも同じだった。
相手の強さを知りたければ、まず動かしてみる。
どんな手札を切るのか。
何を優先するのか。
そこに相手の性格が現れる。
「……いや、さすがは冒険者というだけはありますね。そこまで考えているとは」
恭也が静かに感心したように呟く。そしてなのはに対して心配するように真剣に言葉をかけた。
「そして恐らく、モモンさんの言うことは正しい。なのは……今なら、モモンさんに全てを預けて引き返すこともできるはずだ。それでも魔導士を続けるのか?」
「……分からない。分からないよ。でも、あの魔導士さんは寂しい目をしていた。ほっとくことなんてできない」
恭弥の言葉にモモンガは内心だけで苦笑する。そしてなのはと恭弥のやり取り……そして友人たちとの会話を聞きながら思う。
(ゲームの読み合いが、まさかこんなところで役立つとはな)
相手を分析すること。
情報を整理すること。
最悪を想定して動くこと。
ギルドマスターとして身につけた癖は、この世界でも変わらないようだった。
「ユーノ」
子どもたちが喧嘩の言い合いになっているのを見ながら、モモンガは真っ直ぐユーノを見る。
「君はスパイだ」
「えっ?」
突然の言葉にユーノが目を丸くする。
「管理局が来るまで、この世界を守るために彼女のスパイとなることはできないか?」
もちろん危険な役目だ。
だからこそ、命令ではなく提案として告げる。
「私の最大の目的は、この星を守ることだ」
口にしながら、自分でも少しだけ可笑しくなる。
「私の出身世界は……人の際限なき欲望により滅んでしまった。私は偶然にも生き延びることができた。だから死の星であった私の出身世界と違い、生きている星を見るのが好きなんだ」
(嘘だがな)
本当の目的は違う。だが、死の星であったのは事実だ。真実と嘘を混ぜる。これがばれないためのコツだ。
なぜ自分だけがこの姿で過去へ飛ばされたのか。
仲間たちは……未来のリアルにいるのか、自分のようにアバターで飛ばされているのか。
元の世界へ帰る方法はあるのか。未来へ帰るべきなのか。
それとも、この過去で生きるべきなのか。
それらを知り、自分のこれからを決めること。
それが鈴木悟としての本当の目的だった。
だが、不思議と全てが嘘というわけでもなかった。
高町家の人々。
なのは。
ユーノ。
そして、先ほど出会った少女。
彼らは皆、自分の知るNPCではない。
ゲームのキャラクターではない。プレイヤーでもない。
悩み、笑い、傷つきながら生きている人間だ。
そんな世界が理不尽に壊されるのを、黙って見過ごしたいとは思えなかった。
(もちろん、最優先は自分の命だ――待て)
思考が一瞬、別の可能性へと飛ぶ。
仮にだが、次元震が起きた場合……地球はどうなる?
ユーノの話によれば、次元震は世界そのものを揺るがし、最悪の場合は滅ぼすことすらあるという。
本当に地球が滅ぶ可能性があるのか?
それとも、あくまで管理局側が想定する最悪の事態なのか。
情報が少なすぎる。現時点では判断できない。
無謀な英雄になるつもりはなかった。
自分一人の命を投げ出して誰かを救う――そんなのは、たっち・みーならともかく、自分の柄ではない。
もちろん、必要とあらば敵を殺すことも厭わない。オーバーロードとなった今ならなおさらだ。
今の自分はプレイヤー・モモンガである以前に、鈴木悟として考えるべき状況に置かれている。
ナザリックも、守護者たちもいない。
背負うべきものは、まだ何もない。
だが――。
仮に、次元震がこの地球を滅ぼすものだとしたら。
そして、この世界が自分の生きてきた未来へと繋がる過去だったとしたら。
親友たちの未来まで消えてしまうのではないか。
(いや、まだ断定はできない。この地球が俺たちの世界へ繋がっているなんて証拠はない……だが、否定もできない)
世界が違うと言い切る材料もなければ、同じだと証明する材料もない。
だからこそ、最悪を想定する。
それがギルドマスターとして染み付いた思考だった。
否定材料がない。なら、もしかしたら自分の先祖が死に、歴史が変わり、自分が生まれない未来になる可能性もあるのか……。
そして、それだけでは済まない。
たっち・みー。
ウルベルト。
ペロロンチーノ。
ぶくぶく茶釜。
そして、アインズ・ウール・ゴウンを築き上げた四十一人。
彼ら全員が、この世に生まれなくなる未来もあり得るのではないか。
(そうなった場合、俺は消えるのか?)
自分だけが消えるのなら、まだいい。
だが、あの四十一人の歩んだ人生そのものが最初から存在しなかったことになるのなら――。
それだけは、鈴木悟には到底受け入れられなかった。
胸の奥で、アンデッドとなったはずの感情が微かに波立つ。
精神抑制が働き、その揺らぎを静かに押し流していく。
それでも、思考だけは止まらない。
(分からない。分からないが……できる限り早く、この星が俺の未来へ繋がる世界なのかを確かめる必要がある)
最悪の場合は、超位魔法、『星に願いを』に願うしかない。
もっとも、それは最後の切り札だ。
切る前に、この世界の理をもっと知らなければならない。
いや、今考えられるのは、ジュエルシードか、それに類する願望機が、自分をモモンガの姿のままこの世界へ飛ばしたという可能性だ。
その仮説が正しいのなら、原因を突き止めることができるかもしれない。
(どうする? あの少女は地球を滅ぼすつもりはなさそうだ。だが、もし黒幕が存在し、本当にこの星を滅ぼそうとしているのなら)
その時、自分はどう動く。
逃げるか。
戦うか。
あるいは――。
(仮に、この地球が俺の未来へ繋がる世界だとしたら……たっちさんも、ウルベルトも、ペロロンチーノさんも……みんな、生まれてこなくなる可能性がある)
それだけは、鈴木悟には許容できなかった。
ナザリックのためではない。
ギルドのためでもない。
友人たちが笑い、ゲームを楽しみ、自分と馬鹿話をしてくれた、あの未来そのものを守りたい。
(なら、必要なら殺す。それ以外に方法がないなら躊躇はしない)
その覚悟だけは、既に決まっている。
(……だが、本当に他の方法はないのか。この星は本当に俺の知る未来へ繋がっているのか。まだ情報が足りない)
結論を急ぐな。
焦りは判断を鈍らせる。
情報を集めろ。
推測ではなく、事実を積み重ねろ。
それが、ギルド《アインズ・ウール・ゴウン》を率いてきたモモンガの流儀だった。
(皆を守るためなら……俺は――)
「モモンさん? どうしたの?」
なのはの心配そうな声で、思考が現実へと引き戻される。
「――いや、すまない。少し考え事をしていた」
そう答えながらも、その決意だけは胸の奥底で静かに固まっていく。
それは、モモンという冒険者の演技でも、たっち・みーを真似た英雄の振る舞いでもない。
友を失うことを何より恐れる、一人の男――鈴木悟自身の、本心だった。
☆ ☆ ☆
あの後、高町士郎たちは事情を聞いて、なのはを魔法から遠ざけようとしていた。ユーノも反対はしていない。自分という大人の協力者ができたことと、スパイとして活動する方が、この世界の人にとっても安全だと判断したのだろう。
問題があるとすれば……。
「でも!! あの娘は辛い表情をしてた! 無視するなんてできない!!」
これに対してなのはの家族は説得をしようとしていたが、なのはは頑固だった。そこで、自分は高町家のためになのはが身を引けるように提案をした。
「ふむ……つまりなのはは、あの少女と会えるなら、ジュエルシードの探索から身を引くと?」
「え? えっと、どうなんでしょう? ユーノ君の手伝いをしたいという思いは本物です。でも――」
「――でもはなしだ。つまりあの少女と話せるなら、なのはは身を引けるんだな?」
「……は、はい」
「なら、あの少女次第にはなるが、頼んでみよう。街を危険から遠ざけてくれるなら全面的に協力する。あとは……例えば、高町家に一時的に滞在してもらうのはどうだ? それなら彼女となのはも仲良くなれるだろう? もちろん、高町家の皆さん次第だが……」
「! それなら、私、ジュエルシードの争いから身を引きます! だからお父さん! お母さん! お兄ちゃん! お姉ちゃん!」
そのなのはの姿に高町家は一度視線を合わせた後に頷いた。恐らくここで無理押ししてもなのはは止まらないというのを家族の経験で知っているんだからだろう。
「……はぁ。分かった。なのは……すいませんモモンさん」
「構いませんよ、拠点を提供してくれるだけで、私は感謝です」
そして暫く高町家で話し合っているときに……魔導士たちが使う、魔法のようなものが発動された。
自分とユーノなのはが反応した。特になのはが大きく反応した。
『聞こえてますか? モモンさん?』
『……ふむ、こうか? ああ。聞こえている少女よ』
『私、高町なのはって言います!! あなたは!? 何ていうお名前なんですか?』
『……私は、フェイト・テスタロッサ』
『どうやら私と協力するか結論は出たようだな? 場所は? 私たちがいる場所は分かるか?』
『……はい、分かります』
『少し待っていてほしい』
「士郎さん。その少女から連絡が来た。この家に招いてもいいだろうか?」
その言葉に高町家はなのはを見た後頷いた。
「モモンさん。お願いします」
頷いて念話に集中する。
『では、私たちがいる場所に来てくれ。もちろん騙し討ちはしない。私の望みはこの星を守ることだからな』
フェイト「大切な相棒である武器を預けるなんて……誠実な人なんだな」