破滅予定の悪役貴族が突然善行に走ったら、周囲の好感度が反転するのか試してみた 作:あくやー
それまで悪いことをしてきたやつが、突然いいことをしたら評価されるなんてことがあるだろう。
悪として断罪されるはずだった奴が前世の記憶を取り戻し、これまでの態度を改めて周囲から見直されることがあるだろう。
しかし思う。
果たしてそんな都合よく物事が転がるものか?
実際、一度広まった悪評はそう簡単に拭えるものではない。
むしろ、逆に周囲の感情を逆撫でしてしまうことだってあるだろう。
とはいえ、そのままの態度を続けていれば、いずれ待っているのは破滅の未来。
流石にそんなのはごめんだ。
だからどっちにしても、何もしないって選択肢だけはありえないのだけど。
ただそれはそれとして試してみたくはないか?
果たしてめげずに善行を続けていけば、この悪評がどうなるか。
本当に物語みたいに好感度が反転すれば、それはきっと――なかなかどうして
■
俺は、痛みに頭を抑えながら周囲を見渡す。
記憶が混濁している。
先ほど衝突のさなかに突如として溢れ出した記憶のせいだ。
だから俺は、周囲の状況と自分自身について確認することにした。
豪奢な内装に、目もくらむような宝石の散りばめられた照明。
ここは貴族の子息が通う王立セレンディア学園。
俺のことを遠巻きに眺める連中も、そして俺自身も学園指定の制服を着ている。
内装と制服を華美だと認識するのは、
俺の名前はローレンティア・フォン・アフスハルド。
王立学園の二年生で、成績は優秀だが腫れ物のような扱いを受けている。
いまも俺を見る周囲の生徒は、どこか恐怖で顔が引きつっていた。
絵に描いたような暴虐貴族、などという評価を理解できるのも、なんとも変な感覚だ。
そんな俺は現在、廊下の角から突然現れた女と激突していた。
その際に強く頭をうち、不思議なことに前世の記憶とやらが降って湧いたわけだ。
つまらない男の記憶で、これが本当に俺の前世か、と思うところもあるがそれは前世の俺からしても同様だろう。
俺とぶつかった女は、初対面の相手ではない。
アリシア・フォン・ルスクレア。
同学年の生徒で、男子からも女子からも人気が高い。
気の強い女で、俺のことを蛇蝎のごとく嫌っているわけだが――珍しいことに、今回は完全に向こうに非がある激突だった。
こちらは普通に歩いているだけだからな、本来なら謝る必要などどこにもない。
そして、だからこそ俺はあることをためそうとしていた。
「し、……失礼したわ、ローレンティア・フォン・アフスハルド。不注意だったの」
アリシアという女は高潔な女だ。
いくら俺を嫌っていても、自分に非があることであれば謝罪を口にする女である。
だからこそ、記憶を思い出してからここにいたるまでの短い時間。
混乱する意識の中でも、あることをためそうと俺は心に決めていた。
それは――
「ああ、気にしていない。お前も気にするな」
「――は?」
「こちらこそ、ぼーっとしていて悪かったな。急いでいたのだろう」
――ごくごく常識的な返事をするということ。
それから立ち上がり、折角なので手間で差し伸べてみせる。
そのまま、俺は謝罪の言葉を口にした。
「――――」
おお、コレはなかなか珍しい反応だ。
あの血気盛んなアリシアが、完全に思考を停止している。
差し伸べた俺の手と、自身を見下ろす俺の顔に何度も視線を行き来させていた。
それから、不意にあるタイミングで状況を理解したのだろう。
頬が引きつった。
若干の気色悪さと、困惑を綯い交ぜにした複雑な表情。
これも、アリシアらしくない反応だ。
とはいえ、その後は即座に俺の手を借りること無く立ち上がると、元のキリっとした表情で口を開く。
「貴方の情けは不要よ。今回のことは、全面的に私が悪かったわ。改めて、後日正式に謝罪する。けど今は申し訳ないけれど貴方の言う通り、急いでいるの」
「解っている、早く行くといい」
「……っ。か、感謝するわ」
俺が横に退くと、アリシアは慌てて一礼してから駆け出す。
ただ、その後一回こちらへ振り返ったのと、感謝を口にする際、前世の言い回しで言うと「マジで何なんだこいつ」みたいな顔をしたことは確かだった。
周囲の俺を眺める生徒達は、完全にポカンとしたまま俺のことを見たまま固まっている。
――まぁ、こうなるだろうな。
はなから解ってはいたことだ。
別に一つの行動で、それまで積み重ねてきたことが変わるわけではない。
そのことを改めて確認しながら、俺はその場を離れる。
その間、俺に声をかけてくるものはいなかった。
■
ローレンティア・フォン・アフスハルドは将来的に破滅するらしい。
前世の記憶が、俺にそう告げている。
冗談じゃない、いくらなんでも解っている破滅を座して待つのはごめんだ。
とはいえそれで周囲に媚びへつらって生存しようとするのも、俺の主義に反する。
ただその点、突如として俺が品行方正になるというのは、決して俺にとっても悪い話じゃない。
今までのことは悪かったと、謝ることはしない。
その代わりに、これからは清く正しく、人のために生きるのだ。
そうするとどうなるかは、先程のアリシアが証明してくれている。
「おい、戻ったぞ」
「あ、ご、ご主人様……お、おかえりなさいませ」
俺が寮の自室に戻ると、ちょうど清掃をしていたらしい従者のリシェラが肩を震わせて、こちらに振り返る。
それから深々と、ほとんど直角くらいの角度で俺に頭を下げた。
怯えた様子で、これから行われるであろう折檻に備えている。
これまでなら俺が帰ってくるまでに掃除を終わらせていないことを、叱っていたからな。
「も、申し訳ありません! そ、掃除が終わっておらず……あの、その!」
「――構わん」
「んひぇっ?」
そんなリシェラが、俺の言葉にほとんど飛び上がるといった表現が正しいような挙動で頭を上げる。
手にしていた箒を抱えて、その顔にはやはり怯えがあった。
「もとよりこの部屋は、一人で清掃を済ませるには広すぎる部屋だったからな、致し方のないことだ」
「ご、ご、ご主人様……?」
「ああそうだ、折角だ。この際俺が手伝ってやろう。その方がお前も早く仕事が済むだろう?」
「はいっ!?」
今度こそ、本当に飛び上がって、後ろに一歩後退した。
ただ、そこでどこか納得が言った様子で、少しだけ落ち着きをみせるリシェラ。
代わりに怯えが増しているが、おそらく俺の親切は悪戯の前フリだと思っているのだろう。
そこで俺は、本が詰め込まれて重くなっている本棚を、風の魔術で持ち上げる。
俺の本領は風魔術だ、この程度はなんてことない。
「ほら、これでこの下も清掃がしやすいだろう?」
「えっ――――」
そしてそこで、納得が完全に困惑するリシェラ。
これだ、この反応が見たかったのだ。
どうだこのポカンとした顔、何一つ理解が追いつかないという混乱の表情。
リシェラは基本、怯える以外の感情表現を持たないような女だ。
それがこうも取り乱しているのだから、見ていてこれほど面白いことはない。
「別に俺はこのままでも構わんが、掃除しないのか?」
「あ、は、はひぃ!?」
未だに若干事態を飲み込めていないといったような声音で、リシェラが慌てて浮き上がった本棚の下を清掃する。
以前の俺なら主人になんてことをさせているのか、と本気で罵倒していたところだが……これはこれで悪くない。
それからリシェラが掃除を済ませる様を近くで観察しながら、普段はリシェラにまかせている身支度を済ませると、やはりリシェラが驚いた様子であった。
「夕餉にするぞ、メニューは任せる、好きにしろ。ああそうだ、お前の賄いも用意しておけよ?」
「えっえっえっ」
――うむ、やはり。
これはいいな。
どうしてこんな面白いこと、思いつかなかったのだろう。
俺はこれまで、周囲にさんざん口汚い言葉を吐き捨ててきた。
そんな俺が今度は常識的な発言をして、相手を気遣う。
すると相手は困惑し、時には気味が悪いという表情を浮かべる。
特にうちの従者は臆病だから、それはもういい反応をするわけだ。
――
前世の記憶を取り戻して俺は思ったのだが、挨拶とはこの世で最もコストパフォーマンスに優れる嫌がらせだ。
なぜなら挨拶とは、何一つ論理的に瑕疵のない正当性の高い行動である。
どれだけ嫌な相手から挨拶されたとしても、それには挨拶で返さなければならない。
なぜなら挨拶を返さなければ、その時点で眼の前の嫌な相手より自分が倫理的に劣った存在になってしまうから。
正しい人間なら、そんなことはしたくないよな?
決めたぞ、俺はこれから正しく生きる。
それこそが、俺という存在を疎ましく思う連中にとって、最も最高の嫌がらせになるからだ。
加えて、俺が生き残るための道筋を手にすることもできれば一石二鳥……と、前世では言うのだったか。
この前世の記憶というのも面白いな。
こいつ、これだけ娯楽に溢れた生活を送っていながら、こんな無為な人生を送っていたのか。
嘆かわしい。
だが俺は違うぞ、必ずやこの前世の俺が言う”面白いゲームの世界”を、堪能し尽くしてやろうじゃないか――