読み飛ばしにご注意下さい。
今回も三人称視点にしてみました
目的ができた幸人の成長は早かった。マスターに教えてもらった事を思い出しながら基礎を固め、楽譜を見ながら色んな音楽を聴き、自分に足りないものを知る。
自分より上手い演奏を毎日聴けるその場所は、幸人にとって最高の場所だった。
見よう見まねで練習する幸人にマスターが短く指摘を飛ばす。確実に上手くなるその指摘を、素直に受け取る事はできなかった。マスターに憧れて始めた音楽を、両親を探す為に利用している。
その事が、どこか引っ掛かっていた。
時を重ね、小学校に入学しても、幸人が音楽を優先する生活は変わらなかった。マスターに心配させない様に、授業中は勉強に集中し、そこそこの成績をとる。その一方で、休み時間は音楽の事ばかり考えていた。
楽譜を見て出来ない事を確認し、家ではそれを練習し時折飛んでくるマスターの指摘を渋々受け入れる。そうやって、できる事を一つずつ増やし続けた。
両親と離れて3年が経とうとしていても、幸人は両親の夢を見続けている。
休みの日に一緒に遊んでもらった。
誕生日にプレゼントを貰った。
一緒にご飯を食べた。
それが本当にあった事なのかは、もう分からない。
それでも決まって、最後には捨てられた。
「はっ、はっ、はっ」
まだ暗い中、呼吸も荒く目を覚ます事は珍しく無かった。
そうして目覚めるたび、幸人の中には一つの疑問が生まれる。
どうして僕を捨てたの?
その疑問は、消えることなく幸人の中に残り続けた。
小学校も5年生になる頃には、幸人も色々と計算できる様になった。探偵に頼むならいくら必要なのか。見つかった後、会いに行くための旅費は。そこに泊まるなら、さらに金がいる。
色々な状況を考え、どんどん増えていく目標金額に、幸人は別の手段で稼げないかを探した。そして辿り着いたのは、賞金がでるコンクール。見たこともない金額。それだけで幸人が選ぶ理由としては充分だった。ただ、そのコンクールに出ている人の演奏を聴いた時、まだ足りないと理解できた。
それでも、遠くない。
その日から、幸人の練習は少し変わった。店の客に受けるジャズ音楽よりも、コンクールで受ける音楽をよく練習する様になった。元々テナーサックスやバリトンサックスも練習していたが、さらに練習を重ね、曲に合わせて楽器を変える。自由に吹かず、楽譜に忠実に、難易度の高い曲を完璧に吹く。そんな練習は今まで幸人が行ってきた練習に相性が良かった。
また、夢を見た。
お金が貯まり、両親を見つけ、会いに行く。
そしてまた、捨てられる。
毎日の様に夢に蝕まれ、幸人の心はとっくの昔に限界を迎えていた。
そんなプレゼントもう遅いよ!みんなもう飽きちゃったんだ!そんなものもう要らない!
それも夢。
どうして僕を捨てたの?
僕がいい子じゃ無かったから?
違うよ。
僕はもっと早くお願いしてたんだ。
待っててって言われてもちゃんと待ってた。
そんな事、僕は言ってない。
俺は悪くない。
捨てられる様な事、何もしてない。
パパが…父さんが、母さんが悪いんだ!
その日、少年は復讐を誓った。
次の日から、サックスの練習に加え体も鍛え始めた。楽器を背負って走り、山を登り、息を切らして楽器を吹く。スクワットをしながらサックスを吹いたり、体の至る所に目立たない錘をつけて学校に行ったり、馬鹿な練習も色々続けた。
とにかく早く、成長したかった。
中学に上がる頃には身長も170cmを超え、そこら辺の大人には負けない体格と、サックスの技術を手に入れた。
そして、初めてコンクールに出た。
賞金が高かったから一般の部に出た幸人は、大人と一緒の舞台でも違和感がなかった。
結果は金賞。
その賞金は、幸人の貯金を目標金額に大きく近づけた。
それだけが、喜びだった。
それからもいろんなコンクールに出場し、何度も金賞を獲得した。何度も、何度も、獲得した。影でコソコソ言われているのも知っている。それでも、お金が貰えればそれで良い。だから、店にも立ち続けた。
「幸ちゃん、こっちのリクエストも聞いてくれよ」
「はーい!ちょっと待ってくださーい」
人間関係に興味はなかった。友達がいたところで、幸人の目標には近づかない。でも、ここでは違う。昔から可愛がってくれている人たち、最近来てくれる様になった人たち。みんなに媚を売る。
そうすれば、みんなチップが弾むから。
店で見せる笑顔も、演奏も、以前と変わらなかった。
それは中学3年生まで続いた。
店で吹いた。
コンクールで吹いた。
そうやってお金が貯まった。
後で聞き返そうと思って録音した音源をただアップロードしただけのチャンネルが、いい稼ぎになった事は幸人にとって嬉しい誤算だった。
500万円。
遠かった。本当に遠かった。でも、これだけあれば、絶対に逃さない。
これで俺はようやく...
探偵に依頼を出してから、呼び出されるまで一週間しかかからなかった。優秀な探偵を選んだ。そう思っていた幸人は、軽い足取りで探偵事務所に入った。
そこで告げられた言葉は、幸人の全てを壊した。
「真島恒一さん、並びに愛さんは既にこの世にいません」
その先の言葉は、幸人の頭にぼんやりとしか入ってこなかった。
「10年ほど前……ですね。どうやら借金の連帯保証人......た様です。車でこの辺りまで逃げ……そこで見つかって、その……転落した様です」
断片しか聞こえなかったが、次の目的を見つけた。
「その、借金をしていた人は、今どこに…」
その人物についても、すぐに調査結果が出た。
「その方も、亡くなっている可能性が高いです。正確には行方不明のままで、確認されたわけではありません。ただ、状況から考えて、生きているとは考えにくいでしょう」
詳しい事は語られなかった。ただ幸人には、充分だった。
こうして俺は目的を失った。
その日から幸人は部屋に引きこもり、何もせず、ただ怠惰な時を貪った。それも、三日目には幸人は部屋を出ていた。
1人で街に繰り出し、誰も幸人を知らない場所を求めて歩いた。気付けば、治安の悪さで有名な場所。その場所で肩がぶつかる、それは開戦の合図。今では無駄になってしまったその身体を使い、向かってくる男達を倒していく。
どれだけ殴っても。
どれだけ殴られても。
どれだけ勝っても。
どれだけ負けても。
幸人の心は少しも動かない。
それでも幸人は暴れ続けた。
どれだけの時間、そうしていたのか。もう幸人にも分からなかった。
目的も無く歩き続けていた幸人は、気付けば川辺に辿り着いていた。周囲に興味がなかった頃、何度か通った事がある川辺。そこに架かる橋の手摺りに肘をつき、懐かしいとも言えないその景色を見ていた幸人に、音楽が届いた。
聞いたことのない音色。なんの楽器かも分からないその音色に耳を傾ける。
いつのまにか音楽が止み、幸人の前を人影が横切った。見た事がない制服を着た人の手にある、見た事のない楽器ケース。あれは、なんの楽器なのだろう。そんな疑問は、人影と共に消えた。
幸人もまた、歩き出した。
目的地の無いその足は、Blue Lanternの前へと幸人を運んだ。 10年という時を過ごした場所。実家よりも長い間を過ごした場所。
あたりも暗く営業時間も終わっているはずのその扉は、なんの抵抗もなく開いた。
お客さんのいない店内には、音楽が溢れていた。
あの日、幸人の憧れた背中。
そして、今ようやく気が付いた。
純粋だった憧れを裏切った。
不純に塗れた目的を失った。
最後に残った居場所を捨てた。
その先にいた自分は、どうしようもなく空っぽだった。
ただ、それでも。
俺の中には、音楽があった。
「おかえり。随分暴れたみたいだな。もう気はすんだか?」
「…なんで?」
「この店にいたら、お前の話はよく聞こえてくるからな」
「怒らないの?」
「若気の至りだ」
「でも…俺は、音楽を…」
「努力する理由なんて、なんだっていい。方向性が合ってりゃな。」
「...でも...でも、」
「間違ってたらぶん殴ってやる。俺にそんな事させんなよ」
「ごめん...ごめん...マスターぁ」
「泣くなよ、飯が不味くなる」
その日の晩御飯はこの10年で一番美味しかった。いつもよりしょっぱくても、それでも。
また、夢を見た。
そんなプレゼントもう遅いよ!みんなもう飽きちゃったんだ!そんなものもう要らない!
それは、思い出。
確かにプレゼントはもらった。
一年に一回のプレゼント。
誰かの借金があっても、それでも用意してくれたプレゼント。
そんなプレゼントに酷いことを言ってしまった。
借金があるなんて知らなかった。
いや、気付かせなかった。
逃げ出すくらい追い詰められていたなら、家に来られていてもおかしくなかった。
それでも、両親は幸人に気付かせなかった。
ごめんねとだけ言って仕事に行き、寝る間を惜しんで働いて、たまの休みは幸人と一緒に遊んだ。
ごめんね。父さん、母さん。俺が間違ってた。
いいんだ幸人。
幸せになってね幸人。
それは夢。
都合のいい、幸人の望んだ夢。
それでも...
俺は今を楽しく生きていくよ。 誰よりも幸せな人生を送ってやる。いつ死んでも、父さんに、母さんに、幸せだったよって言いたいから。
その日、俺に目的ができた。
そろそろUAが5000お気に入りも50件を迎えようとしていて、執筆活動初心者の私としては、この大台に乗れる事を非常に嬉しく思います。これも、日頃から読んで頂けている皆様のおかげです。本当にありがとうございます。
アニメ話数でいえは中盤を迎えたこの世界一幸せな男が、最終話まで後何話書く事になるかは私自身わかりませんが、これからもお付き合い頂けると幸いです。