新暦0082年5月15日。夕方。
St.ヒルデ魔法学院の校門前で、高町ヴィヴィオはなのはを待っていた。
空は赤く染まり始めていた。
下校する生徒達の声が、校舎の方から次々と流れてくる。部活動へ向かう生徒、友達と寄り道の相談をする生徒、端末を覗き込みながら笑う生徒。いつもと変わらない、穏やかな放課後だった。
けれど、ヴィヴィオの胸の奥には、小さな違和感があった。
なのはママが迎えに来る。
それ自体は珍しいことではない。仕事が早く終わった日や、用事がある日は一緒に帰ることもある。
だが、今日の通信で聞こえたなのはの声は、いつもより少し硬かった。
―今日は、私が迎えに行くね。
大丈夫だと答えたヴィヴィオに、なのはは言った。
―わかってる。でも、今日は一緒に帰りたいの。
その言葉が、ずっと胸に残っていた。
「ヴィヴィオ、今日お迎え?」
クラスメートの一人が声をかけてくる。
「うん。なのはママが来るんだ」
「いいなぁ。高町教官、かっこいいもんね」
「教会の指導官だよ」
ヴィヴィオは苦笑した。
同級生達にとって、なのはは有名人だ。
管理局時代のことを知っている大人達ほどではないにしても、聖王教会の若手騎士を鍛える一流魔導師として、その名は知られている。
ヴィヴィオが高町なのはの娘であることも、学院では周知の事実だった。
誇らしい。それは本当だ。
でも時々、その名前の大きさに息が詰まりそうになる。
「じゃあね、また明日」
「うん。また明日」
友達と別れ、ヴィヴィオは校門の外へ視線を向けた。少しして、見慣れた姿が見えた。
紺色のパンツスーツ。
柔らかい栗色の髪。
優しい瞳。
なのはは、ヴィヴィオを見つけると小さく手を振った。
「お待たせ、ヴィヴィオ」
「全然待ってないよ。お仕事、大丈夫だった?」
「うん。今日はもう切り上げてきたから」
なのはは笑った。けれど、その笑顔はやはり少し硬かった。
ヴィヴィオはすぐに気づいた。でも、すぐには聞かなかった。
2人は並んで歩き出した。
校門を離れ、夕暮れの歩道をゆっくり進む。
しばらく、なのはは何も言わなかった。ヴィヴィオも黙っていた。やがて、なのはが足を止めた。
「ヴィヴィオ」
その声で、胸の奥が少しだけ冷えた。
「うん」
「落ち着いて聞いてね」
一般人よりは濃密な人生を送っているヴィヴィオの経験上、そう前置きされる時に良い知らせだったことは限りなく少ない。ヴィヴィオは背筋を伸ばした。
「大丈夫。聞くよ」
なのはの目が、ほんの少し揺れた。
大丈夫。また言ってしまった。ヴィヴィオはそう思った。でも、口に出た言葉は戻せない。
なのはは、静かに告げた。
「昨日の夜、管理局の研究保管施設が襲撃されたの。ロストロギアが奪われた」
「ロストロギアが……?」
ヴィヴィオの声が小さくなる。
「警備の局員さん達が怪我をした。でも、命に別状はないって」
「よかった……」
安堵しかけた瞬間、なのはの表情がさらに曇った。
「それと、シグナムさんが、襲撃者と戦って……負傷した」
ヴィヴィオは息を呑んだ。
シグナム。
八神家の騎士。
烈火の将。
ヴィヴィオにとっては、幼い頃から時々会っていた、厳しくて優しい人。
「シグナムさんは?」
「命に別状はないよ。シャマル先生も確認してる。3日くらいで目を覚ますだろうって」
「……よかった」
本当に、そう思った。けれど、それだけでは胸のざわつきは消えなかった。
シグナムが負傷した。しかも、襲撃者と戦って。
「相手は、そんなに強い人だったの?」
なのははすぐには答えなかった。
「少年の魔導師だったって」
「少年……?」
「詳しいことはまだわからない。でも、シグナムさんを倒せるくらいの相手だった」
ヴィヴィオの背筋に冷たいものが走った。
シグナムを倒す少年。そんな存在がいる。それだけで、非現実的だった。
「なのはママは、これからどうするの?」
「明日以降、管理局や教会と情報共有することになると思う。ヴィヴィオにも、必要なことはちゃんと話す」
「私も、何かできる?」
なのはは少しだけ目を細めた。
「今は、いつも通り過ごすこと。危ないことには近づかないこと。それから、何か気になることがあったら、必ず私に話すこと」
「うん」
ヴィヴィオは頷いた。けれど、心の奥で別の声がした。
いつも通り過ごす。
それでいいのだろうか。
5年前も、きっと誰かがそう言ったのではないか。
大丈夫。まだ何も起きていない。いつも通りでいい。
そして、エリオは死んだ。
ヴィヴィオはその考えを振り払った。今は、なのはに心配をかける時ではない。
「大丈夫。ちゃんと気をつけるよ」
そう言うと、なのははまた少しだけ寂しそうに笑った。
5月18日。午前。
シグナムの意識が戻ったと連絡が入り、なのはとヴィヴィオはクラナガン中心部の病院へ向かった。
病院の廊下には、八神家の面々が揃っていた。
はやて、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リィンフォースⅡ、アギト。
皆、疲れた顔をしている。それでも、シグナムが目を覚ましたことで、少しだけ表情は緩んでいた。
「なのはちゃん、ヴィヴィオ」
はやてが2人に気づき、歩み寄ってくる。
「来てくれてありがとう」
「シグナムさんは?」
なのはが尋ねる。
「意識ははっきりしとる。まだ無理はさせられへんけど、話はできる」
はやてはヴィヴィオへ視線を向けた。
「ヴィヴィオも、心配してくれてありがとうな」
「はい。シグナムさんが無事で、本当によかったです」
ヴィヴィオが答えると、ヴィータが横から乱暴に頭を撫でた。
「まったくだ。あいつ、頑丈だけが取り柄みてぇな顔してるくせに、あんな派手にやられやがって」
「ヴィータちゃん」
シャマルがたしなめる。
「わかってるよ。無事でよかったって言ってんだ」
ヴィヴィオは少しだけ笑った。
病室に入ると、シグナムは上半身を少し起こした状態でベッドにいた。
包帯が身体のあちこちに見える。顔色は悪いが、目の力は失われていない。
「高町、ヴィヴィオ。来てくれたか」
「無理しないでください、シグナムさん」
ヴィヴィオは思わずそう言った。シグナムは薄く笑う。
「心配をかけたな。だが、見ての通り生きている」
「見ての通り、って言う状態じゃないよ」
ヴィータがむっとする。シグナムは何も言わなかった。
なのははベッドの傍に立つ。
「シグナムさん。襲撃者のこと、聞いてもいい?」
シグナムの表情が、わずかに硬くなった。
「あぁ、先程主にも話したところだ」
はやてが端末を取り出し、簡易投影を起動する。
そこには、シグナムの証言を元に作成された似顔絵が表示された。
黒いバリアジャケットの少年。仮面を外した後の顔。
ヴィヴィオは、その絵を見た瞬間、胸の奥が強く跳ねた。見覚えがあった。
「……フェリオ、くん?」
小さな声が漏れた。全員の視線が、ヴィヴィオに集まる。
なのはが困惑した声をあげた。
「ヴィヴィオ?」
ヴィヴィオは似顔絵に近づく。
「この子……たぶん、私、会ってる」
病室の空気が一気に張り詰めた。はやてが静かに問う。
「いつ、どこで?」
「5月12日。街で、お婆さんが倒れて……その時、一緒に助けてくれた男の子がいたの。名前はフェリオって」
ヴィヴィオは端末に付属しているペンを借り、似顔絵に描き足した。
キャップ。
眼鏡。
赤いジャケットの印象。
「この格好だった。顔は……似てる。ううん、ほとんど同じだと思う」
なのはの顔から血の気が引いた。
「5月12日……墓参りの翌日」
はやてが呟く。シグナムは似顔絵を見つめ、目を伏せた。
「フェリオ、と名乗ったのか」
「はい」
ヴィヴィオは頷く。
「名字は聞いてません。でも……私の名前を聞いた時、少し驚いたみたいでした。高町ヴィヴィオって」
病室に沈黙が落ちる。
なのはは、ゆっくりと息を吸った。
「フェイトちゃんと関係がある可能性が高い」
誰も否定しなかった。
フェリオ。
エリオに似た顔。
フェイトを思わせる動き。
キャロとフリードを思わせる竜の力。
偶然にしては、あまりにも出来すぎている。
ヴィヴィオは、自分の胸がざわざわと騒ぐのを感じた。
あの時のフェリオは、悪い人には見えなかった。
倒れたお婆さんを助けるために、迷わず駆け寄った。
冷静で、的確で、優しかった。
その彼が、管理局施設を襲い、シグナムを倒した。
どうして。
「ヴィヴィオ」
なのはが静かに言う。
「このことは、これから詳しく調べる。でも、もしまた彼に会っても、1人で近づかないで」
「でも」
「お願い」
なのはの声は、優しかった。けれど、強かった。
ヴィヴィオは頷くしかなかった。
「……うん」
それでも、心の中には納得できないものが残った。
フェリオと話したい。
何が起きているのか、聞きたい。
その気持ちは、消えなかった。
病院を出たのは、昼過ぎだった。
はやて達はシグナムの件と施設襲撃の調査で残り、なのはとヴィヴィオだけが先に帰ることになった。
病院の外は穏やかに晴れていた。
3日前の不安な夕方とは違い、光は柔らかく、街路樹の葉が風に揺れている。
けれど、ヴィヴィオの心は晴れなかった。
「ヴィヴィオ」
なのはが声をかける。
「さっきのこと、怖かった?」
ヴィヴィオは少し考えてから首を振った。
「怖いっていうより、わからない」
「うん」
「フェリオ君、お婆さんを助けてくれたんだよ。すごく冷静で、優しくて……でも、シグナムさんを傷つけた人でもあるんだよね」
なのはは答えなかった。
「人って、そんなに違う顔を持てるのかな」
その問いは、ヴィヴィオ自身への問いでもあった。
優しい人が、誰かを傷つける。
正しい人が、間違える。
守りたい人が、壊す。
5年前の話を調べてから、ヴィヴィオの中にはずっと同じ疑問があった。
世界は、なぜこんなに複雑なのだろう。
「ヴィヴィオ」
なのはが言いかけた、その時だった。
前方の歩道に、2人の人影が立っていた。
1人は黒いワンピースを着た女性。長い金髪には白いものが混じり、顔色はひどく悪い。
それでも、その立ち姿はヴィヴィオの記憶の奥にある誰かと重なった。
もう1人は、赤いジャケットの少年。キャップも眼鏡もない。
その顔は、病室で見た似顔絵と同じだった。
ヴィヴィオの足が止まる。なのはも、動けなかった。
時間が、止まったようだった。
女性が、静かに口を開いた。
「久しぶり、なのは」
その声を聞いた瞬間、なのはの表情が崩れた。
「……フェイトちゃん」
フェイト・
5年前に姿を消した人。
ヴィヴィオにとって、もう1人の母だった人。
記憶の中のフェイトは、もっと柔らかく笑っていた。
金色の髪はまっすぐで、瞳は優しく、抱きしめてくれる腕は温かかった。
目の前のフェイトは、同じ人なのに、違って見えた。
痩せている。
白髪が混じっている。
瞳の奥が、深く沈んでいる。
でも、間違いなくフェイトだった。
「フェイトママ……?」
ヴィヴィオは、思わずそう呼んだ。フェイトの瞳が、大きく揺れた。
「ヴィヴィオ」
その声は、泣きそうだった。
一歩近づこうとして、フェイトは踏みとどまった。
まるで、触れてはいけないものを見るように。なのはが、ようやく声を絞り出す。
「フェイトちゃん……今まで、どこに……キャロは? アルフは? どうして……」
聞きたいことが多すぎて、言葉にならない。フェイトは静かに首を横に振った。
「ここでは話せない。少し、場所を変えよう」
フェリオが一歩前に出る。
「周囲に監視の気配はありません。ただ、長時間の滞在は推奨出来ません」
その言葉遣いが、あまりにも落ち着いていて、ヴィヴィオは胸が痛くなった。
「フェリオ君」
彼の名前を呼ぶと、フェリオはヴィヴィオを見た。
「……高町ヴィヴィオさん」
「ヴィヴィオでいいよ」
反射的にそう言ってから、ヴィヴィオは自分でも驚いた。こんな状況で、何を言っているのだろう。
フェリオは少しだけ目を伏せた。
「では、ヴィヴィオさん」
距離のある呼び方だった。
4人は、病院から少し離れた場所にある小さな喫茶店へ移動した。いわゆる隠れ家的喫茶店であり、この時間帯でも客は多くない。
店の一番奥にある個室。そのテーブルになのはとヴィヴィオ、フェイトとフェリオが向かい合う。最初に注文をしてから、誰も口を開かない。
やがて、4人分の飲み物と、フェイトが追加で注文したレモンパイが2皿運ばれてきた。
「このお店が残っていて、本当に良かった…エリオもキャロもこの店のレモンパイが大好きだったから…フェリオ、ヴィヴィオ、このレモンパイ、本当に美味しいから食べてみて」
「…フェイトさんを差し置いて、僕だけが食べるわけには…」
「私はいいの、フェリオに食べてほしいから。ね?」
「……わかりました」
フェイトの言葉に頷き、フォークを手にするフェリオ。ヴィヴィオもフォークを手に取り、レモンパイを食べ始める。
「…凄く、美味しいです」
「…良かった」
どこか感動した様子のフェリオを見て、優しく微笑むフェイト。張りつめていた空気がホンの少しだけ緩み、どこか話しやすい雰囲気となる。
「フェイトちゃん」
そして、最初に口を開いたのは、なのはだった。
「フェイトちゃん。帰ってきて」
それは問いではなかった。願いだった。
フェイトは目を伏せる。
「できない」
「どうして」
「私には、やらなければならないことがある」
「ロストロギアを奪うこと?」
なのはの声が震える。
「シグナムさんを傷つけること?」
フェイトの表情が痛みに歪んだ。
「シグナムには……申し訳ないと思ってる。命に関わる傷ではないようにしたつもりだった。それでも、傷つけたことに変わりはない」
「だったら―」
「でも、止まれない」
その声は、静かだった。静かすぎるほど、固かった。
ヴィヴィオは、フェイトの横顔を見つめた。
フェイトは何かを隠している。それも、自分の命より大きな何かを。
「フェリオ君は」
ヴィヴィオは少年を見る。
「フェイトママと、どういう関係なの?」
「………」
フェリオは答えなかった。代わりに、フェイトが答えた。
「私が保護した子」
「保護?」
「4年半以上前になる。違法研究施設の隠し部屋…カプセルの中にいた。名前もなく、番号だけで呼ばれてた」
フェイトの声がわずかに震える。
「エリオの遺伝子情報を元に作られた…クローンだった」
なのはの顔が強張った。
ヴィヴィオは息を呑んだ。
エリオのクローン。
だから、似ている。
だから、シグナムが動揺した。
だから、フェイトやエリオを思わせる戦い方をする。
「フェリオという名前は、私がつけた」
フェイトは続ける。
「幸せになってほしかったから」
フェリオは、何も言わずにフェイトを見ていた。
その瞳には、深い信頼と、痛いほどの依存があった。
なのはは唇を噛んだ。そして、少しの躊躇いと共に口を開く。
「フェイトちゃん。治療を受けよう」
唐突な言葉に、ヴィヴィオはなのはを見た。
「なのはママ?」
なのはの視線は、フェイトの顔色と、細い手首に向けられていた。
「病気…なんでしょう?」
フェイトは、一瞬だけ目を閉じた。
「……気づいてたんだね」
「見ればわかるよ。フェイトちゃん、昔と違う。痩せすぎてる。魔力の循環も何処かおかしい」
ヴィヴィオの胸が冷たくなる。
病気。フェイトママが。
フェイトは少しだけ笑った。
「母さんと同じ病気だって言われた」
なのはの表情が凍った。
「治療、すれば…」
「今からだと、もう手遅れ」
「嘘」
なのはの声が震えた。
「嘘だよ。ちゃんと診てもらえば――」
「診てもらった。3年前に」
フェイトは静かに言った。
「その時に治療に専念すれば、まだ可能性はあった。でも、私は選ばなかった」
「どうして!」
なのはの声が、初めて大きくなった。
フェリオが微かに身構えたが、フェイトが手で制した。
「時間がなかったから」
「命より大事なことなんてないよ!」
「あるよ」
フェイトは、なのはをまっすぐ見た。
「私には、ある」
その目を見て、ヴィヴィオは背筋が冷えた。
フェイトは死にたいわけではない。でも、生きることを最優先にしていない。
「…フェイトママ」
ヴィヴィオは思わず呼んだ。
「帰ってきて。今からでも遅くないから、病院で治療して。なのはママも、クロノさんも、はやてさんも、皆……ずっと探してたんだよ」
フェイトの瞳に涙が浮かんだ。
「ごめんね、ヴィヴィオ」
「謝るなら、帰ってきてよ!」
自分でも驚くほど強い声が出た。
フェイトは何も言えなかった。
なのはが立ち上がる。
「フェイトちゃん。一緒に来て。今ならまだ、やり直せる。罪は消えないかもしれない。でも、私も一緒に背負う。クロノ君もはやてちゃんも、きっと―」
「なのは」
フェイトが名を呼んだ。その声だけで、なのはは言葉を止めた。
「ありがとう」
フェイトは微笑み…そして、真剣な顔で言った。
「でも、私は戻らない」
話し合いは平行線で終わり…4人は喫茶店を後にした。
誰もが無言のまま歩き…喫茶店近くの公園に差し掛かったところで、突然周囲の景色が歪んだ。
結界。
なのはの表情が変わる。
フェイトの手には、相棒であるデバイス『バルディッシュ・アサルト』が握られていた。
「クロスファング」
「Boy.
フェリオもクロスファングという名の手斧型デバイスを装備する。
「フェイトちゃん!」
「なのは、少しだけ…付き合って」
フェイトは静かに言った。
「今の私達を知ってもらうために」
結界の展開が完了する。
なのははレイジングハートを構えた。
ヴィヴィオも反射的にブレイブハートを起動する。
「
「うん。ブレイブハート、セットアップ!」
「
ヴィヴィオの身体を、バリアジャケットが包む。
白を基調に、なのはの少女期を思わせるシルエット。
更に胸元と両肩、腰部、前腕、両脛に追加装甲が装備される。
フェリオはバリアジャケットを纏い、少し離れた場所に立っていた。
「ヴィヴィオさん。あなたの相手は僕です」
「戦いたくない。私、フェリオ君と話がしたい」
「戦いながらでも、言葉は交わせます」
「そういう意味じゃないよ!」
ヴィヴィオの叫びを聞きながら、フェリオが動いた。二挺の手斧が投げられる。
「アクセルシューター!」
ヴィヴィオは咄嗟にアクセルシューターを6発展開、投擲軌道を計算し、迎撃を試みる。
魔力弾と手斧が空中でぶつかり、火花が散った。
速い。ヴィヴィオはすぐに理解した。
フェリオは、同年代どころではない。格上だ。
再度の投擲。手斧の1つは弾けたが、もう1挺は迎撃が間に合わず回避。その瞬間、フェリオはヴィヴィオの背後へ回り込み、手斧をキャッチしていた。
「ッ! プロテクション!」
咄嗟に防御壁を展開。コンマ数秒の差でフェリオが間合いを詰めていた。振り下ろされた手斧が防壁に食い込み、衝撃が腕に響く。
「Flash Move」
ブレイブハートが起動したフラッシュムーブで、ヴィヴィオはフェリオと距離を取る。
「どうしてこんなことするの? あの時、お婆さんを一緒に助けてくれた君が、どうしてシグナムさんを傷つけたの?」
フェリオは弾かれていたもう1挺の手斧を回収し、静かに答えた。
「必要だったからです」
「必要って、誰のために?」
「フェイトさんのために」
迷いのない答えだった。ヴィヴィオの胸が痛くなる。
「フェイトママは、君にそんなことしてほしいの?」
「フェイトさんは、僕に名前をくれました。世界をくれました。生きる意味をくれました」
フェリオの目が、わずかに揺れる。
「だから僕は、フェイトさんの剣でいい」
「よくない!」
ヴィヴィオは叫んだ。
「名前をもらったなら、道具になっちゃ駄目だよ! 剣なんて言わないでよ!」
フェリオの表情が、ホンの一瞬だけ歪んだ。だが、すぐに仮面のような冷静さへ戻る。
「フォトンランサー!」
「ディフェンサー」
ヴィヴィオが牽制として放った2発のフォトンランサーを、フェリオの防御が受け流す。
そのまま彼は2挺の手斧を鎌へ変形。
「Sickle form」
「シュナイデンファーデン」
両手首の付け根辺りから魔力糸を放ち、鎌の柄頭に結び付けるとー
「…リーパースレッド」
「
鎖鎌のように振り回して、変幻自在の斬撃を繰り出した。
「ッ!」
ヴィヴィオは防御と回避を繰り返す。
見えない。いや、見えてはいる。でも、追いつかない。
なのはとの訓練でも、速い攻撃には慣れている。
しかしフェリオの攻撃は、ただ速いだけではない。
形を変え、間合いを変え、攻撃の意味を変える。
ヴィヴィオはブレイブハートをグレイブモードへ変形させた。
「Grave mode」
杖が薙刀へ変わる。
ヴィヴィオは踏み込み、鎌の軌道へ刃を合わせた。
「はぁっ!」
一撃、二撃。
受ける。弾く。かわす。だが三撃目で体勢を崩され、四撃目で肩の装甲を削られた。
「くっ!」
「防御は優秀です。ですが、迷いが多い」
フェリオの声が近い。
「勝つための動きではありません」
「勝ちたいんじゃない!」
ヴィヴィオはチェーンバインドを発動。4本の鎖がフェリオへ伸びる。
フェリオは短距離加速で2本を避け、1本を鎌を振るって弾き、最後の1本をわざと受けた。
「捕まえ――」
ヴィヴィオが言い切る前に、2挺の鎌は合体してブーメランへ変わっていた。放たれたブーメランがヴィヴィオの足元を抉る。体勢が崩れる。
フェリオは拘束された腕を支点に、自分の身体を引き寄せるようにして接近した。
「勝たなければ、言葉も届きません」
低い声と共に、掌底の一撃がヴィヴィオの腹部を打った。
非殺傷設定。それでも衝撃は重い。
ヴィヴィオは地面を転がり、息が詰まった。
遠くで、なのはとフェイトが戦っていた。
桃色の砲撃と金色の斬撃が空を裂く。
かつて何度も並んで戦った二人が、今は互いへ魔法を向けている。
なのはの声が聞こえる。
「フェイトちゃん、止まって!」
「止まれない!」
フェイトの声もまた、痛かった。ヴィヴィオは地面に手をつき、立ち上がった。
「まだ、やれる」
「|Master,the accumulated damage has exceeded the safe range《マスター、ダメージの蓄積値が安全範囲を超過しています》」
「大丈夫!」
「
ブレイブハートの冷静な声が響く。
「それでも、立たなきゃ」
フェリオがこちらを見る。その目には、敵意よりも哀しみがあった。
「どうして、そこまで」
ヴィヴィオは薙刀を構える。
「フェリオ君と話がしたいから」
「僕は、話しています」
「本当のことを話してない!」
ヴィヴィオは叫び、ディバインシューターを8発展開した。
最大同時制御。彼女が今扱える、もっとも得意な誘導弾。
8つの光がフェリオを取り囲む。
「いくよ、ブレイブハート!」
「Divine Shooter」
光弾が一斉に走る。
正面、左右、上空、背後。逃げ道を塞ぐように軌道を組む。
フェリオは一瞬だけ目を見開いた。
「8発同時制御……」
彼はクロスファングを短弓形態へ変形し、矢型魔力弾を連射して迎撃を試みる。
2発、3発、4発。
6発を撃ち落とした。残り2発が避けても避けても追尾し続ける。
ヴィヴィオはその隙に踏み込んだ。グレイブの魔力刃がフェリオの肩を狙う。
だが、届く直前。
「キャロさん!」
遠隔術式が起動し、フェリオの全身から赤い魔力が膨れ上がった。
フェリオの動きが加速し、ヴィヴィオの斬撃が空を切った。
「―っ!」
背後を取られる。そして、フェリオの右腕に装備された鈎爪の一撃が、ヴィヴィオの防御を削る。装甲が砕け、白い破片が散った。
ヴィヴィオは地面に膝をついた。フェリオの爪が、喉元の直前で止まる。
「僕の勝ちです」
ヴィヴィオは息を荒げながら、フェリオを見上げた。
「……勝ったなら、答えて」
「何を」
「フェリオ君は、本当にそれでいいの?」
フェリオの目が僅かに揺れた。その時、結界の外側が大きく歪んだ。
「そこまでや!」
聞き慣れた声。
結界を突き破るように、リィンフォースⅡとユニゾンしたはやて、アギトとユニゾンしたヴィータ、シャマル、ザフィーラが姿を現した。
「ヴィヴィオ!」
なのはが叫び、ヴィヴィオのもとへ飛ぶ。
フェイトは空中でバルディッシュを構え直し、フェリオへ視線を向ける。
「撤退するよ、フェリオ」
「はい」
フェリオは即座にヴィヴィオから距離を取った。
ヴィータがグラーフアイゼンを構えて叫ぶ。
「逃がすか!」
しかし、フェイトは静かに首を横に振った。
「もう目的は果たした」
はやての表情が強張る。
「目的……?」
その瞬間、クロノから通信が入った。はやての端末に、緊急表示が灯る。
『はやて! 第5研究保管施設が襲撃された! 襲撃者は大柄な男と獣人の少女、ロストロギアを強奪して逃走中!』
はやての顔色が変わった。
「囮……!」
フェイトは悲しそうに微笑んだ。
「ごめん、はやて」
「フェイトちゃん!」
なのはが叫ぶ。
「お願い、行かないで!」
フェイトはなのはを見た。ヴィヴィオを見た。
そして、ほんの一瞬だけ、母のような顔をした。
「ヴィヴィオ。強くなったね」
ヴィヴィオの胸が締めつけられる。
「そんなこと言わないで…! フェイトママ、帰ってきて!」
「ごめんね」
また、その言葉。
転送陣が展開される。
フェリオは、最後にヴィヴィオを見た。
「ヴィヴィオさん」
「フェリオ君!」
「僕は、剣であることをやめません」
その言葉は、拒絶ではなく、どこか悲鳴のように聞こえた。
次の瞬間、フェイトとフェリオは光に包まれた。
なのはが手を伸ばす。ヴィヴィオも、膝をついたまま手を伸ばした。だが、届かなかった。
光が消える。
結界が崩れ、何も無かったかのように元の光景に戻る。
それでも、身体の痛みだけは残っていた。
ヴィヴィオは砕けた装甲の残骸を握りしめる。
強くなったね。
フェイトの言葉が、胸に刺さっていた。
強くなった。本当にそうなら、なぜ届かなかったのだろう。
フェリオに勝てなかった。
言葉も届かなかった。
フェイトを止められなかった。
なのはが駆け寄り、ヴィヴィオを抱きしめた。
「ヴィヴィオ、大丈夫? 怪我は?」
ヴィヴィオは、いつものように答えかけた。
大丈夫。私、強いから。
でも、喉の奥で言葉が詰まった。
代わりに出たのは、小さな声だった。
「……悔しい」
なのはの腕に力がこもる。
「うん」
「悔しいよ、なのはママ」
ヴィヴィオは唇を噛んだ。
「フェイトママにも、フェリオ君にも、何も届かなかった」
それは、初めて口にした弱音だった。
なのはは、何も言わずにヴィヴィオを抱きしめ続けた。
遠くで、はやてがクロノと通信を続けている。
ヴィータが怒りを押し殺し、ザフィーラが周囲を警戒し、シャマルが治療術式を準備している。
事件は終わっていない。むしろ、始まったばかりだった。
けれどヴィヴィオにとって、その日の戦いは一つの始まりだった。
フェイトを取り戻したい。
フェリオと話したい。
そのためには、今のままでは足りない。
強くならなければ。
また、その言葉が胸に浮かぶ。
だが今度は、少しだけ違っていた。
ただ自分を追い込むためではなく。
届かなかった声を、次こそ届けるために。
ヴィヴィオは、なのはの胸の中で静かに拳を握った。
最後までお読みいただきありがとうございました。