魔法少女リリカルヴィヴィオ   作:SS_TAKERU

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お待たせしました。


第12話 届かない声

 新暦0082年5月15日。夕方。

 

 St.ヒルデ魔法学院の校門前で、高町ヴィヴィオはなのはを待っていた。

 

 空は赤く染まり始めていた。

 下校する生徒達の声が、校舎の方から次々と流れてくる。部活動へ向かう生徒、友達と寄り道の相談をする生徒、端末を覗き込みながら笑う生徒。いつもと変わらない、穏やかな放課後だった。

 

 けれど、ヴィヴィオの胸の奥には、小さな違和感があった。

 

 なのはママが迎えに来る。

 それ自体は珍しいことではない。仕事が早く終わった日や、用事がある日は一緒に帰ることもある。

 だが、今日の通信で聞こえたなのはの声は、いつもより少し硬かった。

 

 ―今日は、私が迎えに行くね。

 

 大丈夫だと答えたヴィヴィオに、なのはは言った。

 

 ―わかってる。でも、今日は一緒に帰りたいの。

 

 その言葉が、ずっと胸に残っていた。

 

「ヴィヴィオ、今日お迎え?」

 

 クラスメートの一人が声をかけてくる。

 

「うん。なのはママが来るんだ」

「いいなぁ。高町教官、かっこいいもんね」

「教会の指導官だよ」

 

 ヴィヴィオは苦笑した。

 

 同級生達にとって、なのはは有名人だ。

 管理局時代のことを知っている大人達ほどではないにしても、聖王教会の若手騎士を鍛える一流魔導師として、その名は知られている。

 ヴィヴィオが高町なのはの娘であることも、学院では周知の事実だった。

 

 誇らしい。それは本当だ。

 でも時々、その名前の大きさに息が詰まりそうになる。

 

「じゃあね、また明日」

「うん。また明日」

 

 友達と別れ、ヴィヴィオは校門の外へ視線を向けた。少しして、見慣れた姿が見えた。

 

 紺色のパンツスーツ。

 柔らかい栗色の髪。

 優しい瞳。

 

 なのはは、ヴィヴィオを見つけると小さく手を振った。

 

「お待たせ、ヴィヴィオ」

「全然待ってないよ。お仕事、大丈夫だった?」

「うん。今日はもう切り上げてきたから」

 

 なのはは笑った。けれど、その笑顔はやはり少し硬かった。

 ヴィヴィオはすぐに気づいた。でも、すぐには聞かなかった。

 

 2人は並んで歩き出した。

 校門を離れ、夕暮れの歩道をゆっくり進む。

 しばらく、なのはは何も言わなかった。ヴィヴィオも黙っていた。やがて、なのはが足を止めた。

 

「ヴィヴィオ」

 

 その声で、胸の奥が少しだけ冷えた。

 

「うん」

「落ち着いて聞いてね」

 

 一般人よりは濃密な人生を送っているヴィヴィオの経験上、そう前置きされる時に良い知らせだったことは限りなく少ない。ヴィヴィオは背筋を伸ばした。

 

「大丈夫。聞くよ」

 

 なのはの目が、ほんの少し揺れた。

 大丈夫。また言ってしまった。ヴィヴィオはそう思った。でも、口に出た言葉は戻せない。

 なのはは、静かに告げた。

 

「昨日の夜、管理局の研究保管施設が襲撃されたの。ロストロギアが奪われた」

「ロストロギアが……?」

 

 ヴィヴィオの声が小さくなる。

 

「警備の局員さん達が怪我をした。でも、命に別状はないって」

「よかった……」

 

 安堵しかけた瞬間、なのはの表情がさらに曇った。

 

「それと、シグナムさんが、襲撃者と戦って……負傷した」

 

 ヴィヴィオは息を呑んだ。

 

 シグナム。

 八神家の騎士。

 烈火の将。

 

 ヴィヴィオにとっては、幼い頃から時々会っていた、厳しくて優しい人。

 

「シグナムさんは?」

「命に別状はないよ。シャマル先生も確認してる。3日くらいで目を覚ますだろうって」

「……よかった」

 

 本当に、そう思った。けれど、それだけでは胸のざわつきは消えなかった。

 

 シグナムが負傷した。しかも、襲撃者と戦って。

 

「相手は、そんなに強い人だったの?」

 

 なのははすぐには答えなかった。

 

「少年の魔導師だったって」

「少年……?」

「詳しいことはまだわからない。でも、シグナムさんを倒せるくらいの相手だった」

 

 ヴィヴィオの背筋に冷たいものが走った。

 シグナムを倒す少年。そんな存在がいる。それだけで、非現実的だった。

 

「なのはママは、これからどうするの?」

「明日以降、管理局や教会と情報共有することになると思う。ヴィヴィオにも、必要なことはちゃんと話す」

「私も、何かできる?」

 

 なのはは少しだけ目を細めた。

 

「今は、いつも通り過ごすこと。危ないことには近づかないこと。それから、何か気になることがあったら、必ず私に話すこと」

「うん」

 

 ヴィヴィオは頷いた。けれど、心の奥で別の声がした。

 

 いつも通り過ごす。

 それでいいのだろうか。

 

 5年前も、きっと誰かがそう言ったのではないか。

 大丈夫。まだ何も起きていない。いつも通りでいい。

 そして、エリオは死んだ。

 

 ヴィヴィオはその考えを振り払った。今は、なのはに心配をかける時ではない。

 

「大丈夫。ちゃんと気をつけるよ」

 

 そう言うと、なのははまた少しだけ寂しそうに笑った。

 

 

 5月18日。午前。

 

 シグナムの意識が戻ったと連絡が入り、なのはとヴィヴィオはクラナガン中心部の病院へ向かった。

 

 病院の廊下には、八神家の面々が揃っていた。

 はやて、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ、リィンフォースⅡ、アギト。

 皆、疲れた顔をしている。それでも、シグナムが目を覚ましたことで、少しだけ表情は緩んでいた。

 

「なのはちゃん、ヴィヴィオ」

 

 はやてが2人に気づき、歩み寄ってくる。

 

「来てくれてありがとう」

「シグナムさんは?」

 

 なのはが尋ねる。

 

「意識ははっきりしとる。まだ無理はさせられへんけど、話はできる」

 

 はやてはヴィヴィオへ視線を向けた。

 

「ヴィヴィオも、心配してくれてありがとうな」

「はい。シグナムさんが無事で、本当によかったです」

 

 ヴィヴィオが答えると、ヴィータが横から乱暴に頭を撫でた。

 

「まったくだ。あいつ、頑丈だけが取り柄みてぇな顔してるくせに、あんな派手にやられやがって」

「ヴィータちゃん」

 

 シャマルがたしなめる。

 

「わかってるよ。無事でよかったって言ってんだ」

 

 ヴィヴィオは少しだけ笑った。

 

 病室に入ると、シグナムは上半身を少し起こした状態でベッドにいた。

 包帯が身体のあちこちに見える。顔色は悪いが、目の力は失われていない。

 

「高町、ヴィヴィオ。来てくれたか」

「無理しないでください、シグナムさん」

 

 ヴィヴィオは思わずそう言った。シグナムは薄く笑う。

 

「心配をかけたな。だが、見ての通り生きている」

「見ての通り、って言う状態じゃないよ」

 

 ヴィータがむっとする。シグナムは何も言わなかった。

 なのははベッドの傍に立つ。

 

「シグナムさん。襲撃者のこと、聞いてもいい?」

 

 シグナムの表情が、わずかに硬くなった。

 

「あぁ、先程主にも話したところだ」

 

 はやてが端末を取り出し、簡易投影を起動する。

 そこには、シグナムの証言を元に作成された似顔絵が表示された。

 黒いバリアジャケットの少年。仮面を外した後の顔。

 

 ヴィヴィオは、その絵を見た瞬間、胸の奥が強く跳ねた。見覚えがあった。

 

「……フェリオ、くん?」

 

 小さな声が漏れた。全員の視線が、ヴィヴィオに集まる。

 なのはが困惑した声をあげた。

 

「ヴィヴィオ?」

 

 ヴィヴィオは似顔絵に近づく。

 

「この子……たぶん、私、会ってる」

 

 病室の空気が一気に張り詰めた。はやてが静かに問う。

 

「いつ、どこで?」

「5月12日。街で、お婆さんが倒れて……その時、一緒に助けてくれた男の子がいたの。名前はフェリオって」

 

 ヴィヴィオは端末に付属しているペンを借り、似顔絵に描き足した。

 

 キャップ。

 眼鏡。

 赤いジャケットの印象。

 

「この格好だった。顔は……似てる。ううん、ほとんど同じだと思う」

 

 なのはの顔から血の気が引いた。

 

「5月12日……墓参りの翌日」

 

 はやてが呟く。シグナムは似顔絵を見つめ、目を伏せた。

 

「フェリオ、と名乗ったのか」

「はい」

 

 ヴィヴィオは頷く。

 

「名字は聞いてません。でも……私の名前を聞いた時、少し驚いたみたいでした。高町ヴィヴィオって」

 

 病室に沈黙が落ちる。

 なのはは、ゆっくりと息を吸った。

 

「フェイトちゃんと関係がある可能性が高い」

 

 誰も否定しなかった。

 

 フェリオ。

 エリオに似た顔。

 フェイトを思わせる動き。

 キャロとフリードを思わせる竜の力。

 

 偶然にしては、あまりにも出来すぎている。

 ヴィヴィオは、自分の胸がざわざわと騒ぐのを感じた。

 

 あの時のフェリオは、悪い人には見えなかった。

 倒れたお婆さんを助けるために、迷わず駆け寄った。

 冷静で、的確で、優しかった。

 その彼が、管理局施設を襲い、シグナムを倒した。

 

 どうして。

 

「ヴィヴィオ」

 

 なのはが静かに言う。

 

「このことは、これから詳しく調べる。でも、もしまた彼に会っても、1人で近づかないで」

「でも」

「お願い」

 

 なのはの声は、優しかった。けれど、強かった。

 ヴィヴィオは頷くしかなかった。

 

「……うん」

 

 それでも、心の中には納得できないものが残った。

 

 フェリオと話したい。

 何が起きているのか、聞きたい。

 その気持ちは、消えなかった。

 

 

 病院を出たのは、昼過ぎだった。

 はやて達はシグナムの件と施設襲撃の調査で残り、なのはとヴィヴィオだけが先に帰ることになった。

 病院の外は穏やかに晴れていた。

 3日前の不安な夕方とは違い、光は柔らかく、街路樹の葉が風に揺れている。

 けれど、ヴィヴィオの心は晴れなかった。

 

「ヴィヴィオ」

 

 なのはが声をかける。

 

「さっきのこと、怖かった?」

 

 ヴィヴィオは少し考えてから首を振った。

 

「怖いっていうより、わからない」

「うん」

「フェリオ君、お婆さんを助けてくれたんだよ。すごく冷静で、優しくて……でも、シグナムさんを傷つけた人でもあるんだよね」

 

 なのはは答えなかった。

 

「人って、そんなに違う顔を持てるのかな」

 

 その問いは、ヴィヴィオ自身への問いでもあった。

 

 優しい人が、誰かを傷つける。

 正しい人が、間違える。

 守りたい人が、壊す。

 

 5年前の話を調べてから、ヴィヴィオの中にはずっと同じ疑問があった。

 世界は、なぜこんなに複雑なのだろう。

 

「ヴィヴィオ」

 

 なのはが言いかけた、その時だった。

 

 前方の歩道に、2人の人影が立っていた。

 

 1人は黒いワンピースを着た女性。長い金髪には白いものが混じり、顔色はひどく悪い。

 それでも、その立ち姿はヴィヴィオの記憶の奥にある誰かと重なった。

 

 もう1人は、赤いジャケットの少年。キャップも眼鏡もない。

 その顔は、病室で見た似顔絵と同じだった。

 

 ヴィヴィオの足が止まる。なのはも、動けなかった。

 時間が、止まったようだった。

 

 女性が、静かに口を開いた。

 

「久しぶり、なのは」

 

 その声を聞いた瞬間、なのはの表情が崩れた。

 

「……フェイトちゃん」

 

 フェイト・(テスタロッサ)・ハラオウン。

 

 5年前に姿を消した人。

 ヴィヴィオにとって、もう1人の母だった人。

 

 記憶の中のフェイトは、もっと柔らかく笑っていた。

 金色の髪はまっすぐで、瞳は優しく、抱きしめてくれる腕は温かかった。

 目の前のフェイトは、同じ人なのに、違って見えた。

 

 痩せている。

 白髪が混じっている。

 瞳の奥が、深く沈んでいる。

 

 でも、間違いなくフェイトだった。

 

「フェイトママ……?」

 

 ヴィヴィオは、思わずそう呼んだ。フェイトの瞳が、大きく揺れた。

 

「ヴィヴィオ」

 

 その声は、泣きそうだった。

 

 一歩近づこうとして、フェイトは踏みとどまった。

 まるで、触れてはいけないものを見るように。なのはが、ようやく声を絞り出す。

 

「フェイトちゃん……今まで、どこに……キャロは? アルフは? どうして……」

 

 聞きたいことが多すぎて、言葉にならない。フェイトは静かに首を横に振った。

 

「ここでは話せない。少し、場所を変えよう」

 

 フェリオが一歩前に出る。

 

「周囲に監視の気配はありません。ただ、長時間の滞在は推奨出来ません」

 

 その言葉遣いが、あまりにも落ち着いていて、ヴィヴィオは胸が痛くなった。

 

「フェリオ君」

 

 彼の名前を呼ぶと、フェリオはヴィヴィオを見た。

 

「……高町ヴィヴィオさん」

「ヴィヴィオでいいよ」

 

 反射的にそう言ってから、ヴィヴィオは自分でも驚いた。こんな状況で、何を言っているのだろう。

 フェリオは少しだけ目を伏せた。

 

「では、ヴィヴィオさん」

 

 距離のある呼び方だった。

 

 

 4人は、病院から少し離れた場所にある小さな喫茶店へ移動した。いわゆる隠れ家的喫茶店であり、この時間帯でも客は多くない。

 店の一番奥にある個室。そのテーブルになのはとヴィヴィオ、フェイトとフェリオが向かい合う。最初に注文をしてから、誰も口を開かない。

 やがて、4人分の飲み物と、フェイトが追加で注文したレモンパイが2皿運ばれてきた。

 

「このお店が残っていて、本当に良かった…エリオもキャロもこの店のレモンパイが大好きだったから…フェリオ、ヴィヴィオ、このレモンパイ、本当に美味しいから食べてみて」

「…フェイトさんを差し置いて、僕だけが食べるわけには…」

「私はいいの、フェリオに食べてほしいから。ね?」

「……わかりました」

 

 フェイトの言葉に頷き、フォークを手にするフェリオ。ヴィヴィオもフォークを手に取り、レモンパイを食べ始める。

 

「…凄く、美味しいです」

「…良かった」

 

 どこか感動した様子のフェリオを見て、優しく微笑むフェイト。張りつめていた空気がホンの少しだけ緩み、どこか話しやすい雰囲気となる。

 

「フェイトちゃん」

 

 そして、最初に口を開いたのは、なのはだった。

 

「フェイトちゃん。帰ってきて」

 

 それは問いではなかった。願いだった。

 フェイトは目を伏せる。

 

「できない」

「どうして」

「私には、やらなければならないことがある」

「ロストロギアを奪うこと?」

 

 なのはの声が震える。

 

「シグナムさんを傷つけること?」

 

 フェイトの表情が痛みに歪んだ。

 

「シグナムには……申し訳ないと思ってる。命に関わる傷ではないようにしたつもりだった。それでも、傷つけたことに変わりはない」

「だったら―」

「でも、止まれない」

 

 その声は、静かだった。静かすぎるほど、固かった。

 ヴィヴィオは、フェイトの横顔を見つめた。

 フェイトは何かを隠している。それも、自分の命より大きな何かを。

 

「フェリオ君は」

 

 ヴィヴィオは少年を見る。

 

「フェイトママと、どういう関係なの?」

「………」

 

 フェリオは答えなかった。代わりに、フェイトが答えた。

 

「私が保護した子」

「保護?」

「4年半以上前になる。違法研究施設の隠し部屋…カプセルの中にいた。名前もなく、番号だけで呼ばれてた」

 

 フェイトの声がわずかに震える。

 

「エリオの遺伝子情報を元に作られた…クローンだった」

 

 なのはの顔が強張った。

 ヴィヴィオは息を呑んだ。

 

 エリオのクローン。

 

 だから、似ている。

 だから、シグナムが動揺した。

 だから、フェイトやエリオを思わせる戦い方をする。

 

「フェリオという名前は、私がつけた」

 

 フェイトは続ける。

 

「幸せになってほしかったから」

 

 フェリオは、何も言わずにフェイトを見ていた。

 その瞳には、深い信頼と、痛いほどの依存があった。

 

 なのはは唇を噛んだ。そして、少しの躊躇いと共に口を開く。

 

「フェイトちゃん。治療を受けよう」

 

 唐突な言葉に、ヴィヴィオはなのはを見た。

 

「なのはママ?」

 

 なのはの視線は、フェイトの顔色と、細い手首に向けられていた。

 

「病気…なんでしょう?」

 

 フェイトは、一瞬だけ目を閉じた。

 

「……気づいてたんだね」

「見ればわかるよ。フェイトちゃん、昔と違う。痩せすぎてる。魔力の循環も何処かおかしい」

 

 ヴィヴィオの胸が冷たくなる。

 

 病気。フェイトママが。

 

 フェイトは少しだけ笑った。

 

「母さんと同じ病気だって言われた」

 

 なのはの表情が凍った。

 

「治療、すれば…」

「今からだと、もう手遅れ」

「嘘」

 

 なのはの声が震えた。

 

「嘘だよ。ちゃんと診てもらえば――」

「診てもらった。3年前に」

 

 フェイトは静かに言った。

 

「その時に治療に専念すれば、まだ可能性はあった。でも、私は選ばなかった」

「どうして!」

 

 なのはの声が、初めて大きくなった。 

 フェリオが微かに身構えたが、フェイトが手で制した。

 

「時間がなかったから」

「命より大事なことなんてないよ!」

「あるよ」

 

 フェイトは、なのはをまっすぐ見た。

 

「私には、ある」

 

 その目を見て、ヴィヴィオは背筋が冷えた。

 フェイトは死にたいわけではない。でも、生きることを最優先にしていない。

 

「…フェイトママ」

 

 ヴィヴィオは思わず呼んだ。

 

「帰ってきて。今からでも遅くないから、病院で治療して。なのはママも、クロノさんも、はやてさんも、皆……ずっと探してたんだよ」

 

 フェイトの瞳に涙が浮かんだ。

 

「ごめんね、ヴィヴィオ」

「謝るなら、帰ってきてよ!」

 

 自分でも驚くほど強い声が出た。

 フェイトは何も言えなかった。

 なのはが立ち上がる。

 

「フェイトちゃん。一緒に来て。今ならまだ、やり直せる。罪は消えないかもしれない。でも、私も一緒に背負う。クロノ君もはやてちゃんも、きっと―」

「なのは」

 

 フェイトが名を呼んだ。その声だけで、なのはは言葉を止めた。

 

「ありがとう」

 

 フェイトは微笑み…そして、真剣な顔で言った。

 

「でも、私は戻らない」

 

  

 話し合いは平行線で終わり…4人は喫茶店を後にした。

 誰もが無言のまま歩き…喫茶店近くの公園に差し掛かったところで、突然周囲の景色が歪んだ。

 

 結界。

 

 なのはの表情が変わる。

 フェイトの手には、相棒であるデバイス『バルディッシュ・アサルト』が握られていた。

 

「クロスファング」

「Boy.Is it time for work(仕事の時間かな)?」

 

 フェリオもクロスファングという名の手斧型デバイスを装備する。

 

「フェイトちゃん!」

「なのは、少しだけ…付き合って」

 

 フェイトは静かに言った。

 

「今の私達を知ってもらうために」

 

 結界の展開が完了する。

 

 なのははレイジングハートを構えた。

 ヴィヴィオも反射的にブレイブハートを起動する。

 

I can start at any time, Master(いつでもいけます、マスター).

「うん。ブレイブハート、セットアップ!」

Roger.Barrier jacket setup(了解。バリアジャケット構成します)

 

 ヴィヴィオの身体を、バリアジャケットが包む。

 白を基調に、なのはの少女期を思わせるシルエット。

 更に胸元と両肩、腰部、前腕、両脛に追加装甲が装備される。

 

 フェリオはバリアジャケットを纏い、少し離れた場所に立っていた。

 

「ヴィヴィオさん。あなたの相手は僕です」

「戦いたくない。私、フェリオ君と話がしたい」

「戦いながらでも、言葉は交わせます」

「そういう意味じゃないよ!」

 

 ヴィヴィオの叫びを聞きながら、フェリオが動いた。二挺の手斧が投げられる。

 

「アクセルシューター!」

 

 ヴィヴィオは咄嗟にアクセルシューターを6発展開、投擲軌道を計算し、迎撃を試みる。

 魔力弾と手斧が空中でぶつかり、火花が散った。

 

 速い。ヴィヴィオはすぐに理解した。

 フェリオは、同年代どころではない。格上だ。

 

 再度の投擲。手斧の1つは弾けたが、もう1挺は迎撃が間に合わず回避。その瞬間、フェリオはヴィヴィオの背後へ回り込み、手斧をキャッチしていた。

 

「ッ! プロテクション!」

 

 咄嗟に防御壁を展開。コンマ数秒の差でフェリオが間合いを詰めていた。振り下ろされた手斧が防壁に食い込み、衝撃が腕に響く。

 

「Flash Move」

 

 ブレイブハートが起動したフラッシュムーブで、ヴィヴィオはフェリオと距離を取る。

 

「どうしてこんなことするの? あの時、お婆さんを一緒に助けてくれた君が、どうしてシグナムさんを傷つけたの?」

 

 フェリオは弾かれていたもう1挺の手斧を回収し、静かに答えた。

 

「必要だったからです」

「必要って、誰のために?」

「フェイトさんのために」

 

 迷いのない答えだった。ヴィヴィオの胸が痛くなる。

 

「フェイトママは、君にそんなことしてほしいの?」

「フェイトさんは、僕に名前をくれました。世界をくれました。生きる意味をくれました」

 

 フェリオの目が、わずかに揺れる。

 

「だから僕は、フェイトさんの剣でいい」

「よくない!」

 

 ヴィヴィオは叫んだ。

 

「名前をもらったなら、道具になっちゃ駄目だよ! 剣なんて言わないでよ!」

 

 フェリオの表情が、ホンの一瞬だけ歪んだ。だが、すぐに仮面のような冷静さへ戻る。

 

「フォトンランサー!」

「ディフェンサー」

 

 ヴィヴィオが牽制として放った2発のフォトンランサーを、フェリオの防御が受け流す。

 そのまま彼は2挺の手斧を鎌へ変形。

 

「Sickle form」

「シュナイデンファーデン」

 

 両手首の付け根辺りから魔力糸を放ち、鎌の柄頭に結び付けるとー

 

「…リーパースレッド」

Don't be shy,boy(恥ずかしがるな、ボーイ)! Momentum is key(勢いが大事だ)!」

 

 鎖鎌のように振り回して、変幻自在の斬撃を繰り出した。

 

「ッ!」

 

 ヴィヴィオは防御と回避を繰り返す。

 

 見えない。いや、見えてはいる。でも、追いつかない。

 

 なのはとの訓練でも、速い攻撃には慣れている。

 しかしフェリオの攻撃は、ただ速いだけではない。

 形を変え、間合いを変え、攻撃の意味を変える。

 

 ヴィヴィオはブレイブハートをグレイブモードへ変形させた。

 

「Grave mode」

 

 杖が薙刀へ変わる。

 ヴィヴィオは踏み込み、鎌の軌道へ刃を合わせた。

 

「はぁっ!」

 

 一撃、二撃。

 受ける。弾く。かわす。だが三撃目で体勢を崩され、四撃目で肩の装甲を削られた。

 

「くっ!」

「防御は優秀です。ですが、迷いが多い」

 

 フェリオの声が近い。

 

「勝つための動きではありません」

「勝ちたいんじゃない!」

 

 ヴィヴィオはチェーンバインドを発動。4本の鎖がフェリオへ伸びる。

 フェリオは短距離加速で2本を避け、1本を鎌を振るって弾き、最後の1本をわざと受けた。

 

「捕まえ――」

 

 ヴィヴィオが言い切る前に、2挺の鎌は合体してブーメランへ変わっていた。放たれたブーメランがヴィヴィオの足元を抉る。体勢が崩れる。

 フェリオは拘束された腕を支点に、自分の身体を引き寄せるようにして接近した。

 

「勝たなければ、言葉も届きません」

 

 低い声と共に、掌底の一撃がヴィヴィオの腹部を打った。

 非殺傷設定。それでも衝撃は重い。

 ヴィヴィオは地面を転がり、息が詰まった。

 

 

 遠くで、なのはとフェイトが戦っていた。

 

 桃色の砲撃と金色の斬撃が空を裂く。

 かつて何度も並んで戦った二人が、今は互いへ魔法を向けている。

 

 なのはの声が聞こえる。

 

「フェイトちゃん、止まって!」

「止まれない!」

 

 フェイトの声もまた、痛かった。ヴィヴィオは地面に手をつき、立ち上がった。

 

「まだ、やれる」

「|Master,the accumulated damage has exceeded the safe range《マスター、ダメージの蓄積値が安全範囲を超過しています》」

「大丈夫!」

It is dangerous(危険です)

 

 ブレイブハートの冷静な声が響く。 

 

「それでも、立たなきゃ」

 

 フェリオがこちらを見る。その目には、敵意よりも哀しみがあった。

 

「どうして、そこまで」

 

 ヴィヴィオは薙刀を構える。

 

「フェリオ君と話がしたいから」

「僕は、話しています」

「本当のことを話してない!」

 

 ヴィヴィオは叫び、ディバインシューターを8発展開した。

 

 最大同時制御。彼女が今扱える、もっとも得意な誘導弾。

 8つの光がフェリオを取り囲む。

 

「いくよ、ブレイブハート!」

「Divine Shooter」

 

 光弾が一斉に走る。

 正面、左右、上空、背後。逃げ道を塞ぐように軌道を組む。

 フェリオは一瞬だけ目を見開いた。

 

「8発同時制御……」

 

 彼はクロスファングを短弓形態へ変形し、矢型魔力弾を連射して迎撃を試みる。

 2発、3発、4発。

 6発を撃ち落とした。残り2発が避けても避けても追尾し続ける。

 ヴィヴィオはその隙に踏み込んだ。グレイブの魔力刃がフェリオの肩を狙う。

 だが、届く直前。

 

「キャロさん!」

 

 遠隔術式が起動し、フェリオの全身から赤い魔力が膨れ上がった。

 フェリオの動きが加速し、ヴィヴィオの斬撃が空を切った。

 

「―っ!」

 

 背後を取られる。そして、フェリオの右腕に装備された鈎爪の一撃が、ヴィヴィオの防御を削る。装甲が砕け、白い破片が散った。

 ヴィヴィオは地面に膝をついた。フェリオの爪が、喉元の直前で止まる。

 

「僕の勝ちです」

 

 ヴィヴィオは息を荒げながら、フェリオを見上げた。

 

「……勝ったなら、答えて」

「何を」

「フェリオ君は、本当にそれでいいの?」

 

 フェリオの目が僅かに揺れた。その時、結界の外側が大きく歪んだ。

 

「そこまでや!」

 

 聞き慣れた声。

 

 結界を突き破るように、リィンフォースⅡとユニゾンしたはやて、アギトとユニゾンしたヴィータ、シャマル、ザフィーラが姿を現した。

 

「ヴィヴィオ!」

 

 なのはが叫び、ヴィヴィオのもとへ飛ぶ。

 フェイトは空中でバルディッシュを構え直し、フェリオへ視線を向ける。

 

「撤退するよ、フェリオ」

「はい」

 

 フェリオは即座にヴィヴィオから距離を取った。

 ヴィータがグラーフアイゼンを構えて叫ぶ。

 

「逃がすか!」

 

 しかし、フェイトは静かに首を横に振った。

 

「もう目的は果たした」

 

 はやての表情が強張る。

 

「目的……?」

 

 その瞬間、クロノから通信が入った。はやての端末に、緊急表示が灯る。

 

『はやて! 第5研究保管施設が襲撃された! 襲撃者は大柄な男と獣人の少女、ロストロギアを強奪して逃走中!』

 

 はやての顔色が変わった。

 

「囮……!」

 

 フェイトは悲しそうに微笑んだ。

 

「ごめん、はやて」

「フェイトちゃん!」

 

 なのはが叫ぶ。

 

「お願い、行かないで!」

 

 フェイトはなのはを見た。ヴィヴィオを見た。

 そして、ほんの一瞬だけ、母のような顔をした。

 

「ヴィヴィオ。強くなったね」

 

 ヴィヴィオの胸が締めつけられる。

 

「そんなこと言わないで…! フェイトママ、帰ってきて!」

「ごめんね」

 

 また、その言葉。

 

 転送陣が展開される。

 フェリオは、最後にヴィヴィオを見た。

 

「ヴィヴィオさん」

「フェリオ君!」

「僕は、剣であることをやめません」

 

 その言葉は、拒絶ではなく、どこか悲鳴のように聞こえた。

 次の瞬間、フェイトとフェリオは光に包まれた。

 

 なのはが手を伸ばす。ヴィヴィオも、膝をついたまま手を伸ばした。だが、届かなかった。

 

 光が消える。

 

 結界が崩れ、何も無かったかのように元の光景に戻る。

 それでも、身体の痛みだけは残っていた。

 ヴィヴィオは砕けた装甲の残骸を握りしめる。

 

 強くなったね。

 

 フェイトの言葉が、胸に刺さっていた。

 

 強くなった。本当にそうなら、なぜ届かなかったのだろう。

 

 フェリオに勝てなかった。

 言葉も届かなかった。

 フェイトを止められなかった。

 

 なのはが駆け寄り、ヴィヴィオを抱きしめた。

 

「ヴィヴィオ、大丈夫? 怪我は?」

 

 ヴィヴィオは、いつものように答えかけた。

 

 大丈夫。私、強いから。

 でも、喉の奥で言葉が詰まった。

 

 代わりに出たのは、小さな声だった。

 

「……悔しい」

 

 なのはの腕に力がこもる。

 

「うん」

「悔しいよ、なのはママ」

 

 ヴィヴィオは唇を噛んだ。

 

「フェイトママにも、フェリオ君にも、何も届かなかった」

 

 それは、初めて口にした弱音だった。

 なのはは、何も言わずにヴィヴィオを抱きしめ続けた。

 

 

 遠くで、はやてがクロノと通信を続けている。

 ヴィータが怒りを押し殺し、ザフィーラが周囲を警戒し、シャマルが治療術式を準備している。

 

 事件は終わっていない。むしろ、始まったばかりだった。

 

 けれどヴィヴィオにとって、その日の戦いは一つの始まりだった。

 

 フェイトを取り戻したい。

 フェリオと話したい。

 そのためには、今のままでは足りない。

 

 強くならなければ。

 

 また、その言葉が胸に浮かぶ。

 

 だが今度は、少しだけ違っていた。

 

 ただ自分を追い込むためではなく。

 届かなかった声を、次こそ届けるために。

 ヴィヴィオは、なのはの胸の中で静かに拳を握った。




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