鬼滅の刃〜残花異聞〜   作:みしゃぬこ

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第42話

 咲夜は、鬼の身体が灰となって崩れるのを見届け、ユラへ手を振った。

 

 ほどなくして、茂みからユラが顔を出す。

 

 咲夜は道中で解除した罠から回収した苦無を足元へ捨て、駆け寄ってきたユラを迎えた。

 

「お姉ちゃん……怪我、大丈夫?」

 

 ユラの視線が、血の滲んだ手拭いへ向く。

 

 咲夜は安心させるように微笑んだ。

 

「平気ですよ。それより、早くみんなを助けましょう」

 

「……うん」

 

 ユラはまだ何か言いたげだったが、黙って小屋へ駆け込んだ。

 

 咲夜も、鬼の消えた跡に残された鍵束を拾って後に続く。

 

「みなさん、無事ですか?」

 

 小屋の中では、ユラが牢に囚われた人々の様子を確かめていた。

 

 咲夜から鍵束を受け取ると、ユラは片端から鍵を試す。

 

 やがて錠が外れ、牢の扉が開いた。

 

 しかし、囚われていた人々はひどく衰弱していた。助けが来たというのに、反応すら鈍い。

 

 そのうちの一人がふらつきながらユラへ近づき、足に縋りついた。

 

「お、お願いします……! どうかあの子を……助けてください……!」

 

「お、落ち着いて。助けますから」

 

 ユラが男をなだめていると、牢の奥から声が上がった。

 

「お前たち……二人か? ……柱は?」

 

 声の主は、傷ついた鬼殺隊士だった。

 

「私たちは二人で任務に来ました。それ以外のことは知りません」

 

「そうなのか……」

 

 隊士の顔に落胆が浮かぶ。だが、すぐに問いを重ねた。

 

「外にいた鬼は?」

 

「一匹なら、もう討伐しました」

 

「……もう一匹……いる」

 

 奥で横たわっていた別の隊士が、弱々しく口を開く。

 

「もう一匹……やばいのが……」

 

「そいつはどこに?」

 

 隊士は激しく咳き込み、震える指を山の奥へ向けた。

 

「ここから少し先に……開けた場所がある。そこの洞穴だ」

 

 咲夜は日輪刀を握り直した。

 

「ユラ。私はもう一匹を狩ってきます。みんなを安全な場所まで連れていってもらえますか?」

 

「え?」

 

 ユラは目を見開き、すぐに咲夜の腕へ視線を落とした。

 

 血の滲んだ手拭いを見つめ、しばらく黙り込む。

 

 やがて顔を上げた。

 

「お姉ちゃんは、みんなを連れて山を降りて」

 

「ユラ?」

 

「鬼は私がやっつける」

 

 咲夜が目を見開く。

 

「ユラ、それは──」

 

「お姉ちゃんは怪我してるから、無茶しちゃダメ」

 

 いつもの明るさはなかった。ユラは真っ直ぐに咲夜を見つめる。

 

「みんなを助けて、鬼もやっつける。だから待ってて」

 

「…………」

 

 咲夜は黙ってユラを見つめた。

 

 やがて小さく息を吐き、表情を和らげる。

 

「……わかりました」

 

 そして、静かに言い聞かせた。

 

「でも、無茶だけはしないように。命を大事にしてください。いいですね?」

 

「うん!」

 

 返事をすると、ユラは小屋を飛び出していった。

 

 咲夜は、その小さな背中が見えなくなるまで見送った。

 

 やがて囚われていた人々へ向き直る。

 

「では皆さま。私たちも行きましょうか」

 

「待て……彼女だけでは……」

 

 先ほどの隊士が声を上げた。

 

「心配はいりません」

 

「しかし……」

 

「あの子との約束……あなたも聞いていましたでしょう?」

 

「…………」

 

 隊士は口を閉ざした。

 

「あの子は強い。ですから皆さま……安心して下山いたしましょう」

 

 そう告げる咲夜の顔は、誰よりも不安に曇っていた。

 

 ◇

 

 ユラは周囲を警戒しながら山中を進んだ。

 

 足元や木々の隙間に張られた糸を一つずつ見極め、罠を避けていく。

 

 やがて木々が途切れ、視界が開けた。

 

 その奥に、洞穴がある。

 

 ユラは足を止めた。

 

 異様な静けさだった。虫の声はなく、風に揺れる木々の擦れる音だけが響いている。

 

「…………」

 

 ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打つ。

 

 ユラはゆっくり息を吸い、鼓動を鎮めた。

 

 そして、一歩ずつ洞穴へ近づいていく。

 

 いる。

 

 洞穴から漂う気配に、全身の毛が逆立つ。

 

 そのとき、声が響いた。

 

「助けて!」

 

「助けてください!」

 

 洞穴の近くに置かれた檻の中で、少女が鉄格子を掴んで叫んでいる。

 

 ユラは答えなかった。答える余裕がなかった。

 

 ──何かが変わった。

 

 洞穴から漂っていた気配が、明確な殺気へ変わる。

 

 ──ズンッ。

 

 地面が震え、ユラの足が止まった。

 

 ──ズンッ。

 

 もう一度、地響きが鳴る。

 

 洞穴の闇から巨大な手が伸び、入り口の岩壁を掴んだ。

 

 続いて、巨体がゆっくりと姿を現す。

 

 ずんぐりと膨れた腹。巨木のような手足。達磨のような目が、ぎょろぎょろと動いている。

 

 耳元まで裂けた口から、唾液と血の混じった液体が地面へ垂れた。

 

「はらぁ……へっだぁ」

 

 鬼は腹を掻き、檻へ目を向ける。

 

「ヒッ……!」

 

 少女の顔が引きつった。

 

 鬼は少女には目もくれず、檻の扉へ手を叩きつけた。

 

 ガァンッ!

 

「ヒィ……!」

 

 少女が悲鳴を上げる。

 

 鬼は扉を掴み、力任せに引いた。

 

「ん〜……開かない……」

 

 面倒そうに呟き、さらに力を込める。

 

 ギギギギ……。

 

 鉄格子が軋んだ。

 

「壊したらぁ〜……うるさいけど〜……まぁ……いいか」

 

 扉がゆっくりとひしゃげていく。

 

「いや……いやいや!」

 

 少女は檻の奥へ後ずさった。

 

「助けて!」

 

「────」

 

 その叫びを聞いた瞬間、ユラは日輪刀の柄を握った。

 

 腰を落とし、呼吸を整える。

 

「雷の呼吸──壱ノ型」

 

 空気が張り詰める。

 

 次の瞬間、ユラの姿が消えた。

 

「……?」

 

 鬼が間の抜けた声を漏らす。

 

 ユラは刀をゆっくりと鞘へ戻していく。

 

「──霹靂一閃」

 

 ──ちんっ。

 

 鍔鳴りの音が響き、遅れて、巨大な足から血が噴き出した。

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