咲夜は、鬼の身体が灰となって崩れるのを見届け、ユラへ手を振った。
ほどなくして、茂みからユラが顔を出す。
咲夜は道中で解除した罠から回収した苦無を足元へ捨て、駆け寄ってきたユラを迎えた。
「お姉ちゃん……怪我、大丈夫?」
ユラの視線が、血の滲んだ手拭いへ向く。
咲夜は安心させるように微笑んだ。
「平気ですよ。それより、早くみんなを助けましょう」
「……うん」
ユラはまだ何か言いたげだったが、黙って小屋へ駆け込んだ。
咲夜も、鬼の消えた跡に残された鍵束を拾って後に続く。
「みなさん、無事ですか?」
小屋の中では、ユラが牢に囚われた人々の様子を確かめていた。
咲夜から鍵束を受け取ると、ユラは片端から鍵を試す。
やがて錠が外れ、牢の扉が開いた。
しかし、囚われていた人々はひどく衰弱していた。助けが来たというのに、反応すら鈍い。
そのうちの一人がふらつきながらユラへ近づき、足に縋りついた。
「お、お願いします……! どうかあの子を……助けてください……!」
「お、落ち着いて。助けますから」
ユラが男をなだめていると、牢の奥から声が上がった。
「お前たち……二人か? ……柱は?」
声の主は、傷ついた鬼殺隊士だった。
「私たちは二人で任務に来ました。それ以外のことは知りません」
「そうなのか……」
隊士の顔に落胆が浮かぶ。だが、すぐに問いを重ねた。
「外にいた鬼は?」
「一匹なら、もう討伐しました」
「……もう一匹……いる」
奥で横たわっていた別の隊士が、弱々しく口を開く。
「もう一匹……やばいのが……」
「そいつはどこに?」
隊士は激しく咳き込み、震える指を山の奥へ向けた。
「ここから少し先に……開けた場所がある。そこの洞穴だ」
咲夜は日輪刀を握り直した。
「ユラ。私はもう一匹を狩ってきます。みんなを安全な場所まで連れていってもらえますか?」
「え?」
ユラは目を見開き、すぐに咲夜の腕へ視線を落とした。
血の滲んだ手拭いを見つめ、しばらく黙り込む。
やがて顔を上げた。
「お姉ちゃんは、みんなを連れて山を降りて」
「ユラ?」
「鬼は私がやっつける」
咲夜が目を見開く。
「ユラ、それは──」
「お姉ちゃんは怪我してるから、無茶しちゃダメ」
いつもの明るさはなかった。ユラは真っ直ぐに咲夜を見つめる。
「みんなを助けて、鬼もやっつける。だから待ってて」
「…………」
咲夜は黙ってユラを見つめた。
やがて小さく息を吐き、表情を和らげる。
「……わかりました」
そして、静かに言い聞かせた。
「でも、無茶だけはしないように。命を大事にしてください。いいですね?」
「うん!」
返事をすると、ユラは小屋を飛び出していった。
咲夜は、その小さな背中が見えなくなるまで見送った。
やがて囚われていた人々へ向き直る。
「では皆さま。私たちも行きましょうか」
「待て……彼女だけでは……」
先ほどの隊士が声を上げた。
「心配はいりません」
「しかし……」
「あの子との約束……あなたも聞いていましたでしょう?」
「…………」
隊士は口を閉ざした。
「あの子は強い。ですから皆さま……安心して下山いたしましょう」
そう告げる咲夜の顔は、誰よりも不安に曇っていた。
◇
ユラは周囲を警戒しながら山中を進んだ。
足元や木々の隙間に張られた糸を一つずつ見極め、罠を避けていく。
やがて木々が途切れ、視界が開けた。
その奥に、洞穴がある。
ユラは足を止めた。
異様な静けさだった。虫の声はなく、風に揺れる木々の擦れる音だけが響いている。
「…………」
ドクン、ドクンと心臓が早鐘を打つ。
ユラはゆっくり息を吸い、鼓動を鎮めた。
そして、一歩ずつ洞穴へ近づいていく。
いる。
洞穴から漂う気配に、全身の毛が逆立つ。
そのとき、声が響いた。
「助けて!」
「助けてください!」
洞穴の近くに置かれた檻の中で、少女が鉄格子を掴んで叫んでいる。
ユラは答えなかった。答える余裕がなかった。
──何かが変わった。
洞穴から漂っていた気配が、明確な殺気へ変わる。
──ズンッ。
地面が震え、ユラの足が止まった。
──ズンッ。
もう一度、地響きが鳴る。
洞穴の闇から巨大な手が伸び、入り口の岩壁を掴んだ。
続いて、巨体がゆっくりと姿を現す。
ずんぐりと膨れた腹。巨木のような手足。達磨のような目が、ぎょろぎょろと動いている。
耳元まで裂けた口から、唾液と血の混じった液体が地面へ垂れた。
「はらぁ……へっだぁ」
鬼は腹を掻き、檻へ目を向ける。
「ヒッ……!」
少女の顔が引きつった。
鬼は少女には目もくれず、檻の扉へ手を叩きつけた。
ガァンッ!
「ヒィ……!」
少女が悲鳴を上げる。
鬼は扉を掴み、力任せに引いた。
「ん〜……開かない……」
面倒そうに呟き、さらに力を込める。
ギギギギ……。
鉄格子が軋んだ。
「壊したらぁ〜……うるさいけど〜……まぁ……いいか」
扉がゆっくりとひしゃげていく。
「いや……いやいや!」
少女は檻の奥へ後ずさった。
「助けて!」
「────」
その叫びを聞いた瞬間、ユラは日輪刀の柄を握った。
腰を落とし、呼吸を整える。
「雷の呼吸──壱ノ型」
空気が張り詰める。
次の瞬間、ユラの姿が消えた。
「……?」
鬼が間の抜けた声を漏らす。
ユラは刀をゆっくりと鞘へ戻していく。
「──霹靂一閃」
──ちんっ。
鍔鳴りの音が響き、遅れて、巨大な足から血が噴き出した。