夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜   作:なんか火花

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第二十一話 消された名前

 結局、マルクたちは老人の家へ案内されることになった。

 

 住宅街の外れに建つ、小さな平屋。

 

 軒下には、なにかの果実やら、見たこともない魚やらが無造作に干されていた。

 

 老人はそれらを雑に掻い潜り、慣れた足取りで戸を開けた。

 

「ほれ、入りなさい」

 

 老人が振り返った。

 

 マルクたちはごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る中へ足を踏み入れた。

 

 

「すまんな。少々散らかっておる」

 

「これが、少々……?」

 

 どこで手に入るのか分からないような不気味な置物、書物などで床は埋め尽くされていた。

 

 老人は右足でそれらをどかし、無理やりスペースを作る。

 

「ほれ」

 

 老人が顎で二人に座るように促した。

 

「……失礼します」

 

 マルクたちは半ば押し切られるように腰を下ろした。

 

「儂はこいつの下処理をしてくる。好きに寛ぐといい」

 

 老人が首に巻いた魚を指差した。

 

「蒲焼きじゃ」

 

 それだけ言い残し、老人は奥へと消えようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!師匠!」

 

 マルクが慌てて老人を呼び止めた。

 

「なんじゃ?」

 

「“カミシロ”について教えてくれるんですよね!?」

 

 マルクが身を乗り出す。

 

 老人はきょとんとした顔をした。

 

「ああ、カミシロな」

 

 老人は得心がいったように頷いた。

 

「それなら、そこにあるじゃろ」

 

 ほれ、と老人は棚を指差した。

 

「え!?」

 

 マルクたちは勢いよく棚を見た。

 

 そこには、乳白色の鉱石が無造作に置かれていた。

 

 岩の一部から切り出したような、不格好な石塊だった。

 

「……これが、カミシロ……?」

 

 マルクが呟いた。

 

「どう見ても、ただの鉱石だけどな」

 

 フォルツが鉱石を手に取り、訝しげに睨んだ。

 

「そんなもんでよければ、いくらでも見ていくといい」

 

 そう言って、老人は部屋から出ていった。

 

 取り残されたマルクたちはしばらく無言で鉱石を見つめていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……やっぱり石だね」

 

「石だな」

 

 フォルツは気を取り直したように端末を取り出す。

 

「まあとにかくだ。調べてみないことにはな」

 

「どうするの?」

 

 マルクが首を傾げた。

 

「こいつを使うんだ」

 

 フォルツが開いたのは、発掘者専用アプリ“DELVE(デルブ)”だった。

 

 依頼の受諾、情報収集、発見した遺物の登録まで行える、発掘者には欠かせないアプリだ。

 

 フォルツは慣れた手つきで操作を進め、やがて端末のカメラ機能をオンにした。

 

「これで撮ると、DELVEに登録してあるものなら、名前から原産地まで教えてくれるんだ」

 

 フォルツが得意げに髪をかき上げた。

 

「へぇ〜!」

 

「おっ、出たぞ」

 

 マルクが横からフォルツの端末を覗き込む。

 

 そこに書いてあったのは——

 

「「は……?」」

 

 シロカミ石。

 

 都市東部に存在する“ハイネル遺跡”で発見された非常に珍しい鉱石。

 

 高いアラヤ伝導率を持つ。

 

 市場への流通量は少なく、発見例も限られている。

 

 マルクたちは顔を見合わせ、叫んだ。

 

「カミシロじゃなくて……」

 

「シロカミじゃねーかあぁぁぁぁ!!!!」

 

 

「爺さん、勘弁してくれよ……」

 

 こんがりと焼けた蒲焼を箸でつつきながら、フォルツはため息を吐いた。

 

 香ばしい匂いが部屋に広がっていた。

 

 妙に食欲を唆られるそれに、無性に腹が立つ。

 

「だから悪かったと言ってるじゃろ」

 

 老人は悪びれもせず、蒲焼をおかずに、白飯をかきこんでいた。

 

「儂にとっては、カミシロもシロカミも同じじゃて」

 

「同じじゃねーよ!」

 

 フォルツが箸を老人へ突き付けた。

 

「でもフォルツ、この蒲焼すごく美味しいよ」

 

 マルクが目を輝かせた。

 

「美味しいって言ってもねぇ……オレ様たちは情報収集に来てんだよ……」

 

 フォルツが端末を見る。

 

 結局、今回も不発。

 

 得られたのは、シロカミ石という謎の鉱石の情報だけ。

 

「てかなんだよ。シロカミ石って……」

 

 発掘者であるフォルツでも聞いたことがなかった。

 

 登録されたのは、今から約二十年前。

 

 遺物としては決して古い記録ではない。

 

「そういうのって発見したら何かもらえるの?」

 

 マルクが蒲焼きを頬張ったまま尋ねた。

 

 口元に甘辛いタレを付けたままの姿に、フォルツはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「そうだな。遺物や鉱物を新しく発見し、DELVEに登録することができれば、ものによってはそれ相応の報酬がギルドから支払われるはずだ」

 

「へぇ〜」

 

 マルクが感心したように頷いた。

 

「その石を発見した発掘者も、きっと多額の報酬金でウハウハだったん——」

 

 フォルツの端末を操作する手が止まった。

 

「……いや、待て」

 

「ん?」

 

 フォルツが眉をひそめる。

 

 何度か画面をスクロールし、登録情報を読み返した。

 

「おかしい」

 

 フォルツは端末を睨んだまま呟く。

 

「発見された時期も、登録された時期も書いてある。なのに——」

 

 

登録者:不明

 

 

 発見者の名前が載っていない。

 

 フォルツが口を抑えながら呟いた。

 

「え?」

 

 マルクが身を乗り出した。

 

「そんなことあるの?」

 

「普通はない」

 

 フォルツは首を横に振った。

 

「発見者の名前は登録時の必須項目だ。空欄のまま通るはずがない」

 

「じゃあどうして……」

 

 瞬間、二人の脳裏にひとつの言葉が浮かんだ。

 

 

 

『カミシロについての情報や記事、考察を一つずつ消して回っている者がいる』

 

 

 

 ぞくり、フォルツの全身が総毛立つ。

 

「シロカミ石……」

 

 フォルツが低く呟く。

 

「発掘者が、自分の名前から遺物に名付けを行うのは珍しいことじゃない」

 

 マルクがハッと顔を上げた。

 

「もし……」

 

 マルクが確かめるように呟く。

 

「この石を発見したのがカミシロという人物で……」

 

 ああ、とフォルツが続ける。

 

「その情報が、何者かによって消されているとしたら——」

 

 点と点が、細い線で繋がった気がした。

 

 マルクとフォルツは顔を見合わせた。

 

 そして、ほとんど同時に口元を吊り上げる。

 

「よし、なら急ぐぞ」

 

 フォルツは残っていた蒲焼きを一気に口へ放り込むと、勢いよく立ち上がった。

 

「え、どこに?」

 

「発掘者ギルドだ」

 

 フォルツは端末を懐へしまう。

 

「カミシロの情報を消してまわっている奴がいるとしても、ギルドの資料室で過去の名簿を洗えば、何か残っているかもしれない」

 

「な、なるほど!」

 

「善は急げだ」

 

 マルクも白飯をかきこんで、立ち上がる。

 

「師匠、ありがとうございました!」

 

 マルクは深々と頭を下げた。

 

「よう分からんが、役に立ったならよかったわい」

 

 老人は興味なさげに漬物を摘まみ、ぽりぽりと齧った。

 

 そんな様子を見て、マルクは思わず苦笑した。

 

「行くぞ、マルク」

 

 フォルツが呼んだ。

 

「うん!」

 

 二人は勢いよく玄関へ向かった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「いつまでそうしているつもりじゃ」

 

 二人が去った部屋で老人が呟いた。

 

 瞬間。

 

 何もない空間が、ぼわりと歪んだ。

 

 その裂け目から、アテンが顔を覗かせた。

 

「ミザール、久しぶりだネ」

 

「ああ、アテン」

 

 老人——ミザールは湯呑みに手を伸ばした。

 

「老けたナ」

 

「お主が変わらなすぎるんじゃ」

 

 ミザールが一口お茶を啜った。

 

 アテンは、マルクたちが去っていった玄関の方へ目を向ける。

 

「彼らに随分、親切だったじゃないカ」

 

「そうでもないわ」

 

 ミザールは鼻を鳴らした。

 

「キミが部屋に人を入れるなんて、昔じゃ考えられないだロ」

 

 アテンは目を細めた。

 

 ミザールは漬物を一枚摘まんだ。

 

「ただの気まぐれじゃ」

 

「気まぐれ、ネ」

 

 アテンは意味ありげに笑う。

 

「——では、カミシロのことも気まぐれカ」

 

 ミザールの手が止まる。

 

「あまり勝手なことをされては困るナ。あの子は吾輩が管理していル」

 

 アテンの瞳が細められた。

 

 しかし、ミザールは気にした様子もない。

 

「儂は何もしとらん」

 

 ミザールの言葉に、アテンは冷たく笑った。

 

 瞬間、周囲の空気が重く歪んだ。

 

「そういう理屈が通じると思っているなら、相変わらずおめでたいネ」

 

 アテンは言い放つ。

 

「次は気をつけてくれヨ」

 

 アテンは低く告げた。

 

「吾輩は友人を大事にしたいんダ」

 

 ぴしり、空間が軋んだ。

 

 ミザールはゆっくりと茶を飲み干し、湯呑みを置いた。

 

「儂は本当に何もしとらんよ」

 

「まだ言う——」

 

 ミザールは笑っていた。

 

 まるで玩具を見つけた子供のように、無邪気に口元を歪ませる。

 

「ッ」

 

 アテンは言葉を飲み込んだ。

 

「あの子は自分で魚を釣り上げたんじゃ」

 

 ミザールは空になった皿に目を落とし、穏やかに言った。

 

「お主が何をしようが、あの子はきっと、“そこ”へ辿り着く。その時、儂らは——」

 

 愉しげに目を細める。

 

「ただの観客じゃよ」 

 

 一瞬の沈黙の後。

 

 やがて、アテンは嘆息した。

 

「…………相変わらずだネ」

 

 ぼわり、と空間が歪む。

 

「とにかく、もう余計なことはするナ」

 

 アテンの姿が裂け目の向こうへ消えていく。

 

 部屋に静寂が戻る。

 

 後には、時計の針の音だけが残った。

 

「余計なこと、のう」

 

 誰もいなくなった部屋で、ミザールは呟いた。

 

「儂はただ——」

 

 窓の外へ目を向ける。

 

「面白そうな方へ竿を垂らしておるだけじゃ」

 

 そう言って、ミザールは愉快そうに笑った。

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