夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜   作:なんか火花

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第二十一話 消された名前

 結局、マルクたちは老人の家へ案内されることになった。

 

 住宅街の外れに建つ、小さな平屋。

 

 軒下には、なにかの果実やら、見たこともない魚やらが無造作に干されていた。

 

 老人はそれらを雑に掻い潜り、慣れた足取りで戸を開けた。

 

「ほれ、入りなさい」

 

 老人が振り返った。

 

 マルクたちはごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る中へ足を踏み入れた。

 

◇

 

「すまんな。少々散らかっておる」

 

「これが、少々……?」

 

 どこで手に入るのか分からないような不気味な置物、書物などで床は埋め尽くされていた。

 

 老人は右足でそれらをどかし、無理やりスペースを作る。

 

「ほれ」

 

 老人が顎で二人に座るように促した。

 

「……失礼します」

 

 マルクたちは半ば押し切られるように腰を下ろした。

 

「儂はこいつの下処理をしてくる。好きに寛ぐといい」

 

 老人が首に巻いた魚を指差した。

 

「蒲焼きじゃ」

 

 それだけ言い残し、老人は奥へと消えようとする。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!師匠!」

 

 マルクが慌てて老人を呼び止めた。

 

「なんじゃ?」

 

「“カミシロ”について教えてくれるんですよね!?」

 

 マルクが身を乗り出す。

 

 老人はきょとんとした顔をした。

 

「ああ、カミシロな」

 

 老人は得心がいったように頷いた。

 

「それなら、そこにあるじゃろ」

 

 ほれ、と老人は棚を指差した。

 

「え!?」

 

 マルクたちは勢いよく棚を見た。

 

 そこには、乳白色の鉱石が無造作に置かれていた。

 

 岩の一部から切り出したような、不格好な石塊だった。

 

「……これが、カミシロ……?」

 

 マルクが呟いた。

 

「どう見ても、ただの鉱石だけどな」

 

 フォルツが鉱石を手に取り、訝しげに睨んだ。

 

「そんなもんでよければ、いくらでも見ていくといい」

 

 そう言って、老人は部屋から出ていった。

 

 取り残されたマルクたちはしばらく無言で鉱石を見つめていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……やっぱり石だね」

 

「石だな」

 

 フォルツは気を取り直したように端末を取り出す。

 

「まあとにかくだ。調べてみないことにはな」

 

「どうするの?」

 

 マルクが首を傾げた。

 

「こいつを使うんだ」

 

 フォルツが開いたのは、発掘者専用アプリ“DELVE(デルブ)”だった。

 

 依頼の受諾、情報収集、発見した遺物の登録まで行える、発掘者には欠かせないアプリだ。

 

 フォルツは慣れた手つきで操作を進め、やがて端末のカメラ機能をオンにした。

 

「これで撮ると、DELVEに登録してあるものなら、名前から原産地まで教えてくれるんだ」

 

 フォルツが得意げに髪をかき上げた。

 

「へぇ〜!」

 

「おっ、出たぞ」

 

 マルクが横からフォルツの端末を覗き込む。

 

 そこに書いてあったのは——

 

「「は……?」」

 

 シロカミ石。

 

 都市東部に存在する“ハイネル遺跡”で発見された非常に珍しい鉱石。

 

 高いアラヤ伝導率を持つ。

 

 市場への流通量は少なく、発見例も限られている。

 

 マルクたちは顔を見合わせ、叫んだ。

 

「カミシロじゃなくて……」

 

「シロカミじゃねーかあぁぁぁぁ!!!!」

 

◇

 

「爺さん、勘弁してくれよ……」

 

 こんがりと焼けた蒲焼を箸でつつきながら、フォルツはため息を吐いた。

 

 香ばしい匂いが部屋に広がっていた。

 

 妙に食欲を唆られるそれに、無性に腹が立つ。

 

「だから悪かったと言ってるじゃろ」

 

 老人は悪びれもせず、蒲焼をおかずに、白飯をかきこんでいた。

 

「儂にとっては、カミシロもシロカミも同じじゃて」

 

「同じじゃねーよ!」

 

 フォルツが箸を老人へ突き付けた。

 

「でもフォルツ、この蒲焼すごく美味しいよ」

 

 マルクが目を輝かせた。

 

「美味しいって言ってもねぇ……オレ様たちは情報収集に来てんだよ……」

 

 フォルツが端末を見る。

 

 結局、今回も不発。

 

 得られたのは、シロカミ石という謎の鉱石の情報だけ。

 

「てかなんだよ。シロカミ石って……」

 

 発掘者であるフォルツでも聞いたことがなかった。

 

 登録されたのは、今から約二十年前。

 

 遺物としては決して古い記録ではない。

 

「そういうのって発見したら何かもらえるの?」

 

 マルクが蒲焼きを頬張ったまま尋ねた。

 

 口元に甘辛いタレを付けたままの姿に、フォルツはなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「そうだな。遺物や鉱物を新しく発見し、DELVEに登録することができれば、ものによってはそれ相応の報酬がギルドから支払われるはずだ」

 

「へぇ〜」

 

 マルクが感心したように頷いた。

 

「その石を発見した発掘者も、きっと多額の報酬金でウハウハだったん——」

 

 フォルツの端末を操作する手が止まった。

 

「……いや、待て」

 

「ん?」

 

 フォルツが眉をひそめる。

 

 何度か画面をスクロールし、登録情報を読み返した。

 

「おかしい」

 

 フォルツは端末を睨んだまま呟く。

 

「発見された時期も、登録された時期も書いてある。なのに——」

 

 

登録者:不明

 

 

 発見者の名前が載っていない。

 

 フォルツが口を抑えながら呟いた。

 

「え?」

 

 マルクが身を乗り出した。

 

「そんなことあるの?」

 

「普通はない」

 

 フォルツは首を横に振った。

 

「発見者の名前は登録時の必須項目だ。空欄のまま通るはずがない」

 

「じゃあどうして……」

 

 瞬間、二人の脳裏にひとつの言葉が浮かんだ。

 

 

 

『カミシロについての情報や記事、考察を一つずつ消して回っている者がいる』

 

 

 

 ぞくり、フォルツの全身が総毛立つ。

 

「シロカミ石……」

 

 フォルツが低く呟く。

 

「発掘者が、自分の名前から遺物に名付けを行うのは珍しいことじゃない」

 

 マルクがハッと顔を上げた。

 

「もし……」

 

 マルクが確かめるように呟く。

 

「この石を発見したのがカミシロという人物で……」

 

 ああ、とフォルツが続ける。

 

「その情報が、何者かによって消されているとしたら——」

 

 点と点が、細い線で繋がった気がした。

 

 マルクとフォルツは顔を見合わせた。

 

 そして、ほとんど同時に口元を吊り上げる。

 

「よし、なら急ぐぞ」

 

 フォルツは残っていた蒲焼きを一気に口へ放り込むと、勢いよく立ち上がった。

 

「え、どこに?」

 

「発掘者ギルドだ」

 

 フォルツは端末を懐へしまう。

 

「カミシロの情報を消してまわっている奴がいるとしても、ギルドの資料室で過去の名簿を洗えば、何か残っているかもしれない」

 

「な、なるほど!」

 

「善は急げだ」

 

 マルクも白飯をかきこんで、立ち上がる。

 

「師匠、ありがとうございました!」

 

 マルクは深々と頭を下げた。

 

「よう分からんが、役に立ったならよかったわい」

 

 老人は興味なさげに漬物を摘まみ、ぽりぽりと齧った。

 

 そんな様子を見て、マルクは思わず苦笑した。

 

「行くぞ、マルク」

 

 フォルツが呼んだ。

 

「うん!」

 

 二人は勢いよく玄関へ向かった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「いつまでそうしているつもりじゃ」

 

 二人が去った部屋で老人が呟いた。

 

 瞬間。

 

 何もない空間が、ぼわりと歪んだ。

 

 その裂け目から、アテンが顔を覗かせた。

 

「ミザール、久しぶりだネ」

 

「ああ、アテン」

 

 老人——ミザールは湯呑みに手を伸ばした。

 

「老けたナ」

 

「お主が変わらなすぎるんじゃ」

 

 ミザールが一口お茶を啜った。

 

 アテンは、マルクたちが去っていった玄関の方へ目を向ける。

 

「彼らに随分、親切だったじゃないカ」

 

「そうでもないわ」

 

 ミザールは鼻を鳴らした。

 

「キミが部屋に人を入れるなんて、昔じゃ考えられないだロ」

 

 アテンは目を細めた。

 

 ミザールは漬物を一枚摘まんだ。

 

「ただの気まぐれじゃ」

 

「気まぐれ、ネ」

 

 アテンは意味ありげに笑う。

 

「——では、カミシロのことも気まぐれカ」

 

 ミザールの手が止まる。

 

「あまり勝手なことをされては困るナ。あの子は吾輩が管理していル」

 

 アテンの瞳が細められた。

 

 しかし、ミザールは気にした様子もない。

 

「儂は何もしとらん」

 

 ミザールの言葉に、アテンは冷たく笑った。

 

 瞬間、周囲の空気が重く歪んだ。

 

「そういう理屈が通じると思っているなら、相変わらずおめでたいネ」

 

 アテンは言い放つ。

 

「次は気をつけてくれヨ」

 

 アテンは低く告げた。

 

「吾輩は友人を大事にしたいんダ」

 

 ぴしり、空間が軋んだ。

 

 ミザールはゆっくりと茶を飲み干し、湯呑みを置いた。

 

「儂は本当に何もしとらんよ」

 

「まだ言う——」

 

 ミザールは笑っていた。

 

 まるで玩具を見つけた子供のように、無邪気に口元を歪ませる。

 

「ッ」

 

 アテンは言葉を飲み込んだ。

 

「あの子は自分で魚を釣り上げたんじゃ」

 

 ミザールは空になった皿に目を落とし、穏やかに言った。

 

「お主が何をしようが、あの子はきっと、“そこ”へ辿り着く。その時、儂らは——」

 

 愉しげに目を細める。

 

「ただの観客じゃよ」 

 

 一瞬の沈黙の後。

 

 やがて、アテンは嘆息した。

 

「…………相変わらずだネ」

 

 ぼわり、と空間が歪む。

 

「とにかく、もう余計なことはするナ」

 

 アテンの姿が裂け目の向こうへ消えていく。

 

 部屋に静寂が戻る。

 

 後には、時計の針の音だけが残った。

 

「余計なこと、のう」

 

 誰もいなくなった部屋で、ミザールは呟いた。

 

「儂はただ——」

 

 窓の外へ目を向ける。

 

「面白そうな方へ竿を垂らしておるだけじゃ」

 

 そう言って、ミザールは愉快そうに笑った。

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