夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
結局、マルクたちは老人の家へ案内されることになった。
住宅街の外れに建つ、小さな平屋。
軒下には、なにかの果実やら、見たこともない魚やらが無造作に干されていた。
老人はそれらを雑に掻い潜り、慣れた足取りで戸を開けた。
「ほれ、入りなさい」
老人が振り返った。
マルクたちはごくりと唾を飲み込むと、恐る恐る中へ足を踏み入れた。
◇
「すまんな。少々散らかっておる」
「これが、少々……?」
どこで手に入るのか分からないような不気味な置物、書物などで床は埋め尽くされていた。
老人は右足でそれらをどかし、無理やりスペースを作る。
「ほれ」
老人が顎で二人に座るように促した。
「……失礼します」
マルクたちは半ば押し切られるように腰を下ろした。
「儂はこいつの下処理をしてくる。好きに寛ぐといい」
老人が首に巻いた魚を指差した。
「蒲焼きじゃ」
それだけ言い残し、老人は奥へと消えようとする。
「ちょ、ちょっと待ってください!師匠!」
マルクが慌てて老人を呼び止めた。
「なんじゃ?」
「“カミシロ”について教えてくれるんですよね!?」
マルクが身を乗り出す。
老人はきょとんとした顔をした。
「ああ、カミシロな」
老人は得心がいったように頷いた。
「それなら、そこにあるじゃろ」
ほれ、と老人は棚を指差した。
「え!?」
マルクたちは勢いよく棚を見た。
そこには、乳白色の鉱石が無造作に置かれていた。
岩の一部から切り出したような、不格好な石塊だった。
「……これが、カミシロ……?」
マルクが呟いた。
「どう見ても、ただの鉱石だけどな」
フォルツが鉱石を手に取り、訝しげに睨んだ。
「そんなもんでよければ、いくらでも見ていくといい」
そう言って、老人は部屋から出ていった。
取り残されたマルクたちはしばらく無言で鉱石を見つめていた。
「…………」
「…………」
「……やっぱり石だね」
「石だな」
フォルツは気を取り直したように端末を取り出す。
「まあとにかくだ。調べてみないことにはな」
「どうするの?」
マルクが首を傾げた。
「こいつを使うんだ」
フォルツが開いたのは、発掘者専用アプリ“
依頼の受諾、情報収集、発見した遺物の登録まで行える、発掘者には欠かせないアプリだ。
フォルツは慣れた手つきで操作を進め、やがて端末のカメラ機能をオンにした。
「これで撮ると、DELVEに登録してあるものなら、名前から原産地まで教えてくれるんだ」
フォルツが得意げに髪をかき上げた。
「へぇ〜!」
「おっ、出たぞ」
マルクが横からフォルツの端末を覗き込む。
そこに書いてあったのは——
「「は……?」」
シロカミ石。
都市東部に存在する“ハイネル遺跡”で発見された非常に珍しい鉱石。
高いアラヤ伝導率を持つ。
市場への流通量は少なく、発見例も限られている。
マルクたちは顔を見合わせ、叫んだ。
「カミシロじゃなくて……」
「シロカミじゃねーかあぁぁぁぁ!!!!」
◇
「爺さん、勘弁してくれよ……」
こんがりと焼けた蒲焼を箸でつつきながら、フォルツはため息を吐いた。
香ばしい匂いが部屋に広がっていた。
妙に食欲を唆られるそれに、無性に腹が立つ。
「だから悪かったと言ってるじゃろ」
老人は悪びれもせず、蒲焼をおかずに、白飯をかきこんでいた。
「儂にとっては、カミシロもシロカミも同じじゃて」
「同じじゃねーよ!」
フォルツが箸を老人へ突き付けた。
「でもフォルツ、この蒲焼すごく美味しいよ」
マルクが目を輝かせた。
「美味しいって言ってもねぇ……オレ様たちは情報収集に来てんだよ……」
フォルツが端末を見る。
結局、今回も不発。
得られたのは、シロカミ石という謎の鉱石の情報だけ。
「てかなんだよ。シロカミ石って……」
発掘者であるフォルツでも聞いたことがなかった。
登録されたのは、今から約二十年前。
遺物としては決して古い記録ではない。
「そういうのって発見したら何かもらえるの?」
マルクが蒲焼きを頬張ったまま尋ねた。
口元に甘辛いタレを付けたままの姿に、フォルツはなんとも言えない表情を浮かべる。
「そうだな。遺物や鉱物を新しく発見し、DELVEに登録することができれば、ものによってはそれ相応の報酬がギルドから支払われるはずだ」
「へぇ〜」
マルクが感心したように頷いた。
「その石を発見した発掘者も、きっと多額の報酬金でウハウハだったん——」
フォルツの端末を操作する手が止まった。
「……いや、待て」
「ん?」
フォルツが眉をひそめる。
何度か画面をスクロールし、登録情報を読み返した。
「おかしい」
フォルツは端末を睨んだまま呟く。
「発見された時期も、登録された時期も書いてある。なのに——」
登録者:不明
発見者の名前が載っていない。
フォルツが口を抑えながら呟いた。
「え?」
マルクが身を乗り出した。
「そんなことあるの?」
「普通はない」
フォルツは首を横に振った。
「発見者の名前は登録時の必須項目だ。空欄のまま通るはずがない」
「じゃあどうして……」
瞬間、二人の脳裏にひとつの言葉が浮かんだ。
『カミシロについての情報や記事、考察を一つずつ消して回っている者がいる』
ぞくり、フォルツの全身が総毛立つ。
「シロカミ石……」
フォルツが低く呟く。
「発掘者が、自分の名前から遺物に名付けを行うのは珍しいことじゃない」
マルクがハッと顔を上げた。
「もし……」
マルクが確かめるように呟く。
「この石を発見したのがカミシロという人物で……」
ああ、とフォルツが続ける。
「その情報が、何者かによって消されているとしたら——」
点と点が、細い線で繋がった気がした。
マルクとフォルツは顔を見合わせた。
そして、ほとんど同時に口元を吊り上げる。
「よし、なら急ぐぞ」
フォルツは残っていた蒲焼きを一気に口へ放り込むと、勢いよく立ち上がった。
「え、どこに?」
「発掘者ギルドだ」
フォルツは端末を懐へしまう。
「カミシロの情報を消してまわっている奴がいるとしても、ギルドの資料室で過去の名簿を洗えば、何か残っているかもしれない」
「な、なるほど!」
「善は急げだ」
マルクも白飯をかきこんで、立ち上がる。
「師匠、ありがとうございました!」
マルクは深々と頭を下げた。
「よう分からんが、役に立ったならよかったわい」
老人は興味なさげに漬物を摘まみ、ぽりぽりと齧った。
そんな様子を見て、マルクは思わず苦笑した。
「行くぞ、マルク」
フォルツが呼んだ。
「うん!」
二人は勢いよく玄関へ向かった。
◇◇
「いつまでそうしているつもりじゃ」
二人が去った部屋で老人が呟いた。
瞬間。
何もない空間が、ぼわりと歪んだ。
その裂け目から、アテンが顔を覗かせた。
「ミザール、久しぶりだネ」
「ああ、アテン」
老人——ミザールは湯呑みに手を伸ばした。
「老けたナ」
「お主が変わらなすぎるんじゃ」
ミザールが一口お茶を啜った。
アテンは、マルクたちが去っていった玄関の方へ目を向ける。
「彼らに随分、親切だったじゃないカ」
「そうでもないわ」
ミザールは鼻を鳴らした。
「キミが部屋に人を入れるなんて、昔じゃ考えられないだロ」
アテンは目を細めた。
ミザールは漬物を一枚摘まんだ。
「ただの気まぐれじゃ」
「気まぐれ、ネ」
アテンは意味ありげに笑う。
「——では、カミシロのことも気まぐれカ」
ミザールの手が止まる。
「あまり勝手なことをされては困るナ。あの子は吾輩が管理していル」
アテンの瞳が細められた。
しかし、ミザールは気にした様子もない。
「儂は何もしとらん」
ミザールの言葉に、アテンは冷たく笑った。
瞬間、周囲の空気が重く歪んだ。
「そういう理屈が通じると思っているなら、相変わらずおめでたいネ」
アテンは言い放つ。
「次は気をつけてくれヨ」
アテンは低く告げた。
「吾輩は友人を大事にしたいんダ」
ぴしり、空間が軋んだ。
ミザールはゆっくりと茶を飲み干し、湯呑みを置いた。
「儂は本当に何もしとらんよ」
「まだ言う——」
ミザールは笑っていた。
まるで玩具を見つけた子供のように、無邪気に口元を歪ませる。
「ッ」
アテンは言葉を飲み込んだ。
「あの子は自分で魚を釣り上げたんじゃ」
ミザールは空になった皿に目を落とし、穏やかに言った。
「お主が何をしようが、あの子はきっと、“そこ”へ辿り着く。その時、儂らは——」
愉しげに目を細める。
「ただの観客じゃよ」
一瞬の沈黙の後。
やがて、アテンは嘆息した。
「…………相変わらずだネ」
ぼわり、と空間が歪む。
「とにかく、もう余計なことはするナ」
アテンの姿が裂け目の向こうへ消えていく。
部屋に静寂が戻る。
後には、時計の針の音だけが残った。
「余計なこと、のう」
誰もいなくなった部屋で、ミザールは呟いた。
「儂はただ——」
窓の外へ目を向ける。
「面白そうな方へ竿を垂らしておるだけじゃ」
そう言って、ミザールは愉快そうに笑った。