夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
「行くぞ、マルク」
「うん!」
二人が老人の家を出た、その時だった。
「マジ待って」
突然、前方から声をかけられる。
顔を上げると、そこにはスージーが立っていた。
「スージー?」
「ん」
スージーが表情の読めない顔で頷いた。
「何か掴んだ?マジ感心」
「べ、別に何も掴んでないぞ?」
明らかに狼狽えるフォルツに、マルクは微妙な顔をした。
隠し事が下手すぎる。
「えっと……スージー、何か用?」
「ん」
スージーは眠たげな瞳でマルクを見つめると、早足で近づいてきた。
一歩。
また一歩。
マルクが動揺したように後ずさる。
「ちょ!キミ!何する気だ!?」
フォルツが叫ぶ。
気付けば、スージーの顔がマルクのすぐ目の前まで迫っていた。
やがて、立ち止まる。
吐息が触れそうな程の距離だった。
「ス、スージー?」
「マジ動かないで」
スージーは踵を浮かし、背伸びした。
二人の顔と顔が、さらに近づく。
マルクの心臓がどくりと跳ねた。
思わず目を閉じた。
ぺりっ。
「はい回収」
「……え?」
スージーの指先には、小さな黒い機械が摘ままれていた。
「マジ盗聴」
スージーは満足げに頷いた。
「え!?いつの間に!?」
マルクが目を丸くする。
「ん、連絡先交換した時。マジ簡単」
スージーは悪びれる様子もなく答えた。
「じゃ、マジ帰る」
スージーが振り返り、立ち去ろうとする。
その様子を、マルクとフォルツは呆然と眺めることしかできない。
だが、数歩進んだところで、スージーはふと立ち止まった。
そして、ゆっくりと振り返る。
「連絡、マジ待ってる」
スージーは一度だけ目配せをして、再び歩き出した。
「…………」
「…………」
二人は揃って、遠ざかるスージーの背中を見送った。
「何だったんだ?」
フォルツが呟いた。
「僕に聞かれても……」
マルクは不思議そうに首を傾げた。
「ま、まあとにかくギルドに急ぐぞ!」
フォルツが咳払いをした。
「情報を奪われたのはマズい!先を越される前に、オレ様たちもカミシロについて調べるぞ!」
「は、はい!」
二人は慌ただしく駆け出した。
目指すは発掘者ギルド。
そこで何かが分かると信じて。
◇◇
マルクたちは発掘者ギルド南支部へ到着した。
都市各地に点在する支部の一つ。
依頼の受注、発掘者登録、各種手続きを行う、発掘者たちの拠点だ。
時刻は夕方。
雨はすっかり上がり、空には薄っすらと夕焼けが広がっていた。
マルクたちは傘を畳み、自動扉を潜る。
施設内は多くの発掘者で賑わっていた。
その間を通り抜け、二人は受付カウンターへ向かった。
向かって一番左端。
そこだけは、なぜか誰も並んでいなかった。
「やあ、バズー」
フォルツが気安く話しかけた。
書類を眺めていた男が顔を上げる。
「……チッ」
男が舌打ちした。
狐のような耳と鼻を持った、目つきの鋭い男だった。
「会って早々舌打ちか!?」
「お前の顔なんて、見たくないんだよ……って、なんだ、そこのチビは?」
受付の男——バズーはマルクに視線をやった。
「ああ、こいつはマルク、オレ様の今の依頼主みたいなもんだ」
フォルツはマルクの背中を軽く押した。
マルクが体をよろめかせながら前に出た。
「ど、どうも。マルクです」
「ふぅん」
バズーは観察するように見つめる。
やがて、興味を失ったように視線を逸らした。
「で、今日は何の用だ?お前が直接ギルドに出向くなんて、珍しいだろ」
バズーが訝しむようにフォルツを睨んだ。
「カミシロという発掘者について調べたい」
「……カミシロ?」
バズーが眉をひそめる。
「聞かねえ名だな」
「ああ、おそらく二十年も前の発掘者だ。無理もない」
フォルツが難しそうに唸った。
シロカミ石が登録されたのは二十年前。
ならば、その発見者も同じ時代の人物である可能性が高い。
「ちょっと気になることがあってね」
フォルツはチョキチョキさんの件を簡単に説明した。
「……なるほどな」
バズーが小さく息を吐いた。
「二十年前の発掘者名簿を洗いたい。倉庫を見せてもらうことはできないだろうか」
「お願いします!」
マルクたちの目が、真っ直ぐにバズーを見据えた。
バズーは一瞬考える素振りを見せると、頭をぼりぼりと掻いた。
「無理だな」
「っ」
マルクの瞳が陰る。
「個人情報だ。そう簡単に見せられるもんじゃねえ。それに——」
バズーは手元の書類をまとめながら、面倒臭そうに続けた。
「“うち”の倉庫管理はすこぶるズサンだ。二十年前の記録なんて残ってるかも分からねえ」
「そんな……」
マルクががくんと肩を落とした。
その様子をバズーが横目で見やる。
「——だが、まあ」
バズーはフォルツの顔を見て、盛大にため息を吐いた。
「ここで超級様に貸しを作っておくのも悪くないか」
「おっ、キミにしては話が分かるじゃねえか!」
フォルツが楽しげに笑った。
すると、バズーはまとめていた書類をバンとフォルツの前に置いた。
「——てことで、これよろしくな」
「は?」
「期日は全部で一週間。お前なら楽勝だろ」
バズーがにやりと笑う。
フォルツが書類の束を手に取った。
一枚ずつめくっていく。
やがて、机に身を乗り出した。
「これ全部依頼書じゃないか!しかも全部上級以上の!」
その様子に、バズーは愉快そうに口元を歪めた。
そして、カウンターの下から一枚の鍵を取り出した。
「倉庫の鍵だ」
ほれほれ、と指先で揺らす。
「受けないのか?」
「……」
「探したいんだろ?カミシロとかいう奴」
フォルツの視線が鍵へ吸い寄せられる。
「受けないなら戻すが」
バズーはあっさり鍵を引っ込めようとした。
「待て!」
声が響く。
「う、受けてやる……!」
フォルツが震える拳を握り締めながら呟いた。
バズーはにたりと口元を歪める。
「毎度ありぃ」
鍵がフォルツの手のひらに置かれた。
「くっ」
ガクッと肩を落とし、悔しそうに歯噛みする。
「フォルツ、いいの?」
マルクが心配そうに尋ねた。
「あ、ああ。オレ様は天才だからな。このくらいの依頼、訳ないさ」
だが、とフォルツは続ける。
「キ、キミがどうしてもと言うなら、手伝ってくれてもいいんだぞ……」
「“どうしても”じゃないから、いいかな」
「キミは本当に容赦がないね!」
フォルツが机を叩いた。
マルクは不思議そうに首を傾げた。
◇◇
数時間後。
「違う」
フォルツが名簿を閉じた。
「これで何冊目だ……」
倉庫に積まれた資料の山は、未だ半分も減っていない。
年代別に整理されている訳でもなければ、発掘者名簿だけが保管されている訳でもない。
依頼書、報告書、遺物登録記録、経費申請書。
様々な書類の中から、ひとりの男の名前を見つけるのは、思った以上に骨の折れる作業だった。
二十年前を中心に、前後十年。
つまり、十年前から三十年前までの記録を片っ端から漁っている。
紙を捲る。
また捲る。
さらに捲る。
気付けば、倉庫の窓の外はすっかり夜の色に染まっていた。
「これ、本当に見つかるのかな」
マルクが呟いた。
「…………さあな」
フォルツが今にも閉じそうな目を擦りながら、ぶっきらぼうに返事した。
「そもそも、カミシロが本当に発掘者なのかも分からないし……」
「…………そうだな」
フォルツがページを捲る。
再び、沈黙が流れる。
作業はなかなか進まなかった。
そこに答えが書かれている気がして、何度も同じページを読み返してしまう。
それでも、手は止めない。
諦めにも似た空気が漂い始めた頃、マルクが口を開いた。
「でもさ」
微かに口元を緩める。
「こういうの、ちょっと楽しいね」
「は?」
フォルツが顔を上げる。
「本物の発掘者みたい」
マルクが瞳を輝かせた。
「一応、オレ様は本物の発掘者なんだがね……」
フォルツは深々とため息を吐いた。
それに、とマルクは続ける。
「僕は前の記憶が無いから、実際には分からないけど、友達とこういうことするの、初めてなんだ」
「…………」
フォルツは何も答えなかった。
ただ、手元の書類を捲る。
ぱらり。
ページを捲る音だけが、部屋に響く。
その音は、先程より少しだけ早く聞こえた。
微かに耳の先が赤い。
「だから」
マルクは立ち上がった。
そのままフォルツの座る椅子まで歩み寄り、ひとつの書類を手渡した。
「いい思い出で終わらせたいんだ」
フォルツが怪訝そうに書類を受け取る。
「……何だこれ」
「見て」
マルクが指差した。
フォルツの視線が、その一点を追う。
「——ッ」
瞬間、眠気が吹き飛んだ。
『発掘者登録申請書』
——登録名:カミシロ。
そこには、彼の年齢から、性別、住所、身長、体重、あらゆる情報が記されていた。
「あった……!」
フォルツが勢いよく立ち上がった。
備考欄には
『素行不良』
『態度に難あり』
『職員との口論多数』
など、あまり褒められたものではない記述まで残されていた。
『カミシロさンち、知りまセんかァ?』
あの悍ましい声を思い出す。
そこには、確かに怨念のようなものが滲んでいた。
そして、右手に握られた錆びたハサミ。
もし、本当にあの怪異がカミシロを探しているのだとしたら——
その理由は、まともなものではないだろう。
「……っ!?」
マルクが息を呑んだ。
「フォルツ!」
弾かれたように、マルクが叫んだ。
「どうした?」
「これ……」
マルクが申請書のある項目を指差す。
そこには、
彼の住所が書かれていた。
「……そんな」
マルクが小さく呟く。
「どうした?」
「…………僕、この場所を知ってる」
カミシロ。
二十年も前にこの都市に存在した発掘者。
怪異から執着される謎の人物。
この事件の鍵を握る男。
その住所は——
思わず息を呑むほど、信じ難い場所だった。
「…………どういうこと、だ?」
フォルツが愕然と目を開いた。
だが、その問いに答えられる者は誰もいなかった。
◇◇◇
夜。
都市南東部。
廃ビルの屋上で、人狼——
グレイはひとり空を見上げていた。
「……」
雲の切れ間から、白い月が覗く。
「チッ」
懐から端末を取り出す。
とあるメールを開いた。
『依頼内容:“チョキチョキさん”の討伐』
ふん、と鼻を鳴らす。
退屈だ。
街が、人が、全てが。
——だが。
予感に、胸が高鳴る。
その音はどこまでも身勝手で、どこまでも冒涜的だった。
どす黒い何かが、グレイの中を渦巻く。
「早く会いてェなァ……♪」
瞳が獲物を見つけた獣のように弧を描いた
次の瞬間、そこにグレイの姿はなかった。