夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
数日後。
マルクたちはハイネル遺跡へ向かっていた。
シロカミ石が発掘された、都市東部に存在する古代遺跡だ。
DELVEによると、元々は神を祀るための神殿だったらしい。
だが、その“神”というのが何を指しているかは、誰にも分からない。
霧予報では、本日の霧発生ポイントは、近場ではこのハイネル遺跡のみとされていた。
あの怪異が現れるかは分からないが、他に当てがあるわけでもない。
マルクたちは、しらみ潰しに可能性を追うことにした。
住宅街を抜けると、景色は少しずつ様変わりしていった。
建物は減り、代わりに風化した石柱や崩れた壁が目立ち始める。
さらに、大小様々な黒い柱が視界に入り始めた。
一本や二本ではない。
まるで洞窟に生える水晶のように、地面から群生している。
都市中心部にあったものや、都市のシンボルとして聳えるあの黒塔によく似ていた。
それが何なのか、フォルツにも分からないらしい。
黒塔と同様、昔からそこに存在していることだけが知られていた。
「フォルツ」
「ん?」
マルクの声に、前を歩くフォルツが振り返った。
「本当に僕たちだけでチョキチョキさんを倒せると思う?」
その顔には不安の色が浮かんでいた。
「さあ」
フォルツは肩を竦めた。
あの異様な圧迫感。
軽々しく勝てると口に出せるほど、フォルツは楽観的ではなかった。
「だが、オレ様たちの推理と“彼”の話が正しければ、きっと上手くいくはずだ」
フォルツが口元を吊り上げた。
「……そうだね」
マルクは小さく頷いた。
不安が消えたわけではない。
それでも、自分たちはここまで辿り着いた。
シロカミ石。
“カミシロ”という発掘者。
そして——あの怪異の真実。
集められるだけの情報は集めた。
後は、それを確かめるだけだ。
やがて、巨大な石造りの門が姿を現した。
マルクたちは、顔を見合わせると、静かにその先へ足を踏み入れた。
◇
遺跡内部は想像していたよりも広かった。
崩れた石柱が無数に立ち並び、その隙間を黒い柱が貫いている。
天井は失われ、灰色の空が覗いていた。
足元には割れた石畳が続いており、歩くたびに、埃だか砂煙だかが口の中に入った。
元は神殿だったからだろうか。
何とも言えない静謐さがその場を包む。
マルクは無意識に唾を飲み込んだ。
霧の発生予定時刻までは、もう少し時間がある。
マルクたちは崩れた石柱の傍に腰を下ろし、静かにその時を待った。
◇◇
十分。
三十分。
一時間。
時間だけがゆっくりと過ぎていく。
霧が発生する気配は一向になかった。
フォルツが懐から端末を取り出した。
「外れか?」
予報にあった時刻はとうに過ぎている。
割れた天井から覗く空には、夕焼けの赤が滲み始めていた。
どうやら今日は空振りだったらしい。
「まあ、仕方ないな」
フォルツが立ち上がった。
「そうだね」
マルクも腰を上げた。
少しだけ肩の力が抜ける。
チャンスは今日だけじゃない。
ライバルたちに先を越されるのは怖いが、焦ったところでどうにかなるわけではない。
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
——コツ
マルクが顔を上げた。
遺跡の奥からだ。
コツ。
コツ。
コツ。
静まり返った遺跡に、その足音だけがやけに大きく響く。
フォルツの表情が険しくなった。
懐から先の丸いハサミを取り出し、低く身構える。
やがて、足音が止まった。
崩れた石柱の向こう。
次の瞬間。
ぬらり、と狼が顔を覗かせた。
半ばから千切れた左耳。
剥き出しの牙。
黒褐色の体毛に覆われた巨体。
人間に恐怖を刻み込むために生まれたかのような、圧倒的な威圧感。
マルクは全身の毛が逆立つのを感じていた。
やがて気付く。
自分は怯えているのだと。
あの怪異と遭遇した時も、恐ろしくなかったわけではない。
しかし、あの時とはどこか違った。
弱肉強食。
捕食者と被捕食者。
その絶対の理が、マルクの“空っぽ”すらも震わせていた。
狼が口元を吊り上げた。
「よォ」
夜会の一席。
人狼。
その男が、そこにいた。
「グレイ……!」
フォルツが唇を噛み締めた。
「……あァ?」
グレイが初めてフォルツへ視線を向けた。
「なんでテメェがいやがる、ピンク野郎ォ」
露骨に顔をしかめる。
「それはこっちのセリフだ!!」
「グレイ、どうして君がここに……」
マルクも戸惑ったように尋ねた。
「ハッ」
グレイが鼻で笑った。
「てめェと同じだァ、魂無しィ」
「ッ!」
フォルツとマルクが顔を見合わせる。
「まさか……」
「あァ」
獰猛な牙が覗いた。
「俺にも来てんだァ。あの化け物の討伐依頼がよォ」
その瞳が三日月のように細められた。
マルクの表情が強張った。
夜会で初めて会った時とは違う、明確な害意。
無意識に足が怯んだ。
「俺はよォ。獲物を横取りされるのが大嫌いでなァ」
一歩。
また一歩。
グレイが愉しげに距離を詰める。
「困るんだよなァ。せっかく目ェ付けてた獲物を、横から掻っ攫われるのはよォ」
その口元は、弱者をいたぶるように歪んでいた。
「マルク、下がれ」
フォルツが静かに呟いた。
「で、でも……」
「いいから下がれッ!!」
フォルツの緊迫した様子に、マルクは息を呑んだ。
唇を噛むと、一歩後ろへ下がる。
その様子を見ていたグレイが感心したように眉を上げた。
「随分そいつを大事にしてんだなァ、ピンク野郎ォ」
その声には、理由の分からない苛立ちが滲んでいた。
「そうでもないさ」
フォルツが鼻を鳴らした。
「オレ様の宝物は、オレ様だけなんでね」
「……ハッ」
一瞬の沈黙。
その視線が、ゆっくりとマルクへ向く。
「だったらよォ……」
大鉈が肩から引き抜かれる。
剥き出しの牙の奥で、闇が嗤っているようだった。
「喰っても構わねェってことだよなァ?」
グレイの太い脚が地面を軋ませた。
空気が張り詰める。
その時だった。
遺跡の外から、エンジン音が響いた。
「……あァ?」
三台のバイクが、砂煙の中から飛び出した。
先頭を走るのは、ヤマアラシのような赤髪を逆立てた男。
天虎組二番隊。
マウシーズ。
サンダー・ギルベルト。
失われた左腕は、黒いマントの下に隠されていた。
後ろには、ラグーとスージーの姿もあった。
「なんだァ?テメェはァ」
グレイが苛立たしげに唸った。
サンダーは跨っていた車体から飛び降り、スカジャンを翻す。
「オレはサンダー。天虎組の二番隊隊長をやらせてもらってる」
「天虎組ィ……?」
グレイの眉がぴくりと動いた。その瞳には、面倒事を見つけたような色が宿っていた。
「そういうアンタは——」
サンダーの視線が、大鉈へ落ちる。
「なるほどな」
サンダーの口元が吊り上がる。
くつくつと喉を鳴らした。
「今日はツイてるらしい」
フォルツに視線を向ける。
「夜会のメンバーが、二人も揃ってるなんてよ」
サンダーは腰元のジャックナイフを引き抜いた。
その瞳は、何かを思い出すように遠くを見ていた。
「……憧れだった」
まるで独り言のように、言葉が零れた。
夜会。
支配者。
——絶対に喧嘩を売ってはいけない化け物。
昔、父親代わりの男に、何度も聞かされた言葉だった。
でも。
だけど。
「目が覚めたぜ」
一瞬だけ、サンダーの視線がマルクを射抜く。
その目には、どす黒い何かが滲んでいた。
「ガキの頃とは違ぇ!」
サンダーの身体から金色の稲妻が走った。
「誰かに認められるとか、誰かの背中を追うとかよぉ!!そんなもんは俺には似合わねえんだよ!!!!」
アラヤの本流が暴風となって遺跡内を駆け抜けた。
「全員まとめて蹴散らしてやるぜッ!!」
フォルツがハサミを握り直す。
グレイが獰猛に牙を剥いた。
遺跡の空気が静まり返る。
マルクはごくりと唾を飲み込んだ。
どこからか吹き込んだ隙間風が、砂埃を攫った。
瞬間、三人の姿が消えた。
遅れて轟音。
三人の影が、遺跡の中間に集結した。
「うおおおおおおお!!!!!!!」
サンダーが咆哮した。
ジャックナイフが雷光を纏い、二人へ振り抜かれる。
「邪魔」
「邪魔だァ」
「——は?」
次の瞬間、何かがマルクのこめかみを掠めた。
視線を向ける。
そこには、石柱をへし折りながら吹き飛んでいくサンダーの姿があった。
「隊長ッ!!」
ラグーの悲鳴が響く。
直後。
ガギィンッ!!
耳を劈くような金属音が遺跡中に響き渡った。
視線を戻す。
グレイの大鉈と、フォルツのハサミが激突していた。
「テメェにはずっとムカついてたんだよォ!!ピンク野郎ォ!!」
グレイが大鉈を押し込む。
「奇遇だね。オレ様も同じ気持ちだ」
フォルツが左手で前髪を掻き上げた。
ぶつかり合ったアラヤが、閃光となって遺跡内を満たした。