夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜   作:なんか火花

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第二十四話 変心

 大鉈が横薙ぎに振るわれる。

 

 遠心力を十分に乗せた刃が、フォルツの首筋に迫る。

 

 フォルツはもう一本のハサミを懐から抜き取ると、胸元で刃を十字に交差させた。

 

 金属が軋む甲高い音が、遺跡内に響いた。

 

「くッ」

 

 勢いを殺しきれず、フォルツの身体が一瞬宙に浮いた。

 

 グレイが嗤う。

 

 丸太のような剛脚に、渾身の力が込められた。

 

 地を抉るような蹴りが、フォルツの腹部を捉えた。

 

 爆ぜるような衝撃に、周囲の石畳が捲れ上がる。

 

 宙高く打ち上げられたフォルツは、交差させたハサミを振り抜いた。

 

「ッ!」

 

 グレイの肩口へ十字の裂傷が刻まれる。

 

 遅れて鮮血が噴き出した。

 

「……アラヤの刃かァ。こすいことすんじゃねェかァ」

 

 グレイが目を細める。

 

 肩口の筋肉が、ぐぐっと不自然に隆起した。

 

 傷口を押し潰すように蠢き、鮮血を強引に押し留める。

 

 フォルツは片膝をついて着地すると、そのまま静かに立ち上がる。

 

「……化け物め」

 

「てめェも似たようなもんだァ」

 

 グレイが牙を剥く。

 

 二つの影が、再び激突した。

 

 マルクは息を呑む。

 

 見えない。

 

 目で追おうとする。

 

 だが、その姿は一瞬ごとに消え、また別の場所に現れる。

 

「……マジ、意味分かんない」

 

 隣を見る。

 

 スージーもまた、目を見開いたまま二人を見つめていた。

 

「隊長!!」

 

 ラグーが瓦礫を飛び越え、サンダーへ駆け寄った。

 

「しっかりしてください!」

 

 抱き込まれた拍子に、黒いマントがずり落ちた。

 

 その下から覗いたのは、無骨な金属製の義腕だった。

 

「…………かふっ」

 

 サンダーが血を吐き捨てる。

 

 霞む視界で、激しくぶつかり合う二人の影を捉える。

 

 その姿は、まるで地を駆ける落雷。

 

 自分を拒絶するかのように、遥か先を走っていた。

 

「は、ははは……」

 

 憧れが、願いが、目の前で砕け散った。

 

 あれは、自分が追い付ける場所ではない。

 

 そう思い知らされるには、一撃で十分だった。

 

 甲高い金属音が、サンダーの意識を現実へ引き戻す。

 

 フォルツとグレイは、一歩も譲ることなく刃をぶつけ合っていた。

 

 大振りによる反動。

 

 その一瞬の隙をフォルツは見逃さなかった。

 

 一直線にグレイの懐へ飛び込むと、喉元へ鋭い斬撃を走らせた。

 

 火花が散る。

 

 グレイは、その刃を牙で受け止めていた。

 

 パキンッ。

 

 ハサミの刃が砕けた。

 

「なっ!?」

 

 フォルツの瞳に驚愕が宿る。

 

 次の瞬間、視界を巨大な影が覆った。

 

 咄嗟に身を捻る。

 

 グレイの拳が石畳へ突き刺さった。

 

 轟音と共に地面が爆ぜ、無数の瓦礫が宙に舞い上がる。

 

 フォルツは後方へ跳び退き、静かに着地する。

 

「………面倒だな」

 

 フォルツは砕けたハサミを無造作に投げ捨てる。

 

 そして、懐へ手を差し入れた。

 

 引き抜いたその手には、新たなハサミが握られていた。

 

「面倒?」

 

 グレイが鼻を鳴らした。

 

「逃げてばっかの野郎が、よく言うぜェ」

 

 フォルツは何も答えない。  

 

 新たなハサミを軽く回した後、刃先を、自らの胸へ向けた。

 

「どうやら素の身体能力では分が悪いらしい」

 

 

——だから、ここからは“支配者”としての勝負だ

 

 

 そう呟くと、何の躊躇いもなくハサミを突き立てた。

 

「なっ……!?」

 

 マルクの口から驚きの声が漏れる。

 

 肉を裂く音はしない。

 

 ハサミは水面へと沈み込むように身体へと溶け込み、やがて刃は魂へと到達した。

 

「グレイ」

 

「あァ?」

 

「キミはこう思ったことはないかい?もし、もっと強い自分になれたら、もっと賢く、もっと美しく——もっと速くなれたら」

 

 戦場とは思えぬ静けさが、その場を包んでいた。

 

「人は強欲な生き物さ。手に入れた途端に、それ以上のモノが欲しくなる」

 

「だからオレ様は支配する」

 

「他の何者でもない、自分自身を」

 

 フォルツがハサミをゆっくりと引き抜く。

 

変心(キャラクリエイト)

 

 足が蠢いた。

 

 筋肉が軋み、骨格が音もなく組み替わる。

 

 次の瞬間、その両脚は獣を思わせる強靭なものへと変貌していた。

 

 床を叩く蹄の音が遺跡内に響く。

 

「オレ様の支配は【己】」

 

 

——さあ、第二ラウンドといこうか

 

 

 フォルツの影が疾走した。

 

「支配…………」

 

 マルクは確かめるように呟いた。

 

 あの夜会でも聞いた言葉だ。

 

 自分を害そうとした大男——ヴォルドガーン。

 

 彼は確か、【庇護】を支配すると言ったはずだ。

 

 そして、フォルツは【己】。

 

 夜会の参加者——彼らは、それぞれが何かを支配し、それに付随する能力(ちから)を得ている。

 

 そういうことだろうか。

 

 だとしたら。

 

 空っぽの僕には、きっと——。

 

 

 

 フォルツの姿が掻き消えた。

 

「──ッ!?」

 

 次の瞬間には、グレイの眼前。

 

 空気を裂くような斬撃が首筋に迫る。

 

 寸前で、グレイはフォルツの腕を掴んだ。

 

 ニヤリと、口角が吊り上がる。

 

 瞬間、フォルツの腕が“伸びた”。

 

「何ィ!?」

 

 骨格が組み替わり、人間ではあり得ない数の関節が腕を折り曲げた。

 

「っぐゥ!?」

 

 グレイは咄嗟に頭を捻った。

 

 それでも刃は頬を裂き、鮮血が宙に舞った。

 

「……ッオラァ!!」 

 

 グレイが力任せに腕を振り払う。

 

 互いに数歩後退し、再び間合いが開く。

 

 互いの口元には、好戦的な笑みが浮かんでいた。

 

再び、二人は同時に地を蹴った。

 

 グレイの拳が空気を裂く。

 

 次の瞬間には、フォルツの姿は消えていた。

 

「!?」

 

 違う。

 

 フォルツの身体は紙のように厚さを失っていた。

 

 グレイの拳が生んだ風圧にのり、ひらりと宙へ舞い上がる。

 

 宙で骨格が軋む。

 

 紙のようだった身体は一瞬で厚みを取り戻した。

 

 同時に、右足が鋭く伸びる。

 

 つま先が金属の光沢を帯び、鋭利な鉄の槍へと変貌していた。

 

「ッチィ!!ふざけやがってェ」

 

 上方から突き落とされる槍を、大鉈の腹で弾き返す。

 

 その時には、左足もまた槍へと変貌していた。

 

「まだだ」

 

 今度は両手。

 

 指先が鋭く伸び、左右の手も鉄槍へと変貌する。

 

 四本の槍が、グレイへ襲いかかった。

 

 轟音。

 

 石畳が砕け、白い土煙が一帯を覆い尽くす。

 

 遅れて、フォルツが軽やかに着地した。

 

「すごいよ!フォルツ!」

 

 マルクが叫んだ。

 

 フォルツは答えない。

 

 その視線は、白煙の奥だけを見据えていた。

 

 白煙の向こうから、重い足音が響く。

 

 一歩。

 

 また一歩。

 

 煙を押し退けるように、巨大な影が姿を現した。

 

 フォルツは小さく息を吐く。

 

 足先に鈍い痺れが広がる。

 

 これ以上の変形は、魂への負荷が一気に跳ね上がる。

 

「悪くねェ」

 

 グレイは口元を歪めた。

 

「ここまでやれるとは思ってなかったぜェ。ピンク野郎ォ……」

 

 グレイの視線が、フォルツの全身をゆっくりとなぞる。

 

 だが、と続ける。

 

「どれだけ姿を変えようが、本質は変わらねェ」

 

グレイは顎を僅かに上げた。

 

「どういう意味だ」

 

「足、震えてるぜェ?」

 

 フォルツの眉がぴくりと動いた。

 

「テメェの能力(ちから)の本質はアラヤ質の変形。それは間違いねェ」

 

 グレイは獲物を値踏みするように目を細めた。

 

「無理やり肉体を捻じ曲げりゃ、魂が悲鳴を上げるのは当然だァ」

 

 

——だが、本当にそれだけかァ?

 

 

 グレイの瞳が月のように歪んだ。

 

「テメェ、本当は分かってんじゃねえかァ?いくら体をいじったところで、自分は変えられないって、“理想の自分”になんてモンにはなれないってよォ」

 

 フォルツの呼吸が、わずかに乱れる。

 

「…………何が言いたい」

 

「その能力(ちから)に縋った時点で、てめェは負けを認めてんだよォ。この俺によォ♪」

 

 フォルツの目が見開かれる。

 

 戯言だ。

 

 そう切り捨てるはずだった。

 

 なのに、その言葉は棘のように胸へ刺さり、抜けなかった。

 

「俺の支配を教えてやろうかァ?」

 

 グレイは口角を吊り上げた。

 

「【弱者】だァ」

 

 その言葉に、誰かが息を呑んだ。

 

「俺に負けを認めた奴は勝手に膝をつく。今のテメェみてェによォ」

 

 グレイがフォルツの震える膝を指差した。

 

「……違う」

 

 フォルツが低く呟く。

 

 自分の能力は魂にかなりの負荷がかかる。

 

 配信で集めた魂のカケラを総動員して無理やり肉体を書き換えているのだ。

 

 足が震えるのは、その反動に過ぎない。

 

 決して、グレイの能力(ちから)によるものなんかではない。

 

 だが。

 

「本当にそうかァ?」

 

「っ!」

 

「テメェは能力(ちから)無しじゃあ俺に手も足も出ないポンコツだァ。借り物の能力(ちから)を使ってもこの程度。自分を大きく見せることでしか、自分を証明できねェ虚栄心の塊。それがテメェだァ」

 

「違——」

 

「違わねェ」

 

 フォルツの瞳が一瞬、動揺に揺れたのをグレイは見逃さなかった。

 

「【己】を支配?笑わせんなァ」

 

 グレイの瞳が、真っ直ぐにフォルツを射抜いた。

 

「テメェは【己】に支配されてんだよォ」

 

「…………黙れ」

 

 その一言には、いつもの余裕がなかった。

 

 握るハサミが、小さく震える。

 

「ハッ」

 

 グレイが嗤う。

 

「改めて教えてやるぜェ。俺の支配は【弱者】」

 

「俺に踏みつけられるために生まれたような奴を、さらに踏み付けるための能力(ちから)だァ」

 

 グレイが獰猛に牙を剥いた。

 

「テメェはもう負けてんだよォ」

 

 

 

——さあ、膝をつけェ。

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