夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
フォルツの脚が蠢く。
獣を思わせる強靭な脚が、再び姿を現した。
右へ、左へと軌道を変えながら、グレイとの距離を一気に詰める。
グレイの背後。
ハサミを両手に構えたフォルツが現れる。
グレイは振り向きもしない。
瞬間、グレイの尾が唸りを上げながら薙ぎ払われた。
「ッ!?」
咄嗟に両腕のハサミを交差させる。
尾が叩きつけられ、凄まじい衝撃が全身を駆け抜けた。
フォルツの身体が勢いよく吹き飛ぶ。
空中で、フォルツの背中が脈打った。
姿を現したのは一対の翼だった。
フォルツは翼を大きく広げ、空中で強引に体勢を立て直した。
「なんでもありだなァ」
グレイが大鉈をゆっくりと構え直した。
フォルツは翼を大きく羽ばたかせた。
込められたアラヤが竜巻へと姿を変え、両側からグレイを押し潰さんと襲いかかる。
グレイは深く息を吸い込んだ。
咆哮。
轟音が、確かな衝撃となって、遺跡内を震わせた。
「くッ!!」
マルクが両手で耳を塞いだ。
それでも耳の奥を抉るような振動が、容赦なく身体を貫いた。
押し寄せていた竜巻が、一瞬にして霧散する。
「チィ」
フォルツは舌を鳴らすと、空中で静止したままグレイを鋭く見据えた。
グレイは緩慢な動きで足元の瓦礫を拾い上げた。
手のひらの上で数度放り上げる。
「避けてみせろ——」
グレイはゆっくりと振りかぶると、
「よォ!!」
瓦礫を一直線にフォルツへと撃ち放った。
甲高い音を立てながら、空気を切り裂く。
「フォルツ!!」
マルクの絶叫が響いた。
フォルツが咄嗟に身を捻る。
だが、遅い。
瓦礫が左翼を貫いた。
羽と鮮血が宙を舞った。
フォルツの身体が、逆さまのまま地面へと堕ちていく。
轟音と共に、フォルツの身体が石畳へ激突した。
土煙が舞い上がる。
「どうしたァ? 動きが鈍ってんぞォ」
膝をつき、立ちあがろうとするフォルツをグレイが見下ろす。
「さっき言ったよなァ。俺の支配は【弱者】」
その瞳が、意地悪く細められた。
「やっぱり効いてんじゃねェのかァ?」
「——ッ」
心臓が、不自然に脈打った。
(…………違う)
(こんな挑発に乗るな)
心では分かっている。
しかし——
グレイの太い指が、ゆっくりとフォルツを指し示す。
「どうしたァ?息が上がって辛そうじゃねェかァ♪」
「ッ……」
フォルツの
『お前は弱い』
『醜い』
『いくら取り繕っても変わらない』
『ニセモノだ』
『誰にも愛されず』
『誰にも必要とされない』
『——【己】にさえ』
「う、うああ」
フォルツは両手で頭を押さえた。
呼吸が乱れる。
視界の端で、グレイの口角がゆっくりと吊り上がる。
「そうだ。それでいい」
グレイの声が、頭の奥へゆっくりと染み込んでいく。
「疑え。怯えろ。テメェ自身が、一番テメェを弱者だと思ってんだからよォ」
「——う、うああああッ!!」
フォルツが地を蹴った。
剛脚が石畳を勢いよく捲り上げる。
肉が脈打ち、右腕が肥大化していく。
次の瞬間、巨人のような剛腕が姿を現した。
「うおおおおおおォッ!!!!」
空気を震わせ、唸りを上げながら剛腕が振り下ろされる。
「——それがニセモノだって言ってんだよォ♪」
振り下ろされた拳を、グレイは片手で受け止めた。
「フォルツ、逃げてッ!!」
マルクの悲鳴にも似た叫びが遺跡に響く。
フォルツは反射的に地面を蹴ろうとした。
逃げなければ。
距離を取らなければ。
頭では分かっている。
だが――足が動かなかった。
「……あ、れ?」
膝から力が抜ける。
まるで身体の奥にある何かを握り潰されたように、アラヤが形を保てない。
グレイの瞳が、静かにフォルツを見下ろしていた。
「“屈した”なァ?」
グレイの大鉈が、ゆっくりと振り上げられた。
次の瞬間。
赤い血飛沫が宙を舞った。
マルクの視界だけが、スローモーションになる。
フォルツの胸元に、深い裂傷が刻まれていた。
宙を舞う赤が、やけに鮮明だった。
フォルツの身体が石畳へ崩れ落ちる音が、遺跡に響いた。
「……フォルツ?」
マルクの声は震えていた。
血溜まりの中で、フォルツはぴくりとも動かない。
グレイは大鉈に付着した血を一振りで払う。
「終わりだァ」
グレイがゆっくりと顔を上げた。
金色の瞳が、マルクを射抜く。
「俺はよォ」
グレイの丸太のような脚が、フォルツの頭を踏みつける。
ぐしゃり、と石畳が軋んだ。
「こんな野郎に最初から興味ねェんだァ」
鋭い爪先が、獲物を定めるようにマルクへ向けられた。
「テメェだァ♪」
マルクの喉が鳴る。
足が動かない。
全身が「逃げろ」と叫んでいるのに、一歩も踏み出せなかった。
グレイがゆっくりと歩き始める。
「魂無しィ。何も感じねェ、何も思えねェテメェこそが、俺の求めていた本当の弱者だァ」
一歩。
また一歩。
「強さが何か知ってるかァ?」
「この剛腕かァ?この太ェ脚かァ?」
グレイが、自らの隆起した上腕をゆっくりと撫でる。
「そんなわけがねェ!!」
グレイの右手がグシャリと左腕を握り潰した。
骨が砕ける鈍い音が響く。
「
左腕は力を失い、だらりと垂れ下がる。
「絶対ェ負けねェっていう強い意志。自分こそが一番だと、他の奴を踏み付けてでも這い上がるという執念」
「空っぽのテメェには、一生分からねェだろうなァ」
「そ、そんなの——」
グレイの瞳が見開かれる。
「理屈じゃねェ!俺が強者でお前が弱者。最初から
大鉈がゆっくりと持ち上がる。
「テメェが死なねェなら、ひき肉になるまで切り刻んだっていい。それでも物を考えられるのか、見てみてェ。全身の皮を剥ぐのもいいだろう。それを着た俺は、テメェか?俺か?——食っちまうのもいいなァ。空っぽの中身が少しは分かるかもしれねェ」
マルクには、グレイが何を言っているのか分からなかった。
ただ、逃げなければ、ここで終わる。
そのことだけは、嫌というほど理解できた。
しかし、全身が凍りついたように硬直していた。
グレイはその姿を見て、心底愉快そうに嗤う。
「それでこそ
「——待て」
血溜まりの中から、掠れた声が漏れた。
グレイが振り返る。
「…………まだ、終わってないぞ」
血を吐きながら、それでもフォルツは顔だけを上げた。
グレイの笑みが、すっと消えた。
「そうかよォ」
ゆっくりと歩み寄る。
フォルツの目前で、ぴたりと足を止めた。
「じゃ、これで終わりだなァ」
無感情な瞳がフォルツを静かに見つめていた。
大鉈が、ゆっくりと振り上げられる。
フォルツの指先が、血に濡れた石畳を掻いた。
「じゃあなァ」
大鉈が振り下ろされる。
「フォルツゥゥゥッ!!!!」
その瞬間。
フォルツの身体が光った。
「なんだァ!?」
グレイが反射的に後ろへ跳んだ。
「く……ぁぁぁッ!!」
それは叫びではない。
喉の奥から、無理やり絞り出されたような声だった。
光が収まった時。
翼も、剛腕も、獣の脚も消えていた。
血塗れの少女が、そこにいた。
「——あれは」
マルクの脳裏に、一人の人物がよぎる。
ピンク色のジャージ。
ウルフカットの黒髪。
コンビニで出会った、あの女性だった。
「く、く、く……くくく」
グレイの口元がゆっくりと歪んだ。
「くはははははァァ!! テメェ、本当の姿まで隠してたってわけかァ!」
「フォ、ルツ……?」
マルクは言葉を失った。
「………み、見るな」
その声は、先ほどまでの戦意とは違っていた。
怯えと、羞恥だけが滲んでいた。
「フォルツッ!!」
マルクは弾かれたように駆け出した。
「来るなッ!!」
フォルツの叫びに、足が止まった。
「……頼む、来ないでくれ……」
死への恐怖ではなかった。
“本当の自分”を見られることへの恐怖、それだけが、その声には込められていた。
「ハハァ♪いいなァ♪お前ェ」
「ッぐ」
グレイはフォルツの胸ぐらを無造作に掴み、そのまま片腕で持ち上げた。
血が滴り、フォルツの足先が力なく宙を揺れる。
「…………ああァ、もう我慢できねェ……」
グレイがゆっくりと口を開く。
「テメェが悪ィんだァ」
鋭い牙が、獲物へ食らいつかんと鈍い光を放った。
「俺の中で眠れェ……」
ああ、オレ様——私は
ここで終わるのだ。
自分すら愛すことができず。
許すことができず。
“理想の自分”なんてものも、
ただの幻想だった。
脳裏に、あの少年のことがよぎる。
——すまない。
守ることができなかった。
共にいた時間は短かったが
友人だとは思っていたよ。
……少しくらい
かっこいいところを見せたかった。
グレイの牙が、フォルツの首筋へ迫る。
フォルツは力なく笑った。
瞬間、誰かがフォルツの手を強く握った。
「……え」
温もりだった。
血で濡れた指先を包み込むように、その手は決して離さなかった。
「【
マルクが叫んだ。
「何ィ!?」
グレイが目を見開いた。
フォルツが“存在”ごとマルクの中に引き込まれる。
マルクの中で、フォルツの過去、想い、全てが弾けた。