夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜   作:なんか火花

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第二十六話 Origin:フォルツ

 全てを飲み込む(うつろ)の中。

 

 マルクは遅れて、自分自身がその(うつろ)そのものなのだと気付く。

 

 そこへ、一つの光が落ちてきた。

 

 フォルツだった。

 

 一糸纏わぬ、女性の姿。

 

 翼も、獣の脚も、ピンク色のタキシードもない、

 

 何一つ飾らない、ありのままのフォルツだった。

 

 手に触れる。

 

 フォルツの記憶が、マルクの中に流れた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 私の家には鏡が無かった。

 

 母は神経質で、いつも家中を磨いていた。

 

 床も、窓も、食器も。

 

 埃一つ許さなかった。

 

 しかし、母の肌はいつも荒れていた。

 

 髪も伸び放題で、乱れたまま。

 

 眉は伸びたまま、整えられた形跡もない。

 

 右目には深い傷跡が走り、固く閉じられたままだった。

 

 父はこの家を出て行く前、床に倒れ込む母に言った。

 

「その傷があれば少しはマシに見えるだろ?」

 

 

 

 母はよく私を叩いた。

 

 せっかく鏡を捨てても、生き写しの私がいるのでは意味がないらしい。

 

 頭蓋骨を叩く音が、どこか他人事のように響く。

 

(そんなに嫌なら殺してしまえばいいのに)

 

(それとも、あなたには“自分”を殺す勇気すらないの?)

 

 霞む意識の中で、私はそんなことを考えていた。

 

 母の塞がった瞼の隙間から、一筋の涙が溢れた。

 

(馬鹿じゃないの)

 

 私は心の中で母を嘲笑った。

 

 

 

 洗面器に張られた水。

 

 そこに映るのが、私の知る唯一の顔だった。

 

 暗い部屋の景色が水面に溶け込み、私の顔は青く滲み、歪んでいた。

 

 その顔は私を殴る母の顔によく似ていた。

 

 嗚咽が込み上げる。

 

 洗面器があって、助かった。

 

 

 

 私は願った。

 

 いつか、私じゃない誰かになれますように。

 

 毎日、洗面器に水を張り、確認した。

 

 毎日。

 

 毎日。

 

 毎日。

 

 ある日、そこには見知らぬ少年の顔が映っていた。

 

 艶やかな黒髪。

 

 透き通るように白い肌。

 

 整った目鼻立ち。

 

 前髪を右手でかき上げてみる。

 

 その姿は、不思議なほどに様になっていた。

 

 遅れて、気が付く。

 

 それは、母が気まぐれに買ってきてくれたスナック菓子。

 

 その箱に描かれた、王子様のキャラクターだった。

 

 私は笑ってしまった。

 

 あんなに、あんなことをされてもまだ、私は母の愛に縋るのか。

 

 数か月後、母は死んだ。

 

 原因なんてどうだってよかった。

 

 

 

 鏡は魂を映し出す。

 

 そんな言い伝えを、どこかで耳にしたことがあった。

 

 いつしか私は、自分の意思一つで、あの少年の姿になれるようになっていた。

 

 魂を操ることなど簡単だった。

 

 私は本当の顔で生きることをやめた。

 

 姿を変え、名前を変え、私はフォルツになった。

 

 

 

 配信は楽しかった。

 

 “理想の自分”は話が上手いし、美形なのに視聴者からいじられて、笑いをとることもできる。

 

 いや、美形だからこそかもしれない。

 

 ゲームだって上手いし、悩み相談だってそつなくこなす。

 

 ファンは少しずつ増え、視聴者から高まった感情(アラヤ)の一部を貰い、強くもなった。

 

 幸せだったのかもしれない。

 

 誰かに必要とされること。

 

 誰かが「明日も頑張ろう」と、そう思ってくれること。

 

 それだけで、私は救われていた。

 

 だけど、洗面器に映った醜い私はいつも耳元で囁いた。

 

『必要とされているのはお前じゃない』

 

『その姿を捨てた瞬間、みんな離れていく』

 

『お前がお前を殺しているんだ』

 

 

 

 私はいつの間にか、支配者と呼ばれる者の一人となり、夜会の席に名を連ねるまでになった。

 

 魂に干渉できる者は、世界でもほとんど存在しないらしい。

 

 夜会では、候補者の魂を灯へ捧げる役目を任された。

 

 その夜も、いつもと同じはずだった。

 

 候補者の魂を切り取る。

 

 それだけの役目。

 

 だけど、その少年だけは違った。

 

 魂がなかった。

 

 空っぽだった。

 

 私は激昂した。

 

 魂がないなんて、人間じゃない。

 

 冒涜している。

 

 だって。

 

 ずるいじゃないか。

 

 私も空っぽなら、こんな風にならずに済んだのに。

 

 

 

 ひょんなことから、少年——マルクと行動を共にするようになった。

 

 最初は苦手だった。

 

 何を考えてるのか分からない。

 

 そもそも、感情があるのかすら分からない。

 

 でも、何故だか落ち着いた。

 

 彼と共にいる時の私は、少しだけ“オレ様”じゃなかった。

 

 誰かが言った。

 

 人は自分を映す鏡。

 

 彼は空っぽだ。

 

 マルクという鏡には何も映らない。

 

 だからこそ、私は少しだけ素直になれた。

 

 

 

 それも終わりだ。

 

 私はここで、グレイにやられて死ぬ。

 

 結局、“理想の自分”も、私を満たすことはなかった。

 

 誰かになりたかった。

 

 誰かに愛されたかった。

 

 ……誰にもなりたくなかった。

 

 私が死ねば、きっとマルクも無事じゃ済まないだろう。

 

 あの狼の執着は、本物だ。

 

 ……嫌だな。

 

 そう思った。

 

 初めてできた友達。

 

 マルクという鏡が、“本当の私”を映してくれるまで、私は生きたかった。

 

 ごめんね。

 

 ありがとう。

 

 

◇◇◇

 

 

 

「ッぷはぁ!!」

 

 深い(うつろ)の底から、二人の意識が浮上する。

 

「どこに消えやがったァ!?」

 

 【淵】は、それは、存在そのものを(うつろ)へ沈める力。

 

 グレイの大鉈が、何もない空間を切り裂く。

 

 石柱が砕け、石畳に深い亀裂が走った。

 

「マ、マルク……!キミ、またあの能力(ちから)を使って——」

 

「フォルツッ!!」

 

 マルクが少女の体を抱きしめる。

 

「んなぁッ!?」

 

「僕には分からないッ!!」

 

 少女を抱く腕に力が込められる。

 

「男の姿の君は背が高くて、かっこいいし、君が今の自分の姿に自信をなくすのは当然かもしれない」

 

「いや身長の話じゃ——」

 

「でも、今の君だって素敵だ!」

 

「えぇ!?」

 

 フォルツの顔が一瞬赤く染まる。

 

「小さくたっていいじゃないか!誰もそんなこと気にしないッ!」

 

「だ、だから、そういう話じゃないだろ!?」

 

「それじゃあ、みんなに聞いたらいいッ」

 

 石畳の上に落ちていた端末へ手を伸ばした。

 

「ま、待て……」

 

 フォルツの表情が固まる。

 

「それ……オレ様の……!!」

 

 マルクは迷いなく端末を操作する。

 

「ちょ、ちょっと待て!?なんで使い方分かるんだよ!?」

 

「隣で見てたから」

 

「見るな!そういうところだけ覚えるな!」

 

 フォルツが慌てて手を伸ばす。

 

 しかし、その指が届くより早く——

 

 ひとつのボタンが現れる。

 

 【配信開始】

 

「配ッ信…………」

 

「ちょ、おい……押すなよ?絶ーーーッ対、押すなよー!?!?」

 

 マルクが人差し指を勢いよく画面に突き立てた。

 

「スタートォォォォォォッ!!!!!!」

 

「ええええェェェェェェ!!!!!!!!!????????」




 ここまで読んでいただきありがとうございます!

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