夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
全てを飲み込む
マルクは遅れて、自分自身がその
そこへ、一つの光が落ちてきた。
フォルツだった。
一糸纏わぬ、女性の姿。
翼も、獣の脚も、ピンク色のタキシードもない、
何一つ飾らない、ありのままのフォルツだった。
手に触れる。
フォルツの記憶が、マルクの中に流れた。
◇◇◇
私の家には鏡が無かった。
母は神経質で、いつも家中を磨いていた。
床も、窓も、食器も。
埃一つ許さなかった。
しかし、母の肌はいつも荒れていた。
髪も伸び放題で、乱れたまま。
眉は伸びたまま、整えられた形跡もない。
右目には深い傷跡が走り、固く閉じられたままだった。
父はこの家を出て行く前、床に倒れ込む母に言った。
「その傷があれば少しはマシに見えるだろ?」
母はよく私を叩いた。
せっかく鏡を捨てても、生き写しの私がいるのでは意味がないらしい。
頭蓋骨を叩く音が、どこか他人事のように響く。
(そんなに嫌なら殺してしまえばいいのに)
(それとも、あなたには“自分”を殺す勇気すらないの?)
霞む意識の中で、私はそんなことを考えていた。
母の塞がった瞼の隙間から、一筋の涙が溢れた。
(馬鹿じゃないの)
私は心の中で母を嘲笑った。
洗面器に張られた水。
そこに映るのが、私の知る唯一の顔だった。
暗い部屋の景色が水面に溶け込み、私の顔は青く滲み、歪んでいた。
その顔は私を殴る母の顔によく似ていた。
嗚咽が込み上げる。
洗面器があって、助かった。
私は願った。
いつか、私じゃない誰かになれますように。
毎日、洗面器に水を張り、確認した。
毎日。
毎日。
毎日。
ある日、そこには見知らぬ少年の顔が映っていた。
艶やかな黒髪。
透き通るように白い肌。
整った目鼻立ち。
前髪を右手でかき上げてみる。
その姿は、不思議なほどに様になっていた。
遅れて、気が付く。
それは、母が気まぐれに買ってきてくれたスナック菓子。
その箱に描かれた、王子様のキャラクターだった。
私は笑ってしまった。
あんなに、あんなことをされてもまだ、私は母の愛に縋るのか。
数か月後、母は死んだ。
原因なんてどうだってよかった。
鏡は魂を映し出す。
そんな言い伝えを、どこかで耳にしたことがあった。
いつしか私は、自分の意思一つで、あの少年の姿になれるようになっていた。
魂を操ることなど簡単だった。
私は本当の顔で生きることをやめた。
姿を変え、名前を変え、私はフォルツになった。
配信は楽しかった。
“理想の自分”は話が上手いし、美形なのに視聴者からいじられて、笑いをとることもできる。
いや、美形だからこそかもしれない。
ゲームだって上手いし、悩み相談だってそつなくこなす。
ファンは少しずつ増え、視聴者から高まった
幸せだったのかもしれない。
誰かに必要とされること。
誰かが「明日も頑張ろう」と、そう思ってくれること。
それだけで、私は救われていた。
だけど、洗面器に映った醜い私はいつも耳元で囁いた。
『必要とされているのはお前じゃない』
『その姿を捨てた瞬間、みんな離れていく』
『お前がお前を殺しているんだ』
私はいつの間にか、支配者と呼ばれる者の一人となり、夜会の席に名を連ねるまでになった。
魂に干渉できる者は、世界でもほとんど存在しないらしい。
夜会では、候補者の魂を灯へ捧げる役目を任された。
その夜も、いつもと同じはずだった。
候補者の魂を切り取る。
それだけの役目。
だけど、その少年だけは違った。
魂がなかった。
空っぽだった。
私は激昂した。
魂がないなんて、人間じゃない。
冒涜している。
だって。
ずるいじゃないか。
私も空っぽなら、こんな風にならずに済んだのに。
ひょんなことから、少年——マルクと行動を共にするようになった。
最初は苦手だった。
何を考えてるのか分からない。
そもそも、感情があるのかすら分からない。
でも、何故だか落ち着いた。
彼と共にいる時の私は、少しだけ“オレ様”じゃなかった。
誰かが言った。
人は自分を映す鏡。
彼は空っぽだ。
マルクという鏡には何も映らない。
だからこそ、私は少しだけ素直になれた。
それも終わりだ。
私はここで、グレイにやられて死ぬ。
結局、“理想の自分”も、私を満たすことはなかった。
誰かになりたかった。
誰かに愛されたかった。
……誰にもなりたくなかった。
私が死ねば、きっとマルクも無事じゃ済まないだろう。
あの狼の執着は、本物だ。
……嫌だな。
そう思った。
初めてできた友達。
マルクという鏡が、“本当の私”を映してくれるまで、私は生きたかった。
ごめんね。
ありがとう。
◇◇◇
「ッぷはぁ!!」
深い
「どこに消えやがったァ!?」
【淵】は、それは、存在そのものを
グレイの大鉈が、何もない空間を切り裂く。
石柱が砕け、石畳に深い亀裂が走った。
「マ、マルク……!キミ、またあの
「フォルツッ!!」
マルクが少女の体を抱きしめる。
「んなぁッ!?」
「僕には分からないッ!!」
少女を抱く腕に力が込められる。
「男の姿の君は背が高くて、かっこいいし、君が今の自分の姿に自信をなくすのは当然かもしれない」
「いや身長の話じゃ——」
「でも、今の君だって素敵だ!」
「えぇ!?」
フォルツの顔が一瞬赤く染まる。
「小さくたっていいじゃないか!誰もそんなこと気にしないッ!」
「だ、だから、そういう話じゃないだろ!?」
「それじゃあ、みんなに聞いたらいいッ」
石畳の上に落ちていた端末へ手を伸ばした。
「ま、待て……」
フォルツの表情が固まる。
「それ……オレ様の……!!」
マルクは迷いなく端末を操作する。
「ちょ、ちょっと待て!?なんで使い方分かるんだよ!?」
「隣で見てたから」
「見るな!そういうところだけ覚えるな!」
フォルツが慌てて手を伸ばす。
しかし、その指が届くより早く——
ひとつのボタンが現れる。
【配信開始】
「配ッ信…………」
「ちょ、おい……押すなよ?絶ーーーッ対、押すなよー!?!?」
マルクが人差し指を勢いよく画面に突き立てた。
「スタートォォォォォォッ!!!!!!」
「ええええェェェェェェ!!!!!!!!!????????」
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