夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
ピンク色の画面に、少しずつコメントが流れ始める。
配信画面には、マルクの顔が大きく映し出されていた。
【あれ、配信始まった?】
【誰?】
【フォルツは?】
【前にフォルツが助けた子だろ】
【フォルツ様どこ?】
【なんだこの配信】
「これもう始まってるの?」
突然現れた見知らぬ少年に、コメント欄が困惑の色に染まっていく。
マルクが画面を覗き込み、首を傾げた。
【フォルツの友達?】
【始まってるよー】
【フォルツはー?】
【この子可愛い】
【フォルツ様……?】
【かわいいー】
「みんなごめんね。フォルツなら隣にいるよ」
マルクはそう言って、隣へ視線を向けた。
そこには、顔を真っ青にしたフォルツが固まっていた。
「キミは……なんてことを……」
自分の顔が嫌いだった。
洗面器に張られた水に映る、歪んだ自分ばかり見てきたから。
その顔は、母に似ていたから。
だから、フォルツは“理想の自分”へと姿を変え、自分を騙してきた。
朝起きてから、眠りにつくまで。
買い物へ行く時も。
誰かと言葉を交わす時も。
私は、理想に生きた。
勿論、配信でも。
元の姿に戻るのは、アラヤを使い果たした時だけ。
まるで魔法が解けたみたいに姿が元に戻るたび、自分という存在すら見失いそうになった。
みんなに本当の自分を見られるのが怖い。
——いや。
何より、今まで騙していたことを知られるのが怖かった。
だから。
「マルク、やっぱりオレ様は——」
言いかけて、フォルツの言葉が止まった。
マルクの顔を見る。
そこには、失望も、軽蔑も、驚きすらなかった。
いつもと同じ顔で。
いつもと同じ瞳で。
ただ、フォルツを見ていた。
人は自分を映す鏡。
しかし、マルクは空っぽで。
大嫌いな自分が映ることはなかった。
だから彼のことを気に入った。
だけど。
空っぽの彼の、その瞳。
綺麗な瞳には——
確かにフォルツの姿が映し出されていた。
(…………そうか)
フォルツは思わず、自分の顔に手で触れた。
そこに映っていたのは、あの洗面器に映った歪んだ自分でも、こうありたいと願った“理想の自分”でもない。
少し大人になった、少女の姿だった。
(キミは——)
瞳からこぼれ落ちた涙が、静かに頬を伝った。
(そんな風に、私のことを見てくれていたのか)
「フォルツ」
マルクの瞳が、真っ直ぐにフォルツを捉えた。
瞳の中の自分と目が合った。
「君は綺麗だ」
フォルツの視界に、色が溢れた。
世界は、こんなにも鮮やかだったのか。
割れた石畳。
崩れかけた遺跡。
灰色の空。
何一つ変わっていないはずなのに。
何もかもが、さっきまでとは違って見えた。
マルクは、そっと端末を差し出した
フォルツは、それを静かに受け取った。
マルクは照れたように笑った。
「いってらっしゃい。みんな待ってる」
◇
画面に、一人の少女が映っていた。
「やあ、元気してるかキミたち」
【?】
【誰?】
【今度はなんだ】
【フォルツは?】
【誰この子】
【放送事故?】
【フォルツ大丈夫か?】
少女——フォルツは、少しだけ表情を曇らせた。
分かっていた。
分かっていたはずなのに。
胸の奥が、小さく痛んだ。
やっぱり、この姿の私は誰にも届かないのかもしれない、と。
「……失礼な奴らだなぁ、キミたちのフォルツだよ。フォルツ」
瞳に、涙が滲んだ。
「ちょっと配信サボってただけで、もう忘れたのかよ」
何を話してるのか、自分でも分からない。
「そういえば最近、登録者が伸び悩んでてさ」
それでも、フォルツは話を続けた。
「キミたちはどうしたらいいと思う?」
振り払うように。
繋ぎ止めるように。
いつも通りの自分を演じる。
けれど、震える指先だけは隠せなかった。
その時、一つのコメントがフォルツの目に留まった。
【その姿でやれば?】
「は?」
フォルツの口から間抜けな声が漏れた。
【いや女の子って視聴者ウケいいし】
【そうか?】
【うーん】
【今どき女ってだけで見に来る奴いるかー?】
【内容だろ】
【いや絶対人来るって】
【まずトーク上手くなろう】
【フォルツ様無敵///】
【その姿でトークも練習すればいいやん】
コメント欄が勝手に会話をし出す。
フォルツは、ただ呆然とその文字を眺めていた。
「キ、キミたち勝手に話を進めるな!というか、こんな姿なのに、オレ様って信じるのかよ!」
思わず叫んだ。
瞬間、コメントが溢れ出した。
【いやだって喋るの下手だし】
【話し方フォルツじゃん】
【間とかめっちゃ気持ち悪い】
【酷くて草】
【だからトーク力なんだって】
【いや女の子って武器だよ】
【企画もっと煮詰めろ】
【フォルツ様がんばって///】
【↑こいついっつもいるな】
【まずトーク上手くなろう】
【ゲーム配信は?】
「……は、はは」
フォルツの震える声がこぼれた。
「なん、だよ、……それ」
端末を握る手が震える。
「オレ様はキミたちに嘘をついてたんだぞ!? 騙してたんだぞ!?もっと怒れよ!!もっと失望しろよ!!」
画面に落ちた涙が、ゆっくりと流れていく。
滲んでいた文字が、少しずつ形を取り戻した。
【いやあ、好きな男性配信者が女の子だったとか、お得じゃん】
「………………は?」
【↑最低だな】
【最低のコメント】
【お得ってなんだよ】
【シリアスを返せ】
【アホ】
【バカ】
【マヌケ///】
【え?そこまで言う?】
「……ぷっ」
フォルツは、思わず吹き出した。
涙を流したまま、肩を震わせる。
自分が嫌いで。
消えてなくなりたかった。
“本当の自分”も“理想の自分”も、どちらも心の奥では許すことができなかった。
だが、彼らにとっては——
ここは、ただの居場所だったんだ。
配信に集まって、今日あったことを言い合ったり、喧嘩したり、たまに下品なことを言って笑ったり。
配信を閉じた後もどこか心がぽわぽわして。
思い出し笑いをしてみたり——
ああ。
ああ、本当に。
「どうしようもないヤツらだな。うちの視聴者は」
その顔に、花が咲いたような笑みが浮かんだ。
「フォルツッ!!」
マルクの叫び声が響いた。
世界に、亀裂が入る。
「ごめ、ん、限界、だ……」
マルクとフォルツの“存在”が、現実へと引き戻された。
「テメェら、どこにいやがったァ……?」
低く、唸るような声が響いた。
グレイの爪が、苛立たしげに石柱を叩く。
石柱に深い亀裂が走った。
【え?なにあれ】
【狼男?】
【やばくない?】
【でかっ】
【筋肉ヤバ】
【大丈夫?】
【逃げろ】
「…………ごめん、キミたち」
フォルツは、小さく呟いた。
「もう、配信できないかも」
【え?】
【どゆこと?】
【やばい状況?】
【逃げれないの?】
「フォ、フォルツ!!」
マルクが、咄嗟にフォルツの手を握った。
「キミは逃げろ」
フォルツはその手を振り払い、震える手でハサミを構えた。
「まだやんのかァ?ピンク野郎ォ」
グレイの口元が弧を描いた。
灰色のアラヤが、獣の身体からゆらりと漏れ出す。
「ああ、
フォルツは腰を落とし、低く構えた。
その横に、小さな足音が並んだ。
「…………何をしてるんだい」
フォルツが横目で見る。
そこには、マルクが立っていた。
「逃げろって言っただろ」
「僕も戦う」
「キミに何ができるって言うんだ。人を殴ったことさえないだろう?」
マルクは笑った。
それは。
何も知らず。
何も疑わず。
ただ、ありのままを受け入れるような笑みだった。
「…………ああ、マルク。もし生きて帰れたら、キスしてあげるよ」
「それって、嬉しいことなの?」
「……キミ、本当にそういうところだよ」
フォルツは呆れたように笑った。
「相談は終わりかァ?」
グレイが大鉈を肩に担ぐ。
「……ほんと、困った友達を持ったよ」
二人は並んで、目の前の怪物と向き合った。
その時、端末に一つのコメントが浮かんだ。
【お前らチャンスだぞ】
それを皮切りに、続々とコメントが流れ始める。
【チャンス?】
【何の?】
【てかフォルツ死んじゃうよ】
【どうすんの】
【ヤバくね】
【チャンスってなんだよ】
【決まってるだろ。恩を返すチャンスだよ】
【恩?】
【何の?】
【どゆこと】
【今まで散々、配信で楽しませてもらっただろ?その恩を返すんだよ。視聴者は配信者に貢いでこそだ】
【ああ】
【そういうことか】
【いっちょやってやりますか】
【↑イタい】
【うるせえよ】
【やるか】
【よっしゃ】
【さあお前ら】
【フォルツ様のために、魂の財布を開け///】