夜会《Oneness》〜魂なき少年は、この世で最も危険な六人に執着される〜 作:なんか火花
瞬間、フォルツの端末がぶるりと震えた。
「……?」
フォルツは咄嗟に画面へ視線を落とした。
そこに表示されていたものに、思わず息を呑む。
【7000アラヤP】
「——スパチャ?」
次の瞬間。
ピンク色の画面を、色とりどりのメッセージが埋め尽くした。
【1000アラヤP】
【600アラヤP】
【2500アラヤP】
【7777アラヤP】
【9900アラヤP】
【12000アラヤP】
【1800アラヤP】
【5600アラヤP】
ひとつ。
またひとつ。
次から次へと、見覚えのある名前が流れていく。
それらはやがて、ひとつひとつが青白い光となり、画面の外へと溢れた。
「これは……」
光はフォルツの周りをぐるりと巡り、フォルツの中へと溶け込んだ。
グレイの
欠け落ちていたものが、少しずつ満たされていく。
動かなかった指先に、再び力が戻った。
「…………どうして」
ぽつりと、そんな言葉が漏れた。
【どうしてって何だよ】
【もっとあるだろなんか】
【感謝しろよ】
【↑うるせー】
【草】
【フォルツ様天然///】
【俺たちが毎日何のために配信来てると思ってんだよ】
【推してんだよ。お前を】
【だからちょっとくらい貢がせろ】
フォルツの視界が滲んだ。
頬を伝う温かな感触に、少し遅れて気付く。
「……ああ」
フォルツの心を満たしたのは彼らへの感謝と、——ある種の“納得”だった。
端末を握る指が震える。
ああ、グレイ。
キミの言う通りだ。
私は確かに【己】を支配してなどいなかった。
支配されていたのは、自分の方だった。
きっと、それは今も変わらない。
水面に映る自分の顔が嫌いで。
そのくせ自分が可愛くて、他人にどう見られるのかばかり気にしていた。
“私”という存在は不安定で。
だから。
彼らの言葉に、こんなにも——
こんなにも揺さぶられる。
私はきっとまた繰り返す。
自信が無いから。
彼らに好かれることばかり気にして、彼らからの評価が全てで。
また“本当の自分”を見失うのかもしれない。
でも。
だけど。
それがどうした。
姿も、名前も関係ない。
彼らといる時の私が——
本当の“私”だ。
流れ込んだアラヤが、フォルツの魂とひとつになる。
たくさんの声が、フォルツの中に溢れた。
【これ勝てるか?】
【勝つんだよ】
【狼でけぇ】
【パンチだパンチ】
【キックだろ】
【どっちでもいいわ】
【いけーフォルツ】
【勝てよー】
「オレ様だけが、オレ様を作るんじゃないんだ」
フォルツがぽつりと呟いた。
「……ハッ」
グレイが低く笑った。
「その端末でアラヤを集めたかァ?結局、他人任せじゃねェかァ」
だが。
フォルツは静かに笑っていた。
「……ッ」
その表情に、グレイの目がわずかに見開かれる。
フォルツは小さく頷いた。
「そうだな」
グレイのこめかみに、青筋が浮かんだ。
弱者は弱者だァ。
テメェが。
踏みつけられるだけの存在がァ。
「そんな“
咆哮と同時。
グレイの足元が爆ぜた。
石畳を粉々に砕きながら、黒い影が一直線にフォルツへ迫る。
「フォルツ!!!!」
思わず手を伸ばす。
だが、フォルツは振り返らなかった。
ただ、静かに頷いた。
大丈夫だ、と言うように。
グレイの大鉈が振り下ろされる。
アラヤの奔流が、暴風となって遺跡を駆け抜けた。
だが、その刃は、フォルツに届かなかった。
フォルツの手が、グレイの手を優しく包み込んでいた。
「……な、ァ」
グレイが目を見開いた。
その瞬間。
きらり、グレイの瞳が小さな光をとらえた。
その輝きは、フォルツの中からだった。
「ッ!」
反射的に、グレイは腕を引こうとした。
だが、動かない。
力で押さえつけられているわけではない。
それなのに、その手を振り払えなかった。
青白い輝きが、フォルツの身体を包み込んでいく。
それは鎧のようでありながら、どこまでも柔らかな光だった。
フォルツを中心に、柔らかな風が波紋のように遺跡内に広がった。
【いけ】
フォルツの奥で、声が響いた
「グレイ、キミがオレ様を弱者と呼ぶなら、それで構わない」
【いけ】
「ぐァ……離しやがれェ!!」
グレイの左腕が唸りを上げた。
握り締められた拳が、フォルツの顔面へと叩き込まれる。
鈍い衝撃音が、遺跡に響く。
だが、フォルツは一歩も動かなかった。
青白い光に包まれた瞳が、ただ静かにグレイを見つめている。
【いけ】
「確かにオレ様は弱い」
【いけ】
「弱くて弱くて、自分を大きく見せることばかり考えてる」
【いけ】
「クソがァ!!俺は【弱者】を支配するッ!!」
グレイがフォルツに左手を翳し、叫んだ。
「——ッ!?」
しかし、変化は訪れない。
【いけ】
「だけど」
【いけ!】
「それでも——」
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
【いけ!!】
「こいつらが作った“私”が、弱いわけがないッ!!!!!」
グレイの顔面を、フォルツの拳が撃ち抜いた。
グレイの巨体が、宙に浮く。
時間が、ゆっくりと流れる。
砕けた石片が舞っていた。
青白い光が、そのひとつひとつを照らしている。
グレイの視界には、静かに拳を振り抜いたフォルツの姿が映っていた。
(……チィ、なんだよそれェ)
(……ずりィ……だろう)
(——がァ……)
巨体が、地面に落ちる。
轟音と共に、土煙が舞い上がった。
遺跡に、静寂が訪れた。
「か、勝っちゃったよ……」
ぽかんと開いたマルクの口から、驚きの声が漏れた。
あのグレイに。
圧倒的な力の差を見せつけられた、あの怪物に。
フォルツは勝ったのだ。
「……ぐっ」
身体を包んでいた青白い光が霧散し、フォルツが膝をつく。
「大丈夫ッ!?」
マルクが駆け寄った。
「……ああ。なんとかね」
体はガタガタで、アラヤは完全に使い果たした。
誰がどう見ても満身創痍だった。
「こいつらのおかげさ」
フォルツが笑いながら端末を掲げる。
【どんなもんだい】
【フフン】
【いいってことよ】
【俺たちの勝利だ】
【戦ったのフォルツだけどな】
【うるさい】
【フォルツ様流石///】
いつもと変わらないコメント欄に、フォルツの瞳が愛おしげに細められる。
今まで、大嫌いな自分を捨て、“理想の自分”を作り上げてきた。
他人の目を気にして。
他人の目に映る“本当の自分”に怯えながら。
だけど。
大好きな人たちの瞳に映る私は、案外悪くなかった。
結局、私は自分だけでは自分を作れないし、自分を好きになることもできない。
でも、それでいい。
それが、“私”だと気付けたから。
全身の力が抜ける。
支えていたものが、ふっとほどけるような感覚だった。
「あ……」
どさり、と。
フォルツの身体が、その場に崩れ落ちた。
「………フォルツ?」
マルクが呼びかける。
しかし、返事はなかった。
「フォルツ!!フォルツ!!」
マルクは慌てて、その身体を抱きかかえた。
何度も名前を呼ぶ。
瞬間、マルクの頬に柔らかいものが触れた。
「……え?」
マルクの動きが止まる。
それが唇だと気付くまで、数秒かかった。
【おいキスしたぞ!!】
【ズルいぞ!!!!!】
【キャー!!!!】
【フォルツ様ァァァ!!!!!】
【ガキはアプリ閉じろ】
「約束だからね」
フォルツが照れたように笑った。
瞬間。
フォルツの身体から、完全に力が抜けた。
だらりと、マルクの胸の中に寄りかかる。
その表情は、今まで見せてきたどんな笑顔よりも自然で。
どこか満足そうに、静かな寝息を立てていた。
その日、フォルツは本当の意味で“支配者”となった。
【己】を掴んだのだ。
自分が嫌いでも。
醜さも、弱さも飲み込んで。
ただ。
誰かといる自分を少しだけ好きになれた。
そして、それを許した。
それだけのことだった。