ブラック家の屋敷は、いつも冷たい静寂に包まれていた。
分厚いカーテンは光を拒み、壁に並ぶ先祖たちの肖像画は、
来る者を値踏みするように目を細める。
その空気の中で、私は生まれた。
屋敷しもべ妖精として、ブラック家に仕えるために。
名はミスト。
まだ若く、クリーチャーほどの経験もない。
だが、屋敷の隅々を掃除し、主人たちの命令に従うことだけは、
誰よりも忠実にこなしてきたつもりだった。
とりわけ、レギュラス様の部屋を任されるようになったのは、
私にとって誇りだった。
レギュラス・ブラック。
ブラック家の次男であり、家族の期待を一身に背負う青年。
彼の部屋は、兄シリウスのものとはまるで違っていた。
シリウス様の部屋にはマグルの女性のポスターが貼られていたと聞くが、
レギュラス様の部屋は、
深い緑と銀色――スリザリンの色で統一されていた。
壁には、ブラック家の家訓が刻まれた古い盾。
机の上には、魔法薬学の本と、整然と並べられた羽ペン。
そして、ベッドの脇には、
ヴォルデモートに関する新聞の切り抜きが丁寧に貼られていた。
私はそれを見るたび、胸がざわついた。
「ミスト、そこは触れなくていい」
レギュラス様は、いつも穏やかな声でそう言う。
怒鳴られたことは一度もない。
ブラック家の者は、屋敷しもべ妖精を道具のように扱うのが普通だ。
年老いた妖精の首を刎ねて壁に飾るという、
恐ろしい伝統すらある。
だが、レギュラス様は違った。
「クリーチャー、ミスト。寒くないか?」
そんな言葉をかけてくれる主人など、他にいない。
クリーチャーは誇らしげに胸を張る。
「レギュラス様は、優しいお方でございます」
私はうなずくしかなかった。
優しい――その言葉は、ブラック家では異質だった。
だが、同時に気づいていた。
レギュラス様の瞳には、いつも影があった。
兄シリウス様が家を出ていってから、
その影は濃くなったように思う。
純血主義を拒み、家族と対立し、
グリフィンドールに組み分けされた兄。
その背中を見て育ったレギュラス様は、
まるで反対方向へ歩いていった。
純血主義に従い、
スリザリンに入り、
家族の期待を裏切らないように振る舞う。
だが、それは本心ではないと、私は知っていた。
レギュラス様は、
家族を裏切りたくなかっただけなのだ。
その優しさが、
彼を縛りつけていた。
ある日、レギュラス様は私に言った。
「ミスト。兄上のようには、なれないんだ」
その声は、かすかに震えていた。
私は答えられなかった。
屋敷しもべ妖精は、主人の心に触れてはならない。
ただ、静かに頭を下げるしかなかった。
それでも――
私は思った。
レギュラス様は、
この家で最も優しい人だ。
その優しさが、
いつか彼を傷つけるのではないかと、
胸の奥で不安が膨らんでいった。
そして、その不安は、
ある夜、現実となる。
クリーチャーが、震えながら帰ってきた夜だ。
その夜のことを、私は一生忘れない。